
Time after time―蒼井みゆるのさとみの記憶 ◇6 すべてが変わる
◇6 すべてが変わる
勉強をあきらめてみると、すれ違う同級生のことがよく見えるようになった。
やんちゃな男子は見当たらない。運動部と思える筋肉質な生徒も、どこか知的な雰囲気がある。女子生徒は、皆大人目で、背筋がピンと伸びていて、明るそうな子も落ち着きが漂っている。中学校とまったく違う、この高校の雰囲気に、今更ながら緊張している自分に気が付いた。
気持ち一つで、こんなに印象が変わってしまうなんて。
改めてこの1カ月ちょっとというもの、極端に勉強に偏った生活をしていたことは、後悔しかないと思う。
まったく新しい高校へ入学したような気分で、廊下を歩いていた。
その時。
誰かとすれ違った。
その瞬間。
眩しい光に包まれた・・・、気がした。
思わず我を忘れ・・・。
そして振り返った・・・・・。
誰もいない。
けれど私は思い出した。
その時の記憶を。
光輝いた世界を。
あふれる期待に、はち切れそうになっている、誰かの胸の息苦しさを。
その記憶は、あの声の記憶と同じところにあるのだと、私には解った。
あの、安心させてくれる声。
それが今、私の身体を小さく震わせている。
心当たりは一つしかない。
そう、ついにその時が来たのだと、知らせてくれたんだ!
今、ここですれ違ったはずの人が、私の・・・。
不意に気配を感じた。
顔の真横に・・・。
「うわぁぁ!び、びっくりした。」
「なーんだ、昨日と同じ反応?」
ゆいだった。
「・・・ほんともう止めて、突然そういうの・・・。」
「今度はこうやってって言ったの、みゆるだよー?」
「ええ?」
頭の中が混乱していたけど、なんとか昨日のゆいとのやり取りを思い出した。
「あぁ、言ったよ、確かに言った。」
「何ぼーっとしてたの?」
「ぼうっとって・・・。」
私、どれくらいここに立っていた?
「あ。」
そうだ。ゆいは見ていたかも。
「ね、ゆい。今、誰か見なかった?知らない人とか。」
「はぁ?」
見ていないようだ。でも何か思い出したらしい。
「んー、転入生の事かな。」
「転入生って誰?どこにいるの?」
「今日なのかなー。みゆるのクラスに、入って来るって聞いてたよ。」
「そ、そうなの・・・」
心臓が激しく鳴りだした。
突然チャイムが鳴って、一層鼓動は力強く脈打った。
「みゆるさー。勉強ばかりしてないで、そういうことにも興味を持った方がいいよ。」
余計なお世話だよ。
でも、転入生・・・。だったらまだ私が見たことのない人に違いない。
息が苦しい。
押し殺した呼吸の中で聞こえる鼓動は、私の身体をぐらぐら揺さぶっているみたいだ。
「じゃお昼に来る。ご飯一緒に食べよ?」
「うん。」
教室に入って席に座った。
自分の体重がなくなったみたいに、フワフワしている。
混乱する。
この、鼓動が速まる感じ。
これって、きっとあれだよね、恋とか恋愛のあれだよね?
こういう感じなんだよね?
たぶんそうだよ。・・・いや、絶対そうっ!
生まれて初めて自分の身に起こったこの感覚。
予感するだけで、こんなにドキドキするものなの?
転入生。
私のその人。
本当・・・、本当なの?
あぁ、気が遠くなりそうだよっ!
HR担任の桜井が入ってきた。
「今日は転入生を紹介する。」
自分の指がピクッて動いた。
ゆいの話は本当だった!
私は、気付かずその人とすれ違って。
それでこんなに胸が高鳴ってて・・・。
私のその人。
・・・本当にいたんだ。
本当に!
廊下側の一番後ろの椅子が引かれる音がした。
ひときわ大きな鼓動がドクンと一つ鳴った。
足音が近づいてくる。
やっぱり来ていたんだ。もう教室に。
やっと・・・。あぁ、目を開けることができないっ。
「黒田。自己紹介をしてくれ。」
黒田君・・・それが彼の・・・・・。な、何書いてるの、黒板に?あ、名前か。たぶん黒田なんとかって書いてるんだ・・・。やばい、息が苦しくて、顔・・・。上げられない・・・・・。
「黒田そらなです。」
・・・・・。
「父の転勤で、引っ越してきました。」
・・・?
なんか子供っぽい声・・・。
「まだこちらの生活に慣れていなくて。何をしていいかわからなくて。お店が全然なくて。お家しかなくて。」
だめ。ちゃんと目を開けて、彼を・・・・・。
セーラー・・・え?
