
Time after time―蒼井みゆるのさとみの記憶 ◇8 長い午後① 保健室
◇8 長い午後① 保健室
・・・・・。
『目が覚めた。』
小さい声。あぁ、矢本さんか。
「あ、目が覚めたぁ?おはよー。」
ゆい。
・・・あれ?
ここ、どこ?
「蒼井さん。ごめん。こんなにきつくぶつかったとは思わなくて。」
だれ?
私の、その人?・・・頭の上で照明が被ってて、顔が見えない。
「えーっと、この男子がさー・・・。」
『春木。』
「教室の出口まで運んだんだけど、そこで力尽きてー。」
私を・・・運んで。
どうやって?
「申し訳ない。ちょっと重くて。」
私はそんなに、重くないと思うけど。
「後はこの女子が運んでくれたのよ。」
『黒田。』
「それほど重くなかったです。」
そう、重くない。
けど、女子が私を・・・運ぶ?
「ごめん。おれ、シャープペンより重いもの持ったことがなくて。まかせちゃった。」
「・・・。」
「・・・。」
『つまらない。』
「ぷふ。」
今の冗談だよね。
なんか、面白い人。
そばにいるだけでほっこりする。
声も優しそう。
顔が・・・、見えないんだよなぁ。
「みゆる、なんか気持ち悪いよー。にやけちゃって。でさ、みゆるは私の幼馴染でぇ、高校入ってからはずっと勉強しかしてなくてー。だから知り合いが一人も増えてないんだって。今はふつーの見た目なんだけどさ、中学の時はこーんな感じだったんだよね。いいでしょ?なんか親しみ湧いてこない?」
「それ、センスいいですね。」
黒田さん。私のセンスがいいって・・・どこ?
『かえる。』
かえる?誰のこと・・・。
「知性的なところを狙ったんだね。似合ってると思うよ。」
知的・・・似合ってる・・・?
わたしの事かな。
うれし・・・ええ!
なんで私眼鏡かけてる??
「どっ、どうしてメガネ?」
「それはさっき・・・えっと・・・。」
『湊さん。』
「私?私は湊ゆいです。みゆるの幼馴染ー。」
「湊さん。・・・湊さん湊さん。メガネは湊さんが持ってきて、かけてくれてたね。」
おぼえなくてもいいよ、ゆいのことなんて。
「かけてくれなくていい!どうしてそういうことを・・・。あれ、なんで私のお弁当食べてんの?」
「あぁ。その時湊さんは、お弁当も持ってきてたよね。」
ありがとう、ええっと。
私の・・・。名前は?
「昼休みの間は寝てるかなーって思って。もったいないでしょ?でも、まだ食べ始めだから返すわ。」
「はぁ?口付けてから返すって。普通に考えて、そんな事しないよね。」
「えっと、湊さん。お昼がないなら、何か買いに行ってこようか?」
ちょっと、どうしてそうなるの。
「ううん。それなら私も行くよ。みゆる、おきちゃったしー。」
待って。それはだめ。
「いい。」
「なにが?」
「そのお弁当、食べていい。」
「・・・そう。ならいただくよ。じゃ、みゆるはどうするの?」
お腹が鳴ってしまった。
「私、買いに行く。」
「なにを?」
「だから・・・、ゆいにお弁当食べられちゃったら、私のがないでしょ!」
「じゃ、蒼井さん。一緒に行こうか。」
「うん。えっと・・・。」
『春木。』
「春木です。」
春木君っていうのか。
春木君、春木君。
「・・・春木君と。」
「みゆる、名前知らなかったの?」
余計なことを。
でも、春木君ってどこの誰?
私の教室にいたんだよね。
あぁ、ちょっと顔見たいのに。
「それなら、私も一緒に行っていいですか?」
黒田さんを、断る理由がない。
「そういうことならさ、みゆる、はい。」
なんだろう・・・お金?
「300円って、これ全然足りなくない?」
「それが私のお昼代だもん。」
「これじゃ、チョコデニッシュ買ったら、あとは塩パンしか買えないよ。」
「コンビニ?ここのパンはもっと安いよねー。ね?えっと・・・。」
「は・・・、春木君だよ。」
名前、間違ってないよね?
