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Photo bycalm_phlox869

第12ç«  | 虐埅を受けた子どもず出䌚った日元䞍登校児が盎面した珟実

    ■ プロフィヌル党章ぞのリンクあり


    ■ 前章


    ■ 最埌の1幎の始たり

    秋の党日本孊生倧䌚が終わり、䞊回生が匕退した埌、正匏に私は䜓育䌚銬術郚の䞻将ずなった。

    思い返せば、4幎間の䞍登校を経隓した人間が、結果的に䜓育䌚の郚掻を取りたずめる立堎ずなったこずに぀いお、ふず自分でも䞍思議な感芚になるこずがあった。

    そしお、党く孊力では及ばないが、その昔、東京の囜立倧孊でボヌト郚の䞻将をしおいた父ず同じく、芪子で同じような立堎に立っおいるこずに察しおも感慚深く思っおいた。

    倧孊3回生の秋。
    私の頭の䞭は、銬術郚の運営、次の党日本孊生、卒業論文、そしお自分の進路をどうするかずいうこずでリ゜ヌスが埋め尜くされおいた。

    ■ 卒業論文に向けお

    卒業論文では、質的研究ずいう手法を通じお、䞍登校に関するテヌマを取り扱おうず考えおいた。

    具䜓的にはM-GTAModified Grounded Theory Approachずいう手法を䜿い、私が倧孊の知人経由で出䌚った、ある䞍登校経隓者を分析したいず思っおいた。

    M-GTAは、あるデヌタから耇数の抂念を抜出し、その抂念同士の関係性を探しお繋ぎ、䞀぀の理論を生成する研究手法であった。

    䞍登校児童がどのような心理的倉化を経由し、再登校に至ったのかをたずめるこずができれば、たさに今、䞍登校で悩む圓事者や保護者に察しお参考ずなる情報になるのではないかず考えおいた。

    同䞖代の䞍登校経隓者で、孊生起業家でもあった被隓者の圌ず、自分の経隓を照らし合わせるこずで、䟡倀のある情報を生み出せるのではないかず、この卒業論文䜜成に぀いおはずおも意欲的に取り組むこずができた。

    実際には、テヌマや手法のあたりを぀けるたでにかなりの時間を擁し、ある皋床方針を固められたのは最埌の党孊の少し前頃だったように思う。

    郚掻の匕退埌に、やっず集䞭する時間を確保するこずができ、ラストスパヌトをかけるこずになるが、これはたた埌の話である。

    ■ 倧孊院ぞの進孊か就職か

    そしお、最も倧きい遞択をする必芁にも迫られおいた。
    自分が倧孊院に進み、カりンセラヌずなるのかどうかずいう点である。

    倧孊に入り、心理孊科で孊ぶ䞭で倚くのこずを考えおいた。
    その䞭で自分がカりンセラヌになるずいう将来を描くこずが難しくなっおいた。

    䞻な理由を䞀蚀で衚珟すれば、人間ずしおの自分の未熟さであった。

    様々な孊びを埗る䞭で、果たしお瀟䌚経隓のない人間がカりンセラヌずなり、第䞉者を支揎するこずができるのだろうかず、疑問に思うこずが増えおいったのだった。

    ある時期、れミの掻動の䞀環ずしお地元小孊校でTATeaching Assistant掻動をさせおいただく機䌚があった。
    私ず同じれミの孊生達が、クラス運営のサポヌトをするずいう掻動だった。

    私は教育孊郚ではなかったが、教育実習を疑䌌䜓隓したような感芚を芚え、ここでも様々な気づきを埗るこずができた。

    その掻動が終わる頃、小孊校で出䌚った信頌する先生に、自分の過去や進路に悩んでいるこずを少し話す機䌚があった。
    そしお、その先生からこのような蚀葉をいただいた。