黒田くんは、女子。
「家からこの学校に来るまで、コンビニもないなんて・・・こんな田舎に住んだことなくて。」
うそ、うそ・・・だよね?
私のその人って、・・・女子。
「これからここに住むことになります。・・・けど、ちょっとこの環境に耐えられるか心配。」
これは、どういうこと。
えー?
「本屋さんが小さすぎて言葉を無くしました。ミステリー、置いてなかった。あ、きっと皆さんはキンダルとか持ってるのかな。まだ見たことないですけど。私の部屋、スマホの電波が3本立たないのって、たまたまだと思うけど。こんなに空が広いのに、電波が届かないってないですもんね。ネットつながらないとか、あり得ないし。」
この女の子が、その人。
そう・・・なんだ。
「でも、ここのシックな制服は割と気に入りました。あと、この倒れそうな校舎の雰囲気も。だけど男子の詰襟には違和感が・・・。今時ありえないかな。それに、下駄をはいてる人がいるのって、ヤバくないですか?誰かの、コスプレとかだと思うんですけど。あれがいいなら、女子はヒールに
網タイツ履いてきてもいいんでしょうか。ちょっとこっちの常識がわからなくて。」
長い黒髪、落ち着いたしゃべり方。
「富士山が見えるって聞いてたのに、近くの山に隠れて頭しか見えない。それだけが楽しみだったんですけど。街の建物が低くて古くてびっくりしてます。」
この女の子が、私のその人。
声が出ないほど、の、驚き。
これが、私に約束されていた・・・未来。
「それにシャッターが下りてる店ばっかり。サファリパークのシマウマの気持ちがわかるような気がします。その前にいるだけで悪目立ちしちゃってる気がするんです。私、私服着てるだけなのにですよ?溶け込んでおかないとって、強迫観念が芽生えてきそう。」
これは変わるなー。
私のすべてが変わる。
その通りだよ。
「この街・・・刺激が少なすぎる。ボケてしまいそうでちょっと怖いです。でも、今のこの私の気持ち・・・誰かと共有できるのかな。それも心配です。もちろんこちらに知り合いはいませんから、もし私に興味があったら声をかけてください。あー。でも私は一人でも全然平気なので、冷やかしで声をかけてくるのは、やめてくださいね。」
「ん、黒田は都内の高校からの転校だからな。確かにこっちは不便かもしれないな。」
まぁ、こうなってみれば、これまで男の子に全然興味が湧かなかったっていうのも、納得。
そう、そうか。そういうことだったんだ。
なんだろう・・・、人生の始まりの時期に理解する、これまでの人生を全て棒に振ってきたっていう、このヴォイド感。
全てが変わるって、こういうことだったんだ。
確かに変わっちゃうな。
予想をはるかに超えて。
はは、は。
ヨージ君。もう会えない。
コジマ君。もっとヒトとして眺めてあげていれば。
マ、マツモト君。ど、どうもありがと、やさしい・・・って、今やってどうする。
あぁ・・・。
ざまぁw
ってことだよね。
あはは。
はは・・・。
はぁ。
まぁ、以前の私には無理なことだったよ。
仕方がない。
あれ?
何か違和感が・・・。
あ、これは恋愛男女至上主義的な、そういう感情じゃない?
あぶない、あぶない。
常識っていう偏見に、どっぷりつかってるんだ、私。
そうだよ。
ありのままに、あるがままに受け入れていこうって、決めたでしょ?
こういうことはね、ちゃんと自分の気持ちを確かめながら、慎重にしていくべきことなんだよ。
交際のあり方は、人それぞれ。
男女、女女、男男、交際なし。
全て尊重されるべきあり方なんだよ。
うん。
そう、これはあれ、SDGなんとかってやつ。
同性愛でも、持続可能な社会っていうことだよ?
今、世界中で取り組んでいることなんだから。
しっかり自分に向き合って、偏見を持っちゃダメなんだからね?
それは、・・・私に対しても、だよ?
いいよね?
大丈夫だよね?
あぁ、そうだよ。
これから始めればいいんだよ。
そうそう。
そう思ってみれば、楽しそう。
でしょ?
男子にだって、そんな感情は抱いたことはなかったんだから。
私がこれからどっちに転んだって、同じだってことでしょ?
「不便って言葉で表現できてるとは思いませんけど、もしよければここでどうやって暮らしていけばいいのか教えてください。本当にどうやって生きていったらいいのか、よく分からないんです。」
「え、俺がか?」
「・・・・・。」
はい?桜井、何とち狂ってるのかな。そういうのは私が・・・えっと、黒田さんに教えてあげるんだから、お前の出番はないんだっつーの。
え?
