
邪 9話「吐露」
午前5時。
空が色を取り戻しながら、世界を明るく照らす頃、康太も尊臣もぐったりと壁に寄りかかっていた。
楽勝だと思っていた社での3日間72時間のうち12時間も経っていないことに絶望をしていた。
二人はノートを引っ張り出して、原始的な方法で状況をまとめていた。
ここにきて康太のストレスが限界を迎えたようで、眠い、腹減らない、もう帰りたいと文句のオンパレードが始まっていた。
PCもスマホも使いたくないと康太が駄々をこねたため。怖い、危ないと。
尊臣は結局折れるしかなく、非効率な方法で状況の整理をしていた。
尊臣は静かに荷物の中からノートを取り出し、康太へ渡した。
康太は1時間程度しか寝れていないことが、最大の問題だった。寝不足は人を追い詰める。
「今腹減ってないの?」
尊臣が軽く聞く。
「減ってない…くえねぇ」
そっかと尊臣。
寝るか?と聞けば寝ないと返してくる。
この最悪な空気が時計の針も重くしているようだった。
午前6時。
無言の重圧が続く中、アラームが沈黙を破る。
康太へ向かって尊臣は、パンを投げる。小さなパンがいくつか入ったタイプのもの。
残した分は自分が食べるから、康太は食べれる分だけ食べろと渡した。
康太はそのパンをじっと見つめて
「腹が減らないのも、餓鬼のしわざなのか?」
と聞いた。
尊臣は軽く頷きながらうんと返事をした。
康太は意を決したようにパンを食べ始めた。少しえづきながらも、水で流し込む。苦行だった。
康太の目は焦点が合わずに宙をさまよう。ここまでのダメージを受けるとは本人すら予想していなかった。
4つ入りのパンを2個食べたところで限界を迎える。布団に倒れこんでそのまま意識を手放す。
この24時間で様々なことが起きた。尊臣もここまで凝縮された一日を迎えたのは初めてだった。
残された二個のパンを食べながら、明るいうちにやらなければいけないだろう対策を進めていた。
午前9時。
康太はまだ夢の中。あるいは暗闇の中をさまよっているに違いない。
あと一時間は寝かせてあげれる。
寝ている間にPCを開く。恐る恐る開いたが、昨日の恐ろしいアレは映っておらず、村人たちが催事の準備を進めているところが映る。
冴島家からの供え物は米や野菜、果物といった一般家庭でそろえるのは難航しそうなものばかりだった。量も軽トラックの荷台にパンパンだった。
尊臣の顔が少し歪む。父も母も自分も何も悪いことをしていないのに、どうしてこう面倒が舞い込むのか。村人たちはさも当たり前のように、自分たち家族を差し出す。
村長の話を聞いていた時からの違和感も、不愉快極まりなかった。
確かに自分の先祖がやらかしたことかもしれない。そもそも飢饉はどうしておきていた?本当に天候だけが原因だった?山のアレがすべて引き起こしていたとしたら?
感謝されるは冴島家であって、あの化け物ではないのではないのか?
いらだちが募る。それに父も母も村人の言いなりなのも気に入らない。
どうして面倒見ている自分たちが割に合わない災難にたちむかわないければならないのか?先祖の過ちが子孫へ引き継がれるのはおかしいと思っていた。
PCの時間を見る。まだ30分ある。康太はもう少し寝れる。
午前10時。
静寂を破るアラームが鳴る。
尊臣は焦った、まて、さっき確認したとき9時半だったはず。PCの時計を見ると20分も遅れていた。
「嘘だろ…」
急いで康太を起こす。ゼリー飲料を手に取り、康太の口に流し込む。
起きてるのか起きてないのか、のどを通っていく。
でも、これだけじゃ足りないはずだ。
早く起こさなければまた昨夜の暴食が始まってしまうかもしれない。
尊臣は珍しく焦っていた。スマホの時計、PCの時計、ここの社の時計がすべて違う。社へ入ってすべて確認したはずだったのに。
「康太!起きろ!」
この社に入ってから2回目の大声。自分でも驚くほど大きな声が出る。
康太は目をこすりながら他人事のようになにー?と寝ぼけている。レンジで温めたおにぎりを渡す。
「いいから食え!今すぐ食え!おかしくなりたくないなら食え!」
一気にまくし立てた。
朝日はとうに上って社の屋根を燦燦と照らしている。外の世界には太陽の光が注いで日常を照らしている。
社の中では尊臣が幼いころから叩き込まれた祝詞を唱える。康太は寝ぼけながらおにぎりを頬張る。
時間の歪みが気持ちの余裕を奪っていく。