
Time after time―蒼井みゆるのさとみの記憶 ◇9 長い午後② 授業中
◇9 長い午後② 授業中
はぁ。
なんだろう、この疲労感というか充実感?
お昼休みがやっと終わったってことは、一日の3分の1くらいしか経ってないよね。
このパン。
食べたくないな。
永遠に取っておきたい。
今日の記念品として。
パンってどうやったら保存できる?
あーでも腐りそう。
それにお腹も鳴ってるし、食べるのは食べよう。
そうだ。
写真取っておけばいいんだよ。
・・・スマホがない。
ゆいはメガネとお弁当持って来たくせに、スマホ持ってこないとか。
絶対にわざとやってるよね。
んー美味しい。
学校のパンも悪くない。
っていうか春木君が奢ってくれたパンが・・・不味いわけない。
そうか。
この袋ならとっておけば・・・。
べたついてるな。
このこしあんパンってところと、デニッシュってところを、切り取って拭いておけばいい?
いやいや、こんなの大事に持ち歩いてるのを、ゆいに見つかったら絶対いじりネタにしてくる。
やめとく?
んー、残念だけど、とっても申し訳ないけど。
ゴミ箱に入って下さい。
はー、春木君のこと、ゆいに話しておこうか。ずっと気にかけてくれてたしね。ふふっ。おばあちゃんになってからとかないから。もう出会ってるから。今日出会っちゃったから!
でも春木君は同じクラス?
まぁ、ずっと勉強しかしてなかったし仕方ないか。見落としてたんだね。でも今まで気が付かなかったなんて、なんてもったいないことを。でもいい。これからはずっと一緒にいられるんだ。いいなぁ、いい。なんかすごくいいっ。
でもさ、昨日部活に入って今日はこれだもんね。なんだかドキドキしてきた。この4人で過ごすことが多くなるよね。
みんな個性的だよ。
黒田さんは、なんか距離感が近い。
っていうか、私、好かれた?
いや、ただ好かれたって感じじゃなかった。
スキンシップを求めてきてるっていうか・・・。
もし黒田さんがそういう気持ちだったら、私もしっかり自分の気持ちと向き合って返事をしないと。
うん。
偏見をなくして、自分に素直な気持ちになって。
黒田さんにも、向き合わないといけないんだからね?
矢本さん。
かわいいなぁ。
あのショートヘアは、私もくしゃくしゃにしてかわいがりたい。
ゆいのやつ、ああいうところは、すんなりやっちゃうんだよね。
うらやましい。
私よりちょっとだけ背は低かった。
それにすっごいスレンダー。
体重はまさかの30キロ台?
まさかね。
つぶやきが多いところが謎だよ。
それに何?
黒田さんに挑戦状とか、オリンピアンだよ?
あ、板橋区代表か。
でも初心者が勝てるわけないっていうの。
一生懸命タンカ切っちゃって、かわいすぎる!
あとは、ゆいか。ゆいはいいか。
あれ?チャイム。
もう4時間目終わったとか、信じられない。
サボってると時間が経つのが早いなぁ。
妄想で終わるとか至福。
春木君、教室に戻ればいるんだよね。
普通に目が合ったりして。
どういう反応すればいい?
ちょっと練習しておく?
やっぱり笑顔がいいよね。
こんな感じ?
あ。
まだ春木君の顔がよく分からないんだ。
矢本さんに教えてもらわなきゃ。
「黒田さん。カバンはあった?」
「ええ、ありました。でも、おにぎりがなくて。」
「え、何がないって?」
「あ、えーっと。いいです。別に。」
なんだろう。悲しげな顔してるな。
えーっと、春木君・・・。
あれ、こいつまた寝てるよ。この男子が起きてるとこ見たことない。いーっつも寝てる。休み時間ずっと寝っぱなし。そういえばお昼休みに、ゼリーのパック握りしめて、寝てたことがあったっけ。終わってんなー。明日自殺したって聞いても違和感ない感じ。ふつーに、だろうねっていえそう。この人生の諦めっぷりが痛いよね。存在感もないし活力もなさそうだし、影も薄い感じだし。何が楽しくて生きているのか、疑問を持ってしまいますよね、こういう無気力そうなやつ。今の充実した私からすると、千本ビーチに転がる、石ころの一つに過ぎない存在。
で、春木君はどこなんだろう。
「ね。矢本さん。」
『なに?』
「ちょっと聞きたいんだけど。」
『ん?』
「春木君ってさ、どこの席?」
『春木?そこ。』
そこって、んーどこ?
