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Time after time―蒼井みゆるのさとみの記憶 ◇13 悪戯

    ◇13 悪戯

     何か夢を見ていたようだよ。
     それとも、あの声と同じところから語りかけてくれていた、遠い記憶を思い出したのかな。

     目覚めた時に気持ちが少し固まったような気がした。
     変な朝だよ。

     午前中の休み時間。
     何の発想もなかったのに手が動き出した。
     ロルバーンの方眼のノートを2枚、破線のところで切り取って、5ミリ四方の薄い線にそって細かく刻む。
     どうするのかって?
     それはもう決まってる。

     あーこれって、思ってたより地味な作業だ。
     重ねて切るとずれてくる。
     でもね、そんなに沢山いらないし。
     ククク。
     矢本さんの視線を感じる。
     「ね、矢本さんって、昨日はどれくらいまで残ってたの?」
     ククク。
     『7時。』
     「そんなに遅く?」
     『2人が残ってたから。』
     へぇ。
     ほんとに、黒田さんに追いつくつもりなのかな。
     ククク。
     「一緒に練習すればよかったじゃん。」
     『なんか、やだ。』
     気持ちはわかるけどさ。
     ク、ク、ク。
     「一緒に帰ったの?」
     ク、ク、ク。
     『先に1人で帰った。ねぇ、それ何やってるの?』
     なにをって言われると、とても説明がしにくいことなんです。
     あ、そうだ。 
     「今日、お昼一緒に食べない?」
     『いいけど。』
     ク、ク、ク。
     「黒田さんも一緒でいいよね?」
     『・・・別にいいけど。』
     ク、ク、ク、ク、クっと。これで完了。ビニール袋に入れてしまっとこ。

     3限目終了。

     「黒田さん。お昼一緒に食べよ。そっち行くから。」
     「はい。ここ?」
     そうです。
     黒田さんの席です。
     そして私は黒田さんと向かい合う。
     これでいいね。
     矢本さんは、横でごめんなさい。
     『これ狭くない?』
     ですよね。でもこれでいいの。
     こうしないと、春木君の様子が分からないからね。

     こほん。 
     では先程の5ミリ四方に切り刻んだノートの紙を、春木君の頭の上にぱらぱらーっと。
     『なに。悪戯?』
     「違います。」
     これは教育です。
     『・・・蒼井さんって、ほんと面白いね。』
     どこが。
     「あっ、あれは。」
     え?
     「黒田さん、ちょっと待って。席に座ってて。」
     まだ教えるのには早すぎるから。
     「あの、私。いじめには反対です。」
     「これは、いじめじゃないから。」
     「じゃあ、なんで・・・。」
     「だーれが誰をいじめてるって?」
     あーめんどくさいの来た。
     「よっこらしょっと。」
     おばさんかよ。え、ここで矢本さんをひざ抱っこ?・・・うらやましい。
     どうしてそういう事が自然にできるのかな。
     『ちょっと。』
     「席がないから、しょうがないよー。」
     もう、狭いのに勝手にお弁当広げて。
     お弁当包みが私のごはんにかかってるし。
     カレーのとこでなくてよかったけど。
     あ、おかず唐揚げ。
     「でー、あれをやったのがゆるみなの?」
     『そう。』
     あ、こら教えるな。
     これ、ゆいに突っ込まれるとちょっと厄介なんだから。
     「へー。ゆるみがそんないじめをね。春木君にねぇ。」
     ほら来た。
     「い、いじめじゃないし。」
     ここ掘って来られると、春木君が私のその人だって、ばれちゃう可能性が・・・。

