
【中学受験】「明日が来るのが、少し怖い夜」 石田家の10日間 episode:4
1月31日(火)(受験前夜)

受験前夜
夜10時を少し過ぎていた。
家の中は、いつもと同じはずなのに、どこか違っていた。
「えっと……受験票はここ」
奥さんが、何度目かの確認をする。
筆箱、消しゴム、予備の鉛筆。
机の上に並んだそれらを、もう一度そろえる。
「翔平、緊張してる?」
石田さんが声をかける。
「うん……ちょっとだけ」
そう言いながら、翔平は大きなあくびをした。
緊張しているのか、していないのか、
よく分からない表情だった。
受験を明日に控えて、
少しずつ緊張感が高まってきたのかもしれない。
「今日の壮行会、どうだった?」
奥さんが思い出したように聞く。
「鉛筆と消しゴムもらったよ。ハチマキも」
翔平は淡々と答える。
「塾もね、明日は本番って感じだったわね」
奥さんが少しだけ微笑む。
石田さんは小さくうなずいた。
「千葉とか埼玉の学校は、受けなかったんだよな」
ぽつりと石田さんが言う。
「あなたが、お試しはしなくていいって言ったのよ」
奥さんがすぐ返す。
少しの沈黙。
「まあ……本番に強いタイプだと思うんだけどな」
石田さんはそう言いながらも、自分に言い聞かせているようだった。
「本当にそうだといいけどね」
奥さんは小さく息を吐いた。
翔平くんは、もう話を聞いているのか分からない。
ベッドの端に座ったまま、ぼんやりしていた。
「もう寝ようか」
奥さんが言う。
そのときだった。
「翔平」
石田さんが呼びかける。
翔平が顔を上げる。
「明日はな、ちゃんとやれば大丈夫だ」
少し間があったあと、石田さんは続けた。
「最初の計算問題だけは、落ち着いてな」
「焦らなければ、取れる問題だから」
そこまで言って、石田さんは一瞬言葉を止めた。
(少しおっちょこちょいなところがあるからな。)
奥さんが、そっと口をはさむ。
「もう、それくらいにしてあげて」
「……ああ」
静かに、空気が落ち着く。
翔平くんは小さくうなずいて、布団に入った。
電気を消すと、部屋の中は一気に暗くなる。
暗闇の中で、誰もあまり話さなかった。
ただ、「明日」という言葉だけが、そこに残っていた。
(episode:5「できたといった初日、残る違和感」に続きます。)
◆記事一覧◆
episode:1「合格したよ、と言いたかった夜」
episode:2「あの塾でよかったのか」
episode:3「塾を間違ったのか?」
episode:4「明日が来るのが、少し怖い夜」
episode:5「できたといった初日、残る違和感」
episode:6「できてるというけど、どこか違う」
episode:7「ぬぐえぬ不安」
episode:8「いよいよ合格発表」
episode:9「帰り道で…」
episode:10「2月3日(今日こそは)」
episode:11「2月4日(休息日のはずが)」
episode:12「2月5日(終わったと思った日)」
episode:13「2月6日(最後に、自分で決めた一日)」
episode:14「2月7日(学校には行きたくない日)」
episode:15「2月8日(こんな日が来るなんて!)
episode:16「入学式ーーー次の春へ」