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邪 12話「油断」

    午前6時。

    康太は彼女のラインが来てからずっと食べ続けていた。落ち着かない様子で、仮説を立てながらも、夢の話をして黙ってしまった。

    隣で聞いていた尊臣も、夢にしてはあまりにも出来すぎていて、少し引っかかる部分があったのだ。

    疲労感と、絶望感の中、二人の会話はどんどんと少なくなり、ついには静寂が支配していた。

    外では嵐が起き、屋根にバチバチと雨が当たる音が断続的に続いている。

    3日間のうち半分が過ぎようとしていた。

    残り32時間。

    この日は比較的平和な時間が流れていた。
    4時間のタイマーをセットしながら、康太と交代で仮眠を取った。

    考察しようとしても情報は限られていたし、あれから恐怖そのものの襲来は全くなかったのだ。

    時間が過ぎるのが遅い。何もすることがない。

    康太がまた頭を抱えながら
    「うぅっ」
    と声を漏らしている。

    また彼女からのメッセージだろう。

    その日は朝から雨で、一日中降り続いていた。
    雨の音は心地よく、眠気を誘った。

    康太が寝て良いと言ってくれたので仮眠をとる。夕方を過ぎると急に雷が鳴り始めた。


    午後6時。残り時間24時間。

    ついに一日を切った。ここから出るまで24時間。

    康太は相変わらずスマホとにらめっこをしていた。

    嵐が来ていた。横殴りの雨が不穏な空気を隠すようにバチバチと壁を叩いていた。


    「なぁ尊臣ー」
    康太が発した言葉に目を覚ます。

    「どうした?」

    俯きながら、目に涙をためて
    「彼女が今すぐ連絡くれないと別れるって…」

    康太らしい。

    「今それなの?」
    呆れた声で返す。

    康太がポツリポツリと話し出す。

    内容はよくある話で、彼女が女神に見えて猛アタックて、3度目でやっと付き合えたこと。
    その彼女とは手も繋げてない。と。

    こんなに短い話を彼は3時間かけて話してきたのだ。
    お握りを食べながら。

    悪い事ばかりではなかった。時間がかなり進んだこと。これだけは康太に感謝した。

    自分の今後も考えなくてはいけないと思った。
    康太が見たといった夢のこと、冴島家がこの村から出ていくこと。
    社から出た後に起こること。

    全てが不安ですべてが楽しみだった。


    午前0時。残り時間18時間。

    まだ雨は降り続いている。康太はいつの間にか眠ってしまったようだ。
    先ほどまで食べていたので、アラームで起きれば大丈夫。

    あと少し。ずっと寝ていられるなら簡単に過ぎる時間も、4時間ごとにご飯を食べなければならないという条件が想像以上にきつい。

    ぼうっとする頭で康太を眺める。彼女とうまくいくといいなぁとも思う。

    雨の音。雷鳴。すべてが子守唄に思えて、僕は瞼を閉じた。



    ——午前6時

    「絶対帰るから。大丈夫浮気じゃない。本当だって。研究。夏葉ちゃんを心配させてごめんね。帰ったらいっぱいおしゃべりしよう?」



    ———どんっ!という衝撃音とともに、地面が揺れる。

    「どうしたの?夏葉ちゃん?え?誰かいる?どうして?」


    状況が読み込めない。起きれない。目が開かない。声が出ない。


    「待って夏葉ちゃん!!夏葉ちゃん!!!」


    ——―——…?

    「うそだろ…」

    「尊臣!尊臣!!」


    外から足音が聞こえる。
    釘が抜かれる。

    湿った空気が流れ込んできた。


    うっすら目を開けると。
    康太だけがスマホを握りながら震えて首を振っていた。

    入り口には顔色が白くなった林さんがいた。
    林さんが静かに康太のそばへいく。

    「外部へ連絡しましたね?」

    康太が震えながら林さんを見る。
    首を横に振る。明らかに嘘だとわかる。

    林さんは続ける。
    「村の結界が破られました。先ほどの地鳴りは雷がご神木に落ちた音です」

    淡々と事実だけを告げていた。
    「村で、村全体で囲い込んでいたアレは、世に放たれました。」

    どこに連絡しましたか?と康太をまっすぐ見て言った。

    康太は声にならない声で彼女といった。
    追い打ちをかける。
    「あなたに憑いていたアレは彼女のもとへ行きました。」

    スマホを落とす、視線も落ちる、顔色は白を通り越して土気色になっていた。

    何とか声を出す。
    「林さ…なにがあったん…?」
    まともに声を出せない。

    「外へ逃げた。その時に尊臣くんの力持って行ったんだと思います。へその裏の印が消えていますから。」

    淡々と答える。

    「アレは、尊臣くんを相当気に入っていたようです。尊臣くんが生まれた瞬間にはしるしが付いていました。」

    お父さんもお母さんも、何とか解放できないか方法は探したらしい。ただ、何も見つからなかった。外に出せば解放されるのは知っていたが、しるしを引きはがせば命が危なくなるのも知っていた。

    「尊臣くんは気づいてたはずですよ。」

    アレは俺を手放したくなかった。でも苦しめたくもなかった。だからおとなしく暮らしていたのに、外部の康太がやってきた。
    尊臣を連れていかれると思ったアレは康太に攻撃を仕掛ける。

    喰ってやろうと。最初はそれで満足するはずだった。
    それなのに、自分の味方だと思っていた尊臣は康太と楽しく過ごし、自分を敵として、邪(よこしま)な存在として扱った。

    「アレは怒りました…」


    「お供えが全部腐ってドロドロに溶け落ちるくらい。」

    それでも、康太君の印さえ引きはがせれば、何とかなったはずだった。


    「それを康太君、貴方が台無しにしました。」

    優しい林さんの声はもうなかった。

    康太は目を見開いて林さんを凝視していた。

    「そんなことより彼女はどうなるんですか!?」

    悲鳴にも近い絶叫が響いた。

    林さんはため息を一つ吐くと

    「気に入られれば助かります。」

    康太は雄たけびを上げながら泣いていた。



    それからの動きは早かったと思う。
    もう、山の神さんはどこかへ行ってしまった。
    俺も社の掃除がなくなり、職を失った。もう少し休養したら康太と同じ町で暮らす予定だ。都会は正直怖い。

    村の人たちはぽつりぽつりと村から引っ越し始めている。


    一方、康太と夏葉。

    はっきり言ってしまえば、夏葉は無事だった。
    それと同時に康太の嘘がばれた。
    手も繋いでないなんて嘘も良いところだった。

    夏葉がしつこく連絡してきていたのは妊娠がわかったからだった。

    あの日、アレは確かに夏葉の家に行った。

    しかし、夏葉ちゃんに宿る命をみて、去っていったと本人が言っていたそうだ。
    実際生まれてみないとわからないけど、おそらく大丈夫だろうと佐々木さんが教えてくれた。

    アレの行方はいまだにわかっていないらしい。
    どこかで静かに余生を過ごせてたらいいなと思う。

    長年苦しめられてきたという思いもあるけれど、それでもアレと過ごした日々はそんなに悪いものじゃなかったと思えるのは、思い出補正なのかもしれない。


    おわり。





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