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マガジン一覧

丼じゃらホイ

丼物の記事も多くなったのでマガジンにまとめてみました。これからも丼々やります。

煮付け天丼2026

アッと云う間に9月が過ぎ去ろうとしている。本当にアッと云う間の2026年9月であった。色々と忙しい日々であったけれど、気晴らしに台所に立って自分勝手な料理をする時間は多少あった。料理と呼べるようなちゃんとしたものはないけれど、それでも料理まがいのことをしていると気持ちが落ち着いて前に進む心持ちになろうと云うものだ。料理と自分の関係性が音楽と自分の関係性と酷似しているのを最近再認識した。それはまた改めて詳しく書くけれど、興味を持つ→コピーする→再現する、なのである。気になる料理は作り方を調べて自分で作ってみる。気になるギターはコピーして同じように弾けるようにする。それを子供の頃からずっとやっているのだとようやく理解した。まあそれはそれとして、先日はスーパーマーケットで夕方割引で売っていた天ぷら盛り合わせがあったので、買って来て食べた。そして更に残ってしまったかき揚げを適当な天ツユを作った中で煮て、ご飯に載せて天丼にして食べたのであった。 煮付け天丼2026ワタシの天丼の原点は、家で大量に揚げた天ぷらが翌日も残っていて、それを天ツユで煮て、ご飯に載せた煮付け天丼である。それについては以前にnoteに書いたのでそのリンクを張っておきますので読んでやってください。 煮付け天丼2026天ツユはめんつゆ(濃縮のヤツ)とかを適当に希釈して、適当にみりんを加えてちょっと甘めに仕立てた。かき揚げはあまり煮ると煮崩れてしまいそうだったのでツユを吸って温まったくらいで鍋から引き上げた。小盛のご飯に載せてジャストサイズ。アーユーレディー。イタダキマス。 煮付け天丼2026を食らう煮付け天丼2026を食らう煮付け天丼2026を食らう煮付け天丼2026を食らうウマウマウー。自画自賛ではあるが大変に美味しく出来た。味はまあご想像の通り。以前は油っぽさを軽減するためにかき揚げを水洗いするなど手間をかけていたが、今回は面倒なのでやらなかった。その昔、家で揚げていた天ぷらは、衣がもっとふんわりとしていてフリッターのようであったので、こうして煮付けてもそうそうバラバラに崩れたりはしないものであった。その辺りが再現性に於いてはちょっと違うのである。以前は自分で天ぷらを揚げて、それをわざわざ煮付けたりもした。その時の記事のリンクも貼っておきます。 千葉県船橋市の天ぷら松島そんな自分の天丼原風景をより明確に再現出来る機会を得た。千葉県船橋市、JR船橋駅からすぐのところにある『天ぷら 松島』に伺った。揚げ置きの天ぷら(なければその場ですぐ揚げてくれる)をテイクアウト出来て、尚且つイートインも可能なお店である。最初に伺った時には天丼を戴いたのだけれど、その天ぷらが物凄く懐かしい感じであったので、2度目に伺った時は天ぷら定食(盛り合わせセット)にして、丼ツユではなく、天ツユに天ぷらを浸すことにした。 天ぷら松島の盛り合わせセット標準装備の天ぷらの内容(えび小・きす・いかかき揚げ・ビーマン)に加えてにんじん天を2つ追加。このにんじん天が昔の我が家のものと酷似しておりました。早速にんじん天を天ツユに浸そうと思う。 天ぷら松島のにんじん天これですよこれこれ。にんじん天はこうでなくてはいけない。にんじんの細切りもこれくらい。薄めのカットが理想的。そんなに揃っていなくても無問題。さあ、天ツユに浸してご飯に載せよう。 にんじん天をご飯に載せるこれですよこれこれこれこれ。これがかなり神髄に近い感じ。天ツユにひたしただけなので煮付けにはなっていないけれど、本筋からは逸れていない。イタダキマス。 にんじん天をご飯と一緒に食らうにんじん天をご飯と一緒に食らうウマウマウー。ほぼカンペキ。これこそがワタシの天丼原風景。にんじん天とご飯で至福。皆さんも船橋まで行ってくれたら味わえます。ここ最近のことですが、ローソンの一点突破すぎ弁当(ウインナーだけとかコーンだけとかがご飯に載ってるヤツ)をして、人間の尊厳がどうこうとか、日本の衰退云々とか、そんな論調も見受けられる中、このにんじん天だけ煮て食べるなんて地獄に堕とされてしまうのではないかとヒヤヒヤするのですが(しないよ)それに加えてペヤングソースやきそばの生麺バージョンがファミリーマートから発売されて、それをレビューしたら「値段が高い」「必要ない」だの的外れなコメントがインスタ投稿に付いたのだけれど「オレが作ったんじゃないよ」「文句をなぜオレに云うのだ」「紹介しちゃいけないのかよ」「なんだ偉そうに」とワタシの内部からも多数の意見が寄せられたことをここに記して、そんな意見こそが人間の尊厳とか日本の衰退じゃないのかと、ああそんなこと書くとまた怒られるかなとヒヤヒヤするのですが(しないよ)まあいいか、話が脱線しましたすみません。 ピーマン天をご飯と一緒に食らうウマウマウー。にんじん天のことばかり書いて来たけれど、ピーマン天も負けてはいない。天ぷらこそがピーマンのポテンシャルを最大限に引き出す調理法であると信じて疑わない(ただ好きなだけだとも云う)。大根おろしに天ツユをしっかり含ませて戴けば至福その2。とても有り難い気持ちになる。ありがとうございます。 えび天とご飯を一緒に食らうウマウマウー。とは云え、何だかんだ云って、えび天こそが天丼の大代表であることに異論は御座いません。至福その3であります。天丼なのか天ぷらご飯なのか、煮付け天丼なのか浸し天丼なのか、どこにも核心がないようにも思われましょうが、まあ大きな気持ちで今後ともお付き合いください。10月3日からクレイジーケンバンドのツアースタート。全国に参ります。元気に最後までやり遂げられるようグリグリバリバリがんばりますのでどうぞよろしくお願い致します。

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牛丼

久しぶりに料理をした。久しぶりなのだから丁寧に手の込んだ料理でも作ろうかと思ったが、結局手抜きで雑な牛丼が出来た。でも美味しく出来たのだ。音楽でもササッと作ってササッと仕上げた曲が長く愛されたり演奏していても奥が深かったりもするのだけど、たまたまそう云う優秀なのが出来ただけであってササッと作ってササッと仕上げた曲はササッと忘れてしまうことの方が圧倒的に多い。どんなに根を詰めても、どんなにサボっていても、良い作品はまあ大体同じだけ出来るから、その時の状態ではなくもっと別の要因があるのだと思う。話がとんでもない方向に行きそうなので、牛丼に話を戻す。 国産牛切り落とし肉何だか文字情報がいっぱいである。「使い道いろいろ」「切り落とし肉」「国産牛」「牛丼・炒め用」「(こま切れ)」さらに本体価格、税込価格、割引20%と情報が押し寄せてくる。これを一瞬のうちに「あらお得だわね」「これで牛丼でも作るか」と判断して購入するのだから人間の情報処理能力と云うのは大したものであると自画自賛する。えっへん。そんなに威張るようなことではないか。 国産牛切り落とし肉こんな感じ。牛丼を作るには丁度良い脂の割合かと思う。ここでもうかなり面倒くさがりになってきた。タマネギとか切るの面倒だな。どうしようか。いいやタマネギはナシにしようと楽な方には素早く判断する。牛肉だけで牛丼のアタマを作れば良い。さっそく実行する。 自作牛丼もう出来た。自作牛丼の完成である。フライパンに牛脂(お肉売り場に無料であるヤツ)をひいて、牛肉を炒めて、醤油と砂糖と味の素で味付けした。それをご飯に載せれば出来上がりである。調理時間は10分もかからなかった。それでいいのだ。 自作牛丼酒もみりんもあったけれど、省略した。工夫をすればする程に味わいの深みや広がりが出るのは判っているけれど、とにかくササッと作ってササッと食べたい気持ちを優先。味見もしていないのでぶっつけ本番である。イタダキマス。 自作牛丼を食らう自作牛丼を食らうウマウマウー。醤油も砂糖も目分量。味の素は2振りくらい。バッチリでした。ヒジョーにウマイ。マイナスポイントを挙げていくと点数が残らなくなりそうなので、良いところだけクローズアップ。美味しい。簡単である。牛肉の味がストレートによく判る。甘いけれど甘ったるくない。食べ応えがある。これだけで100点満点の150点くらい取れているから優勝である。自作牛丼ブラボーである。 自作牛丼を食らう自作牛丼を食らうウマウマウー。あとはもう七味唐辛子をかけるでも何でもすれば日本一であろう。新聞の号外も出るし、ビールかけもやってテレビの優勝特番も幾つも出演となろう。優勝パレードの準備もしなければならないし、海外優勝旅行とかも企画せねばなるまい。でもこれを食べていて世界一ウマイとは思ったが、平行世界の方にある牛丼チェーンの牛丼と云うのは何とありがたいものなのであろうかと思った。作らなくていいのだ。食べに行く、持ち帰りする、デリバリーサービスだってある。ありがたいことである。ありとあらゆるところに感謝ポイントがある。これからも感謝の心を忘れずにやって行こう。うまくまとまらなかったですねすみません。現在クレイジーケンバンドの26枚目ニュウアルバムのレコーディング中。小野瀬雅生と須藤祐(アコースティックユニット)も小野瀬雅生ショウ(バンド)もレコーディング中。レコーディングデイズをしっかり乗り切って夏に備えたいと思う。夏バテはしないけれど熱中症にチュウイします。

