
【中学受験】「2月4日(休息日のはずが)」 石田家の10日間 episode:11

朝
土曜日、久しぶりに受験のない朝を迎えました。
「あれ、もう八時半か。少し寝坊したかな。」
そう思った瞬間、石田さんは(やられた!)とつぶやきました。
「おーい、頭が重くて背中がゾクゾクするよ。」
朝食の準備をしていた奥さんが驚きます。
「どうしたの? まさかインフルエンザじゃないわよね。」
「すぐに熱を測ってみて。」
奥さんに言われて、石田さんが体温計を取り出します。
「8度7分だ。だめだ・・・」
「やめてよ! 翔ちゃんに移したらどうするの?」
「インフルじゃないと思うけど・・・」
奥さんの剣幕に押されて、そう答えるのが精一杯の石田さんです。
「インフルでなくてもーーどうして こんな時に風邪をひくのよ!」
「オレだって、引きたくて引いたんじゃないよ!」
「とにかく、すぐにお医者さんに行ってきて。
それと、翔ちゃんには近づかないで。」
その時、翔平が起きてきました。
「おはよう。パパ、具合悪いの?」
奥さんは、石田さんを手で払いのける仕草をしています。
「あなた、あっちへ行って。」
食卓から移動しようとする石田さんに、翔平が尋ねます。
「今日、雄大くんと遊んでいいよね。」
(インフルだったらどうしよう。明日の試験に影響が出たら大変なことになる。どうしてこのタイミングで・・・)
「うん・・・」
頭の中がぐるぐる回っていて、そう答えるのが精一杯の石田さんでした。
昼
「先生、朝から熱が9度近くあるんです。インフルエンザでしょうか?」
近所の高橋医院に駆け込んだ石田さんは、続けます。
「先生、ちょうど子供が受験の真っ最中で、移したら大変なんです。
何とかならないでしょうか。」
高橋先生が、体温計を見ながら問いかけます。
「熱は急に出ましたか?背中とか痛みますか?」
「単なる風邪か、インフルエンザかは、何とも言えません。
タミフルを出しますので、すぐに飲んでください。
熱は夕方には下がると思います。」
「先生、子供には移らないでしょうか?」
「お父さんがインフルだとしたら、お子さんも発病するかもしれません。」
「そんな。先生、子供には今が一番大事な時なんです。
何とかしてください。」
「・・・」
少しの沈黙の後、高橋先生が話します。
「落ち着いてください。
お子さんは受験に備えてインフルの予防注射、していませんか?」
「えっ、いや、それは知りません。」
「受験生は普通、予防注射をしているものです。」
「妻に確認してみます・・・」
(予防注射なんて、考えたこともなかったな。これが致命傷になったら最悪だな。)
石田さんはふらつく足取りで、高橋医院を後にしました。
「あなた、インフルだった?」
「様子を見ないとわからないらしい。
翔平は、インフルの予防注射してる?」
「してないわ。翔平もあなたも、
ここ何年か風邪なんて引いたことないじゃない。」
「してない?高橋先生は、受験生は予防注射してるのが普通だと言ってたぞ。」
「予防注射も高いのよ。」
「そんなところでケチるなよ。」
「今ごろ風邪をひくあなたがいけないのよ。」
石田さんは、押し黙ったまま、薬を飲んで横になりました。
夕方
石田さんが一眠りして起きると、奥さんの姿がありません。
食卓の上に、メモが置いてありました。
(さっきはきつく言ってごめんなさい。翔平は雄大君と遊びに行かせました。K学院の明日の試験の申込に行ってきます。買い物をして帰ってくるので、少し遅くなるかもしれません。)
夜
「ただいま。遅くなっちゃった。熱はどう?」
「薬が効いたかな。7度3分まで下がってきたけど、まだフラフラする。」
「9度近くあったんだから、急には治らないわよ。
明日までに間に合うかしら。」
「明日に治るかどうかは自信ないな。悪いけど、明日は頼むよ。」
「まぁ、仕方ないわね。翔ちゃんも帰ってるみたい。
急いでご飯作るから。」
奥さんが台所に向かいます。
(明日の完全回復は無理だよ。それにしても、風邪なんか10年以上も引いたことがない自分が一体どうしたんだろう? 疲れ? いや、それなら翔平の方がもっと疲れてるはずなのに。)
「今日、雄大くんと遊んだ。」
食事の時に、翔平が話します。
「やっぱり、サッカーは楽しいね。久しぶりのゴールもできたし。
雄大と今度は野球をしようって。」
奥さんが遮ります。
「翔ちゃん、明日のK学院、申し込んできたわよ。」
「受けるけどさぁ、どうせだめかもしれない。」
「翔ちゃん、そんな弱気でどうするの。チャレンジしなきゃ。」
「するけど、今までよりも難しいかもしれないじゃん。」
(翔平の言い分ももっともだな。今までよりも倍率も高そうだし。)
(もう受験を終わらせるのが、親の責任かも知れない・・・)
何とも言えない空気が食卓を覆っていました。
石田さんは食事を半分ほど残しました。
(明日までに回復するのだろうか。)。
自分のことながら、石田さんにも答えが出せない夜でした。
(episode12:「2月5日(終わったと思った日)」に続きます)
◆記事一覧◆
episode:1「合格したよ、と言いたかった夜」
episode:2「あの塾でよかったのか」
episode:3「塾を間違ったのか?」
episode:4「明日が来るのが、少し怖い夜」
episode:5「できたといった初日、残る違和感」
episode:6「できてるというけど、どこか違う」
episode:7「ぬぐえぬ不安」
episode:8「いよいよ合格発表」
episode:9「帰り道で…」
episode:10「2月3日(今日こそは)」
episode:11「2月4日(休息日のはずが)」
episode:12「2月5日(終わったと思った日)」
episode:13「2月6日(最後に、自分で決めた一日)」
episode:14「2月7日(学校には行きたくない日)」
episode:15「2月8日(こんな日が来るなんて!)
episode:16「入学式ーーー次の春へ」