
第20話 「橋の向こう」 (最終回)
少しだけ、
季節が進んでいた。
風の匂いが違う。
陽射しの角度も違う。
川は相変わらず流れていて。
橋も相変わらずそこにあった。
あたしは欄干の上にいた。
最近は、
橋へ来る理由があったのかもしれない。
でも。
それも終わりだ。
あたしは橋の向こうを見る。
行ったことのない道が続いている。
知らない匂い。
知らない景色。
知らない誰か。
少し前のあたしなら、
何も考えなかったと思う。
ただ歩いて。
ただ生きて。
それだけだった。
でも、今は少し違う。
工場のおじさん。
商店街のおばちゃん。
橋の下の小さい猫。
そして。
あの少女。
いろいろな顔が浮かぶ。
不思議だった。
野良なのに。
何にも持たないはずなのに。
いつの間にか、
いろいろなものを抱えていた。
風が吹く。
あたしは橋の真ん中へ歩いた。
その時だった。
向こうから、
少女が歩いてくる。
ランドセルが揺れている。
あたしは立ち止まる。
少女も立ち止まる。
橋の真ん中だった。
お互いに何も言わない。
言葉なんか要らない。
少女は、
少しだけ寂しそうだった。
でも、
前に会った時とは違う。
あの寂しさに、
もう飲み込まれてはいなかった。
あたしは少女を見る。
少女もあたしを見る。
たぶん。
これが最後だった。
少なくとも、
あたしはそう思った。
少女も、
そう思った気がした。
あたしは近付く。
ゆっくりと。
少女の足元を通る。
右から左へ。
左から右へ。
Sの字を描くように。
一度だけ。
それから。
そのまま歩き出した。
振り返らない。
少女も呼ばない。
足音もしない。
ただ。
橋の上を風が吹いている。
しばらく歩いてから。
何となく分かった。
少女も、
もう振り返っていない。
そんな気がした。
それでいい。
きっと。
それがいい。
橋の向こうには、
まだ知らない景色がある。
まだ知らない匂いがある。
まだ知らない出会いもある。
あたしは歩く。
いつものように。
野良らしく。
気ままに。
そして。
橋の向こうへ消えていく。
(了)
――――――――――
あとがき
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
この物語は、一匹の野良猫が見た街の風景を書こうとして始まりました。
けれど書き終えてみると、それは猫の話というより、人と人、人と街、人と生きものとの間にある、小さなつながりの話だったような気がしています。
何のために生まれ、何のために生きるのか。
そんな大きな問いに答えはありません。
ただ、誰かや何かのために思わず走ってしまう瞬間があるのなら。
その時、人は少しだけ答えに近づくのかもしれません。
そして、この黒猫の目線は、まだ少しだけ野良の気分を残したままの僕自身の目線でもありました。
橋の上を吹く風が、皆さまの心にも届いていたなら幸いです。
ありがとうございました。