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崎陽軒のギヨウザ

2026年4月1日、横浜市民が心から敬愛する横浜を代表するブランド崎陽軒がギョウザを発売すると云うニュースをネットで見た。これはなかなかのエイプリルフールだと思ったのだが、翌日4月2日に本当にギョウザが発売された。ビックリした。ビックリして思わず買いに行ってしまった。ギョウザでも餃子でもなくギヨウザである。崎陽軒のギヨウザ。シウマイの表記に準じて拗音(小さなヤユヨ)を使わずギヨウザとされたのだと思うが、ギヨウザとタイピングするのにまだなかなか指が躊躇する感じである。最初は儀容座と漢字変換された。それだと昔の映画館か何かの劇団のようである。 崎陽軒のギヨウザ緑色のパッケージである。サイズはポケットシウマイと同じ。イラストに描かれているは中国の獅子舞の獅子。なかなかにカワイイ。お値段は350円税込。370円税込になったポケットシウマイよりちょっとだけ安い。レッツオープン。 崎陽軒のギヨウザゆずぽん酢しょうゆとラー油が添付されている。崎陽軒のサイトに添付とあったのでそう書いたが同梱の方が良いのかな。日本語難しいな。更に薄紙もオープン。 崎陽軒のギヨウザ崎陽軒のギヨウザのお出ましである。昔ながらのシウマイと同サイズ。こう見るとシウマイである。餃子っぽさは形状からは感じられない。そして先に申し上げておくけれど、匂いがなかなかにスゴイ。ビックリした。ニラとにんにくの香りである。シウマイの数倍、いやそれ以上の威力がある。袋に入れてもらったのを持って(袋は2重にしてくれた・お店の人も匂いのこと判っているのだ)電車バスに乗るのがちょっと憚られるくらいのオデュール。シルブプレ。新幹線のお供にもこれだと如何かと思う。この事なかれ主義が跋扈するドライなご時世にこれを発売すると云うのはなかなかの挑戦である。水中からの挑戦だとテペトで河童ちゃんで果てしなき逆襲だとザンボラーが鎌倉の山から出る。何のこっちゃ。なかなかに匂いのインパクトがあるのでお買い求めの際はどうぞその辺りお含み置きを。 崎陽軒のギヨウザ「調理の手間なく常温でそのままあ召し上がりいただける」とは崎陽軒サイトからの受け売り。常温で餃子。考えてみれば初体験かも知れない。冷めちゃったのは子供の頃とかによく食べていたけれど、最初から常温か。イタダキマス。 崎陽軒のギヨウザを食らう崎陽軒のギヨウザを食らうウマウマウー。まずは何もつけずに戴いた。未知との遭遇で云えば崎陽軒のギョウザとの第三種接近遭遇である。クローズ・エンカウンター。ハジメマシテ。地球へようこそ。パクッと一口。ニャルホロー。ニラやにんにくの風味がバッチリ効いている。最初は餃子と云うよりニラにんにく入りシウマイを食べている気になった。これはもう形状的にも口当たりも最初の印象もやはりシウマイであると僕に思わせるのは崎陽軒のシウマイが僕の中にどうしようもなく深く根付いている証拠である。常温であるのも調味料をつけていないのも要因かなと。あと皮がやはりシウマイなんだよねー。なかなか頭の中が餃子を食べていると認識してくれなかったのでした。 崎陽軒のギヨウザを食らうウマウマウー。ゆずぽん酢しょうゆとラー油をつけてみた。これで一気に餃子的インパクトが来るかと思いきや、ゆずぽん酢醤油の酸味がなかなかに強くて、それにビックリして(ビックリしてばかりだな)これまた餃子の認識に至らなかった。この時点でもう自分の中の新しい着地点が見えて来たように思う。折り合いとか落とし所とか、あくまで個人的になんだけれど。 崎陽軒のギヨウザを焼いて食らう「焼いても香ばしさが加わりおいしくお楽しみいただけます」とも崎陽軒のサイトにあったので、フライパンでちょっと焼いてみた。弱火でちょっと焼けば適度な焼き目が付く。食べてみると、あっ、ギヨウザが餃子にかなり近付いた瞬間である。その「あっ」はLeinaさんのうたたねの「あっ」でお願いします。おはよう世界。確かに焼いた方が全てが落ち着くような感じがする。焼くって凄いことなんだな。またビックリした。 崎陽軒のギヨウザを焼いて丼にして食らう崎陽軒のギヨウザを焼いて丼にして食らうそうするとご飯に載せたくなるのが人情と云うものである。早速載せてみて崎陽軒のギヨウザ丼も完成した。「ご飯のお供やお酒のお供など、幅広くお楽しみいただけます」とのこと。お酒のお供は今後いずれやってみることとする。 崎陽軒のギヨウザを焼いて丼にして食らうウマウマウー。やっぱり餃子を食べていると云う認識に至らないのは、皮と中身の間に隙間がなくてギュッとしているからである。余白と云うか、行間というか、餃子にはそれがある。ではこれはどうしたらいいのか。単純明快、僕は崎陽軒のギヨウザと云う新しい食べ物を食べているのだ。餃子でなくギョウザでもなくギヨウザである。初めて食べたのだ。カテゴライズ出来なくて当たり前である。チャラリラリー(←未知との遭遇のメロディー)。ハジメマシテ。これからもどうぞよろしくお願い致します。 崎陽軒のギヨウザを焼いて丼にしてご飯と一緒に食らう崎陽軒のギヨウザを焼いて丼にして醤油をかけて食らうウマウマウー。ご飯と一緒だと更に落ち着く。そして最後の1コにはお醤油をかけてみた。まだ神髄には遠く至らないがこっちの方向じゃないかしらん。そしてやはりこれにカラシはどうなのだろう。ご飯もチャーハンだったらどうなのだろう。崎陽軒のギヨウザは2026年最大の研究課題になりそうである。6コしか入っていないので今回はこれまで。色々思いついたりビックリしたらまた何か書くことにします。崎陽軒のギヨウザブラボー。美味しかったです! 御馳走様でした!

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黒はんぺん丼

2026年3月、静岡に行った折に富士宮市内のスーパーマーケットに寄って黒はんぺんをゲットした。黒はんぺんは「静岡県地方の郷土食である魚肉練り製品」で、静岡では「はんぺん」と云えばこのタイプのものである。詳しくは各自ググって頂戴ヨロシク。食べ方としては、そのまま食べたり、おでんに入れたり、焼いて食べたりと色々なバリエーションがある。どうにか調理してご飯に載せて黒はんぺん丼にして食べてみようと考えた。 焼津かねいわ商店の黒はんぺん焼津かねいわ商店の黒はんぺん。小サイズの方を入手した。厚手の大サイズは今度試してみよう。 黒はんぺん丼おでんバージョンおでんの汁で煮た黒はんぺんをご飯に載せて、黒はんぺん丼おでんバージョンの完成である。早いな。おでんの汁さえあればレトルトやインスタントのものよりも早く出来る。ファストフードである。 黒はんぺん丼おでんバージョンそれでは早速イタダキマス。 黒はんぺん丼おでんバージョンを食らう黒はんぺんおでんバージョンを食らうウマウマウー。「新鮮なサバ等の栄養価の高い魚をふんだんに」使ってあるとのことで、旨味たっぷりで味わい深い。静岡おでんのだし粉があったのでかけてみたらこれはこれでなかなかに静岡っぽくなった。簡単で美味しくて満点である。更に満点以上を目指してみようと思い次なるバージョンを作った。探究心旺盛である。自分で云うなってか。そうですねすみません。 黒はんぺん丼焼きバージョン今度は黒はんぺんを焼いてご飯に載せた。黒はんぺん丼焼きバージョンである。海苔を付けてあるのは富士宮市の焼きそば店『前島』のやり方に沿ったからである。 前島の黒はんぺん焼き『前島』では黒はんぺんを鉄板で焼いて、醤油ダレを塗って提供してくれます。3枚で1人前。で、何故か2枚にだけ海苔を巻いて、1枚は海苔ナシ。理由を聞いたかもしれないけれど忘れちゃった。 前島の黒はんぺん焼きこんな感じで海苔が付く。何となくではあるが踏襲してみた次第。 黒はんぺん丼焼きバージョン何となく似てるでしょ。一番奥の黒はんぺんは海苔ナシです。イタダキマス。 黒はんぺん丼焼きバージョンを食らう黒はんぺん丼焼きバージョンを食らう黒はんぺん丼焼きバージョンを食らうウマウマウー。『前島』の醤油ダレは少し甘味があったけれど、自分は簡単に出汁醤油を使ってみた。甘くしなくても美味しい。ご飯ともとても良く合う。海苔の風味がナイスサポート。これまた満点である。さあまだ黒はんぺんの在庫がある。もうちょっと深入りしてみよう。そうしようそうしよう双子葉植物。 ラク揚げパン粉日清製粉のラク揚げパン粉と云うのを入手したので黒はんぺんをフライにしてみようと思う。小麦粉・卵いらず、と書いてあったが、実は黒はんぺんの表面は水分が少なくてラク揚げパン粉がなかなか馴染まない。馴染まないと云うかパン粉がくっつかない。そうかそうだったのか。なので溶き卵だけには潜らせて、ラク揚げパン粉を付けて黒はんぺんフライを作ったのだ。突然物凄く手間がかかることを始めてしまった。それだったら小麦粉も付ければ良かったか。突然始めたので手順とかそう云うのがバラバラでバタバタになった。子供の頃から後先考えずに没頭して突入することがよくあった。仕組みも判らず知識もないのに急にエレキギターを分解してしまって音が鳴らなくなったり(当たり前だ)急にギターに白い塗料を塗り始めて白いギターにしようとしたり、ああ思い出すと色々出てくるけれどまたの機会にします。 黒はんぺん丼フライバージョンそれでも何とか黒はんぺんをフライにしてご飯に載せた。黒はんぺん丼フライバージョンの完成である。揚げ油少なめで揚げ焼き的に作ったので、焼きムラがかなりある。まあ自分が食べるだけなのでこれでよろしい。 黒はんぺん丼フライバージョン出来たてアツアツのうちにイタダキマス。 黒はんぺん丼フライバージョンを食らう黒はんぺん丼フライバージョンを食らう黒はんぺん丼フライバージョンを食らうウマウマウー。ソースは名古屋のコーミソースをかけてみた。黒はんぺんフライとコーミソース、ナイスマッチ。満点とまではいかないがなかなか美味しく出来てホッとした。でもまあ焦げたところは苦いな。その苦味が昔の自分の家の味(母親が作った真っ黒に焦げたとんかつとか真っ黒に焦げたハンバーグとか)を思い出させてくれた。昭和にワープだ。今は外食でもどこででもこの逃れようのない焦げた苦味を味わうことなんてなくなってしまったなぁ。どこに行っても何を食べてもみんなそこそこ美味しいなんて天国のような現在だけど、そうでなかった頃のことを思い出して懐かしむなんて歳を取ったからなのかなぁ。そんなことを書くつもりではなかったのだけど、これもまあ後先考えない性格によるものか。 ナルトフライ後先考えずに余っていたナルトに衣を付けてナルトフライを作ってみた。味はそこそこ美味しかったけれど、見た目はよろしくない。いつかちゃんと作ろう。黒はんぺん丼はウマかった。フライは要再考。そんなわけで今回は脱線しておしまい。懲りずにまた何か作ってみます。