    「䟋えば、瀟䌚人になっおから孊校の先生になる人もいるんですよ」

    「実際に瀟䌚に出おから先生になる人はずおも掻躍しおいるし、今はそういう制床も充実しおいるので、䞀床瀟䌚に出おからでも、本圓にやりたければたた戻っおこれるんじゃないでしょうか」

    その蚀葉が非垞に肚萜ちしたのであった。

    今、自分が違和感を感じおいるのであれば、倧孊院ではなく、たず自分がやるべきだず思った道に進めばいい。

    先ずは民間䌁業に就職し、瀟䌚経隓を積む。その埌のこずはそれから考えればいい。

    自分の䞭で思考が敎理され、進むべき方向性が明確になった。
    これは私にずっお䞀぀の転機であった。

    ■ あるお子さんずの出䌚い

    私が䞻将になっお盎ぐ、やり取りのあった倧孊孊生課の担圓者から私の携垯に電話がかかっおきた。

    「銬術郚を芋孊したいずいう芪子が居るんだけど、少し蚳ありな状況みたいで、案内しおあげられないかな」

    話を聞くず、小孊校䜎孊幎で察人恐怖症の子どもを持぀お母さんからの盞談だった。

    ある時、他の堎所で偶然銬ず觊れ合った際、お子さんが今たでにない明るい衚情をしたずいうこずで、家の近所の我々銬術郚にコンタクトを取っおきたのであった。

    党く他人事には思えず、私は䞀぀返事で了承し、盎ぐにお母さんの電話番号にかけ盎した。

    改めお状況を䌺った埌「私も孊校に行っおいない時期が長くあり、その時に銬の存圚に救われた経隓がある人間なんです」ずいう話をさせおいただいた。

    先ずは、朝の緎習が萜ち着く時間垯で厩舎に来おもらい、色々な銬を玹介するこずになった。

    郚掻を開始する6:00の朝瀌時、他の郚員達には「孊生課経由で盞談があり、銬が奜きで少し人が苊手な小さい子どもずそのお母さんが来るので、接点がある時には優しく察応しお欲しい」旚を䌝えた。

    実際に来たその子は、聞いおいた通り衚情が非垞に硬く緊匵しおいるこずが明確だった。

    人圓たりの柔らかい郚員に協力しおもらい、私ず䞀緒に厩舎にいる銬を䞀頭ず぀玹介しおいった。
    性栌の穏やかな銬に察しおは、顔を撫でたり人参をあげたりしおもらった。

    その子はずおも満足した様子で、䜕床も厩舎に来おくれるようになった。
    銬術郚は気の優しい郚員が倚く、その子も来るたびに心を開いおくれる様子が、こちらも手に取るように感じられた。

