メインコンテンツへスキップ

あおい、あおい 第1部「相続人」 第1話「父の家」



    【あらすじ】

    千葉県霧野市、人口3万5千人の里山の街。相続登記義務化が施行され、経過措置の期限は令和9年3月に迫っていた。

    東京の商社マン・高村正治は、4年7ヶ月放置してきた父の実家と向き合う。
    不動産屋・笠原正吾は、父から引き継いだ家系図ノートを手に、街の「終わらせ方」を支えようとする。
    投資家・田所健一は、誰も手を出さない150万円の物件に家族の未来を賭ける。
    市役所の若手職員・遠山大樹は、制度と現実の狭間で奔走する。
    移住者夫婦・柳田亮太郎と麻里は、廃業した喫茶店に新しい命を吹き込もうとする。
    シングルマザー・木村真奈美は、子供3人を連れて、次の朝を探している。

    6つの視点が交差するとき、1軒の古い家が、次の家族へと手渡されていく。

    家は所有するものではなく、次の人に手渡すもの。

    (第1部〜第6部・全13話)


    土曜日の朝、世田谷区奥沢。

    「あなた、これ」

    百合がリビングに茶封筒を持ってきた。簡易書留のシールが貼られていた。差出人は千葉県霧野市役所。

    高村正治は新聞をたたんでテーブルに置き、封を切った。

    中身は二通だった。

    一通目は「特定空家等の認定に向けた事前通知書」。

    二通目は「相続登記未了に係るご案内(経過措置期限のお知らせ)」。

    正治の指先が止まった。

    父・高村忠雄が他界したのは令和三年十月——四年と七ヶ月前のことだった。母・千代を看取って三年後、父は風呂場で倒れて、そのまま戻らなかった。八十四歳だった。

    あの家はそれ以来、誰も住んでいない。

    「催告書って、前にも、はがきが来てたわよね」

    百合が控えめに訊いた。

    「ああ。一年前と、半年前に」

    正治は目を落としたまま答えた。

    最初のはがきが届いた日の朝、彼は「来月、行くよ」と妻に言った。次のはがきが届いた日の夜、「四半期決算が終わったら」と言った。今日のこの簡易書留が、三度目の通知だった。


    霧野市は、改正空家等対策の推進に関する特別措置法(令和5年12月施行)に基づき、貴殿所有の家屋を「管理不全空家等」として認定する手続を進めております。認定後、勧告に至った場合、固定資産税の住宅用地特例(課税標準額の最大6分の1減額)が解除されます。

    なお、令和6年4月施行の改正不動産登記法により、相続登記は義務化されており、貴殿の旧相続案件の経過措置期限は令和9年3月31日です(過料10万円以下)。

    「六倍って——うちの実家の固定資産税、年八万くらいよね?」

    「来年から、8万円の税が48万円になる」


    【解説:改正空家法(令和五年十二月十三日施行)】

    市町村は、放置された空き家を「管理不全空家等」または「特定空家等」と認定できる。認定後、市町村が勧告を行った場合、その翌年から、固定資産税の住宅用地特例(課税標準額の最大6分の1減額)が解除される。

    つまり、勧告の翌年、空き家の固定資産税は最大で6倍になる。

    8万円が48万円に。
    (出典:国土交通省「空家等対策の推進に関する特別措置法の改正について」)

    百合はしばらく黙った。

    「来年の三月までに登記しないと——過料?」

    「最大、10万円」


    【解説:相続登記の義務化(令和六年四月一日施行)】

    不動産を相続した者は、取得を知った日から3年以内に相続登記の申請をしなければならない。正当な理由なく怠った場合、10万円以下の過料に処せられる(改正不動産登記法 第76条の2、第164条第1項)。

    「過料」とは、刑事罰ではない行政上の秩序罰である。前科にはならないが、家庭裁判所から通知は届く。

    そして、重要なのはここからだ。

    施行日(令和6年4月1日)より前に発生した相続も対象となる。
    旧相続については、施行日または取得を知った日のいずれか遅い日から3年。
    つまり——令和9年3月31日までが最後の猶予となる。