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御馳走帳

僕が心からウマイと思ったものについて書いていきます。料理も食材も色々な角度から考えてみたい。ウマウマウー。

煮付け天丼2026

アッと云う間に9月が過ぎ去ろうとしている。本当にアッと云う間の2026年9月であった。色々と忙しい日々であったけれど、気晴らしに台所に立って自分勝手な料理をする時間は多少あった。料理と呼べるようなちゃんとしたものはないけれど、それでも料理まがいのことをしていると気持ちが落ち着いて前に進む心持ちになろうと云うものだ。料理と自分の関係性が音楽と自分の関係性と酷似しているのを最近再認識した。それはまた改めて詳しく書くけれど、興味を持つ→コピーする→再現する、なのである。気になる料理は作り方を調べて自分で作ってみる。気になるギターはコピーして同じように弾けるようにする。それを子供の頃からずっとやっているのだとようやく理解した。まあそれはそれとして、先日はスーパーマーケットで夕方割引で売っていた天ぷら盛り合わせがあったので、買って来て食べた。そして更に残ってしまったかき揚げを適当な天ツユを作った中で煮て、ご飯に載せて天丼にして食べたのであった。 煮付け天丼2026ワタシの天丼の原点は、家で大量に揚げた天ぷらが翌日も残っていて、それを天ツユで煮て、ご飯に載せた煮付け天丼である。それについては以前にnoteに書いたのでそのリンクを張っておきますので読んでやってください。 煮付け天丼2026天ツユはめんつゆ(濃縮のヤツ)とかを適当に希釈して、適当にみりんを加えてちょっと甘めに仕立てた。かき揚げはあまり煮ると煮崩れてしまいそうだったのでツユを吸って温まったくらいで鍋から引き上げた。小盛のご飯に載せてジャストサイズ。アーユーレディー。イタダキマス。 煮付け天丼2026を食らう煮付け天丼2026を食らう煮付け天丼2026を食らう煮付け天丼2026を食らうウマウマウー。自画自賛ではあるが大変に美味しく出来た。味はまあご想像の通り。以前は油っぽさを軽減するためにかき揚げを水洗いするなど手間をかけていたが、今回は面倒なのでやらなかった。その昔、家で揚げていた天ぷらは、衣がもっとふんわりとしていてフリッターのようであったので、こうして煮付けてもそうそうバラバラに崩れたりはしないものであった。その辺りが再現性に於いてはちょっと違うのである。以前は自分で天ぷらを揚げて、それをわざわざ煮付けたりもした。その時の記事のリンクも貼っておきます。 千葉県船橋市の天ぷら松島そんな自分の天丼原風景をより明確に再現出来る機会を得た。千葉県船橋市、JR船橋駅からすぐのところにある『天ぷら 松島』に伺った。揚げ置きの天ぷら(なければその場ですぐ揚げてくれる)をテイクアウト出来て、尚且つイートインも可能なお店である。最初に伺った時には天丼を戴いたのだけれど、その天ぷらが物凄く懐かしい感じであったので、2度目に伺った時は天ぷら定食(盛り合わせセット)にして、丼ツユではなく、天ツユに天ぷらを浸すことにした。 天ぷら松島の盛り合わせセット標準装備の天ぷらの内容(えび小・きす・いかかき揚げ・ビーマン)に加えてにんじん天を2つ追加。このにんじん天が昔の我が家のものと酷似しておりました。早速にんじん天を天ツユに浸そうと思う。 天ぷら松島のにんじん天これですよこれこれ。にんじん天はこうでなくてはいけない。にんじんの細切りもこれくらい。薄めのカットが理想的。そんなに揃っていなくても無問題。さあ、天ツユに浸してご飯に載せよう。 にんじん天をご飯に載せるこれですよこれこれこれこれ。これがかなり神髄に近い感じ。天ツユにひたしただけなので煮付けにはなっていないけれど、本筋からは逸れていない。イタダキマス。 にんじん天をご飯と一緒に食らうにんじん天をご飯と一緒に食らうウマウマウー。ほぼカンペキ。これこそがワタシの天丼原風景。にんじん天とご飯で至福。皆さんも船橋まで行ってくれたら味わえます。ここ最近のことですが、ローソンの一点突破すぎ弁当(ウインナーだけとかコーンだけとかがご飯に載ってるヤツ)をして、人間の尊厳がどうこうとか、日本の衰退云々とか、そんな論調も見受けられる中、このにんじん天だけ煮て食べるなんて地獄に堕とされてしまうのではないかとヒヤヒヤするのですが(しないよ)それに加えてペヤングソースやきそばの生麺バージョンがファミリーマートから発売されて、それをレビューしたら「値段が高い」「必要ない」だの的外れなコメントがインスタ投稿に付いたのだけれど「オレが作ったんじゃないよ」「文句をなぜオレに云うのだ」「紹介しちゃいけないのかよ」「なんだ偉そうに」とワタシの内部からも多数の意見が寄せられたことをここに記して、そんな意見こそが人間の尊厳とか日本の衰退じゃないのかと、ああそんなこと書くとまた怒られるかなとヒヤヒヤするのですが(しないよ)まあいいか、話が脱線しましたすみません。 ピーマン天をご飯と一緒に食らうウマウマウー。にんじん天のことばかり書いて来たけれど、ピーマン天も負けてはいない。天ぷらこそがピーマンのポテンシャルを最大限に引き出す調理法であると信じて疑わない(ただ好きなだけだとも云う)。大根おろしに天ツユをしっかり含ませて戴けば至福その2。とても有り難い気持ちになる。ありがとうございます。 えび天とご飯を一緒に食らうウマウマウー。とは云え、何だかんだ云って、えび天こそが天丼の大代表であることに異論は御座いません。至福その3であります。天丼なのか天ぷらご飯なのか、煮付け天丼なのか浸し天丼なのか、どこにも核心がないようにも思われましょうが、まあ大きな気持ちで今後ともお付き合いください。10月3日からクレイジーケンバンドのツアースタート。全国に参ります。元気に最後までやり遂げられるようグリグリバリバリがんばりますのでどうぞよろしくお願い致します。

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焼きそばの果てしなき旅【その94・瀬戸内レモン焼そば塩など】