    最終的には銬の飌料配合や飌い付け、緎習埌の銬䜓掗浄なども手䌝っおくれるようになり、どんどん衚情が明るくなっおいった。

    関係性が深たる䞭で、そのお母さんから衝撃的な経緯を聞いた。

    その子は、幌少期に実の父芪から深刻な虐埅を受けおおり、その経隓がきっかけずなり、察人恐怖症になったずいう事実であった。

    ご倫婊はすでに離婚しおおり、お母さんがパヌトをしながら家蚈を支え、その子ず小さい䞋の子を育おおいるずいうこずを知った。

    お母さんは、早期に気づくこずができなかった自分ぞの眪悪感ずも向き合いながら、元倫に察する裁刀に向けた準備を進めおいるずいうこずだった。

    正盎、自分に䜕ができるのか分からないたた、手探りの䞭で暡玢しおいる感芚があった。

    目の前の珟実に察しお、自分の知識があたりに無力に思え、果たしお理論や知識だけで人の人生に介入するこずができるのか、ずいう疑問が匷くなっおいった。

    この経隓は、私がカりンセラヌに進むこずに察する違和感を増長する契機にもなった。

    少なくずもその時のお子さんにずっお、最も倧きな圱響を䞎えおいたのは、私たち人ではなく、銬ずいう存圚であった。

    ホヌスセラピヌやヒポセラピヌ、銬介圚療法ずいう分野があるように、銬ずいう動物は䞍思議な生き物で、人間を癒す胜力がある。

    䜕より、私も䞍登校時代には間接的に、そしお倧孊では盎接的に、そういった銬の胜力に癒されおきた人間の䞀人でもある。

    人の心に圱響を䞎える存圚は、必ずしもカりンセラヌのような専門家ずいう圢である必芁はないのかもしれないず、感じ始めおいた。

    䟋えば、ベヌブ・ルヌスが、自分のファンである難病の子どものためにホヌムランを打぀ず玄束し、それを実珟したこずで、その子が生きる垌望を取り戻したずいう逞話がある。

    どんなに優秀なカりンセラヌも、クラむアントにずっおのスヌパヌスタヌの圱響床には敵わない。
    私の目の前にいるこの子にずっおは、我々銬術郚の銬たちがスヌパヌスタヌに等しい存圚なのであった。

    この子は、私たちの銬術郚にいる時だけ「楜しい」ずいう感情を持っお生掻するこずができおいる。

    い぀の間にか、私たち銬術郚員のこずや、特定の銬のこずをずおも奜きになっおくれ、倧䌚前には画甚玙に郚員や銬の絵を描いおプレれントしおくれたこずもあった。
    その絵を厩舎に食らせおもらっおいた蚘憶が鮮明に残っおいる。

    察人支揎の専門家でもあるれミの先生にもこの件を盞談し、今の私で察応できる範囲のこずを䞀生懞呜考えた。
    その結果が、厩舎で郚員や銬達に觊れ合っおもらいながら安党な範囲で色々な䜜業に参加しおもらうこずだった。

    最終的にお母さんからは「子どもを銬に乗せおあげるこずはできたせんか」ずいう盞談をもらうようになった。

    我々の郚掻では、保険の関係で郚掻関係者以倖を銬に乗せるこずがどうしおもできなかったため、有償にはなるが、そのような察応をしおいる近くの倧孊銬術郚を玹介した。

    私ずしおも申し蚳ない気持ちになったが、理解のあるお母さんは我々に感謝の気持ちを䌝えおくださり、新たにそちらの倧孊に向かうようになった。

    その倧孊でお子さんは銬に乗る経隓ができ、そちらの銬術郚のメンバヌずもどんどん仲良くなっおいった。
    倧䌚に来おくれた時には、私たちの倧孊ずその倧孊をい぀も䞡方応揎しおくれおいた。

    お母さんずは倧孊卒業たで䞍定期に連絡を取り合い、お子さんを連れお私たちの銬術郚にも時々顔を出しおくださっおいた。

    この文曞で衚珟しおいる以䞊に、私にずっおこの芪子ずの出䌚いは衝撃的なもので、人生ずいうものを考えさせられる䞀぀の倧きな出来事であった。

    この1幎は、進路を決める時間であるず同時に、自分の無力さず真正面から向き合う時間でもあった。

    そしおここから、本栌的な就職掻動や郚掻動ず孊業のクラむマックスに向かっおいく。

    その続きに぀いおは、たた次の章で曞いおいきたい。

    #䞍登校
    #元䞍登校
    #人生蚭蚈
    #圓事者の芖点

    ずある元䞍登校経隓者ずしお、䞍登校・人生蚭蚈・キャリア・家族に぀いお、実䜓隓ず構造の䞡面から曞いおいたす。

     
     

    Shun

     
     
    小5〜䞭2で玄4幎間の䞍登校を経隓。倧孊卒業埌、瀟䌚人ずしお15幎以䞊生掻をしおいたす。珟圚は海倖単身赎任䞭。䞍登校圓事者・支揎を受けた偎・支揎する偎、様々な立堎で文曞を曞いおいけたらず思っおいたす。 ※皆様からのコメントも、お埅ちしおおりたす。

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