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本能寺の変1582 【光秀という男】 結論 15~17/x №6-093 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』

    【光秀という男】 結論 15~17/x   №6-093

    はじめに ←目次 重要 ◎目次 【記事一覧】 
    ←【五大要因】
     
    1時代の風潮 2光秀の実像 3光秀の苦悩 4武田の滅亡 5信長の油断
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    ←【重要コメント】 001 002
     【信長という男】
     
    目次 1/5 目  2/5 目  3/5 目  4/5 目  5/5 目
     結論 目
     【重史052】 【重史146】 【重史169】
     【光秀という男】
     
    目次 1/7 目  2/7 目  3/7 目  4/7 目  5/7 目  6/7 目  7/7 目
     結論 目 1~4/x 目 5~8/x 目 9~14/x 目 15~17/x 目
     1/x 目 2/x 目 3/x 目 4/x 目 5/x 目 6/x 目 7/x 目 8/x 目 9/x 目
     10/x 目 11/x 目 12/x 目 13/x 目 14/x 目 15/x 目 16/x 目 17/x 目
     18/x 目 19/x 目 20/x 目 21/x 目 22/x 目 23/x 目
     【重史241】 1/2 2/2 【重史001】 【重史101】 【重史006】
     【重史007】 【重史008】 【重史098】 【重史172】 【重史173】
     【重史181】 【重史190】 【重史174】
     【粛清 佐久間信盛】 【重史240】
     【さらなる夢】
     概略
     20/x
     
    関連史料 1京都馬揃え 2ヴァリニャーノ来訪 3安土夜祭り
          4スペインの野望 5信長の「さらなる夢」 6光秀の思い
     
    【重史140】 【重史141】 【重史142】
     【四国問題】 八 九 十 目次 【四国問題 概要】 八 九 十
     【足蹴事件】 目次 1/3 2/3 3/3 【重史040】 【重史041】
     【時は今・・・】 目次
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    →重要Point ◎目次 重要Point 通し ◎目次 
    →テーマ別 目次 テーマ別 通し ◎目次 
    →【シリーズ】
     信長の甲斐侵攻 光秀と長宗我部元親 本能寺への道 1 2 3 4 5 
    →その一因 目次大 概説大 目次中 →
     3光秀と光慶  (1)光秀の素性 (2)光秀の年齢 (3)光秀の嫡男 
    →見えてきたもの 目次大 目次中 +240607 
    →【人物】
     【信長の人物像】 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
    →【ここがポイント!!】
    *◎=重要ヶ所 P=重要Point 史=史料 公=信長公記 ✓=チェック済
     信=信長の人物像 光=光秀の人物像 そ=その一因 テ=テーマ別 
    *加筆修正

    【光秀という男】 結論 15~17/x           №6-093

    結論 目  1~4/x   目 変の一因
          5~8/x   目 京都馬揃え
          9~14/x 目 ヴァリニャーノ来訪
        15~17/x 目 安土夜祭り

    15/x

    天正九年1581、七月**。

    ヴァリニャーノは、畿内での布教を終え、再び、安土に帰った。
    「パードレがキリシタンの巡視を終わって帰った時」   →【重史252】

    信長は、ヴァリニャーノに対して格別な好意を示した。
    「信長は従前より大なる好意を表した」
    異例の好遇だった。
    特に、以下一~三に注目。

    一、信長は、ヴァリニャーノに気に入りの屏風を贈った。
    「好意の一つは、信長が屏風と称し」
    「信長は大いに満足してこれを珍重した」

    信長は、内裏からの申し出を断った。
    「信長は知らざる風をなし、これを贈ることを欲しなかった」

    信長は、ヴァリニャーノに親愛の情を示した。
    「パードレが帰国せんとするを聞いて」
    「親愛の印として」
    「帰国の際携へ帰らせんと思ひ」
    「パードレがコレジョ(神学校)を絵に描かする希望があらうかと考へ」
    「己の屏風を送付する」
    「満足すれば留め置くべく、然らざれば送り返せ」