     「おー、黒田さんのお弁当はおにぎりだ。でっかぁ。こんなのどこで売ってるの?見たことない。」
     あれ?スルーした。
     めずらしいな・・・。
     黒田さんのお弁当はおにぎりとゆでたまごだけ。
     なんかあっさり。
     「これは私がにぎって来てるよ。」
     「へー、えっ。黒田さん手もでかい。男子並みじゃない?これならおにぎりの大きさも納得だね。」
     ゆい。
     それは微妙にハラスメント。
     ほら、黒田さん複雑な顔してるでしょ。
     ガタッ。
     「・・・やっぱり私、教えてきます!」
     「ちょっと待つの。」
     春木君を気にしていたのかぁ。
     「昼休みの間だけああしておいて。春木君が怒っちゃったら、私が謝るから。ね?」
     うわぁ、非難の目つき。
     なんかこわい。
     黒田さんは敵に回しちゃいけない人だ。
     「黒田さんは昨日この高校に来たばかりでしょ?事情を知らないかもしれないけど、春木君ってね、いっつもああなの。休み時間はずっと眠ってるの。私なんてね、昨日初めて春木君と話しをしたくらいなんだから。そういうのって良くないと思わない?」
     まあ私も、実質的には昨日転校してきたようなものだけど。

     「あんなことじゃ友達だってできないし、本来入学してクラスが同じになった時点で、で、で、出会ってたはずの女の子とも出会えないでしょ?そういうのって人生の損失。運命をねじ曲げようとする行為なの。あってはならないこと。そうでしょ?そ、その女の子だって、ほ、ほんのちょっとしたことでもさ、優しくされたら、お礼くらいは言いたいでしょ?なのにあんな風にいつも眠っていたら、昨日はありがとうとか言えないし、か、顔だってよく分からないままだし・・・。」
     そうだよ。春木君と少しくらい、お話だってしたいのに。
     「これからだって、もっとよく知り合えないかもしれない・・・でしょ?」
     こんなに近くにいるのに・・・・・。
     「だからね。いつも寝てばっかりいたら、こんな他愛もなく、罪もなくていじめでもない、善意に満ちた悪戯をされちゃうんだってことがわかれば、春木君だって休み時間の間、ずっと寝てるなんてことは無くなると思うの。だからこれは春木君のため。そういうことなの。」
     ふぅ。
     これくらい説明すればわかってもらえたかな。
     え?
     なんか3人とも、よく分かりましたって顔してるけど。
     まぁ、私の説明力ってこんなものよ。
     どう?

     「わかったよ。蒼井さんがそう言うなら。」
     わかってくれればいいの。
     「うほー、矢本さんのお弁当箱ちっさ。でもなんかいろいろ詰め込んであってかわいいー。このおかずなに?」
     『あげない。あっ。』
     「私の唐揚げの衣と交換しよ。」
     人の言っていることを聞きなさいよほんとに。あげないっていってるのに。でもよかった。平常運転に戻った。
     「ほらほら、鶏皮の最高に美味しいところだよー?」
     そこ欠けて落ちてただけでしょ。でも美味しそう。
     『別にいいけど。』
     いいんだ。あ、あのつくねみたいなのも美味しそう。
     「私もゆみちゃんのつくね、貰っていい?」
     『ゆみちゃん?』
     しまった。妄想で呼んでたのがそのまま出ちゃった。
     「お。そうそう。これだけ仲よくなれば、そろそろ名前で呼び合ってもいいんじゃない?」
     そんなの仕切ってやることじゃないでしょ。
     それにそろそろってなに?
     お前以外は昨日出会ったばかりって感じなんだけど。
     それに矢本さんと黒田さんは、仲がいいとは思えない。
     まぁいいか。
     ゆいのこういうところは、ずっと前から変わらないし。
     「じゃ、改めて紹介しちゃおっかなー。最初は私の幼馴染にして第4空間次元の住人、蒼井ゆるみを紹介しまーす。」
     誰だよそれは。
     黒田さん、勘違いするでしょ。
     もうめんどくさいったらない。
     「そしたら次は私が。私の幼馴染にして、人の話に聞く耳を持たない湊ゆいを紹介しますよ。ほんっとに人の話を聞いていないからね。びっくりするよ。」
     「それはー。あんたもかわらないでしょ。じゃ次も私が。このかわいい女の子は、フェンシング部に最初から私と一緒に入った、矢本ゆみちゃんです!まぁ知ってるよねー。」
     自分のものみたいに。
     ゆみちゃんは、私のものでもあるんだからね。
     『ちょっとお腹くすぐらないで。それからそこは胸。』
     「あ、ごめん。お腹だと思って。」
     それセクハラ!
     まだ胸触ってるし・・・。
     「じゃ、じゃあ、黒田さんは私が・・・。」
     「自分でするよ。私は、黒田・・・。」
     「だそうでーす。」
     最後まで聞きなさいよ。