「見当たらないようですけど・・・。」
『だからっ、そこで寝てるやつ。あのさ、あいつもだけど蒼井さんも、今朝の黒田の話聞いてなかったら?』
「え・・・ちょっと待って。」
寝てるやつって、あれしかいないよね?あれが・・・春木君?えーそうなの。そうなのかな。そうなのかもしれない。他に眠ってる人いないし。へー、そうなんだ・・・。でも、本当に?うそじゃないよね。うー、矢本さんに本当にって、もう一度聞きたい。本当に本当なのかな・・・。
『あの。』
「ん、はい?」
『待ってるんだけど。』
「はい。何を?」
『ちょっと待ってって、言ったから。』
えーっと。あ、そういうこと。
「それ、じゃもう一度聞くけど、あそこで寝てるのが、はる・・・。」
くーなんでチャイムが鳴る。時間通りに来なくていいよ、じゃあもさ。
国語で古文をね。まだ教科書出してなかった。一番眠くなるやつだよ。
若紫ってさ、なんだっけ。あぁ、源氏物語か。十ばかりって数じゃないんだ、年齢か。雀をねぇ・・・、ふうん。犬君って、犬のこと?それとも犬君っていう名前の子・・・わからんよなぁ。まぁこの子がかわいいんだってことはわかるよ。でも涙ぞ落つるって・・・誰の?尼君の?どうしてここで悲しくなるのか意味が・・・。また出てきた。すずろに悲しって、この辺り悲しくなるような要素あった?・・・ここで歌うって、こういう形式文化って本当にあったの?これ本当にやってたらすごいんだけど。でもこれは使えるな。ゆいにこんな感じで言い返したら気分いいだろうな。『昼休み他人の弁当食らうものいかでか恥の消えんとすらむ』いっても意味わからんよなぁ。絶対に内容まで理解しようとは思わないよね、ゆいのことだもの。
「じゃあ、読んでもらおうかな。じゃあ蒼井さん。最初から読んで。」
「は?はいっ。」
え、なに?どこから?矢本さんっ!
『最初から。』
ありがとう。でも聞こえなかった・・・。
「ええっと・・・。」
「最初からです。じゃあ読んでくれますか。」
最初ね、最初からっと。
「じゃあ、読みます。・・・ひとなくてつれづれなればゆうぐれの・・・・・。」
あれ?みんなくすくす笑ってる。聞いてなかったのばれてる。悲しい。・・・これ、なんて読む?コシバガキでいいんだよね。あってたみたい良かったぁ。・・・む?
「・・・。」
「さっきも言いましたが、これみつ、あそんと読んでいいです。」
「これみつあそんとのぞきたまえば・・・・・、・・・ゆらゆらとして、かおはいとあかくすりなしてたてり。」
「じゃあ、そこまで。」
うはー緊張した。全然読めなかった。しょうがないか。古代人じゃないものね。
『蒼井さん、うけた。』
矢本さん、なんで笑ってピースしてくるの?そりゃ全然読めなかったけどさ。ちょ、ちょっとひどくない?
