
Time after time―蒼井みゆるのさとみの記憶 ◇11 長い午後④ 抱き枕記念日
◇11 長い午後④ 抱き枕記念日
「あんた、今日は遅かったね。お弁当箱出しな。洗っとくから。」
お姉ちゃんは今日も不機嫌。
「返事くらいしなよ。・・・あ、お母さん。みゆるまた煮豆残してる。説教しないとだめだら、これ。」
あーうっさい。でもそれを残したのはゆいですからね。ゆいも残すってことは高校生女子は、すべからく煮豆が嫌いなんだから。それをいつまでも、お弁当のおかずにしてる方が悪いんですぅーだ。煮豆の代わりに唐揚げが入ってたら残すはずがないんだから。
わぁ、薄っすら部屋が暑い。
西日の暑さが残ってるな。
まだ梅雨にも入ってないのにこれだもんね。
クーラー付けてくんないかな。
それにしても、今日は疲れたぁ。
勉強を捨てるとこうなるってことなの?
昨日までの私って、なんか霞んでたな。
英単語と数式と年号とか頭に詰め込んで、周りの出来事は全部素通りしていって。
自分には関係がないって、無理やり思ってた世界が、こんなに大変だったなんて。
メンタルもつかな。
感情が洗濯機に突っ込まれて、グルグル回されちゃったって感じだよ。
今日は本当に疲れた。
でも、嫌な事はなかったよね。ゆいの絡み以外は。
黒田さんっておかしな人。
あんなに腕に抱きついてきたりとか。
きっとこっちの暮らしに、すごく不安があるからだよね。
体はすごいのにさ、心は幼いっていうか。
守ってあげたくなるなぁ。
どちらかというと、私が守られる方か。
あんな風に逞しい女子、見たことない。
「みゆる~。ご飯できたよ。」
ふう。
「はぁい。」
うちは、本当にごはんの時に口数が少ないよね。
ごはんの時はみんなテレビ見ちゃってるし。まぁ私も見てるんだけどね。どこかのタイミングで部活に入ったことを言わなきゃ。そうしないと初期費用を出してもらえない。
次のCMのタイミングで・・・よし。
「あのね。」
「なぁに?」
返事、お母さんだけ。
「私、部活始めることにした。」
「あぁ、そうなの。」
・・・・・。
リアクションそれだけ?
あ、CM終わったのか。
けどこれじゃ話が進まない。
「フェンシング部・・・なんだ。」
「フェンシング?」
「そう。」
よし、お父さんも認識してくれた。
「そんな部活動があるんだな。」
そうなんです。
つきましてはですね。
先立つものを、ご用意いただきたく!
・・・・・。
お姉ちゃんの視線が、痛すぎて切り出せない。
母さんとお父さん2人だけの時にしよう。
お姉ちゃん、絶対なんか言ってくるから。
ちゃんと頑張るんでしょうねとか、すぐに止めないでしょうね、とかさ。
そんなの分からないっていうの。
ふわぁ、お腹いっぱい。
カレーをおかわりしちゃったからね。
するでしょ、カレーだもん。
んぁ。眠くなってきた。何だろうこの暴力的な眠気は。あぁ、歯も磨かずに眠りにつくこの自堕落な心地よさよ・・・。夜中に起きたら磨こう。
って、違う!!
今日は記念日だった。
忘れて眠るところだった!
今日は春木君に会った日でしょ?
私のその人と出会った日!!!
このまま寝るとかありえない。
とりあえず歯磨きをして目を覚まさなきゃ。
でもっ。
くー、本当にいた。本当に、本当にいた!
今日でよかった。
おばあちゃんになってからじゃなくて、今日出会えてよかった!
んー、本当に今日でよかった!!
ゆいのやつ脅かしてくれて、おばあちゃんになってからとか、ほんと心配してたんだからっ。
今日で・・・、よかったぁ!
「何やってんの。」
ふぇ?
「家が揺れるから。飛び跳ねないでよ。」
「はい。」
古い木造だもんね。
お姉ちゃんの言うことはごもっとも。
でもさ。
今日出会ったってことはさ。
この先の高校生活はずっと一緒ってことだよね。
ずっと・・・、一緒。
くー、ずっと一緒っ。
ずっと!
