あおい、あおい 第1部「相続人」 第2話「次の人」
2日後、月曜日の昼休み。
正治は商社8階の法務部に足を運んだ。
「親の実家の相続でな。今は空き家になってる。千葉県の房総半島の里山だ」
法務部長はしばらく考えてから、メモ用紙に名前を書いた。
「桐谷麻衣弁護士。相続不動産に強い先生だ。一度、相談してみたらどうだ」
正治はその日の夜、メモ用紙の番号に電話をかけた。
「来週の火曜、18時、空いておりますがいかがですか」
落ち着いた、しかし芯のある女性の声だった。
——— ◇ ———
火曜日の夜、東京駅、丸の内側の白いビルの七階。
桐谷麻衣は30代後半の痩せた女性だった。眼鏡の奥の黒目がちの瞳が、書類を一行ずつ丁寧に追っていた。
「ご相談のお家は——お父様、令和3年10月にご他界。お姉様は岡山県在住。所有者は現状、登記上はお父様のまま」
「はい」
「では、まずお聞きします」
桐谷は書類から目を上げた。
「お姉様と相続の話、どこまで進んでいますか」
「……何も、進んでいません」
「4年と7ヶ月、ですね」
桐谷の声は責めていなかった。ただ、事実を確認していた。
「正治さん。遺産分割協議がまだなされていない、ということです。お父様の相続人はお姉様とあなた。法定相続分はそれぞれ2分の1。協議書が無い以上、あの家の半分はお姉様のものです」
「はい、それは分かっています。ですが、何も進められていませんでした」
「そして、ここからが本題です」
桐谷はペンを置いた。
「もしこれから、お姉様かあなたのどちらかが急に亡くなった場合。次の世代、つまりお姉様のお子様、あなたのお子様、複数人に相続権が移ります。3人、4人、5人。やがて誰の何分の何の権利か、分からなくなります」
「それが、所有者不明土地、ですか」
「正解です」
【解説:所有者不明土地問題】
国土交通省の調査(平成29年)によれば、所有者不明土地の面積は九州本島を上回る約410万haに達する。
主因は相続が複数回繰り返され、相続人が数十人に膨れ上がること。協議が整わず、登記が放置された結果、誰が所有者か追跡不能となる。
令和6年4月の相続登記義務化、令和5年4月の相続土地国庫帰属制度——一連の法改正は、この「次の世代に押しつけてはならない」という社会の決断である。
(出典:国土交通省「所有者不明土地等対策の推進について」)
「正治さん」
桐谷は続けた。
「最優先はお姉様との遺産分割協議書の作成です。あなたの単独所有にするか、共有にするか。共有のままだと売却も解体も賃貸も——お姉様の同意が毎回要ります」
「単独に、します」
「単独相続の場合、お姉様の法定相続分(2分の1)に相当する金額を、代償金としてお支払いするのが通例です」
「代償金、——」
「あくまで仮定の話ですが——査定額が仮に3百万円前後だとすれば、その半分の150万円前後。これをあなたがお姉様にお支払いする。これがあればお姉様の同意は得られやすい、というのが実務上の感触です」
正治は頷いた。
「正治さん。次に——処分方法のご検討です」
桐谷はもう1冊の薄い綴じ込みをテーブルに置いた。
「ご相談を受けてから、霧野市の不動産相場を軽く調べました。私の事務所と取引のある霧野市駅前の笠原不動産という業者にも、ヒアリングしています。ご参考までに、3つの選択肢、整理してまいりました」
【解説:空き家所有者の三つの選択肢】
選択肢①:売却
査定:約320万円(霧野市・築53年・接道3.8m)
メリット:一括清算、管理責任から解放、低廉空家特例(800万円以下なら仲介手数料を最大33万円に上限緩和)
デメリット:価格が安い、買い手が見つかるとは限らない
選択肢②:解体
査定:200〜300万円(木造2階建・約30坪)
メリット:倒壊リスク・特定空家認定リスクがゼロに
デメリット:更地化で住宅用地特例が解除→翌年から固定資産税が最大6倍、解体補助金は要件あり
選択肢③:賃貸(DIY含む)
査定:改修費 100〜500万円/月家賃 3〜5万円
メリット:継続収入、移住促進への貢献
デメリット:借り手リスク、修繕責任、築53年は旧耐震基準・接道3.8mで再建築不可問題