     そういえば黒田さんの名前って何だっけ。
     ちょっとふんわりしてた気がする。
     「んでー黒田。そのおにぎりの中身はなに?」
     「ちょっと待ってよ。黒田さんは黒田でいいの?」
     なんなの。その悦に入った微笑みは。
     「私、大人だから・・・。」
     いや、信じないそれ。だもんとか言ってたし。
     「これは・・・、アジの開きです。」
     「アジの開き・・・。」
     「ええ。魚屋さんでこれをどう調理するのか聞いたら、焼くっていったので焼いて入れてきました。塩気があって美味しいです。」
     「あの黒田さー。ため口でいいんじゃない。」
     「そうですか。で、その魚屋がこっちの方じゃ、焼いたら頭も骨も食べるって言ってたから・・・。」
     魚屋には、さんつけていいんじゃないの。
     「4等分にして入れてきた。なかなかおにぎりに入らなくて。」
     「そんなの普通に入れないよ。それにこっちでも、女の子は、あんまり頭と骨は食べないかな。」
     こういうことは、ちゃんと教えてあげないとね。
     「そうなの?」
     そうですとも。
     『ゆるみ。黒田は私達をおちょくってるだけ。何を真面目に相手してるの。アジの開き一匹おにぎりに入れる人が、どこにいるの。』
     あ、あぁそういうこと。
     「そ・・・そうですよ・・・だよ。」
     「・・・。」
     「・・・。」
     『ちょっと中見せろ。』
     「いやっ。」
     「あ、黒田!食べないで中見せてよー。その大きさ、絶対中にアジ一匹入ってるでしょ。」
     『ゆい、手押さえてっ。すごい力なんだから。』
     「あ、あの黒田さん。アジの背びれはとった方がいいんだよ。のどに刺さったら大変なんだから。取ってあるよね?ちょっと、取ってないんだったら食べない方が・・・。あぁそんなにがっついちゃって。」
     「ふぉんふぁふぉふぉ、ふぃぃまふぇん。」
     あぁ。
     なんなの?
     これは。
     お昼一緒に食べるだけでこの騒ぎ。これ毎日やるとか?ありえないでしょ。疲れるわ。・・・今のうちにゆみのつくねもらっとこ。それで春木君は悪戯にようやく気づいてるとか・・・。
     あれ・・・。
     え?
     ちょっと。
     春木君、いつの間にゼリー食べたの。
     まさかお昼ごはんそれだけってこと?
     それで、また寝てるってことなの?
     手にゼリーのパック握って?

     んー、この紙吹雪の髪の毛、引っ張り上げてやりたいっ。こういうのって絶対よくない。良くないよ。私達なんてすごくおしゃべりしてお互いの事話してるのに、こういう感じじゃ、いつまでたっても会話できないじゃん。私、春木君の事、いつ知ればいいの?私、昨日のお礼だって言ってないし。今日言えなかったら次は月曜日だよ?もうお礼とかのタイミングじゃないでしょ。

     こんなんじゃいつまでたっても、春木君の顔もわからないままだよ。
     そういうの、ちょっとくらい、分かってくれないのかな・・・。
     これじゃ、私と話できなくても・・・いいみたいじゃん。

