
あらすじ
民俗学を専攻する大学生・冴島康太は、幼い頃から興味を抱いていた山間の集落、世狐島村を訪れる。そこで再会した従兄・冴島尊臣は、村の風習によって外部との接触を制限され、山の社を守る役目を負っていた。
康太は村に伝わる「こけし」と呼ばれる因習を調べるため、尊臣と共に禁じられた山へ入る。しかしそこで山神と呼ばれる異形の存在に触れ、怪異に取り憑かれてしまう。
村に隠された過去を調べる中、二人は冴島家が背負ってきた呪いと、飢饉の裏にあった真実を知る。康太を救うため、そして長年続いた因縁を断ち切るため、二人は山神と向き合う。やがて、怪異の正体がかつて人を守ろうとした存在だったことを知り、村と冴島家は新たな選択を迫られる。
邪 1話「招待」
例年最高気温を更新し続けるなか、この集落では山風が心地よく、夏の煩わしさを洗い流してくれるよう。
都会の喧騒から離れ、車で4時間。
山の中にあるこの世狐島村に5年ぶりに訪れていた。
大学生になった冴島康太は、民俗学、風習、土着信仰を主に研究していた。
そもそも、民俗学に興味を持ったのもこの村のいとこの存在が大きかった。
艶やかな緑を前に、記憶が蘇る。
「僕はこの村から離れることを禁止されているんだ」と言ういとこ。旅行や、一時的に離れるにも、許可が必要。
一方長男の兄のほうは、大学は東京だし就職も東京。もう帰る気ないよ、とうつむく彼の姿は何か不穏さを物語っていたように思う。
どうしてそんなことになっているのか、興味が尽きなかった。
それに、おばさんの話も興味をそそった。
「昔はね、この地域の風習にコケシってのがあってさ。」
長男以外は、山の神さんのところへ連れていかれたとか言ってた。
どこにでもあるような無いような話ではあったけれど、小学生だった自分にはかなりショッキングな話でもあったのだ。
村に遊びに行くたびに聞かされたその話に興味を持つな、というのがそもそも間違えていると思う。
専攻を選ぶにあたっては親、教授とかなりもめた。これでも結構成績が良かったのだ。
とはいえ、知りたいものを我慢する選択など、私の辞書にはないのだ。とか言ったら母さんにスリッパ投げられたのはいい思い出だ。
そんなとりとめのない事を思い出しながら進むと、見覚えのある茅葺の立派な日本家屋がそこにはあった。
田舎の農家の広すぎるほど広いお屋敷。
小さな頃雰囲気に押されて、到着した途端帰ると泣き出した自分を、怪訝な顔で睨むいとこは今思い出しても性格が良いとは思えない。
玄関先でこちらを睨む所なんて、ひとつも変わっていない。
「また何しに来たの?」
独特のアクセントが耳に残る。
「ちょっと調べ物でね。」
さらに不機嫌さを隠さない
「何を調べるの?何もないよ。何も。」
「まぁ、あんまり気にしないでよ。しばらくぶりだしさ、仲良くしようぜ?」
ははは、と笑っておどけて見せたが、尊臣は全く笑わなかった。こんな辺鄙なところまできた俺を歓迎しないとかどうなってんだよ。と思った。
「尊臣、お前今何してんの?」
遠慮なしに聞いてみる。気になったし。
「…それ聞いてどうするの?」
関係ないだろうと言わんばかりの態度に少しイラっとする。
「いや久しぶりだし、気になるじゃん?俺、いま大学生!」
胸を張って叩いてみた。
「…ふーん」
完全に興味がないようだ。どうしたもんかと思ったが、こんなことでくじけるわけない。だって、村の土着信仰調べるってなったら村の偏屈な年寄りを相手にインタビューをしたり、小難しい古門書を漁ったりして経験値を積んでいるのだ。
「尊臣のこと、知りたいな!」
下からのぞき込んで、爽やかに言ってみる。
「…」
ついに喋らなくなった。
沈黙を破るのは尊臣の母だった。
「あらー!もう着いたの?康太君イケメンになっちゃって!!」
肩をバシバシと叩かれる。
「おばちゃん!久しぶり。元気そうで何よりです。これ、お土産です。」
いそいそとお土産の雷おこしを上納する。
「わぁ!大好物なのよ。雷おこし。ありがとうねぇ」
尊臣の10倍しゃべる。
尊臣が少し俯くのを見逃さなかった。
「おばちゃん、今日俺尊臣の部屋で寝たい!」
ぎょっとした顔でこちらを睨む尊臣。
「相変わらず仲良くできてるみたいでいいねぇ。そしたら布団出しとくから、尊臣、運んでね」
ニコニコしながらも抵抗を拒否するような言い方。
尊臣は心底めんどくさそうに頷いた。
「それで尊臣、そろそろ機嫌直して?」
「はぁ…機嫌が悪いわけじゃないよ。お前も知ってると思うけど、親の前でむやみに話が出来ないんだよ」
やっぱり?と軽くとぼけると、尊臣は続ける。
「大体康太だって知ってたでしょ?村の人達は俺が外の人と話すのを良しとしないって。うちの親も例外じゃないよ。」
昔から少し厳しい家だと思っていたけど、ここまで徹底しているのはなかなか興味深い。
「おまえ、おじろくおばさって知ってる?」
にやりと笑って質問してみた。
「知ってるよ。俺がそのおじろくみたいっていいたいんだろ?」
ぶんぶんと首を縦に振る。
「実際似ている部分はある…と思う。でも、あんな記述通りの息苦しさはあまり感じてないんだよ。」
「というと?」
「まず、俺の仕事の話なんだけどさ、山のお社を週に一度掃除する」
「あとは?」
「それだけ。それだけで月に生活できる分の給料が村から支給されてる。」
「マジ?」
「マジ。」
実際尊臣の部屋は洗練されていて、最新のPC、ゲーム機、書籍がずらっと整然と並んでいた。
「外部と話すなって割に、スマホもPCもあるのな?」
不思議だと思ったことをずけずけと聞いていく。
「現代文明において、スマホを持たない選択肢ないでしょ?」
確かに。
「それに、特定されなければ問題ない…らしいよ。」
「何そのフワッとしたやつ」
「俺にもわからん。実際お前とは連絡取ってたでしょ?」
今回の来訪も、尊臣からの誘いだった。調べたいことがある。手伝ってほしい。間違いなく、自分の好奇心を満たす結果になると、4時間もかけてここに来たのだ。
「ところで、康太。お前後悔しない…?」
一瞬、風が止まる。
田んぼから聞こえる鳴き声が、やけに耳障りだった。