何だか塩レモンから焼きそばの世界にまたふと戻ってきた感じがする。塩レモンだの瀬戸内レモンだの何だか時流に乗っているようで自分の軽さを思い知るような気分でもあるけどまあいいか。8月が終わりに近付いて来て、ツアーの準備とかも色々やらないといかんなと思いつつ、一足先に頭の中とかが衣替えをするような感じであるか。頭の中に少し余裕が出来た気もする。それが余裕なのかただのブランクなのか判らない。大事なことを忘れてそれを余裕と勘違いしてることもあるので油断しないようにしないといけない。 マルちゃん焼そば塩レモン味【その92】で使ったマルちゃん焼そば塩レモン味が1食残っていた。これを忘れなかった自分を褒めてやる。さあこれをちゃんと美味しく食べよう。色々と考えていたらナイスアイディアに行き当たった。これも自分を褒めてやろうじゃないか。 マルちゃん焼そば 塩レモン味 しらす青ネギあおさのりバージョンマルちゃん焼そば 塩レモン味 しらす青ネギあおさのりバージョンである。スーパーでしらすを見つけてああこれがイイじゃないか天才じゃないかしらと思ったのでした。青ネギ(切ってあるヤツ)とあおさのり(乾物)も一緒に買ってきてトッピングした。 マルちゃん焼そば 塩レモン味 しらす青ネギあおさのりバージョンしらすと青ネギはただそのまま載せただけ。あおさのりはどうしようかと考えたが乾いたままでも食感のアクセントになるので(本当は面倒だっただけ)これもそのまま載せた。イタダキマス。 マルちゃん焼そば 塩レモン味 しらす青ネギあおさのりバージョンを食らうマルちゃん焼そば 塩レモン味 しらす青ネギあおさのりバージョンを食らうウマウマウー。フツーと云えばフツーのアイディアなれど、これはヒジョーにウマかった。この記事をご覧になったそこの貴方が想像されたのと寸分違わぬその味で大正解です。賞状もトロフィーもありません。トロフィーってもう昭和の遺物ですよね。そうでもないですか。生涯で何度かトロフィーを戴いたがなかなかに嬉しいものである。また何かで褒められてトロフィーを貰えるようがんばろうと思う。マルちゃん焼そば塩レモン味ブラボー。 瀬戸内レモン焼そば塩スーパーで見慣れないのを発見した。瀬戸内レモン焼そば塩。大手メーカーではなく群馬県前橋市の高山麺業の製品。うどん、そば、中華麺など様々な麺を製造されている。「さわやかなレモンの香りとビリ辛な後味がクセになる」とはパッケージの文言。パッケージの色味的にワタシは「ピリ辛」の部分を見落としてしまい、後で食べた時にピリ辛でちょっと驚いた。ちょっとだけよ。「ピリ辛」の文字、見にくくないですか。年齢のせいでしょうか(最近急激に視力が落ちた)。閑話休題。 瀬戸内レモン焼そば塩内容はシンプルに麺と粉末ソースのみ。2食入り。まずは具を入れずにプレーンなのを作ってみた。 瀬戸内レモン焼そば塩 プレーンバージョン瀬戸内レモン焼そば塩 プレーンバージョンの出来上がり。麺は蒸し麺だけど縮れてはおらず、白っぽいストレートな麺であった。イタダキマス。 瀬戸内レモン焼そば塩を食らう瀬戸内レモン焼そば塩を食らうウマウマウー。まずは香りがレモンではなく青っぽい。青っぽいと云うのはピーマンとか青唐辛子とかそう云う青のことである。食べてみるとピリッと辛い。ちょっとビックリした。青い辛さである。柚子胡椒が一番判りやすい例えであろうか。あの香りと辛さである。原材料表示を見ても青唐辛子とかは表記がないので推測するしかないけれど、この青さが大変に個性的で、即座にお気に入りとなりました。青の後にはレモンの爽快さが程好く広がってヒジョーにウマイ。どこで買ったんだっけかな。食品館あおば(本社横浜市のチェーン展開スーパーマーケット)だったと思う。瀬戸内レモン焼そば塩、見かけたら試してみて欲しい。ピリ辛であるのだけご注意を。さて、具入りのバージョンも作ろう。マルちゃん焼そば塩レモン味でバッチリだったしらすバージョンで行こう。 瀬戸内レモン焼そば塩 しらす青ネギあおさのりバージョン瀬戸内レモン焼そば塩 しらす青ネギあおさのりバージョンの完成である。これは具材を切ったり炒めたりしなくて良いのでヒジョーに楽である。しらす青ネギあおさのり、今後も採用しようと思う。 瀬戸内レモン焼そば塩 しらす青ネギあおさのりバージョンたぶん見映えなど気にせずにかき混ぜてしまった方が良いとは思うのだけど。イタダキマス。 瀬戸内レモン焼そば塩 しらす青ネギあおさのりバージョンを食らう瀬戸内レモン焼そば塩 しらす青ネギあおさのりバージョンを食らうウマウマウー。しらすも青ネギもあおさのりもみんなナイスマッチ。結構シャープな味わいのピリ辛塩味に、しらすが円やかさを加えて豊かな味わいにグレードアップ。円やかになってもピリ辛は邪魔しない。しらすグッジョブ。でもちょっとレモン風味が少なく感じたので冷蔵庫にあったレモン果汁(瓶入り)をちょっと加えてみた。正解。これで完全無欠である。爽快さもレベルアップした。これはまた買って来てみよう。高山麺業の瀬戸内レモン焼そば塩ブラボー。 最近食べた焼きそばのブログ記事のリンクも貼っておくのでお時間があれば読んでやってください。焼きそばの果てしなき旅はまだまだ続きます。 横浜桜木町ぴおシティ地下 横濱飯店の焼そば(もやしのあんかけ) 小野瀬雅生『横浜桜木町ぴおシティ地下の横濱飯店で焼そば(もやしのあんかけ)』先日のお昼は桜木町にて。ぴおシティの地下にあります『横濱飯店』に参りました。2年ぶりの訪問です。ぴおシティが桜木町ゴールデameblo.jp 横浜日ノ出町 第一亭のヤキソバ 小野瀬雅生『横浜日ノ出町の第一亭でヤキソバ2026年8月』久しぶりに横浜日ノ出町の『第一亭』に参りました。久しぶりって1年ぶりです。スタミナ補給しましょう。豚頭肉(カシラ)青菜炒めameblo.jp バーミヤンで五目焼そば 小野瀬雅生『バーミヤンで五目焼そば』先日バーミヤンに参りました。すかいらーく系列の中華料理ファミリーレストランです。メニューが豊富でどれにするかいつも迷いに迷ameblo.jp

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クレイジーケンバンド『何?』リリース&コロラド叉焼メロンパン

クレイジーケンバンドの2026年のニュウアルバム『何?』が9月16日にリリースになります。クレイジーケンバンド通算26枚目のアルバムです。 クレイジーケンバンド『何?』通常盤ジャケットと初回版ジャケット今年の頭にはまだ何も生まれていない空間に新たなる星が次々と生まれて星雲となり銀河となり超光速で『何?』が生まれました。ストライクゾーンの四隅を精緻なコントロールで攻めて、アッと驚く剛速球と多彩な変化球でイイネを重ねる絶対的エース、打っては三冠王のみならず打撃部門タイトル総なめ、ゴールデングラブ賞30年連続受賞で名球会入り確実なのに自己評価は「雑」のリーダークレイジー剣こと横山剣のもと、クレイジーケンバンドのクレイジーな総力を結集した伝説のクレイジーワールドシリーズ全試合を存分にお楽しみください。 01:夜の穴 02:OKIDOKI 03:カモナマイハウス feat. CHIBOW & CHOZEN LEE 04:eye catch 何? 05:心配無用節 -無添加- ※BS-TBS 連続時代劇「心配無用ノ介 天下御免」エンディングテーマ 06:シャボン玉 07:Bounce Bounce Bounce 08:タータンチェック 09:アッと驚く為五郎 ※クレージーキャッツ曲カヴァー 10:eye catch 何?何? 11:コロラド叉焼メロンパン 12:半透明のルミコ 13:免許返納のブルース 14:口笛を吹きながら夜を行け ※作詞:五木寛之 15:eye catch 何?何?何? 16:狂い咲きセカンド・バージン・ロード ※作詞:宮藤官九郎 以上16トラック、13曲収録です。 初回限定盤のみ、『CRAZY KEN BAND 華麗なるツアー 2025-2026 Presented by NISHIHARA SHOKAI』2025年11月8日(土)横浜BUNTAI公演収録DVD付きとなっております。どうぞよろしくお願い致します。 横浜中華街『西遊記』の叉焼メロンパンそして今回のアルバム収録のワタシの新曲は11曲目の「コロラド叉焼メロンパン」です。叉焼はチャーシューと読みますよ念のため。今年になってメロンパンに大ハマリしているワタシが、横浜中華街『西遊記』の叉焼メロンパンを食べて「何?」とショックを受け(その直後よりも後にじわじわ効いてきた)ああ自分がメロンパンにハマっていたのはこの叉焼メロンパンに出会うためだったのかと天命のようなものを感じ(相変わらず大袈裟で意味不明)そこからワタシの頭の中には常に叉焼メロンパンが常駐し、それからずっと時間が経って新曲が出来てそのタイトルに叉焼メロンパンが採用されたのは自然な流れと申せましょう。ちなみに今回は歌は歌っておりません。ギターインストルメンタル曲です。 横浜中華街『西遊記』の叉焼メロンパン横浜中華街『西遊記』の叉焼メロンパン叉焼メロンパンは香港飲茶のニューウエーブ。メロンパンと云ってもこれは形状的なことであるらしく、漢字表記は酥皮叉焼包。酥皮(スーピー)とは中国語で「サクサクした層状のパイ生地やホロホロとしたクッキー状の生地」であるとのこと。確かに生地が層になっていてパイの生地のようであるなと思った次第。他のお店では表記がまた違っていて、菜香新館のチャーシューメロンパンの漢字表記は叉焼菠蘿包。菠蘿は中国語(主に北京語)でパイナップルのこと。メロンパンでなくパイナップルパンではないか。こうなるとディスイズメロンパン・ディスイズパイナッポーパン・とPPAPのようであるとまた余計なことを考える。余計なことを考えて余計な深みに入っていくのがワタシの持ち味であります。何のこっちゃ。 叉焼メロンパンいろいろ横浜中華街『西遊記』『鵬天閣』『耀盛號』『菜香新館』東京『添好運』『帝国ホテルガルガンチュア』横浜保土ケ谷『英(HANABUSA・ブログ未掲載)』と関東地方でリサーチした叉焼メロンパンはコンプリート。神戸に同様のもの(叉焼メロンパンと云う名称ではない)があると云う情報が入っているので来月以降に確認予定。何をやっているのだ63歳。でもやるんだよ。 叉焼メロンパンいろいろ甘いパン(皮)と甘辛い叉焼フィリングのコントラスト。マッチしているようでミスマッチにも思えるビミョーなストレンジさがワタシの心に深く刻まれたのであります。ハンバーグ寿司も納豆バターチャーハンもさばトマそばもカレーかつ丼も同じようにワタシを魅了する合体系。世界初の分離合体ロボットはウルトラセブンのキングジョーであるとかまた脱線しそうなのでこの辺にしておくぜ。 カフェコロラド菊名店それでもってタイトルは叉焼メロンパンに決定と思ったのだけれど何かちょと弱い気がした。語呂的にも足りないと感じたので、いつも通り「愛の叉焼メロンパン」とか「哀愁の叉焼メロンパン」とか余計なワードを色々合体させてみたのだ。それを一人で考えていたのがたまたま入った『カフェコロラド 菊名店』で、ああそうだコロラドを付けたら良いではないかコロラド叉焼メロンパンコロラドチャーシューメロンパンああこれでイイじゃないか語呂的にもイイし合体モノにさらに合体でジャンボキングとかタイラントとかウルトラ怪獣の話はやめますがナイスアイディア自画自賛でありました。 カフェコロラド菊名店のシナモントーストとコーヒーこのコロラドはワタシが子供の頃からあって、高校生の頃は入り浸って(中略)なんて思い出もあって、自分の曲タイトルにコロラドが付くなんてちょっと愉快な気分。アメリカのコロラドは行ったことありません念のため。 レコーディング風景コロラド叉焼メロンパンで特筆すべきはトーキングモジュレーター(トークボックスなど呼称は色々ある)を使っていること。それも曲後半では主役。エレクトリックギターの音を小さな箱の中で鳴らして、その音がホースを伝って口の中に入り、口の中で鳴ったギターの音をマイクで拾うとと云う何とも面倒なシステムなのですが、この面倒さがないと得られない独特な味わいのサウンドがあるのです。丁度今から50年前、ピーター・フランプトンのカムズ・アライブやらジェフ・ベックやらジョー・ペリーやらがトーキングモジュレーター使いまくっていて、その頃のことを思い出しつつ作曲をして演奏してみました。ちなみにトーキングモジュレーターで一番有名な曲はボンジョビのリヴィン・オン・ア・プレイヤーでありましょう。ツアーでも使うつもりです。お楽しみ戴けたら何よりです。 2026年10月3日(土)より『CRAZY KEN BAND TOUR ? 2026-2027 Presented by NISHIHARA SHOKAI』が始まります。今年は厚木(神奈川県厚木市)スタート。体調管理を万全にして最後までグリグリバリバリがんばります。ツアースケジュールは以下のリンクから。どうぞどうぞお楽しみに。 クレイジーケンバンド OFFICIAL WEB SITEクレイジーケンバンドオフィシャルウェブサイト。www.crazykenband.com