    高村正治の父・忠雄が他界したのは令和3年10月。
    正治には——あと十ヶ月。

    百合は2通の書類をもう一度テーブルに並べた。それから茶封筒の差出人欄を、ゆっくり指でなぞった。

    「霧野市役所から来てるのね。担当の方の名前も書いてあるわ。企画政策課、地域振興係の遠山さんって方」

    「読まなくていい。来週末に行くから」

    正治の声は、自分でも気づくほど固かった。

    ——— ◇ ———

    2週間後、土曜日の朝5時。首都高から東京湾アクアラインへ。

    四半期決算の真っ最中だった。土曜日くらいは本当は休みたかった。だが、もう先延ばしにはできなかった。3度目の催告書を、4度目にしてはならない。

    助手席に茶封筒。

    アクアラインを抜け、館山自動車道、下り線。木更津金田、君津、鋸南——君津インターを降りる。房総の里山道に入って30分。色褪せた看板が視界に入った。

    〈霧野市〉
    〈人口 35,217人〉

    父が生きていた頃は、確か4万人を超えていたはずだった。

    ——— ◇ ———

    集落の入り口で正治は車を停めた。

    5月の房総の里山の朝は、まだ少し冷たい。だが車を降りた瞬間、目に飛び込んできたのは——緑の壁だった。

    父の家。

    庭の雑草が軒先まで伸びていた。腰どころか、肩まで届きそうな草。柿の木は何かに食い荒らされたように、葉のない枝が目立った。

    玄関ポストには、ピザのチラシ、選挙のはがき、市役所からの納税通知——4年半分の紙が、ぎっしり詰まり、口からはみ出していた。

    鍵が回らなかった。

    正治は10分、鍵穴と格闘した。錆びている。やっと回ったとき、扉は軋みながらゆっくりと開いた。

    家の中の空気が、外より冷たかった。

    廊下の床板が、一歩ごとに、わずかに軋んだ。

    仏壇の前に立った。母・千代の位牌、そして父・忠雄の位牌。二つの位牌が並んで安置されていた。横に2人の若い頃の遺影が——母の優しげな笑顔。父の生真面目な眼差し。線香立ての灰は、長い年月の分だけ固まっていた。

    ——この家は、正治が物心ついたときには既にあった。

    昭和48年。父・忠雄が霧野市役所の若手職員だった頃、勤め先の上司からこの土地を紹介された。父は地元の大工に頼み、半年かけて2階建ての家を建てた。木造、瓦屋根、敷地120坪。当時の家族写真には、若い父と母、そしてまだ赤ん坊だった姉・春子が、新築の縁側に並んで写っている。

    ——築53年。

    姉・春子は25年前、岡山の医師に嫁いだ。それ以来、霧野には年に一度、戻れば良いほうだった。

    正治は18歳で東京の大学に出た。それから——盆と正月、年に2度。多くて3度。

    母が亡くなったのが平成30年。父があとを追うように令和3年。

    そして家には、誰も住まなくなった。

    ——— ◇ ———

    台所——食器棚に、二人分の茶碗が並んだまま、4年半の埃を被っていた。冷蔵庫の扉を開けると、青と黒のカビが内壁を覆っていた。電源は4年半前に切ってある。それでもカビは生きていた。

