
少しだけ光る プロローグ
あらすじ
静かな海に浮かぶ凪瀬島で、写真を撮りながら暮らす蒼介。旅人の言葉と風景写真を飾る小さな展示を準備していた秋、京都から未那という女性がやってくる。夕焼けや星の前で言葉をなくす彼女に、蒼介は少しずつ惹かれていく。けれど、優しさも恋も、名前をつければ形を変えてしまうことがある。これは、うまく持てなかった時間を、それでも抱えて生きていく物語。
プロローグ
五月の夕方、撮影を終えたあと、僕はまだ浜に残っていた。
空の色が薄くなり、海の上に夜が降り始めている。
さっきまで夕焼けを見ていた人たちは、もうほとんどいない。
波の音だけが、静かに続いていた。
西の空に、細い月が浮かんでいる。
そのそばに、明るい星がひとつ。
少し離れたところに、もうひとつ落ち着いた光がある。
金星と木星なのだと思った。
正確なことは分からなかったけれど、その夜の空には、細い月と二つの光が浮かんでいた。
それは強い光ではなかった。
誰かを照らすほどでもない。道を示してくれるほど、はっきりしたものでもない。
それでも、消えてはいなかった。
少しだけ、光っていた。
その光を見ていると、胸の奥で何かが静かに動いた。
忘れたわけではない。
でも、思い出すたびに同じ形で痛むわけでもなくなっていた。
愛だったのか。
弱さだったのか。
救いたかったのか。
救われたかったのか。
今でも、ひとつの言葉では言えない。
ただ、あの時間が嘘ではなかったことだけは、今なら分かる。
うまく持てなかった。
そう言うことしか、まだできない。
けれど、うまく持てなかったからといって、なかったことにはできなかった。
静かな海に浮かぶ、夕焼けが有名な凪瀬島。
僕はこの島で写真を撮って暮らしている。
凪瀬島の風景写真と、旅人が残した言葉を飾る小さな展示を開いていた秋、京都からひとりの女性がやってきた。
名前は、未那。
彼女は夕焼けの光を見ると、言葉をなくす人だった。
星を見ると、帰り方を忘れてしまいそうな顔をする人だった。
少なくとも、僕にはそう見えた。
そして僕は、その人に惹かれていった。
これは凪瀬島で出会ったひとりの人と、名前をつけられなかった時間の話。
目次
※この作品はフィクションです。登場する人物・地名・出来事などは、実在のものとは関係ありません。