
【中学受験】「あの塾でよかったのか」 石田家の10日間 episode:2
2月6日(月)夜(タタカイの後ーーーその2)

その日の寝室で①
寝室には、眠った子どもたちの気配だけが残っていた。
その静けさの中で、夫婦だけが起きていた。
「ねえ、アナタ」
奥さんが、ぽつりと言った。
「翔平の中学受験って、何だったのかしらね」
石田さんはすぐには答えなかった。
代わりに、小さく息を吐いた。
「……さあな」
少しの沈黙のあと、奥さんが続ける。
「可哀相だと思わない?」
「六年生になってから、週四日塾よ」
「帰ってくるのは十時近くで、それから宿題して……」
「寝るの、毎日十二時だったのよ」
石田さんは、ただ「うん」とだけ返した。
「夏も冬も、講習ばっかりで」
「テレビも見ないで、一日十時間よ」
「それで……どこにも受からないなんて」
言葉が途中で途切れた。
奥さんの声が、少しだけ揺れていた。
「四年生のときから、始めたのよ」
「野球もやめさせて」
「それでも、これなのよ」
石田さんは、目を閉じた。
その記憶は、消せるものではなかった。
「四年のときは、SAFIX に入ったよな」
石田さんが言った。
「最初は、成績も悪くなかった」
「そうよ」
奥さんはすぐに反応した。
「偏差値60近くまでいったこともあったじゃない」
しかし、その言葉の後に、空気が変わっていく。
「五年の夏くらいからだな」
石田さんが続ける。
「一気に落ちたのは」
奥さんは小さく頷いた。
「……半分より下になっていったのよね」
少しの沈黙。
そのあと、奥さんの声が少し強くなる。
「そのとき、アナタに言ったじゃない」
「算数だけでも見てって」
石田さんは視線をそらした。
「その頃は、仕事が……」
「仕事、仕事って」
奥さんは言葉を遮るように言った。
「私は漢字、毎日10分やらせてたわよ」
空気が少しだけ、尖った。
しかし石田さんは、別の話題を出した。
「……沖田くん、いたろ」
「いたわね」
「SAFIX に 途中から入ってきてさ」
「すぐ追い越されたよな」
奥さんは、少し考えてから言った。
「でもあの子は、もともと出来る子よ」
「比べるのは違うわ」
その一言で、空気がほどけだした。
「そうか……」
石田さんは小さくうなずいた。
「じゃあ、仕方ないか」
奥さんの声が少し落ち着く。
「でもね」
「塾は、合わなかったと思う」
石田さんも頷いた。
「プリントばかりで、体系が見えなかったな」
「先生も、あまり把握してなかったし」
二人の間に、少しだけ“共通認識”が戻ってくる。
「結局……SAFIX は、合わなかったのね」
「そうだな」
石田さんは短く答えた。
そして、少し間を置いてから言った。
「ただ、あのまま続けてて も結果は同じだった気はする」
奥さんは何も言わなかった。
沈黙が、また部屋を支配した。
「一ヶ月、休ませたときあったわよね」
奥さんが思い出したように言う。
「やめてもいいんじゃないかって思った時期か」
「でも、また行くって言い出したのよ」
石田さんは少しだけ目を細めた。
「疲れてたんだろうな」
その言葉に、奥さんは小さくうなずいた。
そして、少しだけ笑った。
「私たちも、疲れてたのかもね」
石田さんは、その言葉には返事をしなかった。
ただ、寝室の時計の音だけが、やけに大きく聞こえていた。
(episode:3「塾を間違ったのか?」へ続く)
◆記事一覧◆
episode:1「合格したよ、と言いたかった夜」
episode:2「あの塾でよかったのか」
episode:3「塾を間違ったのか?」
episode:4「明日が来るのが、少し怖い夜」
episode:5「できたといった初日、残る違和感」
episode:6「できてるというけど、どこか違う」
episode:7「ぬぐえぬ不安」
episode:8「いよいよ合格発表」
episode:9「帰り道で…」
episode:10「2月3日(今日こそは)」
episode:11「2月4日(休息日のはずが)」
episode:12「2月5日(終わったと思った日)」
episode:13「2月6日(最後に、自分で決めた一日)」
episode:14「2月7日(学校には行きたくない日)」
episode:15「2月8日(こんな日が来るなんて!)
episode:16「入学式ーーー次の春へ」