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邪 2話「代償」

    カエルの合唱に若干のイラつきを覚えながらも、康太(こうた)は尊臣(たかおみ)の顔を観察していた。

    昔からの癖なのかそれとも別の理由か、尊臣は人の目を見て話すことはなかった。
    俯き気味に、こちらの反応を覗き見しているようだ。

    「後悔……ね……」
    康太は深々とため息混じりに答えた。

    実際、後悔しないといえば嘘になる。世狐島村の風習を知ることは念願でもあったけれど、それ以上に尊臣の震える指先に違和感が拭えなかったのだ。

    「まー、なんとかなるっしょ!それに尊臣も一緒に調べてくれるんだろ?だったらもうやるしかないよね」
    努めて明るく言った。
    表情は分からないが、少なくとも指の震えはマシになったと思う。

    「もちろんできる限りの事はする。ただ……さっきも言ったけど、基本的に外部の人間と話すことは極力避けるように言われてるし……外を出歩くのも目につかないように気をつける必要がある」

    「そんなの俺の車があるべ?」

    尊臣はやれやれと首を横に振ると
    「……村人の監視レベル高いからな?」

    背筋がブルッとなる。
    確かにこの村に来る度、守りさん家の子だとよく言われていた気がする。
    「そういや、守りさんって呼ばれてるだろ?なんか意味あるの?」

    「ある。俺の家が代々受け継いできた山の社の掃除は、村を守るための儀式らしいんだ。」

    ほう……と、感嘆と共に
    「興奮してきた。その掃除って一人でしないとダメなの?俺も行きたい!」
    康太はもう恐怖より好奇心が上回ってしまった。

    「恐らくばれなきゃ大丈夫…だと思う。」
    手を忙しなく動かしている様は不安を紛らわせているのかもしれない。

    努めて明るく聞く。
    「次の掃除いつ?」

    「明日だよ…」
    目が揺らぐ。

    「じゃぁ決まり!明日は朝から村の散策に出かけるってことにしておこう。人目の付かないところで待ち合わせしたらいいな。」

    「…大丈夫かな…?」
    貧乏ゆすりが加わった。

    「村の謎解くんだろ?多少の無理は想定内ってな!大丈夫、うまくやるよ」

    「危ないと思ったら逃げろよ?」
    さっきまでのトーンとは一段下がった声。一度も合ったことのない目が合う。

    「わかってるって。危ないことはしない。約束な!」
    康太はにやりと笑って答えた。


    夕飯の際に、おじさんとおばさんには村の散策の件を話した。

    おばさんは「あら~楽しんで!」と元気よく答えてくれたが、おじさんの様子が少しおかしかったのは気のせいだろうか?

    「あまり、あちこちへ行くんじゃない。家の周りくらいにしとけ」
    静かな拒絶。
    「特に森には絶対入るなよ?今の時期クマが出るから危ないぞ。」

    「はーい。そうします!」
    と元気よく答えておいたけれど、迫力に気圧されそうだった。

    あの時、おばさんは何かを伝えようとしていた気がする。
    今となってはもう知る由はないのだけれど…


    次の日。早朝。

    尊臣が体を揺らす。
    スマホの画面を確認すると4時半。

    小声で
    「俺はもう社へ向かう。お前は朝飯食ってから絶対見つからないように来いよ。絶対見つかるなよ?」
    とりあえず、このまま寝とけと静かに部屋を後にした。

    俺はまだ眠くて、そのまま二度寝をしてしまった。


    …良いにおいがする。
    卵焼きだろうか?香ばしくて美味しそうなあの香り。
    たまらず目を覚ます。時間を見るともう7時半を回っていた。

    「おはようございます!」
    寝間着姿のまま、リビングへ。
    あえて触れるのは、何も分かっていないとアピールするため。

    「そういえば尊臣の姿が見えないんですけど…」

    おばさんが明るく答える。
    「尊臣はーー」
    そこまで言うと、おじさんが途中から横入りしてくる。

    「仕事だよ。今日一日家に戻らない。尊臣のゲームでもして過ごしたらどうだ?」

    完全に警戒されている。
    外に出るのも一苦労かもしれない。

    …尊臣のことを考えながらも目の前のごちそうに腹が鳴る。こんな時でも腹は正直だ。
    きれいに焼かれた卵焼き、鮭、納豆とみそ汁。朝ごはんの代表。

    「いただきます!」と元気よく言い、食べ始めるととんでもなく美味しい。
    親元を離れてからというもの、こんな贅沢な朝ごはんを食べることなど皆無だった。
    彼女は居るけれど、お泊りもまだしたことがない。ピュアな関係だ。
    彼女もこんな朝ごはんを作ってくれるのだろうか…

    …少し顔が緩んでいたようで、おばさんが
    「そんなに喜んでくれるなんて♪」
    上機嫌になった姿はなんだかとてもかわいく見えた。

    その隣でもくもくと食べ進めるおじさんはやっぱり苦手だと思った。

    朝ごはんを食べ終えると、洗い物を買って出た。
    働かざる者食うべからずの精神は忘れてはいけない。

    普段より丁寧に、綺麗にできたと思う。おばさんも喜んでくれてよかった。
    おじさんはいつの間にか仕事へ向かったようだった。


    おばさんがおもむろに
    「今日、外出るの?」
    聞いてきた。

    「そのつもりだったんですけど、おじさんは外出るのあまりよく思ってないみたいですね?」
    探りを入れてみる。

    「そう?そんなことないと思うわよ。」
    でもそうね…と、続ける

    「山に入るならば…村の人に見つかったら怒られるわね」
    サラッという。

    「そういえば、村の東側は比較的人通りも少なくて、景色を楽しむには良いところよ。行ってみたらどうかしら?」

    お茶を飲みながら独り言のように呟ていた。

    「…着替えて少し散歩に行ってきます。景色楽しみです!」
    若干の不安を感じた。この人は本当に信用していいのだろうか…?