     「みゆる、これ見てー。ほら、やっぱり開き一匹入れてたよ。ここ、頭と尻尾のところ映ってるでしょ、・・・みゆる?」
     「は、春木君。お昼ゼリーだけみたい。」
     『あぁ、それいつもだから。それでほっそいんじゃない?っていうか、それ有名な話。』 
     「有名って、私は知らないし。」
     そんな事で有名になっちゃうなんて。恥ずかしくないの?
     「ゆるみのはカレー弁当か。ふつーカレーをお弁当にする?あまりしないでしょ。ね、カレー弁当ってする?」
     『しない。』
     「私はおにぎりに入れる。」
     「うそでしょ。具も入れるの?ジャガイモとか。」
     ほら、みんな通りすがりに笑ってる。
     「入れるよ。入れなきゃカレーじゃないもん。ジャガイモとニンジンとお肉入れて握る。」
     『それ、どんだけの大きさよ。』
     「・・・これ、くらいかな。」
     「でかっ。そんなの鞄で潰れたら大惨事だよね。」
     いい気味ね。ずっとそうやって笑われてれば?
     ずっと寝てたら、そういう事になるんだって、理解すればいいのよ。
     「そういう時はお弁当箱に入れてくるから。」
     『どんなお弁当箱よ。鞄より大きいんじゃないの。』
     「そんなお弁当箱は存在しない。」
     『冗談よ。真に受けちゃって、子供。』
     でも、ゼリー1パックだけって少ないんじゃないの?だから痩せてるって・・・。ひょっとして朝ごはんもなし・・・とか?健康状態が心配なくらいなんだけど。
     「私、子供じゃない。」
     『おにぎりにするほどカレー好きって、子供でしょ?』
     「小さな子供弁当持ってくる人に、言われたくないです。」
     『これは、ぎゅって中身が詰まってるの!見た目よりたくさん入ってるんだから。』
     もっとちゃんとして欲しいな。今は大丈夫かもしれないけど、大人になるまでにどこか悪くなったりしない?・・・あぁ、私ってばかなの?健康おばさんみたい。
     「まぁた2人で親睦深めてるな。それよかゆるみのカレー弁当、付け合わせが煮豆なんだけどー。ありえなくない?」
     『確かに。あのポジション、普通は福神漬け。』
     「黒田はカレーおにぎりの時に、福神漬けはどうするの?」
     「一緒に握る。混ざった方が美味しいもん。」
     わかってるけどさ。私のその人、なんて。私だけの事情だし。健康なんて、そんなの余計なお節介だって、そうだってことくらい。昨日初めて名前おぼえたばかりの人に、そんなこと言われたら私だってうざいって思うし。
     『どやっちゃって。福神漬けが入って、またおにぎりでかくなってるし。』
     「誤差の範囲。」
     『もともとでかいって認めた。草っ。』
     「ぎゅうぎゅうに詰めた子供弁当じゃ、福神漬けを入れるのも苦労しそうですね。」
     『うっさい。』
     でもさ、ちょっとくらい話ができたって・・・いいじゃん。そういうチャンスを、私に与えてくれたっていいじゃん。それとも、誰とも話をしなくていいって事なの?
     「そうだ、黒田さー。その煮豆は食べちゃってもいいと思うよ。」
     「ほ、ほんとう?」
     「いつも残してたからねー。高校に入っていきなり食べ始めるとかないでしょ。」
     「なら、いただいちゃおうかな。」
     『その食欲にしてその身体ってことね。・・・。なによ。私が小さいのは子供弁当のせいじゃないっ。』
     どうしてそんなに、閉じこもってるの?そういうことだからさ、悪戯されても誰にも教えてもらえないんだよ。ほら、また笑って通り過ぎてるでしょ?
     誰も春木君に教えてなんて・・・くれない。
     「何も言ってません。」
     『その目が語ってるの!』
     「それじゃ、いただきます。タンパク質は貴重なの。」
     『残念でした。それは大豆じゃないから、ほとんど炭水化物です。また体重が増えちゃいましたね。』
     「お心遣いに感謝します。でもこの程度のカロリーはすぐに使いきりますから、御心配には及びません。」
     誰も・・・教えてあげないの?笑って通り過ぎてるだけって・・・。  
     「ほらほら、2人ともまた敬語に戻ってるよ?ため口でいいじゃん。仲いいんだし。」
     『あぁ?・・・ゆい、そういう人。』
     「あの、さっきからゆるみさんが、ずっと春木君を見つめたままです。」
     「あれわぁ。また異次元にトリップしてるだけ。だから大丈夫。あーもうこんな時間。お昼休み終わっちゃうよ。みゆる食べないのー?みゆる!」
     「え?」
     「え、じゃなくて。そろそろお昼休みが終わっちゃうよ。食・べ・な・い・の?」
     『まぁ、春木に見とれる気持ちは、分からなくもないけど。』
     「どーいう意味?」
     休み時間が終わっちゃう。このままじゃ春木君の頭はあのまま・・・授業が始まっちゃう。
     どうしよう。・・・これ、やっぱり教えてあげないとっ。
     『春木、イケメン、これも有名。』
     「へぇ、有名なんだ。でもみゆるがそういう趣味って・・・・・、ん?」
     ガタッ。
     『どうしたの?』
     「みゆる?」
     「お弁当食べちゃうよ?」
     「まーったく、みゆるがイケメン好きだったなんて、知らなかったよ。」
     「え、誰がイケメン?」
     「話聞いてた?」