ふふふ。
なんかいい。
そうだ。
あれ、やってみる?
ベッドに寝転がって、あれ・・・だよ?
じゃあ、試すよ?
準備はいい?
春木君を思い浮かべて・・・、抱き枕を、ぎゅうううううぅっっと・・・・・。
・・・・・。
・・・・・。
い、息苦しい。
息苦しい、息苦しいっ!!
本当だった!
本当に、息苦しいんだ。
こういうの、そっかそっか。
みんなは、こういうのをねぇ。
でも、私も今日からデビューだし。
普通に息苦しいし、体験しちゃってるしっ。
あぁ、こんなに息苦しいなんてっ!
あ、抱き枕が破れそう。
でも今、私はこのあふれ出る喜びを、抱き枕にしか表現できないの!
ビリ、ビリリ。
どこか破れた?
でもいい、気にしない。
だってずっと一緒ーーー!
ビビビッ・・・ブブッ。
最後のぶぶってなに?
でもいい。
そうだ。この日はちゃんと何かに記録しておかなきゃだめ。何にしようか。日記とか書く?今日を初日にして書き始めちゃう?・・・いや、続きそうにないから止めよう。それに書くならちゃんとしたノート買いたいし。そうだ。スマホのスケジュールに書き込んでおこうかな。・・・いや目立ちすぎる。他に予定がないからこれだけ浮いちゃう。こんなのゆいに見つかったらまたいじられネタになる。ならフェンシング入部ってタイトルにして、内容のところにその人に出会ったって書いておこうかな。秘密感があっていい・・・、でも記念日感がないね。そのうち書いたことすら忘れてしまいそう。
いいえ、日付は問題じゃないよ。
出会ったってことが重要なんだから。
だってこれから、ずっと一緒!
ブチッ、ビビビビビ・・・ビビ。
あ、抱き枕買いなおさないと。
それにしても春木君が、春木君がねぇ。私のその人。ああそうだ。春木君の顔、どんなんだったかよく分からないんだよね。ちょっとだけ見上げた時の顎の辺り、いい感じだったなぁ。声もなんだか優しそうだったし。そばにいるだけでまわりのものが全部キラキラ輝いてたみたい・・・。でもさ、明日になればね、春木君にまた会えるし。また・・・んー。あいつ寝てるんだった。休み時間中ずっと寝てるんだった。
じゃこのまましばらくは、春木君の顔を見るのはお預けってこと?
ありえない。
あっていいことじゃないよね。
でも、私。
春木君と、どうなりたいんだろう・・・。
あ、お礼をね。
言えばいいんだよね。
まずは、そこからだよね。
でも一日経っちゃってるのに、わざわざ?
変かな。
変かもしれない。
すごく変な気がしてきた。
でもそれくらいしか話しかけるきっかけがないよね。
どうしよう。
あぁ、でも部活もね。
これからの3年間は・・・。
ん?
でも3年の夏で部活が終わって、受験勉強に突入だったよね。
それは進学校だから当然としても、そうなると部活は実質2年間・・・。
基礎練習して試合に出て、ちょっと練習の質を上げて?
それからまた試合にでて・・・また練習して。
なんだか、充実出来る気がしない。
そういえばゆいは、目標はインターハイ出場だ、なんて言ってたっけ?
は・・・。
そんな雲の上の世界を目標って、ゆいらしくないっていうか。
冗談だよね。
けど友達関係の心配はしなくてもいいか。
矢本さんも黒田さんも癖が無茶苦茶あるけど、悪い人じゃない感じだし。
ていうか、あの2人は大丈夫なの?
矢本さんの視線が・・・すごく心配だわ。
この先どうなるんだろう。
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◇1 さとみの記憶 白い世界、声
◇2 幼小期 小学校
◇3 中学校
◇4 リスタート
◇5 さとみの記憶 出会い
◇6 すべてが変わる
◇7 私のその人(未確認)
◇8 長い午後① 保健室
◇9 長い午後② 授業中
◇10 長い午後③ 邂逅、疑いあり
◇11 長い午後④ 抱き枕記念日(本文)
◇12 さとみの記憶 後悔、決意
◇13 悪戯
つづく
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