「じゃあ、次は・・・、春木君。じゃあ続きを読んで下さい。」
「はい。・・・なにごとぞや。わらべとはらだちたまへるか。とて・・・」
え。春木君?確かに後ろの方から声がした。起きてるんだ。授業中だから当然か。ならやっぱりあの男子が・・・春木君。ちょっと見てみたい。見てその顔を確かめてみたい。どうする?消しゴム・・・は転がっていきそうだし、じゃシャーペン?よしそれで。
カシャン。
これでちょっと拾うふりして振り向いて・・・。
う、教科書で顔が見えなかった。
でもなんでいつも寝てるんだろう?それは夜遅くまで勉強してるからだよ・・・ね?どうかな。それで睡眠時間が足りないから学校で寝てるんだよ。
たぶんそう。
「じゃあ、つぎは矢本さん。続きをお願いします。」
あっ、次。矢本さんだ。聞こえるかなぁ・・・。
「はい。・・・じ・・・コホン。えー、またいたるおとな、げに、と、うちなきて・・・。」
普通に聞こえてるし。っていうか声大きいし。き、綺麗な声だし。えぇ?なんでいつも声が小さいんだろ。謎だよこれ。それに流暢に読むなぁ。
「はい、ありがとう。じゃあ、次の時間はこの先をやります。事前に読んでおくと理解が早いです。」
次はこの先か。んー、なに?10歳のかわいらしい女の子をみつけて・・・彼女に・・・え?すき者・・・って、なに?明け暮れの慰めって・・・なにっ??そ、そうよね。そうだった。確か源氏物語ってこういうのだって聞いてた。ロリコン趣味のおやじの恋愛遍歴だって。それもかなりなまめかしいって聞いてたよ。古代日本って、結構奔放っていうか、これが古代日本の最高傑作なわけで、こういう趣味も崇高だったってことだよ。まぁこれに比べたら、私が黒田さんとか矢本さんに感じる気持ちなんてね、普通のことだよね。
うん、正常値の範囲内。っていうか美しいよ、とっても。
うん、全然綺麗。
「じゃあ、これで終わります。」
よし。春木君にお昼のお礼を言いに行こう。
・・・寝てるし。
『蒼井さん。』
「はい。」
『蒼井さんって面白いんだね。うけた。私もやろうと思ったけど無理だったぁ。よく出来るよね。』
んーそんなにうけたかのな。まぁ、ひどい読み方だったのは認めるけど。
っと、そうだ思い出した。黒田さんが元気なかったみたいだけど・・・。
「ね、黒田さんがなんかさ、元気なかったんだけど。何を無くしたって?」
あ、黒田さんこっち見てるな。悲しそうな目。どうしたんだろ。
『黒田?』
うわ。この敵意、早くどこかに仕舞ってくれないかな。
『それはお腹が空いてるんじゃないの?』
「お腹が?どうして。」
『なんかさ、おにぎりがないってぶつぶつ言ってたよ。湊さんが黒田のおにぎりも食べちゃってたのかもね。』
・・・はぁ?おにぎりって。
「どうして黒田さんのおにぎりを?私のお弁当も食べてたけど。」
『そんなこと聞かれても知らない。腹ペコさんなんじゃない?』
そんなにゆいはがっつく方じゃないと思うけどな。あー、黒田さんちらちら見てくるな。しょうがない。
・・・春木君を起こしたい!
けど我慢。
「黒田さん、矢本さんから聞いたけど。」
ぐぐきゅる、きゅるる。
うわー、すごいお腹が鳴ってる。いたっ。そんなに腕掴まなくても・・・。すごい力。
「お腹が空きました。それになんか手が震えて・・・。」
「手が震える?」
あんまり震えてる感じはしないけど。まぁ多分エナジー不足でしょ。でも私はお菓子とか持ってないからなぁ。知り合いといえば矢本さんしか・・・。
「矢本さん!」
よかった気が付いた。
「アメとか持ってない?」
なんか言ってるな。遠くて、いや近くても聞こえないだろうけど、たぶん『ない。』とかだろうけど。いたっ、黒田さん放してくれないかなぁ。これじゃ動けない。あ、呼べばいいのか。こっちこっち。おお、重い腰をあげてくれたな。ほんと不愉快そうな顔・・・。
『ない。』
やっぱりね。
「なんか、震えがきちゃってるんだって。お腹が空いてるみたい。」
『低血糖。』
「それだね。たぶん。」
『まったく。学校までコンビニがないから、お菓子も買えませんって?』
で、どこ行くの矢本さん。それは春木君の椅子・・・蹴った!え?・・・あ、起きた?よく見えないけど・・・。『春木、お前なんか食い物持ってない。』「んーなんで?」『黒田がお腹空いたって。』「・・・これならあるけど。」おお、あれは、ゼリーパック。『それでいいからくんない?』「これは俺の明日の昼飯なんだけど。」『で、くれんの?』「いいよ、黒田さんにあげて。」・・・っていう感じかな。でもちょっと待って。どうしてあんなに親しいの?もしかして、矢本さんと春木君って・・・そういう、関係なの?
『春木がくれたよ。』
なんで私にゼリーを・・・。え、これってもしかして、春木君は私のもの的な・・・アピール?
