あおい、あおい 第4部「自治体担当者」 第1話「数字と顔」
月曜日の朝、午前8時、霧野市役所、2階の企画政策課。
開庁30分前。遠山大樹は自分の机に座って、配布用の資料をもう1度、最終チェックしていた。
『空家等活用促進区域 指定 議案書(案)』
A4で12ページ、半年かけて作った原案。来月の市議会で上程予定。
「遠山くん、おはよう」
課長の渡辺千鶴が、隣のデスクから声をかけた。
「おはようございます」
「議案書、どこまで進んだ?」
「上程の最終チェックです。あとは住民意見聴取の集計を別紙にまとめれば」
「うん。よくやってる」
渡辺は45歳——遠山の2代前の、同じ係の出身。「優秀すぎて出世が早い」と陰口を叩かれる、市役所内では数少ない女性管理職。
午前8時30分の開庁。
9時を少し回った頃、同僚の島田隼人が振り向いた。
「遠山さん、笠原不動産さんから電話です。山田治郎家の件、と」
遠山は頷いた。
「繋いでください」
——— ◇ ———
笠原との電話は10分で終わった。
商店街の喫茶店「やまだ」、店主が脳梗塞で入院、店舗併用住宅、支援法人として市と連携して活用方法を検討したいという打診。
電話を切ってから、遠山は庁内パソコンを開いた。業務用の表計算ソフトに「霧野市内・空き家化の予兆ある物件リスト」というファイルが、ある。
業務に関わる情報は庁内ネットワークの中で扱うのが原則。住所や家族構成といった個人情報は、個人スマホには絶対に持ち出さない。市役所職員の情報セキュリティの基本だ。
リストには41軒の住所、家族構成、最後の入居者、空き家化の予兆、入庁以来5年間コツコツと書き留めてきた、遠山個人の業務メモ。
新しい行を追加する。
「山田治郎・美代子家/霧野字駅前23番地/店舗併用住宅/息子は東京、戻る予定なし」
42軒目。
「商店街の真ん中で空き家化が進めば、霧野市にとっても、もう見過ごせない問題になる」
笠原の言葉が、電話で耳に残っていた。
——— ◇ ———
【解説:市町村の空家等対策計画と実行のギャップ】
改正空家法(令和5年12月施行)に基づき——
市町村は「空家等対策計画」の策定が努力義務化(旧法では任意)
計画には、管理不全空家の認定基準、活用方針、空家等活用促進区域の指定、支援法人の指定、住民との連携などを盛り込む
国土交通省の調査では、令和6年時点で約9割の市町村が策定済み
ただし——
計画策定はゴールではなく、出発点
多くの自治体が「計画はあるが、勧告・認定の実績はゼロ」という現状
「計画」から「実行」までの距離が、地方自治の現場の最大の課題
(出典:国土交通省「空家等対策の現状について」R6.4)
——— ◇ ———
午後、遠山は企画政策課の会議室で係内会議に出た。
議題:来月の市議会への上程予定。空家等活用促進区域、移住推進補助金、子育て家庭家賃補助。
渡辺課長がホワイトボードに、霧野市の人口推移を書いた。
——昭和50年:48,000人。
——平成2年:42,000人。
——平成20年:38,000人。
——令和3年:36,500人。
——令和8年(今):35,217人。
「50年で、約13,000人減りました。年率約0.6%の減少」
渡辺は淡々と続けた。
「国立社会保障人口問題研究所の推計では——令和17年に、30,000人を割り込む可能性」
会議室はしばらく静かになった。
「遠山くんの議案書は、この減少のスピードを少しでも緩めるための第一歩」
遠山は頷いた。
だが——
議案書が通っても、本質的に人口は減り続ける。空き家は増え続ける。笠原さんの家で、あの不動産屋の父子2代が、72年かけて書き溜めてきた「家系図ノート」——あれのような、地域の記録はいつか誰も読まなくなるかもしれない。
そして、自分が机の引き出しで書き続けている「空き家化の予兆ある物件リスト」も、いつか誰の手にも渡らない、ただの紙束になるのかもしれない。
遠山はしばらく、ホワイトボードの数字を黙って見ていた。
正直に言えば、辞めたいと思ったことがある。入庁3年目の秋、近隣から特定空家の撤去を求める陳情書が届いたとき、所有者が行方不明で、法的手続きを踏んでも半年以上かかると分かった夜。「これが、俺にできることの限界か」と思った。机の前で、ただ座っていた。
統計の数字だけ見ていると、自分一人がいくら走っても何も変わらないと、諦めたくなる。
だが——
一軒一軒の家には顔がある。高村正治、田所健一、笠原正吾、山田美代子。そして、これから出会うはずの、まだ顔の見えない移住者。
顔を見れば放っておけない。