    「いってきまーす!」
    元気よく挨拶をして、玄関を開ける。

    …?

    少しの違和感を感じる。昨日到着するときには気が付かなかったが、目の前の畑の農作物がだらんと、しおれているように見える。

    目の前の用水路の水も糸ほどの量しか流れていない。
    昨日までうるさいくらいだったのに。

    康太は変なの。と思いながらもその違和感を無視した。

    というより、日常を知らなかっただけ、なのかもしれない。

    そのまま村の中を歩いてみる。目線が痛い。

    小さなころ、お守りさんとこの。と言われていたあの感じとは少し違う。

    …かなり違う。

    居心地の悪さに、自然と足が速くなる。息が上がる。走ったら不自然さに何かが起きるかもしれない。そんな恐怖心が襲う。


    しばらく歩くと、村人の視線が消えた。蝉の鳴き声も消えた。
    風が止まる。

    村の東側、ひと気のない「景色がきれいな場所」

    目の前の山へ続く道は、康太の想像のはるか上を行くほどの禍々しい空気をまとっていた。


    帰りたい。

    無意識は、口から洩れていた。

    一瞬だけ、ほんの一瞬だけだったけれどこの場所から離れなければいけない衝動が駆け抜けていた。

    すぐ、尊臣のあの目を思い出す。
    「危ないと思ったら逃げろ…」

    あんな顔を見たら見捨てるなんて出来ないと思ったのだった。

    山へ踏み込む。

    重い足を進めているのは、純粋な好奇心だけだった。

    額に汗をにじませ、しばらく進むと少し開けた場所につく。

    ガサゴソと何かの気配を感じ、身を隠した。
    慎重に音のする方を見ると、茂みが揺れている。
    茂みをかき分けて進んでいるような動き。

    しかしそこには何もない。

    心臓の鼓動が耳にこびりつくほどの緊張感の中、その動きがピタッと止まる。

    康太は反射的に姿を隠した。

    …がさ…ズッ……がさ……ズルッ…

    不定期に動く何かの音が、自分へ向かってくるような錯覚に陥る。

    動くか…?いや、動いたら見つかる。

    何に…?

    ズッ……

    間違いなく近づいてくる。心音がうるさい。黙れ。

    ズルッ……く……たい…

    近づくほどに何かを話してる声が混ざる。

    ズッ……あ……くいたい……

    口を手で押さえる。息が漏れるだけでもばれそうな距離。声はくぐもっていてはっきりは聞こえない。

    何かが横を通り過ぎる…怖い。

    早く…もっと…

    少しずつ進む何かを見ることは出来ない。
    動けない。動いたらばれる。

    意識が飛ぶ…

    しばらくすると、音は遠くへ消え去り、鳥の鳴き声でハッと意識を取り戻す。

    康太は開けたその場所の真ん中で眠っていた。

    周りを見渡しても、何もない。先ほどまでの禍々しさが消えていた。
    あれは夢だった…?

    スマホの時計を確認する。10時半。

    山に入ってまだ30分。

    時間の感覚さえ不気味な気がした。

    それでも、ここから逃げてはいけない気がした。

    いつまでもここでこうしているわけにはいかない。
    怖かった。それ以上に尊臣が心配でならなかったのだ。


    歩みを進める。先ほどのアレが何だったのか?
    気になるし、恐怖でおかしくなりそうになりながらも社を目指した。

    恐怖が限界値を突破しかけたその時、また開けた場所につく。

    先ほどの場所とは違い、空気が澄んでいるような気がした。

    小さな社の近くで、尊臣がほうきを持って立っていた。

    家にいるときのおどおどした感じはなく、はかま姿の彼は年相応の若者に見えた。

    声をかける。
    「尊臣!」
    自然と声が大きくなってしまった。
    尊臣はハッと顔をあげ、少し困った顔で

    「康太、しー」
    人差し指を唇に当てて、

    「ここでは大きい声は絶対出さないで。」
    伝えるのを忘れてたごめんと頭を下げられた。

    努めて小さな声で話す。
    「これが例の社か?」
    尊臣はうなずく。社というより、祠のほうがしっくりくる小ささだった。

    「思ったより小さいのな?」
    それより…話さずにはいられなかった。

    「来る途中に、不思議なことがあってさ…」
    先ほど起きたことを話すと、尊臣の顔は険しくなった。

    「うわぁ、マジか…めんどくさいことになったぞ。康太、体調は大丈夫か?例えば、異常に腹が減るとか、のどが異常に乾くとか、ないか?」

    具体的過ぎて少し笑ったら、怒られた。

    「お前が出会ったのは恐らく山神さんだよ。」
    そもそも開けた場所自体存在しないと言われて、固まってしまった。

    「まぁ、何もないなら多分大丈夫だと思う。」
    半信半疑で聞き返す。

    「もし異常がおきたらどうなるんだ…?」

    …少しの沈黙のあと尊臣は震えながら言ってきた。

    「後戻りできなくなる…」



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