     イケメンって・・・春木君が?
     でも昨日はっきり見たのって、あごのラインくらいだし。
     それは気に入ってはいたけど・・・、どのくらいの?
     なんか、ちょっとドキドキしてきた。まさか、か、か、傾いてたりしたら、私、また倒れちゃうかも。でも、それは置いといて、こういうのはだめ。授業中もこの悪戯が残ってるなんて。そんなさらし者になって欲しくない。どうしよう、どうやって起こせば・・・。肩を、つ、つつくくらいならいいよね。それくらいなら・・・触っても。理由があるわけだし。

     つん。
     ・・・起きない。
     どうしてこうも堂々と寝ていられるの。
     なんか・・・イライラしてきた。
     今度はあばらのあたりを・・・。
     ぐりっ。
     「うわっ。」
     寝起きの春木君。
     なんて・・・情けない顔。
     そういう顔はね、私以外には見せちゃいけないやつなんだから。
     えっと、・・・ただの普通のイケメンだ。
     脅かさないでよね。

     こっち。
     「えっと、蒼井さん?」
     ついてきなさいよ。
     「あれ、何だこれ。」
     それ、について教えてあげようっていうの。
     トイレに行ってね。
     はいっ。ここ、トイレ!
     「あ、頭に。なんか、つ、ついてるから。トイレで・・・落としてきて。」
     「そうなんだよね。なんか落ちてきたからさ。なんだこれ?誰がやったんだ・・・。」
     だ、誰がって。
     それは私なんだけど。
     でもそれはね、春木君がいつもぐうすか寝てるから悪いの・・・だけど。
     どうしよう、どうやって説明しよう。 
     「ありがとう!蒼井さん。教えてくれて。」
     そんな明るい顔で・・・お礼を言われる事じゃ・・・。
     「あのまま寝てたら、あれ付けて授業になってたね。ほんと感謝。」
     合掌しなくていい。
     それはほんと、その通りなんだから。
     でもこのままとぼけてもいいけど・・・。
     やっぱり、そういうのって良くないよね。
     こういうところはちゃんと、正直になっておかないと。
     「私がやったの。」
     「ん、何を?」
     「その、あ、あの紙をぱらぱらってやったの・・・私です。」
     「・・・。」
     な、何言ってんだろ、私。
     「・・・蒼井さんが、あれをぱらぱらってやって・・・。それを、俺に教えてくれたってこと?」
     「そう・・・です。」
     ほんと、ばかみたい。ほんと、なんでこんなばかみたいなことやってるの。
     「蒼井さんって。・・・やっぱり面白いね!」