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焼きそばの果てしなき旅【その93・マルちゃん焼そば たらこ味】

立て続けに焼きそばのことを書いてみる。その92でマルちゃん焼そば 塩レモン味のことを書いた。これはまだ続きがあるのだけれど先に、マルちゃん焼そば たらこ味のことを書く。某スーパーマーケットにて塩レモン味の横に置いてあったマルちゃん焼そば たらこ味。ついでにと云うか、条件反射的に買い物カゴに入れてしまった。積んどく読んどくではないけれど、買ってそのまま冷蔵庫に保存したまま焼きそば放置プレイなんてこともあったけれど(焼きそばだけでなく色々な食品でやってしまう。レトルトカレー、カップラーメン、変わった野菜、などなど)、今回は作る時間があったのでちゃんと作った。時間があるって何て嬉しいことでしょう。 マルちゃん焼そば たらこ味数年前に随分とああでもないこうでもないと作ったマルちゃん焼そば たらこ味。数年前は「たらこ」だったのが現在は「たらこ味」と表記されている。いつから味が付いたのか。何かクレームでも入って名称変更したのか。余計なことを色々と考えてしまうのは相変わらずである。 マルちゃん焼そば たらこ味内容は麺と粉末ソース。特に変わったことはない。3人前であるので3回作るチャンスがある。久しぶりであるので、まず最初は具ナシで作ってみることにする。 マルちゃん焼そば たらこ味プレーンマルちゃん焼そば たらこ味プレーンの出来上がりである。以前は焼そばの麺を電子レンジで温めたり、湯通しして使ってみたり、色々と研究研鑽を重ねたのだが、今はちょっと面倒に思える。なるべく手抜きをしたいと云うのが基本的な信条であるので、前回の塩レモン味も今回のたらこ味も袋の中に貼ったままの麺を手でもんでちょっとほぐしてから炒めるといった風に簡略化している。でもその手もみだけでもかなり麺のほぐれ方が違う。暫くはこの手もみを採用することにする。それにしても大したことない内容なのに文章にするとなかなか立派な感じになるものだと感心している。ちょっともむだけのこと。もみもみ。それではイタダキマス。 マルちゃん焼そば たらこ味プレーンを食らうマルちゃん焼そば たらこ味プレーンを食らうウマウマウー。数年前に食べた時よりも塩っぱく感じなかったのは今が夏だからなのか粉末ソースがグレードアップしたのか僕のただの勘違い記憶違いなのか判らないけれど、円やかでバランス良く感じた。ウマイではないかたらこ味。このままでも良いけれど具材を入れたバージョンも作ってみよう。 ミョウガとちくわ前回塩レモン味に入れたミョウガとちくわを採用。ちくわは在庫が一本だけだったのでミョウガのバランスが多めになった。切り方も輪切りではなく縦切りと云うかそんな感じにしてみた。 マルちゃん焼そば たらこ味ミョウガとちくわ入りバージョンマルちゃん焼そば たらこ味ミョウガとちくわ入りバージョンの出来上がりである。実はここ最近ミョウガを他の料理にも使ってみている。一番試したのが麻婆豆腐。ここに至るまでちょっとした経緯があるのだけど、それは別の機会に。とにかく今はたらことミョウガが合うのかどうか。イタダキマス。 マルちゃん焼そば たらこ味ミョウガとちくわ入りバージョンを食らうマルちゃん焼そば たらこ味ミョウガとちくわ入りバージョンを食らうウマウマウー。最初はたらこ味とミョウガがちょっと合わないかと思ったが、そのうちに意外と良い組み合わせなのではないかと自画自賛の一歩手前までやって来た。でもちょっとポップじゃないんだよなー渋めなんだよなー地味な割にクセは強いんだよなーと云うことでまあウマイはウマイのであるけれど皆さんにお勧めはしないことにした。もっと楽にたらこ味をバージョンアップ出来るはずである。3食入りの最後の1食をどうするか。いつもなら悩みに悩んで金縛り状態になるとこであるが、今回は愉快なアイディアがすぐ出た。 マルちゃん焼そば たらこ味明太子載せバージョンマルちゃん焼そば たらこ味明太子載せバージョンである。スーパーで安売りしていた明太子の切り子を載せたのである。簡単である。たらこ味を明太子で増強するのである。これでいいじゃないか。問答無用である。 マルちゃん焼そば たらこ味明太子載せバージョン刻み海苔とか刻みネギを添えようかとも思ったが、手間は一つでも多く省きたい。明太子を載せるだけ。愉快である。イタダキマス。 マルちゃん焼そば たらこ味明太子載せバージョンを食らうマルちゃん焼そば たらこ味明太子載せバージョンを食らうウマウマウー。彩りも鮮やかで申し分なし。男の手料理ここにあり、である。それにしても何故急に焼きそばを作り始めたのかと云うことであるが、自分の生活に焼きそばを作る時間の余裕が出来たからである。クレイジーケンバンドのニュウアルバムも出来上がり、小野瀬雅生ショウのニュウアルバムもほぼ完成。もう今年は30曲くらい作って歌詞も沢山書いた。8月も半ばを過ぎて、ようやくフライパンと対峙する時間が出来たのである。塩レモン味もまだ残っているのでそれも作ろう。焼きそばの果てしなきはまだまだ続きます。

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焼きそばの果てしなき旅

焼きそば記事だけのマガジンも作りました。索引は記事が増える度に更新致します。どうぞよろしくお付き合いください。

焼きそばの果てしなき旅【その94・瀬戸内レモン焼そば塩など】

何だか塩レモンから焼きそばの世界にまたふと戻ってきた感じがする。塩レモンだの瀬戸内レモンだの何だか時流に乗っているようで自分の軽さを思い知るような気分でもあるけどまあいいか。8月が終わりに近付いて来て、ツアーの準備とかも色々やらないといかんなと思いつつ、一足先に頭の中とかが衣替えをするような感じであるか。頭の中に少し余裕が出来た気もする。それが余裕なのかただのブランクなのか判らない。大事なことを忘れてそれを余裕と勘違いしてることもあるので油断しないようにしないといけない。 マルちゃん焼そば塩レモン味【その92】で使ったマルちゃん焼そば塩レモン味が1食残っていた。これを忘れなかった自分を褒めてやる。さあこれをちゃんと美味しく食べよう。色々と考えていたらナイスアイディアに行き当たった。これも自分を褒めてやろうじゃないか。 マルちゃん焼そば 塩レモン味 しらす青ネギあおさのりバージョンマルちゃん焼そば 塩レモン味 しらす青ネギあおさのりバージョンである。スーパーでしらすを見つけてああこれがイイじゃないか天才じゃないかしらと思ったのでした。青ネギ(切ってあるヤツ)とあおさのり(乾物)も一緒に買ってきてトッピングした。 マルちゃん焼そば 塩レモン味 しらす青ネギあおさのりバージョンしらすと青ネギはただそのまま載せただけ。あおさのりはどうしようかと考えたが乾いたままでも食感のアクセントになるので(本当は面倒だっただけ)これもそのまま載せた。イタダキマス。 マルちゃん焼そば 塩レモン味 しらす青ネギあおさのりバージョンを食らうマルちゃん焼そば 塩レモン味 しらす青ネギあおさのりバージョンを食らうウマウマウー。フツーと云えばフツーのアイディアなれど、これはヒジョーにウマかった。この記事をご覧になったそこの貴方が想像されたのと寸分違わぬその味で大正解です。賞状もトロフィーもありません。トロフィーってもう昭和の遺物ですよね。そうでもないですか。生涯で何度かトロフィーを戴いたがなかなかに嬉しいものである。また何かで褒められてトロフィーを貰えるようがんばろうと思う。マルちゃん焼そば塩レモン味ブラボー。 瀬戸内レモン焼そば塩スーパーで見慣れないのを発見した。瀬戸内レモン焼そば塩。大手メーカーではなく群馬県前橋市の高山麺業の製品。うどん、そば、中華麺など様々な麺を製造されている。「さわやかなレモンの香りとビリ辛な後味がクセになる」とはパッケージの文言。パッケージの色味的にワタシは「ピリ辛」の部分を見落としてしまい、後で食べた時にピリ辛でちょっと驚いた。ちょっとだけよ。「ピリ辛」の文字、見にくくないですか。年齢のせいでしょうか(最近急激に視力が落ちた)。閑話休題。 瀬戸内レモン焼そば塩内容はシンプルに麺と粉末ソースのみ。2食入り。まずは具を入れずにプレーンなのを作ってみた。 瀬戸内レモン焼そば塩 プレーンバージョン瀬戸内レモン焼そば塩 プレーンバージョンの出来上がり。麺は蒸し麺だけど縮れてはおらず、白っぽいストレートな麺であった。イタダキマス。 瀬戸内レモン焼そば塩を食らう瀬戸内レモン焼そば塩を食らうウマウマウー。まずは香りがレモンではなく青っぽい。青っぽいと云うのはピーマンとか青唐辛子とかそう云う青のことである。食べてみるとピリッと辛い。ちょっとビックリした。青い辛さである。柚子胡椒が一番判りやすい例えであろうか。あの香りと辛さである。原材料表示を見ても青唐辛子とかは表記がないので推測するしかないけれど、この青さが大変に個性的で、即座にお気に入りとなりました。青の後にはレモンの爽快さが程好く広がってヒジョーにウマイ。どこで買ったんだっけかな。食品館あおば(本社横浜市のチェーン展開スーパーマーケット)だったと思う。瀬戸内レモン焼そば塩、見かけたら試してみて欲しい。ピリ辛であるのだけご注意を。さて、具入りのバージョンも作ろう。マルちゃん焼そば塩レモン味でバッチリだったしらすバージョンで行こう。 瀬戸内レモン焼そば塩 しらす青ネギあおさのりバージョン瀬戸内レモン焼そば塩 しらす青ネギあおさのりバージョンの完成である。これは具材を切ったり炒めたりしなくて良いのでヒジョーに楽である。しらす青ネギあおさのり、今後も採用しようと思う。 瀬戸内レモン焼そば塩 しらす青ネギあおさのりバージョンたぶん見映えなど気にせずにかき混ぜてしまった方が良いとは思うのだけど。イタダキマス。 瀬戸内レモン焼そば塩 しらす青ネギあおさのりバージョンを食らう瀬戸内レモン焼そば塩 しらす青ネギあおさのりバージョンを食らうウマウマウー。しらすも青ネギもあおさのりもみんなナイスマッチ。結構シャープな味わいのピリ辛塩味に、しらすが円やかさを加えて豊かな味わいにグレードアップ。円やかになってもピリ辛は邪魔しない。しらすグッジョブ。でもちょっとレモン風味が少なく感じたので冷蔵庫にあったレモン果汁(瓶入り)をちょっと加えてみた。正解。これで完全無欠である。爽快さもレベルアップした。これはまた買って来てみよう。高山麺業の瀬戸内レモン焼そば塩ブラボー。 最近食べた焼きそばのブログ記事のリンクも貼っておくのでお時間があれば読んでやってください。焼きそばの果てしなき旅はまだまだ続きます。 横浜桜木町ぴおシティ地下 横濱飯店の焼そば(もやしのあんかけ) 小野瀬雅生『横浜桜木町ぴおシティ地下の横濱飯店で焼そば(もやしのあんかけ)』先日のお昼は桜木町にて。ぴおシティの地下にあります『横濱飯店』に参りました。2年ぶりの訪問です。ぴおシティが桜木町ゴールデameblo.jp 横浜日ノ出町 第一亭のヤキソバ 小野瀬雅生『横浜日ノ出町の第一亭でヤキソバ2026年8月』久しぶりに横浜日ノ出町の『第一亭』に参りました。久しぶりって1年ぶりです。スタミナ補給しましょう。豚頭肉(カシラ)青菜炒めameblo.jp バーミヤンで五目焼そば 小野瀬雅生『バーミヤンで五目焼そば』先日バーミヤンに参りました。すかいらーく系列の中華料理ファミリーレストランです。メニューが豊富でどれにするかいつも迷いに迷ameblo.jp