(出典:国交省「空家等対策の現状について」R6.4/低廉空家特例:宅建業法施行規則 R6.7改正)
「再建築、不可——?」
「ご実家の前面道路は幅員3.8m。建築基準法では、敷地は幅員4m以上の道路に2m以上接道していなければなりません。詳しくは市役所か笠原さんに確認なさってください。私からは、ここまでが責任を持ってお話しできる範囲です」
桐谷は淡々と、しかし丁寧だった。
「お姉様と、まずはお電話を」
——— ◇ ———
その夜、奥沢の自宅、書斎。
「もしもし、姉ちゃん」
「正治? 珍しいわね。何かあった?」
「うん。父さんの家のことで」
電話の向こうで、姉・春子は息をひとつついた。
「あの家、本当にごめんね。私、何にもできてなくて」
「いや、俺も同じだよ、姉ちゃん。4年と7ヶ月、何にもしてなかった」
「ううん。長女なんやし、ほんとは私がやらなあかんかったんよ。岡山からたびたび行けなくて、ずっとあんたに押しつけてた」
「いや」
「あんたが動いてくれたんね。ありがとう」
正治はしばらく答えられなかった。
「正治、あの家のことで、とつだけ、覚えとる?」
「うん?」
「平成27年頃やったかな。お母さんが膝、悪うしてからね、お父さんが、『千代に楽させてやりたい』って、ユニットバスとキッチンと、トイレ、ぜんぶ新しいのに替えたの。お母さん、最後の3年は、新しいお風呂で、嬉しそうに入っとったわ」
「そうやったね。覚えてる」
「あの水廻りだけは、まだ10年ちょっとや。築53年の家にしては、売るとき、プラスにしてくれる人が、おるかもしれん」
正治は頷いた。父が母のためにした、最後の大きな仕事だった。
それから桐谷弁護士のこと、遺産分割協議のこと、単独相続のこと、そしてまだ売却金額は確定していないが、桐谷の試算では3百万円前後、その半分の150万円ほどを代償金として春子に支払いたい、という話を告げた。
「あの家、本当に任せきりでごめん。あんたにお願いしてもいいかな」
「もちろん、姉ちゃん。やるよ」
「私、もう岡山に25年いるんよ。霧野には、もう戻る気力も無くて、ごめんね」
「いや」
「代償金はいいわ。要らない」
「いや、姉ちゃん。それはちゃんと払う。それが筋だ」
「正治」
「うん」
「あんた、これから何回、霧野に通うん? 不動産屋と話して、買い手を見つけて、契約して、引き渡して、全部あんたがやるんやろ?」
「……うん」
「それやったら、150万円なんて安いもんよ。あんたの手間賃のほうが、よっぽど高い」
「いや、姉ちゃん」
「それに、あんたも私も、若くないやろ? もう少し若かったら、私も月1で岡山から通えたかもしれん。腰や膝が、まだ丈夫やった頃やったら。でも、もう無理やわ。あんた1人に現地のことはお願いするしかない。そやから、せめてお金のことは私から何も要らんよ」
「……」
「それに、私には岡山に夫の収入も、息子夫婦もちゃんとある。150万円より、あんたがここまで動いてくれた、その気持ちのほうがよっぽどありがたい」
正治は何も答えられなかった。
「正治。その代わり、ひとつだけお願い、いい?」
「うん」
「仏壇の母さんの位牌と、父さんの位牌をこっちに送ってもらえる? 私こっちで、ちゃんとお盆とお彼岸、お祀りしたいから」
「分かった。必ず持って帰る」
「遅くなってごめんね。本当」
電話はそれで切れた。
正治はしばらく受話器を見つめていた。代償金の押し問答。姉の淡々とした、しかし揺るぎない声。4年と7ヶ月、自分1人が抱えていたつもりだった。だが向こうも、向こうで抱えていた。
そして姉も、もう東京で正治と合流して千葉まで、という新幹線の長旅でさえ、体力的にしんどい年頃になっていた。岡山から東京まで、新幹線で3時間半。そこから千葉の里山まで、さらに2時間。日帰りは、もう無理だ。
——— ◇ ———
翌週の金曜日。
正治は午後半休を取った。アクアラインの渋滞を抜け、館山自動車道で霧野市役所に着いたのは午後3時前だった。
2階、企画政策課の奥にある小さな打ち合わせテーブル。
「遠山 大樹です。本日はお越しいただき、ありがとうございます」