     私、・・・面白い。

     は?
     面白くないよ。

     私、これだけ春木君に対して努力してるの。いつも寝てばかりいるあなたを起こしてあげて、こんな風に会話できるようにしてあげてるの。いつもうつ伏せで寝ているせいで、おでこにシャツの後つけてる、平凡で普通のイケメンなあなたの顔を、私が認識できるようにしてあげてるの。そしてこれは傾くほどじゃないかなって評価も、今してあげたところなの。これって私の行動の結果だよね。あなたは何?ただ寝ているだけでしょ。

     それにやっぱりって・・・何?
     やっぱりなんて言われるほど、あなたの前でピエロを演じた覚えはないんですけど。私、一昨日まではとっても真面目な、進学校の女子だったんですけど。私、貴方とお話をしたのは、昨日が初めてなんですけど?

     それから・・・。
     その笑顔は何?
     どうしてそんな子供みたいに笑えるの。私は今沸点に近づきつつあるの。私のその人としてそんな事も察することができないんでしょうか?ただ無防備な笑顔を振りまいていれば、誰にも危害を与えられないだろう、なんて考えは持ってはいけないの。私のその人なら、私が今何を感じているかっていうことくらい、理解していなければならないの。
     そうでしょ?

     なのに・・・。
     なのに、その髪は何よ。

     「いやさ、じゃあの授業の時にやってくれたじゃん。あれ可笑しくて、読みながらふき出すの、こらえるのが大変だったって。何回も思い返しちゃって、1人で思い出し笑いが止まらなくなる。」
     何のこと言ってんの、この人。私が古文読めなかったことが、そんなにおかしいのかな。
     でも、そんなに何度も私の事を思い出してくれてた・・・ってこと?
     ・・・いえ、それよりもっ。
     どうしてこういうこと、ちゃんとできないの?
     「あの、ちょっとしゃがんで。」 
     「えっと、なんで?」
     「いいから。」
     髪の毛がくしゃくしゃじゃない。
     「紙を振り落としてそのままでしょ。何のために鏡のあるトイレに、連れてきたと思ってるのかな。」
     ほんとだらしがない。
     ああ、もうなんか我慢できなくなってきた。
     沸き上がりそうだよ。
     髪の毛、私が直すとか・・・だらしがなさすぎる。
     なにか言ってやんないと気が済まない。
     「あの、春木君。休み時間にずっと寝てるでしょ。ああいうの良くないんだよ。印象が悪い。ものすごく暗く見える。コミュニケーション拒否してるように見える。誰かが話しかけたいって思っても、話しかけられないでしょ?はた目から見ると人生諦めてるみたいに見えるよ。あんなんじゃ、明日春木君が自殺したって聞いても、みんなやっぱりねっていうだけなんだから。次の日、席からいなくなっても気にする人はいないと思うな。1輪挿しだってそなわらないよ。それくらい誰にも気にも止められていないってこと。だって悪戯されても誰も教えてくれなかったでしょ?」

     あぁ、話しはじめたら止まらなくなってきた。
     「それから朝ごはん、食べてないでしょ。絶対食べてないよね。それでお昼ご飯がゼリー1パックとかありえないし。あのね、高校男子の1日の栄養摂取量って、そんなもんじゃぜっんぜん足りないし・・・、あ、晩御飯は食べてるよね?」
     「さすがに家で。」
     「だからべつに、春木君がちょっと細いのはそれはいいんだけど、せ、背が高いのもそれはそれでいいんだけど。ちゃんとお家で夕ご飯をしっかり食べてるなら・・・、いいんだけど。でもね。朝ご飯を食べないと午前中のエネルギーが足りなくなるって聞いたよ。だから眠っちゃうんじゃないの?もしかして授業中も寝てるとか?それって深夜まで勉強してるとか?そんな真面目そうに見えないけど。それからお昼だってあれだけじゃ、授業時間はもっても部活までにはエネルギー無くなるでしょ?午後だって居眠りするだけじゃない。」