    縁側に出た。庭の塀の上に、ハクビシンらしき糞が点々と並んでいた。柿の実を食べに、夜な夜な来ていたのだろう。

    ——令和3年の盆。

    最後に父と会ったときの記憶が、ふとよみがえった。父はこの縁側で麦茶を飲みながら、笑って言った。

    「正治、家ってのはな。生きてる間はお父さんの家だが、死んだらな、お前の家だぞ」

    正治は笑い返した。「先のことだろ、まだ」と。

    それが最後の会話になった。

    ——— ◇ ———

    外に出ると、隣の家から白髪の老婦人がゆっくりと歩いてきた。

    「あら、もしかして、忠雄さんとこの息子さんかい?」

    「あ、はい。高村正治と申します」

    「やっぱり。似てるねえ、目元が」

    老婦人は笑顔だった。しかしその笑顔はすぐに曇った。

    「あんた、お父さんの四十九日のあと、いっぺんも来とらんかったね」

    「……」

    「うちの庭、毎年あんたんとこの柿の毛虫で難儀しとるんですよ。落ち葉もこっちにぜんぶ。去年の秋なんか、屋根裏にハクビシンが棲みついてね」

    老婦人の声は決して荒くはなかった。むしろどこか、申し訳なさそうですらあった。

    背後で、ガラリと引き戸が開く音がした。

    老婦人の夫だった。同じく白髪、皺の刻まれた首筋にステテコ、ぺたんこのサンダル。腰をわずかに曲げながら、庭の方へゆっくりと出てきた。歳は80を超えていそうだった。

    「儂、市役所に何度電話したか、分からんよ」

    老いた夫は、正治のほうをまっすぐには見なかった。視線は、高村家の枯れかけた柿の木のほうへ向けられていた。

    「市役所の若い人が何度も、何度も来とったよ。雨の日も。台風の翌朝も。……あんた、知っとったかい」

    正治は何も答えられなかった。

    ただ頭を深く下げた。

    ——— ◇ ———

    老夫婦が家に戻ったあと、正治はもう一度、玄関のポストの前に立った。

    4年半分の郵便物の山に手を入れた。チラシ、行政の通知、選挙のはがき——その中に、1枚の名刺が混ざっていた。

    雨に濡れた跡。インクがにじんでいる。


    霧野市役所 企画政策課 地域振興係 主事
    遠山 大樹
    TEL:0553-XX-XXXX

    裏返すと、ボールペンの手書きがあった。

    「ご家族様におかれましては、ぜひ一度ご相談を。お困りの際はいつでもご連絡ください。 遠山」

    もう一度、ポストの中を覗き込んだ。

    底にもう1枚、同じ名刺。さらに、玄関の引き戸の隙間にも3枚目が挟まっていた。

    正治は3枚を縁側に並べた。

    紙の色がそれぞれ違った。1枚はほぼ茶色に変色している。1枚は半分ほど雨染みが広がり、まだら。1枚は比較的白い——たぶんここ数ヶ月のものだ。

    4年と7ヶ月の間に、少なくとも3度、書いた人間がこのポストの前に立っていた、ということだった。

    雨に滲んだ字の線がわずかに震えていた。書き慣れた手の震えではなかった。何度書いても毎回、同じ言葉を選び直して、同じ場所に同じ気持ちで置いていく、そういう震えだった。

    正治はしばらく、その3枚を手のひらで握りしめた。

    ——— ◇ ———

    夕方、東京に戻る館山自動車道、上り線。

    君津インターを過ぎ、館山道から東京湾アクアラインへ。海ほたるパーキングエリア。

    正治は駐車場の隅に車を停めた。エンジンを切り、シートを少し倒した。自販機で買った缶コーヒーはまだ温かかった。

    助手席の茶封筒。書類の文字が頭の中で点滅した。「6倍」「過料10万円」「事前催告」。8万円が48万円。経過措置期限まで10ヶ月。

    ポケットの中でスマホが震えた。百合からの着信。

    正治はシートを起こして応答した。

    「どうだった?」

    正治はしばらく答えられなかった。

    「百合」

    「うん」

    「俺は——4年と7ヶ月、何を放っておいたんだろうな」

    電話の向こうで、百合はしばらく黙っていた。それから「ゆっくり、帰ってきて」とだけ言った。

    正治はコーヒーを最後まで飲み干した。フロントガラスの向こう、海ほたるの外灯が、暮れかけた東京湾の上に、ぽつ、ぽつと点り始めていた。

    ——— ◇ ———

    奥沢の自宅。

    リビングのテーブルに、二通の通知書と、雨に濡れた3枚の名刺が並んだ。

    正治は壁の写真を見上げた。父・忠雄の遺影。

    父は笑っていた。

    「死んだらな、お前の家だぞ」

    父は確かに、そう言った。

    そして自分は、その家を4年と7ヶ月、雑草とハクビシンと、隣家の電話の数だけ放置してきた。

    「百合」

    「うん」

    「来週、もう一度行ってくる。市役所の遠山さんに電話するよ」

    百合は頷いた。

    窓の外で、夜風が街路樹を揺らしていた。遠くで誰かの家のチャイムが鳴った。誰かが誰かを訪ねていく音だった。

    正治は、雨に滲んだ名刺の「遠山」の2文字を、もう一度見つめた。

    4年半、誰かがこの家のドアを叩き続けていた。

    高村忠雄が建てたこの家は、もう誰も住まない家ではなかった。

    正治はまだ、そのことの本当の意味を知らない。

    (第2話に続く)

    #創作大賞2026

    #お仕事小説部門


    あなたへのおすすめ