2十代後半、と正治は見立てた。背筋が伸びていた。スーツは決して新しくはなかったが、糊がしっかり効いていた。
「あの名刺、ポストに3枚ありました」
正治は雨に滲んだ3枚の名刺をテーブルに並べた。
遠山はしばらく沈黙した。
「……お父様がご存命の頃、雨樋の修理の補助金申請で、何度かお邪魔したことがありました。私、霧野市の出身です。あの集落は、私の祖母の家から歩いて10分のところにあります」
遠山はしばらく間を置いて、続けた。
「お父様が他界された後も、空き家の管理についてご相談したくて、何度か、お訪ねしていました。お留守でしたので、名刺の裏に一筆書いて、ポストに残しておりました。3枚、届いていたなら、嬉しいです」
正治は頭を深く下げた。
「高村様。本日、市の立場としてお伝えしたいのは、大きく3点です」
遠山はA4のレジュメをテーブルに置いた。
1点目は、特定空家等の認定。現状の管理不全状態が継続すれば、市は段階的に助言・指導、勧告、命令、行政代執行へと進めざるを得ない。勧告に至れば、固定資産税の住宅用地特例は解除される。
2点目は、接道と既存不適格の論点。
「ご実家の前面道路は幅員3.8m。建築基準法では、敷地は幅員4m以上の道路に2m以上接していなければ、新築できません。ですが、ご実家の前面道路は42条2項道路として指定を受けています。セットバック——道路の中心線から2m後退する形で、再建築は可能です」
「セットバックすると、敷地が削れる、ということですね」
「はい。幅員3.8mの道路は、4mに20cm足りません。再建築時には、ご実家と、お向かいのお宅、それぞれが10cmずつ後退する形で、4mを確保することになります。ご実家の建築面積への影響は、ほぼありません」
【解説:建築基準法42条2項道路(みなし道路)/セットバック/既存不適格】
建築基準法は、敷地が幅員4m以上の道路に2m以上接道していなければ建物を建てられない、と定める(接道義務)。
しかし戦前・戦後すぐから建物が並んでいた幅員4m未満(1.8m以上)の道路については、特定行政庁が「みなし道路」として指定できる(42条2項)。その場合、道路の中心線から2m後退(セットバック)した線を敷地境界とみなす。後退部分には建物も塀も建てられない。再建築の際は、このセットバックが絶対の義務となる。
幅員3.8mの道路の場合、両側それぞれ10cmずつのセットバックで4mの道路幅が確保される。
──────────────
【既存不適格と違反建築物の違い】
違反建築物:建築当初から建築基準法等に違反している建築物。違法状態の解消が必要。
既存不適格建築物:建築当時は合法だったが、その後の法改正により現行法に適合しなくなった建築物。そのまま使い続けることは合法。ただし、再建築や大規模な増改築の際は現行法への適合(セットバックなど)が必要となる。
高村家は昭和48年築。建築当時の基準では適法。しかし現状は「既存不適格」に該当する。住み続ける限り違法ではない。だが解体して新築するなら、セットバックが必須となる。
3点目として、遠山は改正空家法(令和5年12月施行)の新制度を2つ紹介した。
「1つ目の新制度——空家等活用促進区域です。市町村が指定すれば、その区域内では接道規制の合理化——セットバックの軽減や免除も可能になります。霧野市は今年度中の提案を目指しています」
「今年度中——提案?」
「正直に申し上げます。区域指定は議会で承認されたとしても、施行は早くて翌々年度。高村様のご売却そのものには間に合いません」
正治はわずかに肩を落とした。
「ですが、買主の方がご購入後も保有を続けていれば、施行された段階で、その物件は自動的に対象になります。再建築の際のセットバック軽減・免除が適用される、ということです」
「つまり、購入後に施行が追いつく、と」
「その通りです。買主にとっては今購入しても、将来的なメリットが後から付いてくる、という形になります。物件の購入動機にも繋がる可能性があります」
正治は若い職員の顔を見直した。