たぶん大丈夫。
「やっと名前、覚えてくれたんだね。蒼井さん。春木です。300円だったらそうだね。コロッケパンと焼きそばパンと牛乳が買えるね。湊さん。」
名前合ってた。
よかったぁ。
でもやっとって・・・。
あ、食事はそういう趣味。
炭水化物系男子だ。
なんか、なんかいいなぁ。
そういう感じなんだ。
牛乳つけるところがかわいい。
「蒼井さん。今日は俺のせいでこんなことになっちゃったから、パンはおごるよ。」
それってその、俺のせいってのは、ちょっと違うけど・・・。
「・・・いいの?」
「もちろん。あとは、えーと、その・・・。」
『黒田。』
「私にも名前教えてー。転入生なんでしょ?」
あー、もうゆいは初対面なのに、肩に手をかけたりして。
「転入生・・・?」
「へー、春木君も知らないって?」
「そうだね。初めて会ったかな。えっと・・・。」
『だから黒田。こいつのこと、どうしてお前が知らないのっ。』
「黒田そらなっていいます。よろしくお願いします。」
「あ、そうなんだ。どーも見たことない女の子だなって思って。やっぱり今日来るって噂になってた・・・。そうなんだー。」
そこで黒田さんの両肩抱いちゃうって、中年男の絡みみたいだよ、ゆいは。
「で、黒田さんはどこのクラス?」
『春木、おまえ寝てたら。』
それなら私にもわかるよ。
「私と矢本さんと同じクラスだよ。春木君。」
「そうです。たぶん・・・春木君とも同じクラスだと思います。」
ん?
春木君と同じクラスってどういうこと。
『あのっ!』
「うわっ、びっくりしたー。矢本さん?・・・だよね。」
矢本さんでしょうよ。
『さっきからさ、あたしの言うこと誰も聞いてないっ!』
「え、うそ。矢本さんがしゃべってる!?うれしー。私・・・、今日初めて矢本さんと会話できた!」
『ちょっと、抱きつかないで。』
あーもう、ゆいは矢本さんの小さな頭を、あんなにクリクリ撫でまわして。
髪の毛がくしゃくしゃじゃない。
「でさー、どーして黒田さんがみゆるを運んでくれたの?」
『離れて。』
あー、ゆいはしつこいからなぁ。
「それは、倒れる前に蒼井さんが、私の名前を呼んでたから・・・。」
「そうだ。思い出した。あのね、ゆい。黒田さんは部活に入るんだよ。」
「あー、うん。部活?」
『フェンシング部』
「そう、フェンシング部に入るんだって。それで昼休みにゆいにも紹介しようって、矢本さんと話してて。」
「じゃ、ここにいるの全員フェンシング部ってことだ。」
「え、春木君も?」
「俺は違うよ。」
それはそうだよね。そんな出来過ぎた展開はない。
「やったー!これで女子4人。ためで団体戦チームを作れる!よろしくねっ、黒田さん。」
「え、ちょっとなに?この筋肉!すごいっ、黒田さん、なにやってたのー。すごいすごい。期待の新人だっ。」
お前、先輩気取れないっていうの。
「ゆい。黒田さんはオリンピックの強化選手なんだよ?」
「え、ちが・・・。」
「うっそ。じゃ、フェンシングのやり方知ってるんだ。」
「・・・」
『・・・』
「・・・」
「今なんかすごく恥ずかしくなったけど。あのさ。やり方って、どうしてゆいが知らないの。部員でしょ?」
「それはぁ。まだ試合に出たことがないからー。」
『ルールの説明は受けた。』
「それに、部員だっていうなら、みゆるだってもう部員でしょ。」
「それはそうだけど。私は昨日入部したばかりだし。やり方なんて知るわけないでしょ。」
「・・・」
『・・・』
「・・・」
あー、そんなに呆れられても・・・。普通でしょ。
「なるほどね。その程度ってことなんだ。自分の意思で入るって決めてやって来た割には、お粗末な事だよね。少ーしくらいは興味があるから入ってきたのかなーって思ってたけど、勘違いだったかなぁ。」
こんなことで、絡んでこないでよ。
「だからそういう意味じゃなくて。小学生くらいからフェンシングに興味があるなんて、おかしいらっ、てそういう意味だよ。」
「えっと。」
え、うそ。もしかして黒田さん、小学校から?
「私、フェンシング始めたのは小学校からで・・・。日本の選手が世界で活躍してるのを見て、かっこいいなって思って始めたんです。別におかしなところはないですよ。周りにもそういう子がいたし。・・・でも逆にこんな田舎で競技設備も環境もないのに、やりたいっていう子がいたら、そっちの方がおかしいと思うし、蒼井さんのいってることはわかります。こんな田舎でたった1人でフェンシングやりたいとかいったら。変人かなって私もそう思いますし・・・。だから蒼井さんには同意できるかな。」
やっぱり。
どうしよ、今悪いこと言っちゃったよね。
謝らないと。
でも怒ってはいない?
