
邪 8話「後悔」
ピピピピ…けたたましく響く電子音に紛れて聞こえてきたのは、冷蔵庫の前で貪る康太の姿だった。
尊臣はその姿をぼーっと見ていた。
ひとまずコップ一杯の水を飲みほしてから康太に近づく。
「康太、そのあたりにしときな。」
感情の乗らない声で肩をゆする。
冷蔵庫の中を見ると食材は半分程度喰いつくされていた。
半分程度で済んで良かったと胸をなでおろす。時計を見ると午前2時。
康太の動きが止まる。
手には食べかけのおにぎりを握りつぶしていた。
恐る恐る振り返る…康太は目に涙を流しながら、自分の異常な行動に絶望していた。
尊臣が肩をポンと叩いて片づける。
「康太、気にすんな。」
康太の目が揺れる。
「これが降ろされた奴の宿命みたいなもんだから。」
尊臣は床に散らばった残骸を拾いながら軽く言う。康太はその姿を見ていた。
「餓鬼がいたずらするんだよ。こうして弱らせて、意識を乗っ取る。」
康太は頷くしかできなかった。
尊臣は康太に笑いながら。
「いつも通りへらへらしておけよ。」
尊臣の精一杯の優しさだった。康太への気遣いだった。
それを知っているからこそ康太はへらへらと泣きながら笑った。
康太が落ち着くと二人は作戦会議を始めた。食材がなくなればどうなるかわからない。
それを防ぐために、寝る前の状況と、それに対する改善策を練った。
4時間のルールを厳守するためにアラームをセットすること。
冷蔵庫の食材がなくなっても最悪カップ麺や冷凍食品が準備されているので、康太は気にしない事。
尊臣は康太のサポートなので、頼ってくれと懇願された。
康太が寝るときは尊臣は必ず起きているというルールも追加した。
尊臣から寝てしまった自分の責任だとも謝られたが、康太がそれを受け入れるはずもなかった。自分の認識の甘さが招いたことだと感じていたから。
午前3時。
やることもないので、村の監視カメラの映像を見る。
明かりもない、光もない暗闇の映像を見ていた。尊臣はもう一度寝ると言って寝てしまった。
しばらく眺めていると、暗闇の中、ひときわ黒い深い何かを見つけた。
気になって拡大する。
激痛が走る…痛い。なんだこれ…
画面の奥から何かが近づいてくる…
震えて動けない。尊臣は寝ている。
頼む声だけでも出てほしい。
尊臣起きろ!
…画面のそれは近づくにつれて正体を露わにしていく。
画面いっぱいにそれが映ると、その正体に気が付く。
山で見たアレだった。神とはいい難いそれこそこの世の悪いものを全て背負ったような何か。
こっちを見ていた。
にたぁと笑う。
「みぃつけたぁ」
…瞬間…
鳥肌が全身をめぐる。
「ひっ」と声にならない声が漏れる。
その声に気が付いた尊臣が画面を一瞥して、素早くノートパソコンを乱暴に閉じた。
震える。止まらない。怖い。いやだ。
負の感情が康太をどん底に落とす。一人で見たらいけなかった。
がくがくと震える。見つかった。アレが来る…
涙も鼻水もわからないようなぐちゃぐちゃな顔で、震える。
それを見た尊臣が叫ぶ。
「しっかりしろッ!!!」
ビクッと康太が揺れる。
午前4時。
尊臣が康太の目の前に座って話をする。
「康太、よく聞け。今まだ外は暗い。お前がそうやっておびえてたらみつかるぞ?アレはお前が思ってる以上に厄介だ。臭いって言われただろ?臭いのもとは恐怖と絶望だ。と俺は思ってる。」
康太のこぶしに力が入る。
「だから、怖がるな。へらへらしとけ。震えてる暇があるなら考えろ。どうしたら逃げ切れるのか。」
康太は頷いた。それまでの恐怖は薄れていった。
しばらく二人は放心状態で過ごした。
光もある。スマホもある。PCもある。なのにこの不安感は何なんだろう。
昨日録音を聞いてからほとんど触っていないスマホも、不気味なアレを映し出したPCも、すべてが脅威に思えて仕方なかった。