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焼きそばの果てしなき旅【その93・マルちゃん焼そば たらこ味】

立て続けに焼きそばのことを書いてみる。その92でマルちゃん焼そば 塩レモン味のことを書いた。これはまだ続きがあるのだけれど先に、マルちゃん焼そば たらこ味のことを書く。某スーパーマーケットにて塩レモン味の横に置いてあったマルちゃん焼そば たらこ味。ついでにと云うか、条件反射的に買い物カゴに入れてしまった。積んどく読んどくではないけれど、買ってそのまま冷蔵庫に保存したまま焼きそば放置プレイなんてこともあったけれど(焼きそばだけでなく色々な食品でやってしまう。レトルトカレー、カップラーメン、変わった野菜、などなど)、今回は作る時間があったのでちゃんと作った。時間があるって何て嬉しいことでしょう。 マルちゃん焼そば たらこ味数年前に随分とああでもないこうでもないと作ったマルちゃん焼そば たらこ味。数年前は「たらこ」だったのが現在は「たらこ味」と表記されている。いつから味が付いたのか。何かクレームでも入って名称変更したのか。余計なことを色々と考えてしまうのは相変わらずである。 マルちゃん焼そば たらこ味内容は麺と粉末ソース。特に変わったことはない。3人前であるので3回作るチャンスがある。久しぶりであるので、まず最初は具ナシで作ってみることにする。 マルちゃん焼そば たらこ味プレーンマルちゃん焼そば たらこ味プレーンの出来上がりである。以前は焼そばの麺を電子レンジで温めたり、湯通しして使ってみたり、色々と研究研鑽を重ねたのだが、今はちょっと面倒に思える。なるべく手抜きをしたいと云うのが基本的な信条であるので、前回の塩レモン味も今回のたらこ味も袋の中に貼ったままの麺を手でもんでちょっとほぐしてから炒めるといった風に簡略化している。でもその手もみだけでもかなり麺のほぐれ方が違う。暫くはこの手もみを採用することにする。それにしても大したことない内容なのに文章にするとなかなか立派な感じになるものだと感心している。ちょっともむだけのこと。もみもみ。それではイタダキマス。 マルちゃん焼そば たらこ味プレーンを食らうマルちゃん焼そば たらこ味プレーンを食らうウマウマウー。数年前に食べた時よりも塩っぱく感じなかったのは今が夏だからなのか粉末ソースがグレードアップしたのか僕のただの勘違い記憶違いなのか判らないけれど、円やかでバランス良く感じた。ウマイではないかたらこ味。このままでも良いけれど具材を入れたバージョンも作ってみよう。 ミョウガとちくわ前回塩レモン味に入れたミョウガとちくわを採用。ちくわは在庫が一本だけだったのでミョウガのバランスが多めになった。切り方も輪切りではなく縦切りと云うかそんな感じにしてみた。 マルちゃん焼そば たらこ味ミョウガとちくわ入りバージョンマルちゃん焼そば たらこ味ミョウガとちくわ入りバージョンの出来上がりである。実はここ最近ミョウガを他の料理にも使ってみている。一番試したのが麻婆豆腐。ここに至るまでちょっとした経緯があるのだけど、それは別の機会に。とにかく今はたらことミョウガが合うのかどうか。イタダキマス。 マルちゃん焼そば たらこ味ミョウガとちくわ入りバージョンを食らうマルちゃん焼そば たらこ味ミョウガとちくわ入りバージョンを食らうウマウマウー。最初はたらこ味とミョウガがちょっと合わないかと思ったが、そのうちに意外と良い組み合わせなのではないかと自画自賛の一歩手前までやって来た。でもちょっとポップじゃないんだよなー渋めなんだよなー地味な割にクセは強いんだよなーと云うことでまあウマイはウマイのであるけれど皆さんにお勧めはしないことにした。もっと楽にたらこ味をバージョンアップ出来るはずである。3食入りの最後の1食をどうするか。いつもなら悩みに悩んで金縛り状態になるとこであるが、今回は愉快なアイディアがすぐ出た。 マルちゃん焼そば たらこ味明太子載せバージョンマルちゃん焼そば たらこ味明太子載せバージョンである。スーパーで安売りしていた明太子の切り子を載せたのである。簡単である。たらこ味を明太子で増強するのである。これでいいじゃないか。問答無用である。 マルちゃん焼そば たらこ味明太子載せバージョン刻み海苔とか刻みネギを添えようかとも思ったが、手間は一つでも多く省きたい。明太子を載せるだけ。愉快である。イタダキマス。 マルちゃん焼そば たらこ味明太子載せバージョンを食らうマルちゃん焼そば たらこ味明太子載せバージョンを食らうウマウマウー。彩りも鮮やかで申し分なし。男の手料理ここにあり、である。それにしても何故急に焼きそばを作り始めたのかと云うことであるが、自分の生活に焼きそばを作る時間の余裕が出来たからである。クレイジーケンバンドのニュウアルバムも出来上がり、小野瀬雅生ショウのニュウアルバムもほぼ完成。もう今年は30曲くらい作って歌詞も沢山書いた。8月も半ばを過ぎて、ようやくフライパンと対峙する時間が出来たのである。塩レモン味もまだ残っているのでそれも作ろう。焼きそばの果てしなきはまだまだ続きます。

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焼きそばの果てしなき旅【その92・マルちゃん焼そば 塩レモン味など】

