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本能寺の変1582 【光秀という男】 結論 14/x №6-057 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』

    【光秀という男】 結論 14/x    №6-057

    はじめに ←目次 重要 ◎目次 【記事一覧】 
    ←【五大要因】
     
    1時代の風潮 2光秀の実像 3光秀の苦悩 4武田の滅亡 5信長の油断
    ←【重要史料】 【重史全通】 【重史一覧】
    ←【要注意!!】 01 02 03 04 05 06
     【信長という男】
     
    目次 1/5 目  2/5 目  3/5 目  4/5 目  5/5 目
     結論 目
     【重史052】 【重史146】 【重史169】
     【光秀という男】
     
    目次 1/7 目  2/7 目  3/7 目  4/7 目  5/7 目  6/7 目  7/7 目
     結論 目 1~4/x 目 5~8/x 目 9~14/x 目 15~17/x 目 18~19/x 目
          20~21/x 目 22~25/x 目
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     【重史241】 1/2 2/2 【重史001】 【重史101】 【重史006】
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     【重史181】 【重史190】 【重史174】
     【粛清の怖れ】 【粛清 佐久間信盛】 【重史240】
     【さらなる夢】
     
    概略 20/x
     関連史料 1京都馬揃え 2ヴァリニャーノ来訪 3安土夜祭り
          4スペインの野望 5信長の「さらなる夢」 6光秀の思い
     
    【重史140】 【重史141】 【重史142】
     【四国問題】 八 九 十 目次 【四国問題 概要】 八 九 十
     【足蹴事件】 目次 1/3 2/3 3/3 【重史040】 【重史041】
     【時は今・・・】 目次
     0521 目 0526 目  0527 目  0528 目 0529 目
    →重要Point ◎目次 重要Point 通し ◎目次 
    →テーマ別 目次 テーマ別 通し ◎目次 
    →【シリーズ】
     信長の甲斐侵攻 光秀と長宗我部元親 本能寺への道 1 2 3 4 5 
    →その一因 目次大 概説大 目次中 →
     3光秀と光慶  (1)光秀の素性 (2)光秀の年齢 (3)光秀の嫡男 
    →見えてきたもの 目次大 目次中 +240607 
    →【人物】
     【信長の人物像】 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
    →【ここがポイント!!】
    *◎=重要ヶ所 P=重要Point 史=史料 公=信長公記 ✓=チェック済
     信=信長の人物像 光=光秀の人物像 そ=その一因 テ=テーマ別 
    *加筆修正

    【光秀という男】 結論 14/x             №6-057

    ヴァリニャーノは、安土に一ヶ月ほど滞在した。     →【重史251】
    「当所に約一ヵ月間滞在し」

    ヴァリニャーノは、信長に、領内での布教を願い出た。
    「この地方のキリシタンを巡視する許可を信長に請うた」

    信長は、それを許可した。
    むしろ、歓迎している。
    「全領内希望の場所に、説教師を派遣することを許し」
    「彼の大いに喜ぶところであると言った」
                          (「イエズス会日本年報」)

    信長には、ヴァリニャーノと語り合う時間が十分にあった。
    そういうことになる。

    信長は、ヴァリニャーノから大きな刺激をうけた。
    激動する世界。
    新たな知識・情報。
    等々。

    信長は、覚醒した。
    おそらく、この頃だろう。

    信長の心の中に、「さらなる夢」が芽生えた。
    「明」
    信長の思いは、東シナ海の向こう側にあった。

    ヴァリニャーノは、これを見逃さない。

    フロイスも、当然、そのことを知っている。
    彼の著述(「年報」『日本史』)を見れば、そのことがよくわかる。

    イエズス会にとっては、好都合。
    彼らは、そう考えた。

    これについては、後述する。

    光秀、また、然り。
    信長は、オープン。
    光秀が、これを知らぬわけがない。

    信長の側には、光秀の妹御ツマキ(妻木)が仕えていた。
    信長のお気に入りである。           →【 重史 007 】250817
    光秀の、貴重な情報源でもあった。

    光秀には、余裕があった。
    この時は、である。
    「まだまだ、先のこと」
    そう、思っていた。

    以上。
    話が長くなった。

    これが、天正九年1581一月~四月の状況である。
    5/x 6/x 7/x 8/x 9/x 10/x 11/x 12/x 13/x 14/x

    【要注意!!】 01
    これで、ようやく、繋がった。
    「京都馬揃え」 → 「ヴァリニャーノ」「シナ」 → 信長の「さらなる夢」

    イエズス会の巡察士ヴァリニャーノとの出会いを切っ掛けにして、
    信長の「さらなる夢」は、その具体化に向かって、活動を開始した。

    そのことが、
    「志向の相違」を生み出す主要原因の一つとなり、
        →【五大要因】

    次第に、
    「光秀の苦悩」を構成する要因の一つに成長する。
        →【五大要因】

    そして、
    これに、諸因が重なり合って、

    光秀は、極限状態に追い込まれて行く。



     ⇒ 次へつづく




     
     
     
    ただただ、真実を知りたい。この一念が原動力になっています。「本能寺の変」「その原因・動機を究明する」。この一点に焦点を絞りました。数多ある史料。精査・検証等々。長い時間を要しました。そして、ついに辿り着きました。これが、光秀謀反の真相です。只今、鋭意執筆中!!ご期待下さい!!

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