     ・・・そういえば、春木君って何部に入っているのかな。
     「えーと、蒼井さん。とっても感謝してるけど、前髪は右に流したいかなぁ。」
     はぁ?
     私がかっこよくしてあげてるのに、文句つけるとか。
     こっちの方がいいに決まってるでしょ。

     でも、どうかな。右側・・・・・?

     ゴンッ。
     
     「痛ったぁ!!」
     なに?
     うわ、歴史の芹沢。
     「そういうことをやるなとは言わないが、休み時間までにしておけ。」
     教科書で頭殴るとか、暴力教師め。
     しかも縦でだよ。
     痛い。
     はぁ、休み時間終わってたんだ。
     でも・・・。
     「なんで私が・・・。」
     「レディーファーストかな。」
     は?
     春木君何言ってんの。
     だけど、なんか・・・、面白い。
     まぁいいか。
     やっぱり春木君は私のその人。
     一緒にいるとすごく・・・幸せな感じ。
     なんか、世界がいつも・・・小さく振動して、輝いているみたい。
     今は顔もよく見える。
     でもね、芹沢は・・・。
     「そんな紳士な先生とは、思えないけど。」
     ゴッ。
     「痛い、先生。」
     「黙って早く教室に入れ。」

     あ、お弁当食べてなかった。
     『黒田が置いてくれてたよ。豆は食べたって。』
     黒田さんはなんか優しいよね。こういうところ。
     「蒼井。弁当箱をしまって教科書を出せ。」

     ・・・なんか屈辱。

     『芹沢の集中砲火すごかったね。』
     「あの先生、もう一度ゆるみにやったら、教育委員会に報告します。」
     「いいの、黒田さん。こっちが悪いから。」
     『ゆるみの年号の間違えっぷりも見事だったけど、春木の関連人物も適当過ぎて笑った。』
     「なにか、あったんですか。ゆるみと春木君。」
     「別に・・・。」
     ふふ。
     なにもないもんね。
     「えっと今日はさ。部活が始まる前に先生と話がしたいんだ。だから私は先に行ってる・・・。」
     痛ぁ。その腕の掴み方は痛すぎるよ、黒田さん。
     「私も、一緒に行きます!」
     あーそうだね、その方が疑惑は生じない。
     『あの聞くけどさ、黒田。コーチとできてるの?」
     あっ、直球。でもどうなの?
     「はい?ど、ど、どうして私があのしわくちゃ中年コーチと出来てるんですか?」
     ですよね。でも疑いも残るしゃべり方。
     『ならいい。』
     もういいの?もうちょっと微妙なところも確認したいけど。もういいんだ。そうなの。


     あれ、春木君はもういない・・・。


    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

    ◇1 さとみの記憶 白い世界、声
    ◇2 幼小期 小学校
    ◇3 中学校
    ◇4 リスタート
    ◇5 さとみの記憶 出会い
    ◇6 すべてが変わる
    ◇7 私のその人(未確認)
    ◇8 長い午後① 保健室
    ◇9 長い午後② 授業中
    ◇10 長い午後③ 邂逅、疑いあり
    ◇11 長い午後④ 抱き枕記念日
    ◇12 さとみの記憶  後悔、決意
    ◇13 悪戯(本文)

    つづく

    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


     
     
    スキルス胃がんのステージ4と診断された妻は、1年と2か月の通院生活を終えて他界してしまいました。これは2人で考え2人で悩み2人で遊び、2人で夢を見続けた、―妻の言葉を借りれば「キラキラしていた」―日々を記した日記です。誰かの励みになってくれればと思います。

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