「あ、あのさ。矢本さんって、春木君と・・・その、結構仲がいいみたいだね。」
『ん?・・・普通にクラスメートだけど。そんなに親しく見えた?』
「いや。全然。全然見えない。」
ふぅ。良かったぁ。でも私が勉強している間に、クラスメートたちはこんな関係にまでなってるってこと?
なんか焦るなぁ。
『じゃ、私も聞いていい?』
「はい。」
『これと知り合いなの?ずいぶん仲がいいよね。』
これって・・・。
へ?どうして黒田さん、私の腰を抱いてるの。んーそりゃあ、ゼリーの蓋開けるのに両手は必要だけど、私を抱いてする必要はないよね。もう頭がぴったり私のおなかにくっついて・・・、別に私はこれくらいならいいんだけど。でも休み時間にこんな密着って、東京の板橋区じゃ普通のことなのかな。
うお。チャイムだよ。次は何だった?
『ふん。』
あ、なんか矢本さんが聞いてきてたっけ?
数学か。やばいな。ぜんぜん頭に入ってこない。
「・・・で、この三角形が・・・。」
あぁ、分かりにくい。
「・・・こういう概念は、これまでの数学では出てこなかったので、ここから落ちこぼれてしまう人が多い。この後は微分、積分と続いていくのでここで躓くとなかなか取り返しがつかなくなってしまう。よく理解しておくように。それでは今までの説明を頭に入れて、例題の3を解くこと。時間は5分。はじめ。」
例題だから解説から読んじゃおう。・・・、答えは写しておけばいいか。
だけど春木君・・・、いつも寝てるなんてね。
ちょっとどうにかしてほしい。おかしいもん。私が春木君の3つ前の席にいるっていうのに、どうして休み時間中寝ていられるのかな。あんなに休み時間中寝てたら、そういう人だって周りから思われちゃうし、それって春木君自身のためにもならないよね。だから・・・。
もう授業終わりか。
「あれ、矢本さんどこ行くの?」
『部活。』
「もう?」
『だって、あいつに負けたくないから。』
気持ちは分かるけど、それはどうかな。
強化選手には勝てないと思うけどな。
「でもさ、ゆいも来ると思うし。一緒に行こうよ。」
そうだ。黒田さん。
こっちこっち。そうそう、こっち来て、そう・・・。
で、どうして私の机に座る?
それで、どうして私の頭をなでるのかなぁ。
『あのさ。2人とも今日が初対面でしょ?なんでそこまで仲良くなれるの。信じられない。』
そうだね。私も信じられないよ。私が今、黒田さんに膝枕してもらってるなんて。
『どうでもいいけどさ。』
「はい。」
『もう行ってるんじゃないの?湊さん。」
そういえば結構時間が経ってるな。へぇ。みんな教室から出ていくの早いんだね。もうほとんど人影がない。春木君もいない。昨日までは、放課後は教室で、みんな楽しくやってるんだろうなって想像してたけど、そんなこともなかったんだね。
少し安心した。
『プリーツのあとがほっぺたについてるよ。』
ほんと?確かにあとが。下地が硬かったからか。太ももすごい筋肉だった。
『私もう行くから。』
「そうだね。私達も行こうか。黒田さん。」
「そうですね。」
「じゃ、行こ。」
黒田さん、楽しそうだな。まぁ私といて楽しそうにしてくれるのは、悪い気はしないけど。あ、いやいや、大好きなフェンシングがやっとできるってことだよ。
なんか重そうなバッグ。こんなの持ってたんだ。
「それって?」
「はい。一応練習道具は一式持って来たので。」
へえ。さすが代表に選ばれる人は違うっていうか、持ってるのが様になってるね。
何が入ってるんだろう。
私も、こういうの持つようになるのかな・・・。
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◇1 さとみの記憶 白い世界、声
◇2 幼小期 小学校
◇3 中学校
◇4 リスタート
◇5 さとみの記憶 出会い
◇6 すべてが変わる
◇7 私のその人(未確認)
◇8 長い午後① 保健室
◇9 長い午後② 授業中(本文)
◇10 長い午後③ 邂逅、疑いあり
◇11 長い午後④ 抱き枕記念日
◇12 さとみの記憶 後悔、決意
◇13 悪戯
つづく
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