
【中学受験】「できたといった初日、残る違和感」 石田家の10日間 episode:5
2月1日(水)(中学受験 初日)

その日の朝
「えっと……受験票は入れたわね。鉛筆、消しゴム、大丈夫?」
奥さんは、昨日と同じことをもう一度確認していた。
「昨日もやったじゃない」
翔平は少し眠そうに言う。
「分かってる。でも、落ち着かないのよ」
奥さんの声は、少しだけ高かった。
時計は、朝の7時を少し回っていた。
「じゃあ、行ってくる」
翔平は、いつもより少しだけ軽い声で言った。
「翔平、頑張れよ」
石田さんが言う。
その言葉に、翔平は小さくうなずいた。
(大丈夫だろうか……)
石田さんの胸の中に、小さな不安が残ったままだった。
その夜
石田さんが帰宅すると、リビングからテレビの音が聞こえた。
翔平が、ソファでテレビを見ていた。
「おかえり」
翔平は普通に言った。
「どうだった?」
石田さんは靴も脱ぎきらないまま聞いた。
少し間があったあと、翔平は言った。
「うん……できたと思う」
「思う?」
石田さんが聞き返す。
「うん。算数が少し迷ったけど、あとは普通にやった感じ。」
その言い方は、嬉しいというよりも“確認している”ようだった。
「そうか」
石田さんは、それ以上は聞かなかった。
「できてたわよ」
奥さんがキッチンから言う。
「会場出てきたとき、普通にニコニコしてたし」
「問題も“バッチシだった”って言ってたわよ」
「バッチシ?」
石田さんは少しだけ笑った。
翔平はテレビを見たまま、あまり興味がなさそうだった。
「今日くらいはいいかと思って」
奥さんが言う。
「ずっと我慢してきたしね」
石田さんは、少しだけ眉をひそめた。
(明日もあるんだがな……)
「ねえ、パパ」
翔平がふと思い出したように言った。
「今日の問題、見たい?」
「見せてくれ」
翔平は、かばんから答案用紙を取り出した。
「時間余ったから、ちゃんと写してあるよ。見直す時間はなかったけど。」
「時間が余った?」
石田さんは少し驚いた。
「うん。ちょっと簡単だった」
その言葉は、軽く言っただけだった。
だが、石田さんの胸の奥に、小さな引っかかりが残った。
(簡単……?)
「ま、いいじゃない。こんなに簡単でいいのかしらね。」
奥さんが笑う。
「初日だし、緊張しなかったってことでしょ」
「そうだな。初日にしてはまずまずかな。」
石田さんも頷いた。
「明日もあるし、もう寝ましょう」
奥さんが言う。
翔平は「うん」と言って立ち上がった。
少しだけ、あくびをしたまま。
「おやすみ」
それだけ言って、部屋に入っていった。
リビングには、テレビの音だけが残った。
石田さんは、机の上の問題用紙を見つめた。
(簡単……だったのか)
その言葉が、少しだけ頭に残っていた。
(episode:6「できてるというけど、どこか違う」に続きます。)
◆記事一覧◆
episode:1「合格したよ、と言いたかった夜」
episode:2「あの塾でよかったのか」
episode:3「塾を間違ったのか?」
episode:4「明日が来るのが、少し怖い夜」
episode:5「できたといった初日、残る違和感」
episode:6「できてるというけど、どこか違う」
episode:7「ぬぐえぬ不安」
episode:8「いよいよ合格発表」
episode:9「帰り道で…」
episode:10「2月3日(今日こそは)」
episode:11「2月4日(休息日のはずが)」
episode:12「2月5日(終わったと思った日)」
episode:13「2月6日(最後に、自分で決めた一日)」
episode:14「2月7日(学校には行きたくない日)」
episode:15「2月8日(こんな日が来るなんて!)
episode:16「入学式ーーー次の春へ」