
【中学受験】「帰り道で…」 石田家の10日間 episode:9
2月2日(木)(中学受験 2日目)

ファミレス
「帰ろうか・・・」
石田さんが小さく声をかけます。
「・・・」
翔平は無言のまま、うなずきます。
奥さんも、何も言いません。
校門を出て、暗い道を歩いていると、
吐く息の白さだけが街灯の光に揺れていました。
「お腹、空いたな。」
ファミレスの前を通りかかると、翔平がつぶやきます。
「そうね。私も少しだけ・・・」
奥さんも小さな声で。
「よおっし、何か食べて帰るか!」
周りの人が振り返るくらい、石田さんの大きな声。
幸い、テーブルは空いていて、すぐに案内されました。
「翔ちゃん、好きなもの頼みなさい。」
「うん。じゃあ、ハンバーグとドリア。」
「あなた、何になさる?」
「チキンの唐揚げとスパゲッティ。ビールも飲もうかな。」
「私は、ピザだけでいいわ。胸がいっぱい。」
料理が運ばれてきましたが、石田さんと奥さんは、フォークを手に取りません。
翔平は、ハンバーグを頬張っています。
「ねえ、今度の土曜日、遊んでいい?」
翔平がいきなり問いかけます。
「えっ?」
石田さんのビールを飲む手が止まりました。
「今度の土曜日、雄大くんと遊ぶ約束してるんだ。」
ビールグラスを静かに置きました。
翔平が小さな声で続けます。
「受験が終わったら公園でサッカーしようって、前から約束したんだ。」
(まだ受験は終わってないのに・・・)
石田さんが返事に戸惑っていると、奥さんが返します。
「まだ明日も試験でしょ。全部終わってからにしたら?」
翔平の表情が曇り、泣きそうになります。
「まぁ、しようがないな。少しくらいならな。」
石田さんは翔平の目を見ずに、答えました。
途端に、翔平の表情が変わります。
「ほんと? いいの? ありがとう、パパ。」
少し間をおいて、石田さんが続けます。
「その代わり、明日の試験こそ、頑張るんだよ。」
「うん、明日は頑張るよ。」
翔平は大きくうなずきました。
「まだ終わっていないのよ。明日もあるのよ。」
奥さんが話しますが、翔平の返事はありません。
(翔平の中では、もう受験は終わっているのかな・・・)
(明日のY中学校は、今日のK学院よりも偏差値が高いのに・・・)
翔平は、ハンバーグとドリアを平らげました。
スパゲッティとピザは、まだ半分ほど残っています。
「美咲が家で待っているわ。」
奥さんの言葉で、無言で席を立ちました。
空のビールグラスが、三人を見送っていました。
(episode:10「2月3日(今日こそは)」に続きます)
◆記事一覧◆
episode:1「合格したよ、と言いたかった夜」
episode:2「あの塾でよかったのか」
episode:3「塾を間違ったのか?」
episode:4「明日が来るのが、少し怖い夜」
episode:5「できたといった初日、残る違和感」
episode:6「できてるというけど、どこか違う」
episode:7「ぬぐえぬ不安」
episode:8「いよいよ合格発表」
episode:9「帰り道で…」
episode:10「2月3日(今日こそは)」
episode:11「2月4日(休息日のはずが)」
episode:12「2月5日(終わったと思った日)」
episode:13「2月6日(最後に、自分で決めた一日)」
episode:14「2月7日(学校には行きたくない日)」
episode:15「2月8日(こんな日が来るなんて!)
episode:16「入学式ーーー次の春へ」