久しぶりに焼きそばのことを書く。期間限定のマルちゃん焼そば 塩レモン味が販売されているので作ってみよう。さっさとやらないと販売期間が終わっちゃう。急げ急げ。 マルちゃん焼そば 期間限定 塩レモン味マルちゃん焼そば 期間限定 塩レモン味をスーパーマーケットで入手した。世の中、塩レモン味が流行っているみたいでお菓子やドリンクから調味料、カップヌードルに至るまで、塩レモン味が百花繚乱の勢いである。 マルちゃん焼そば 期間限定 塩レモン味内容は焼きそばの麺と、粉末ソース。具材を炒めて、麺を入れて、仕上げに塩レモン味粉末ソースで味付けして出来上がり。まずは具ナシで作ってみることにした。 マルちゃん焼きそば 塩レモン味 プレーンバージョンマルちゃん焼きそば 塩レモン味 プレーンバージョンの出来上がりである。なかなかに殺風景であるが、僕はこのルックスで食欲が俄然沸く人間である。具ナシブラボー。具ナシを愛でよ。 マルちゃん焼きそば 塩レモン味 プレーンバージョンそれでは早速イタダキマス。 マルちゃん焼きそば 塩レモン味 プレーンバージョンマルちゃん焼きそば 塩レモン味 プレーンバージョンウマウマウー。麺はソース焼そばのとは違って、少し平たいタイプの麺である。パスタ感もある麺。この麺がなかなかにウマイ。味は紛うことなき塩レモン味である。ヒジョーにウマイ。でもプレーンだとちょっと塩っぱい気がする。そしてレモン感がちょっと薄いなと感じた。これは具材を足してみて作ってみよう。さあどうするか。 ミョウガどこの誰にも云っていないけれど、今の僕はミョウガブーム真っ只中である。なぜミョウガなのかと説明すると長くなるのでまたの機会に。そんなわけでミョウガを入れて作ってみよう。ミョウガだけだとちょっと極端なのでプラスワンを考えてみた。 ミョウガとちくわ豚肉ではちょっとヘビーそうなのでちくわを採用。ちょっと小ぶりのちくわを斜め切りにしてみた。なかなか良いアイディアだと自画自賛。先にミョウガとちくわを軽く炒めて、一旦取り出しておいてから、麺を炒めて良きタイミングで具材をフライパンに戻して、粉末ソースで味付け。味付けにプラスは、出来上がってからレモン果汁をちょっと加えてみる。これでどうだ。 マルちゃん焼そば 塩レモン味 ミョウガとちくわバージョンマルちゃん焼そば 塩レモン味 ミョウガとちくわバージョンの完成である。余計かとは思ったがパセリを散らしてみた。青海苔だと主張が強いかも知れないと思い、乾燥パセリ採用。かけなくとも良かったか。まあいいか。 マルちゃん焼そば 塩レモン味 ミョウガとちくわバージョンミョウガの切り方を輪切りっぽくしたので、麺と一緒に食べ辛そうだと見た目で判明。斜め切りにすれば良かったか。まだまだ修行が足りないと思う。イタダキマス。 マルちゃん焼そば 塩レモン味 ミョウガとちくわバージョンマルちゃん焼そば 塩レモン味 ミョウガとちくわバージョンウマウマウー。自画自賛ばかりであるけれど上出来だと思う。ミョウガの独特な風味を損なわず、塩レモン味とも親和性がある。ちくわは黙ってボリューム感と旨味サポート。粉末ソースの量が具材をプラスした分にちょうどピッタリとは行かなかったけれど、レモン果汁プラスで補正バッチリである。大変に夏っぽい。ミョウガ好きな方には是非オススメしたい。塩レモン味の懐がなかなか深そうなので、色々な夏野菜との組み合わせも楽しめると思う。3食入りで、もう1食あるのだけれど、それはまた近々作ってみる。組み合わせを考えているうちに夏が過ぎてしまうかも知れないので(満を持してなんて時間をかけていると絶好のタイミングを逃すことが良くある)2食分をご紹介した次第。マルちゃん焼そば 塩レモン味ブラボー。 マルちゃん焼そば たらこ味これも入手したのでまた作ってみよう。久しぶりに焼きそばのことを書いた。ついでと云って何だけれど、最近食べた焼きそばの写真と、ブログ記事のリンクを貼っておくのでお時間のある方は読んでやってください。麻婆豆腐やメロンパンにもハマっている今日この頃。でもやっぱり焼きそばアイシテマス。焼きそばの果てしなき旅はまだまだ続きます。 大阪市東成区中本 長谷川の焼そば大の具だくさん 小野瀬雅生『大阪市東成区中本の長谷川で焼そば大の具だくさん』2026年7月2日、クレイジーケンバンド@ビルボードライブ大阪の会場入り前。早めに大阪入りして今里方面へ。4年ぶりに大阪市ameblo.jp 神戸新長田 そば焼いりちゃんのそば焼(大) 小野瀬雅生『神戸新長田のそば焼いりちゃんでそば焼(大)2026年7月』2026年7月26日、リオレオマサオ@神戸月見山つどい処さま吉の翌日、お昼。先月も伺いました『そば焼 いりちゃん』へ。新長ameblo.jp 神戸三宮 天一軒のヤキソバ 小野瀬雅生『神戸三宮の天一軒でヤキソバとキュウリ』2026年7月26日、リオレオマサオ@神戸月見山つどい処さま吉の翌日、夕方。今回の神戸でのラストはお馴染み三宮の春日野道方ameblo.jp 横浜新子安 市民酒蔵諸星のソース焼ソバ 小野瀬雅生『横浜新子安の市民酒蔵諸星でソース焼ソバ』2026年8月2日、小野瀬雅生とはじめとおおじ@横浜新子安市民酒蔵諸星の終演後。そのまま『市民酒蔵諸星』にて乾杯、そして腹ameblo.jp 横浜桜木町ぴおシティ地下 横濱飯店の焼そば(もやしのあんかけ) 小野瀬雅生『横浜桜木町ぴおシティ地下の横濱飯店で焼そば(もやしのあんかけ)』先日のお昼は桜木町にて。ぴおシティの地下にあります『横濱飯店』に参りました。2年ぶりの訪問です。ぴおシティが桜木町ゴールデameblo.jp 横浜駅西口 龍味のヤキソバ 小野瀬雅生『横浜西口の龍味でヤキソバ』先日のお昼は横浜駅西口にて。お馴染みとなりました西口地下街奥の中華料理店『龍味(リュウマイ)』でランチ。これにしようと心にameblo.jp

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焼きそばの果てしなき旅【その91・富士宮マルモ食品のやきそば麺】

2026年3月、久しぶりに静岡県富士宮市の『前島』に立ち寄って焼きそばとしぐれ焼などを戴いた。やっぱり僕は富士宮やきそば、それも『前島』の焼きそばが好きなんだなぁと改めて思った。そしてマルモ食品の独特な麺の魅力に首ったけである。マルモ食品のやきそば麺は今では関東のスーパーでも買えるようになってきたけれど、せっかく富士宮まで来たのでゲットして来た。このやきそば麺、ロングライフっぽいかと思いきや賞味期限は意外と早くやって来るので、あまり大量に買ってしまうとカチカチに固まってボロボロになってしまうので要チュウイ。なので数日間で使い切れる分だけをゲットすべし。そして早速富士宮焼きそばを自作しようじゃないか。そうしようそうしよう双子葉植物。 富士宮マルモ食品のやきそば麺お馴染みの富士宮マルモ食品のやきそば麺。自宅のみならず、全国あちこちのお店でライブ後に富士宮やきそばを作っては、お客様に振る舞うなんてことも時々やっております。人に作ってもらう焼きそばはモチロンのことウマイけれど、自分で苦心惨憺して(ちょっとオーバーね)作る焼きそばの味は自画自賛ながら格別であります。作り方などは今までも散々書き散らかして来たのでもう次の写真で出来上がりです。 自作富士宮やきそば2026年3月バージョン自作富士宮やきそば2026年3月バージョンの完成。使うのは焼そばの友その1(肉かす・ラードの絞りかす)と焼そばの友その2(ラード)、具材はキャベツと豚肉、ソースもマルモのやきそばソース、仕上げにだし粉(イワシ粉とアオサノリのミックス)を振りかけて出来上がり。端折りすぎですみません。 自作富士宮やきそば2026年3月バージョン茶色さ加減もなかなかのものだと自画自賛。お皿に装るとすぐに冷めてしまうので早速イタダキマス。 自作富士宮やきそば2026年3月バージョンウマウマウー自作富士宮やきそば2026年3月バージョンウマウマウー自作富士宮やきそば2026年3月バージョンウマウマウー自作富士宮やきそば2026年3月バージョンウマウマウー自画自賛も我田引水も手前味噌も全員集合カムトゥギャザーでウマウマウー。マルモ食品のやきそば麺の四角い形状の口当たりとクキュッとした歯ごたえの妙と程好いソースの加減がナイスコンビネーション4-6-3ダブルプレー。これが世界最高だなんて大それたことは云わないけれど優勝で圧勝ですありがとうございます。どこでどう作っても大体同じような味で作れるようになった。何事も積み重ねであります。これからももっと美味しく作れるように精進します。 やきそばの友ツーショットさてまだやきそば麺の在庫がある。王道をしっかり作ったので心置きなく邪道に向かう。邪道とまでは行かないか。変化球でよろしいか。その変化球、ストライクが取れたのと、大きく外れたのがある。まずは大きく外れた方から振り返ってみよう。 自作富士宮やきそば明太子バージョン自作富士宮やきそば明太子バージョンの登場。マルモの麺を軽くラードで炒めて、味付けはせずに明太子ペーストを載せてみた。これが何とも大失敗。 自作富士宮やきそば明太子バージョンを食らう失敗は明太子ペーストのセレクション。これがマルモの麺と全く以て相性が悪かった。見た目だけならそんなに大外れに思えないが、驚く程にマッチしなかった。チューブ入りペースト、ワイルドピッチで満塁のランナー全員のホームインを許したような外し方である。ここまでの失敗をするとは思ってもみなかった。申し訳ありません。これはちゃんと生の明太子を使って汚名挽回を図らねばなるまい。いつかリベンジさせてください。 キノコ類とやきそば麺ストライクが入ったのはこちら。キノコ類と云ってもカットブナシメジと缶入りマッシュルームスライスだけである。他の要素は排してみた。シンプルなところからスタートするのは世の常である。 MEIDI-YA国産マッシュルームランダムスライス缶マッシュルーム水煮スライスはパウチのお手頃のも沢山出ているけど、やはりMEIDI-YAの缶詰を奮発して使うことにする。旨味の満足度がやはり高い。ブナシメジと一緒に炒めてやきそばの具材としてみた。 キノコ類を炒めるエノキにマイタケにシイタケ、色々入れてみたかったが今回はマッシュルーム優先。マッシュルーム缶の汁は捨てずに、やきそば麺をほぐすのに使った。旨味を余さずロスレスで使い切りました。 自作富士宮キノコ醤油味やきそば自作富士宮キノコ醤油味やきそばの完成。味付けは醤油と味の素少々のみ。味が足りなかったら食べながら足せばよろしい。これまたナイスブラウンに仕上がった。自画自賛が何度でもキノコのように生えてくる。キノコのフェアリーリング(菌輪)の真ん中で踊り出したいような気分になる。アラエッサッサー。 自作富士宮キノコ醤油味やきそばさあ戴いてみようじゃないか。まあ途中で味見をちょいちょいしているのでうすうすは感じているのだがフィールズライクファーストタイムでイタダキマス。 自作富士宮キノコ醤油味やきそばウマウマウー自作富士宮キノコ醤油味やきそばウマウマウーウマウマウー。まず奮発したMEIDI-YAのマッシュルームが大正解でチョーウマイ。大きなスライスもあってマッシュルーム天国満足至極。醤油味セレクトも勝因。バターを使わなかったのでちゃんと焼きそば感があって自らを褒めよ。サンキュー自分。サンキューマッシュルーム。 富士宮キノコ醤油味やきそばウマウマウー富士宮キノコ醤油味やきそばウマウマウー味付けの具合もバッチリでドンズバ。こりゃたまらん。チョーウマイ。マルモ食品のやきそば麺、やはりチョーウマイ。醤油味への探求はこれからも続けたいと思う。そして以前この麺で作った冷し中華もまた作ろう。明太子リベンジも。新たなるバリエーションもまた考える。この春は久しぶりに焼きそばに深入りしようかと思う。やること他にいっぱいあるんですけどね。でもやるんだよ。焼きそばの果てしなき旅はまたまだ続きます。