    信長は、ヴァリニャーノを尊敬していた。
    「パードレは非常に屏風を喜んだ」
    「信長は大いに満足し」
    「パードレに対する愛の大いなること」
    「屏風は彼が非常に珍重するもの」
    「内裏が求めても断った」
    「パードレを尊敬することを日本全国に知らしむる」

    これが、信長がヴァリニャーノに好意を有する証拠である。
    「パードレに好意を有する証拠」
    「己の喜ぶものを割愛してパードレに与ふる」
    「かくの如き好意をパードレに示した」
                     【重史252】「イエズス会日本年報」

    16/x

    二、信長は、ヴァリニャーノに経済的援助を約束した。  →【重史253】
    「つぎにパードレに示した好意は」
    「窮乏を感ずることがあった場合には」
    「必ず補助をするであらう」

    ヴァリニャーノは、控えめに、これを受け入れた。
    「返答について協議し」
    「何も求めず」
    「殿下の好意によって早く実行さるることを期待する」

    信長は、大いに喜んだ。
    「返答を大いに喜んで」
    「援助することを約束し」
                     【重史253】(「イエズス会日本年報」)

    17/x

    三、信長は、ヴァリニャーノのために「夜祭り」を執り行った。
    「第三の好意は我等に夜の祭を観せたこと」       →【重史254】
    「パードレのために行ったもの」

    ヴァリニャーノ、別れの挨拶。
    「パードレが暇乞のために行った際」

    信長、ヴァリニャーノを「夜祭り」に招待。
    「望みがあればこれを観せよう」

    ヴァリニャーノ、十日延期。
    「十日間滞在の余儀なきに至った」

    惜別の夜。
    これが、安土の「夜祭り」である。

    「武士はその家で恒例の火を焚き提灯を吊すことを止め」
    「城の塔に各種の色の提灯を飾らせ」
    「街路の両側に、手に松明(たいまつ)を持った多数の人を整列させ」
    「昼の如く大いに明るく」

    信長は、ヴァリニャーノから多大な影響を受けた。
    二月~七月=ヴァリニャーノの上洛~安土の夜祭り。
    信長は、濃密な時を過ごした。

    「信長はわがカザの門を通過した」
    「ビジタドール(ヴァリニャーノ)は他のパードレ達と共に門に出で」
    「信長は暫く留って彼等と話し」
    「祝祭を見て楽しんだか、何と思ったかと尋ね」

    信長は、ヴァリニャーノに大きな親愛の情を示した。
    「大なる親愛と歓喜を示して」

    信長は、ヴァリニャーノに出発の許可を与えた。
    「パードレに出発の許可を与へた」

                     【重史254】(「イエズス会日本年報」)

    信長は、ヴァリニャーノに強烈な印象を残した。
    これより帰路へ。

    なお、
    信長の「夜祭り」については、『信長公記』にも同様の記述がある。
    信長は、安土城を挑灯(ちょうちん)で飾り立てた。

    「七月十五日」
    「安土御殿主(天主)、 幷(ならび)に惣見寺に」
    「挑灯、余多(あまた)つらせられ」
    「御馬廻の人々、新道、江の中に舟をうかべ」、
    「手々(てんで)に、続松(たいまつ)とぼ(灯)し申され」
    「山下かゞやき、水に移(映)りて」
    「言語同断、面白き有様、見物群集に候なり」
                          【重史255】(『信長公記』)



     ⇒ 次へつづく




     
     
     
    ただただ、真実を知りたい。この一念が原動力になっています。「本能寺の変」「その原因・動機を究明する」。この一点に焦点を絞りました。数多ある史料。精査・検証等々。長い時間を要しました。そして、ついに辿り着きました。これが、光秀謀反の真相です。只今、鋭意執筆中!!ご期待下さい!!

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