『あのっ。』
矢本さん?立ち上がった。
背、小さい。
・・・で、なんで矢本さんが凄く怒ってる?
『私はぁ。あなたより強くなる!高校卒業するまでに、絶対っあなたより強くなる。バカにするのもいい加減にしなよ?絶対に!絶対にあなたに勝つから!!』
「またしゃべった!」
えっと、何この謎の宣言は・・・何?
それにずっと喋ってるし。
でも黒田さんはオリンピックの強化選手だよ?
あれ、もしかして・・・。
「ひょっとして矢本さんも経験者とか・・・。」
『そうじゃない。』
「そんなことないよねー。私と同じ初心者だよねー。でも、矢本さんってこういう感じ?なんかいい、最近見ないタイプ。熱血だ。うれしいなぁ。なんか部活、すごく楽しくなってきそう!今日はほーんと嬉しい。矢本さんとこんなにお話できるなんて。それに気持ちも伝わったしー。これは今日の放課後から楽しくなりそう!」
お話を一番無視してたのはゆいでしょうに。
それに内容も聞いてないみたいだし。
いっつも自分のペースでまとめちゃって。
『ちょっと離して。』
矢本さん迷惑そう。
ホントうっとおしいよね、あの絡み。
わかるわ。
普通に腕とか胸に・・・胸、全然ない。
超スレンダーボディだ。
むちゃくちゃかわいいっ!
『蒼井さん!蒼井さんだって朝の聞いてたら?頭に来ないの?さんざんディスってくれて・・・。』
私?朝の?ディス?
「なんのことかちょっと。それに、そんなに怒らなくてもさ。」
私もいじりたい。
『はぁ?もういいよ。春木は聞いて・・・。』
「そんなこと、あったっけ?」
春木君のやさしそうな声。
この人がいるだけで、世界が温かくなるようだよ。
『もういい。もうどうでもいい。』
「でもさー。オリンピックの強化選手には勝てないんじゃない?やる気は認めるけども。」
確かにそうだ。
それにこれからこの4人が1年部員なんだから、もっと仲よくした方がいいよね。
「そうだよ。教えてもらえばいいんだよ。経験者で、とっても強いんだからさ。」
『放課後この寂しさを粉々に砕いて、かけらを下校の途中で捨てよう。』
なんか張り詰めてる。
「えっと。強化っていっても、板橋区の選抜メンバーなので・・・。大したことないんです。フェンシングって競技自体がまだ成熟してないっていうか、人口も少ないから、頑張ればそこそこいけるんですよ。」
そうか。オリンピックのとかじゃないんだ。
「それでも十分凄いと思うな。でも黒田さん。ちょっと間違ってるのは、ここは結構フェンシングが盛んなところだよ。クラブも5つぐらいあるって聞いてるけど。」
「5つも?そうなん・・・ですか。それは知らなかったです。すいません。」
「・・・。」
『・・・。』
「そうなんだ。」
知らなかった。春木君って物知り・・・。
「もしかして、誰も知らないとか?」
この顔を見合わせてる状況は、知らないってことだよね?
「先輩に経験者とかはいないの?」
「んー、そういうコミュニケーション取れるところまで、行ってないかなー。基礎練習しかしてないし。ね?」
『小野先輩、小学校からサーベル。長井先輩と吉野先輩はエペ。中学校から。』
「だからよく分からんのよー。」
またゆいは・・・、誰かなんかやってたって言ったよね。
「でも、田舎な事に変わりはないから、私は蒼井さんに同意します。それに矢本さん。私を目標にしてもらうことはいいことですよ。目標は高い方がいいから。たとえ手が届くはずがなくても、あこがれだけで励みになりますし。それに初めのうちはお話にならないだろうけど、2年くらい真面目にやれば、まぐれで1度くらいは勝つことがあるかも。フェンシングって運の要素が強いところもあるから。でもアベレージで私に勝ち越すのは不可能なので、そこで心が折れないかなって心配。でも、そんなことはないっていうなら、私は矢本さんを応援します。」
今の、親身な感じで話すって・・・。
どういう性格なの?