「2つ目の新制度——空家等管理活用支援法人です。市町村が地元の不動産業者やNPOを支援法人として指定し、市と情報共有しながら、空き家所有者と買主・借主との橋渡しを行います。霧野市は市内の笠原不動産さんを、支援法人として指定する方向で調整しています。低廉空家特例(800万円以下の物件は仲介手数料の上限が最大33万円)にも対応しておられます」
【解説:改正空家法(令和5年12月施行)の主な新制度】
管理不全空家等の認定(特定空家等の前段階/早期介入)
空家等活用促進区域(接道規制等の合理化/セットバック軽減)
空家等管理活用支援法人の指定(民間業者・NPOを市町村が指定/所有者と利用希望者の橋渡し)
財産管理制度の活用円滑化
これらは、空き家を「朽ちさせない」ことから「使い続ける」ことへ、政策の重心を移した、令和の空家法改革の柱である。
なお、空家等活用促進区域の指定は、指定時に区域内に存在する物件すべてに自動的に効力が及ぶ。つまり指定前に売却された物件であっても、指定時に買主が保有を続けていれば、その買主が恩恵を受ける。
(出典:国土交通省「空家等対策の推進に関する特別措置法の改正について」)
正治は若い職員のその目を見た。眼鏡の奥に迷いはなかった。
「4年と7ヶ月、私は何度もお父様のお家に伺っていました。手紙も書きました。ですが、失礼を承知で申し上げます」
遠山の声がわずかに震えた。
「この街を、空き家ばかりの街にしたくありません」
——— ◇ ———
午後4時、霧野市役所の駐車場。
正治の頭の中で、桐谷の3択比較表が回転していた。
売却なら3百万円前後。仲介手数料を引けば、おそらく270万円ほど。姉が代償金を辞退してくれた。手元にその分が残る。
——解体なら、解体費200〜300万円がまず出ていく。それでいて固定資産税は翌年から年48万円。それを自分が毎年払い続けることになる。買い手がすぐに見つかれば良い。だが霧野市の中古物件は平均、半年から一年市場に残る、という。最悪、解体300万円、2年分の固定資産税96万円——合計約400万円が消える。
——賃貸なら改修費5万円。月家賃4万円としても年48万円。資金回収には10年以上かかるだろう。その間、自分は56が66になる。借り手がすぐ見つかる保証もない。
正治はハンドルに両手を置いた。
決断はもう、決まっていた。
——— ◇ ———
夕方、隣家の玄関。
正治は房総の銘菓——落花生最中の立派な包みを2つ置いた。
「4年と7ヶ月、本当に申し訳ありませんでした。売却の方向で進めます。新しい所有者の方には必ず、ご挨拶に伺うようにお伝えします」
老婦人は目に薄く涙を浮かべた。
老いた夫は相変わらず、正治の方をまっすぐには見なかった。だが、一度だけ、深く深く頷いた。それからぽつりと、一言だけ言った。
「忠雄さんはいい人だった」
正治の喉の奥が熱くなった。父の名をこんなにまっすぐ呼んでもらえるとは、思っていなかった。
——— ◇ ———
最後に、仏壇の前。
正治はまず、線香に火を灯した。実家の仏壇に向かうのは、久しぶりだった。煙がまっすぐに立ち昇った。
両手を合わせた。
「父さん、ごめんな」
返事はなかった。
「父さんが建てたこの家を、俺は誰かに渡すよ。だけど、次の人がちゃんと住んでくれる人だといいな」
煙がゆっくりと揺れた。
それから正治は、慎重に母・千代の位牌と父・忠雄の位牌を桐の小箱に納めた。岡山の姉・春子が新しくお祀りする。遺影も絹の布で丁寧に包んだ。
開け放った縁側から、5月の夕風が線香の最後の煙をゆっくりと運んでいった。
——— ◇ ———
外で車が一台、ゆっくりと通り過ぎた。集落の細い道を、見定めるような徐行だった。
それは、田所健一という、まだ正治が名前も知らない、東京から下見に来た空き家投資家のコンパクトカーだった。
田所は運転席から、家の前面道路の幅員を目で測っていた。
「4mはなさそうだな。3.8か、3.9か。再建築、引っかかるか」と呟いた。
2人はまだ、出会わない。
だが父の家は、もう朽ちていくだけの空き家ではなかった。次の誰かを待つ家になっていた。
(第1部・了。第2部「投資家・田所健一」へ続く)