
【中学受験】「できてるというけど、どこか違う」 石田家の10日間 episode:6
2月1日(水)(中学受験 初日)

翔平の寝た後で
「あなた、答え合わせできそう? 少し怖いわ」
奥さんは、問題用紙の前で少し姿勢を正した。
「まあ……翔平と一緒にやってきたからな。
大丈夫だと思うよ」
そう言いながらも、石田さんの声は少しだけ固かった。
テーブルの上に、試験問題と答案用紙を広げる。
最初は算数だった。
第1問は計算問題。
29÷0.875−1/3×(7.5−5/6)
(落ち着いてやれば、いける)
石田さんは鉛筆を動かした。
少し時間はかかったが、答えは出た。
124/63
答案用紙を見る。
翔平のメモも、同じだった。
「……よし」
石田さんは小さく息を吐いた。
奥さんも少し安心したように見えた。
第2問は図形問題。
こちらも慎重に解く。
(これは、むしろ得意分野だな)
答えが出る。
翔平のメモも一致していた。
「結構、悪くないかもしれないな」
石田さんは、少しだけ気持ちが緩んだ。
第3問。
速さの問題だった。
「流れの速さが毎秒3メートルの川があります。船が進み……」
問題文を読み進めるうちに、
石田さんの手が少し止まった。
(これは……少し面倒だな)
時間をかけて解く。
答えは、320メートル。
翔平の答案を確認する。
10メートル。
「……ん?」
石田さんの眉がわずかに動いた。
(いや……違う)
もう一度、問題文を読む。
「AとBの距離を求めなさい」
(待てよ)
胸の奥で、何かが引っかかる。
計算ではなく、“答え”の違和感。
石田さんはもう一度、自分の式を見直した。
次の瞬間だった。
「……っ」
言葉にならない声が漏れる。
奥さんが顔を上げる。
「どうしたの?」
石田さんは答案用紙を見つめたまま、
すぐには答えられなかった。
(これは……)
(違う)
「こ、これ……ミスってる」
声が少し震えていた。
「え?」
「AとBの距離を聞かれているのに……」
石田さんはゆっくりと言葉を続ける。
「船の速さを、そのまま答えている」
一瞬、部屋の空気が止まった。
「……そんな」
奥さんの声が小さくなる。
石田さんはもう一度、答案全体を見直した。
(他はどうだ)
算数の残りの問題を、静かに確認していく。
いくつか、同じような“ズレ”が見えた。
「……50点くらいだな」
その言葉は、冷たく落ちた。
奥さんは、何も言わなかった。
「でも……翔ちゃんは」
奥さんがようやく口を開く。
「簡単だったって言ってたわよ」
石田さんは少しだけ目を伏せた。
「そうだな」
「明日もあるんだよな」
石田さんの声には、どこか力がなかった。
奥さんは、小さくうなずいた。
「……ええ」
時計の針が、静かに進んでいた。
リビングの灯りの下で、答案用紙だけが白く浮かんでいる。
石田さんはそれを見つめたまま、しばらく動かなかった。
(簡単だった……)
その言葉が、頭の中で何度も繰り返されていた。
その夜、石田さんはなかなか眠れなかった。
暗闇の中で、今日の問題と翔平の言葉が、
何度も浮かんでは消えた。
そして最後に残ったのは、たった一つだった。
(これは、本当に“簡単”だったのか……)
(episode:7「ぬぐえぬ不安」へ続く)
◆記事一覧◆
episode:1「合格したよ、と言いたかった夜」
episode:2「あの塾でよかったのか」
episode:3「塾を間違ったのか?」
episode:4「明日が来るのが、少し怖い夜」
episode:5「できたといった初日、残る違和感」
episode:6「できてるというけど、どこか違う」
episode:7「ぬぐえぬ不安」
episode:8「いよいよ合格発表」
episode:9「帰り道で…」
episode:10「2月3日(今日こそは)」
episode:11「2月4日(休息日のはずが)」
episode:12「2月5日(終わったと思った日)」
episode:13「2月6日(最後に、自分で決めた一日)」
episode:14「2月7日(学校には行きたくない日)」
episode:15「2月8日(こんな日が来るなんて!)
episode:16「入学式ーーー次の春へ」