なにこの感情。
これって・・・嫉妬・・・とかいうもの?
こういう感じ?
なんか理解しがたいな。
ちょっと苦しくて、本能の奥底からこみあげてくる、この怒りと類似した感情が・・・嫉妬。
あーいやいや、まだこの道に進むって決めてないし。
「えー、それで黒田は板橋区に住んでいたんだな。」
「はい。そうです。」
『は、板橋・・・。』
ん、なに?誰のささやき?
あ、隣の・・・誰だっけ。この子って最近どこかで・・・あ、フェンシング部の!昨日会った子。たしか・・・矢本さん、だっけ?なんだろう。なんか機嫌悪そうな顔。
『蒼井さんはさぁ、あれのことどう思う?』
あれって、黒田さんのことだよね。ど、どう思うって、そういうのはまだ決めてないし・・・、まだ良く彼女のこと知らないし、そりゃすごく魅力的で、あんな凛々しい女子に・・・なんか背が高い。む、胸も大きくない?あぁ、あんな胸にふんわり包まれたら気持ちがいいのかなって・・・思わなくはないけど。でも、・・・、いや待って。
矢本さんに、私の心の中が分かるわけないよ。
どうって、どういう意味で?
「こっちに来て、カエルの鳴き声とか初めて聞きました。大きくてびっくり。ぎょっとしました、ほんとうに。変質者が呻いてるのかと思って、走って最初は逃げましたけど。大合唱が急に静まり返って、ああこういうところなんだって。平安時代の流刑者の気持ちが分かったような気がしました。」
『ほんとふざけてるら。板橋なんて、埼玉県民にもスルーされてるのに。』
何を言っているのかなー。声が小さくて聞き取りにくいな。矢本さんは。
「そうだな。まぁ流刑地はもっと奥だと思うが、確かにこの時期はカエ・・・あ、いや。黒田は板橋のクラブでフェンシングをしていたんだそうだ。ここでも部活は、フェンシング部に入りたいといっていたか。そうなのか?」
えーと、え?黒田さんは経験者・・・、フェンシングの経験者?
そうなの。それで私と同じ部活になる。そうなの・・・。
「そうですね。素人相手に、時間を潰す気はありませんけど。」
なんか、すんごい自信。でもまぁそうか。経験者からしたら素人なんて、相手にしたくないよね。矢本さんも確か未経験って・・・。ん。敵意剥き出しな顔してるけど・・・。
『あいつ、私が潰す。』
何言ってるか聞こえない。声が小さいなぁ。
「あー、黒田は強化選手の候補に入ってたんだが、残念なことに父親の転勤で外れてしまったんだ。そうだったよな。」
強化・・・って、何の?まさか、オリンピック・・・とか?
「それは、関係ないです。」
「そうか?まあいい。そしたら・・・。矢本。」
『・・・はい。』
あ、名指しされてる。
「お前はフェンシング部だったな。放課後、部室に案内してやってくれ。」
『はい。』
「どうした。声が小さいな。」
ほんと、消え入りそうな声。というか怒りで声が潜んでる感じだけど、大丈夫?
『えーと、蒼井さんも部員です。』
「ん?聞こえないぞ。」
『蒼井さんも!フェンシング部員です。』
やっと聞こえた。でも、私も昨日部室の場所をおぼえたばかりだけど。
「そうか。なら蒼井。2人で頼む。」
「あ、はい。」
あぁ、返事しちゃった。
『よろしくね。蒼井さん。』
よろしくねって、私に押し付けたってことじゃないよね?
「じゃ黒田。ありがとう。」
「はい。」
うわっ。目があっちゃった、黒田さんと。
落ち着いて、私。
なんか顔が火照ってきてる感じがするけど、向こうにはばれてないよね?
こんな反応してたら、おかしいって思われない?
その人って、私の事情なんだし。
でも、これから彼女と、ずっと部活で一緒・・・。
そして、黒田さんは、私の全てを受け入れてくれる・・・・・、はず。
どうしたらいいんだろう。
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◇1 さとみの記憶 白い世界、声
◇2 幼小期 小学校
◇3 中学校
◇4 リスタート
◇5 さとみの記憶 出会い
◇6 すべてが変わる(本文)
◇7 私のその人(未確認)
◇8 長い午後① 保健室
◇9 長い午後② 授業中
◇10 長い午後③ 邂逅、疑いあり
◇11 長い午後④ 抱き枕記念日
◇12 さとみの記憶 後悔、決意
◇13 悪戯
つづく
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