『目標とあこがれ、運と不可能。2年後にはあなたの頭の中で、意味が書き変わってるから。』
強烈な返し。
「チャレンジだね。頑張って!」
黒田さん、ここで優しそうな笑顔。
わからないなぁ。
「あはー。黒田さんも結構お喋りじゃん。それで2人の友情が、はぐくまれた感じでいいんだけどっ。」
はぐくまれてはいないだろう、たぶん。
「お昼休み、あと10分だよ。パン買ってこなくていいの?」
あと10分?
「ゆい。それ自分がお弁当食べてっから言うこと?」
「買いに行かないならお金返してよ、みゆる。」
「どうしてそうなるの?それじゃゆいだけ得してるじゃん。」
「パン買わない人にー、お金渡す理由がないもんね。」
「はぁ?あのさ、お弁当、私の損失・・・。」
「蒼井さん。」
「はい。・・・春木君?」
「湊さんと仲がいいんだね。でも急がないと、昼休みが終わっちゃうよ。」
「そ、そうだよね。」
えっと、立てるのかな、立てるみたいだ。
「じゃ、黒田さん。・・・一緒に行こう。」
「はい、蒼井さん。お願いします。」
だよね。来ないとかはないよね。春木君と2人だけ・・・でもよかったけど。それにしても春木君ってどこの誰?こんな男子いたかな。どうして今まで気が付かなかったんだろう。
今、私・・・。
私のその人と一緒にいるんだ。
本当だった。あの記憶は間違ってなかった。
・・・息が、なんだか苦しいよ。
世の中に、気持ちのいい苦しみがあるなんて!
「大丈夫です、蒼井さん。春木君が疲れたら私が抱けますから。」
んー、今抱かなくてもいいし。
「私、重いもの持つの得意なんです。」
別に重くないし。
春木君、背が高いなぁ。
私の顔、胸の辺りだもんね。
丁度いいのかな。
この高さって、丁度いいのかな。
あごのラインくらいしか見えないけど素敵。
黒田さんも背が高いなぁ。
でも、なんだろう。
昨日から部活始めるって決めただけで、今日はこんな事になって、私はその人に出会って、全てが変わってる。
なんかすごく明るい。
世界が輝いてるみたい。
何もかもが白くて・・・新しい感じ。
それにちょっと、涼しい・・・?
「こっちは3年の監獄とかいわれているけど、1階は食堂もあるし、1年も2年も使っていいんだよ。蒼井さんは知ってると思うけど。」
あ、新校舎か。
どうりで明るいわけだ。
エアコン利いてる。
へぇ。
入ったことなかったからなぁ。
昼休みも席で勉強しかしてなかったし。
「それで、パンは食堂の中で買える。まだやってるかな。」
ほとんど片付け終わっているみたい。パンは・・・あ、こっちか。
「まだ残ってたね。」
「えーと、ここで買えるからね。蒼井さんは?」
あまり残ってない。
これならあんパンと・・・アンズのデニッシュ?
「じゃあ、僕はこれで戻るよ。またあとでね。こっちが蒼井さんの分。」
「あ、うん。」
行っちゃったな。結局顔はよく見えなかった。まぁ女の子だけのところで、よくここまで付き合ってくれたよね。
「黒田さんは買わないの?」
「私は場所が分かればいいです。」
「じゃ、私は保健室に戻るよ。4限目は今日は休もうと思うから。」
休まないとパン食べる時間がないし。
「私も保健室まで行きます。荷物があるので。」
「うん。なら一緒に。」
やっぱり距離が近いな。どうして腕に抱きついて来るんだろう。まぁ、悪い感じはしないけど、どちらかというといい感じだけど、ちょっと変だよね。
「あー、ゆいと矢本さんはもう戻ってるみたいね。」
「・・・私の荷物がない。」
「ん。矢本さんが持って行ってくれたんじゃない?」
なんか必死に探してるな。探すところなんてほとんどないのに。この部屋、ベッドと椅子しかない。
「それならいいんだけど。」
そんなに大切なものが入ってるのかな。
「ふう。じゃ、私行くね。」
「うん。またあとで。」
はぁ、やっと4限目かぁ。
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◇1 さとみの記憶 白い世界、声
◇2 幼小期 小学校
◇3 中学校
◇4 リスタート
◇5 さとみの記憶 出会い
◇6 すべてが変わる
◇7 私のその人(未確認)
◇8 長い午後① 保健室(本文)
◇9 長い午後② 授業中
◇10 長い午後③ 邂逅、疑いあり
◇11 長い午後④ 抱き枕記念日
◇12 さとみの記憶 後悔、決意
◇13 悪戯
つづく
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