「数字に押し潰されず、顔を訪ね続ける」いつしか、気づけばそう自分に言い聞かせていた。
「遠山くん」
渡辺が隣から軽く声をかけた。
「あ、はい」
「議案書、焦らなくていいから。1歩ずつね。私も、若い頃に同じ数字を見て、同じ顔をしてたから」
遠山は頷いた。渡辺の言葉は、励ましでもあり、警告でもあった。
——— ◇ ———
午後9時30分、遠山は市役所を出た。議案書のピーク時で、定時より4時間遅れの退庁。
実家まで、自転車で10分。霧野市の北端、田圃と畑に囲まれた集落。
「ただいま」
父・健作(56歳)は風呂上がりで湯呑みの茶を飲んでいた。母・幸子(53歳)は台所の片付けを終えたところだった。
「お、おかえり。最近、遅くなってるな」
「議案書の最終チェック中で」
「ふうん」
幸子が、温め直した夕食を出した。地元の野菜と房総の魚の煮付け。父母はとっくに食事を済ませていて、食卓には遠山の分だけが並んだ。
「大樹、市役所の仕事は楽しいか?」
「楽しいよ。やりがいはある」
健作が新聞を畳んだ。
「霧野も、人、減ったな。俺らが子供の頃は、田圃のあぜ道で毎日、5、6人の子供と遊んでた」
「うん」
「お前の代では、何人で、遊べた?」
「1人か、2人、かな」
遠山は黙って、温め直された魚の煮付けを、口に運んだ。
「大樹」
「うん?」
健作は湯呑みの茶を見ていた。
「お父さんは、田圃のことしか、分からん。だが、お前がまちのことを考えてくれているなら、それでいいと思う。父さんは田圃を守る。お前はまちを見続けてくれ」
「うん」
遠山は茶碗を持ったまま、父の背中を見た。
入庁2年目、千葉大のゼミ仲間から連絡が来た。「都市コンサルに来ないか。霧野で学んだフィールドワークの感覚、絶対に活きる」と。3日、迷った。
断ったとき、自分でも、なぜかうまく言葉にできなかった。ただ、机の引き出しのリストを開いて、当時まだ30軒程度だった住所を、1軒ずつ眺めながら、「これを誰かに引き継がずに出ていけるか」と思った。
引き継ぐ誰かがいなければ、自分がやる。
それだけだった。義務ではなかった。
健作はそれだけ言って、立ち上がり、縁側に出て、タバコに火をつけた。風呂上がりの一服。月曜日の夜の、静かな湿気。
幸子が茶碗にお代わりの白米をよそった。
「お父さん、ああ見えて、大樹の議案書のことがずっと気になってるみたい」
「そうなの」
「気になるって、口にしないけどね」
遠山は頷いた。父の不器用な励まし方は昔からそうだった。
——— ◇ ———
その夜、遠山は、自分の部屋で机に向かった。
大学時代から続けている、紙のノート。
『霧野市・若い人の声・聞き書きノート』
業務情報は庁内システムの中で。だがこの聞き書きは、個人的な、卒論の延長。紙のノートで、自分の机の引き出しにしまってある。
千葉大学四年生のとき、卒業論文のために始めたノート。当時のテーマは「人口減少地域における若年層の地元観」。卒業後、市役所に入ってからも、続けている。入庁五年で、合計六十名以上の同世代の声を、コツコツと聞き書きしてきた。
ページをめくる。
卒論時代の、霧野高校時代の同級生たちの声から始まって、入庁後は、商店街の若手、Uターン者、Iターン検討者、地域おこし協力隊員、地元農家の後継ぎ世代、そして市役所内の同期や先輩や後輩、東京に出ていった元同級生まで、少しずつ聞き書きの対象は広がってきた。
入庁1年目、商店街を歩いていた時の立ち話。
「横地健太(三十一・文房具店二代目):商店街は、変わらないと、駄目だ。だけど、年長者は、変わりたくない」(五年前・家業を継いだばかりの頃)
入庁二年目、退職を控えた先輩の送別会の夜。
「松永康夫(五十八・市役所先輩・退職間近):俺らの代は、街の縮小を見続けるだけだった。お前の代で、何かひとつだけでも形にしてくれ」(四年前・送別会の二次会で)
地域おこし協力隊・川村詩織の着任歓迎会。
「川村詩織(二十九・地域おこし協力隊三年目):移住者を受け入れる構造が、霧野市にはまだできていない」(三年前・着任歓迎会で)
若い人の声は、市役所の数字にはなかなか現れない。だが、街の未来は彼らが書く。
そして、年配の人の声は、若い人が引き継いでいく。
遠山は、ノートを閉じた。
明日、笠原と山田家のことで面談する。
そして、その先には、まだ遠山の知らない、霧野市の外から来る新しい風が、もしかしたら待っているかもしれない。
「数字」を見続け、「顔」を訪ね続ける。
それが自分の5年目の仕事。
(第4部 第2話に続く——市議会での議案上程、山田家活用案、よそ者の予兆)