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さあ、音楽をやりなさい

やっぱり音楽のことも書きます。細かくてわけがわからなかったらごめんなさい。

クレイジーケンバンド『何?』リリース&コロラド叉焼メロンパン

クレイジーケンバンドの2026年のニュウアルバム『何?』が9月16日にリリースになります。クレイジーケンバンド通算26枚目のアルバムです。 クレイジーケンバンド『何?』通常盤ジャケットと初回版ジャケット今年の頭にはまだ何も生まれていない空間に新たなる星が次々と生まれて星雲となり銀河となり超光速で『何?』が生まれました。ストライクゾーンの四隅を精緻なコントロールで攻めて、アッと驚く剛速球と多彩な変化球でイイネを重ねる絶対的エース、打っては三冠王のみならず打撃部門タイトル総なめ、ゴールデングラブ賞30年連続受賞で名球会入り確実なのに自己評価は「雑」のリーダークレイジー剣こと横山剣のもと、クレイジーケンバンドのクレイジーな総力を結集した伝説のクレイジーワールドシリーズ全試合を存分にお楽しみください。 01:夜の穴 02:OKIDOKI 03:カモナマイハウス feat. CHIBOW & CHOZEN LEE 04:eye catch 何? 05:心配無用節 -無添加- ※BS-TBS 連続時代劇「心配無用ノ介 天下御免」エンディングテーマ 06:シャボン玉 07:Bounce Bounce Bounce 08:タータンチェック 09:アッと驚く為五郎 ※クレージーキャッツ曲カヴァー 10:eye catch 何?何? 11:コロラド叉焼メロンパン 12:半透明のルミコ 13:免許返納のブルース 14:口笛を吹きながら夜を行け ※作詞:五木寛之 15:eye catch 何?何?何? 16:狂い咲きセカンド・バージン・ロード ※作詞:宮藤官九郎 以上16トラック、13曲収録です。 初回限定盤のみ、『CRAZY KEN BAND 華麗なるツアー 2025-2026 Presented by NISHIHARA SHOKAI』2025年11月8日(土)横浜BUNTAI公演収録DVD付きとなっております。どうぞよろしくお願い致します。 横浜中華街『西遊記』の叉焼メロンパンそして今回のアルバム収録のワタシの新曲は11曲目の「コロラド叉焼メロンパン」です。叉焼はチャーシューと読みますよ念のため。今年になってメロンパンに大ハマリしているワタシが、横浜中華街『西遊記』の叉焼メロンパンを食べて「何?」とショックを受け(その直後よりも後にじわじわ効いてきた)ああ自分がメロンパンにハマっていたのはこの叉焼メロンパンに出会うためだったのかと天命のようなものを感じ(相変わらず大袈裟で意味不明)そこからワタシの頭の中には常に叉焼メロンパンが常駐し、それからずっと時間が経って新曲が出来てそのタイトルに叉焼メロンパンが採用されたのは自然な流れと申せましょう。ちなみに今回は歌は歌っておりません。ギターインストルメンタル曲です。 横浜中華街『西遊記』の叉焼メロンパン横浜中華街『西遊記』の叉焼メロンパン叉焼メロンパンは香港飲茶のニューウエーブ。メロンパンと云ってもこれは形状的なことであるらしく、漢字表記は酥皮叉焼包。酥皮(スーピー)とは中国語で「サクサクした層状のパイ生地やホロホロとしたクッキー状の生地」であるとのこと。確かに生地が層になっていてパイの生地のようであるなと思った次第。他のお店では表記がまた違っていて、菜香新館のチャーシューメロンパンの漢字表記は叉焼菠蘿包。菠蘿は中国語(主に北京語)でパイナップルのこと。メロンパンでなくパイナップルパンではないか。こうなるとディスイズメロンパン・ディスイズパイナッポーパン・とPPAPのようであるとまた余計なことを考える。余計なことを考えて余計な深みに入っていくのがワタシの持ち味であります。何のこっちゃ。 叉焼メロンパンいろいろ横浜中華街『西遊記』『鵬天閣』『耀盛號』『菜香新館』東京『添好運』『帝国ホテルガルガンチュア』横浜保土ケ谷『英(HANABUSA・ブログ未掲載)』と関東地方でリサーチした叉焼メロンパンはコンプリート。神戸に同様のもの(叉焼メロンパンと云う名称ではない)があると云う情報が入っているので来月以降に確認予定。何をやっているのだ63歳。でもやるんだよ。 叉焼メロンパンいろいろ甘いパン(皮)と甘辛い叉焼フィリングのコントラスト。マッチしているようでミスマッチにも思えるビミョーなストレンジさがワタシの心に深く刻まれたのであります。ハンバーグ寿司も納豆バターチャーハンもさばトマそばもカレーかつ丼も同じようにワタシを魅了する合体系。世界初の分離合体ロボットはウルトラセブンのキングジョーであるとかまた脱線しそうなのでこの辺にしておくぜ。 カフェコロラド菊名店それでもってタイトルは叉焼メロンパンに決定と思ったのだけれど何かちょと弱い気がした。語呂的にも足りないと感じたので、いつも通り「愛の叉焼メロンパン」とか「哀愁の叉焼メロンパン」とか余計なワードを色々合体させてみたのだ。それを一人で考えていたのがたまたま入った『カフェコロラド 菊名店』で、ああそうだコロラドを付けたら良いではないかコロラド叉焼メロンパンコロラドチャーシューメロンパンああこれでイイじゃないか語呂的にもイイし合体モノにさらに合体でジャンボキングとかタイラントとかウルトラ怪獣の話はやめますがナイスアイディア自画自賛でありました。 カフェコロラド菊名店のシナモントーストとコーヒーこのコロラドはワタシが子供の頃からあって、高校生の頃は入り浸って(中略)なんて思い出もあって、自分の曲タイトルにコロラドが付くなんてちょっと愉快な気分。アメリカのコロラドは行ったことありません念のため。 レコーディング風景コロラド叉焼メロンパンで特筆すべきはトーキングモジュレーター(トークボックスなど呼称は色々ある)を使っていること。それも曲後半では主役。エレクトリックギターの音を小さな箱の中で鳴らして、その音がホースを伝って口の中に入り、口の中で鳴ったギターの音をマイクで拾うとと云う何とも面倒なシステムなのですが、この面倒さがないと得られない独特な味わいのサウンドがあるのです。丁度今から50年前、ピーター・フランプトンのカムズ・アライブやらジェフ・ベックやらジョー・ペリーやらがトーキングモジュレーター使いまくっていて、その頃のことを思い出しつつ作曲をして演奏してみました。ちなみにトーキングモジュレーターで一番有名な曲はボンジョビのリヴィン・オン・ア・プレイヤーでありましょう。ツアーでも使うつもりです。お楽しみ戴けたら何よりです。 2026年10月3日(土)より『CRAZY KEN BAND TOUR ? 2026-2027 Presented by NISHIHARA SHOKAI』が始まります。今年は厚木(神奈川県厚木市)スタート。体調管理を万全にして最後までグリグリバリバリがんばります。ツアースケジュールは以下のリンクから。どうぞどうぞお楽しみに。 クレイジーケンバンド OFFICIAL WEB SITEクレイジーケンバンドオフィシャルウェブサイト。www.crazykenband.com

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クレイジーケンバンド 華麗なるツアー2025-2026 お弁当一覧

クレイジーケンバンド「華麗なるツアー 2025-2026」を無事に完走することが出来ました。ありがとうございました。2025年9月27日の福生市民会館から、2026年2月21日の小田原三の丸ホール大ホールまで、全23公演。今回のツアーではクレイジーケンバンド未踏の県だった島根県と和歌山県での公演が叶った。残すは鳥取県と佐賀県の2県。ここまで来たら何とか全都道府県での演奏を叶えたいと思う。今回のツアーは心に深く長く残る気がする。ツアー全体として実り多く、印象深い演奏の瞬間が沢山あった。新しい試みも、頑固に守り通すところも、全てが今後の糧になると思う。さて、今回のツアーの楽屋での食事(お弁当・ケータリング・差し入れなど色々ある)も、樹影ツアー、ワールドツアー、そして火星ツアーに引き続き、詳しい説明を省いて写真を羅列することにする。サンキューエブリバディ。 福生市民会館大ホール(東京都福生市・前日リハ)2025/09/26福生市民会館大ホール(東京都福生市)2025/09/27福生市民会館大ホール(東京都福生市)2025/09/27日立市民会館(茨城県日立市)2025/10/04日立市民会館(茨城県日立市)2025/10/04日立市民会館(茨城県日立市・終演後お土産)2025/10/04Niterra日本特殊陶業市⺠会館 ビレッジホール(愛知県名古屋市・ケータリング)2025/10/16Niterra日本特殊陶業市⺠会館 ビレッジホール(愛知県名古屋市・差し入れ)2025/10/16Niterra日本特殊陶業市⺠会館 ビレッジホール(愛知県名古屋市・差し入れ)2025/10/16NHK大阪ホール(大阪府大阪市・ケータリング)2025/10/17NHK大阪ホール(大阪府大阪市・差し入れ)2025/10/17いわき芸術文化交流館 アリオス中劇場(福島県いわき市)2025/10/25仙台電力ホール(宮城県仙台市)2025/10/26横浜BUNTAI(神奈川県横浜市・ケータリング)2025/11/08横浜BUNTAI(神奈川県横浜市・差し入れ)2025/11/08神戸国際会館こくさいホール(兵庫県神戸市・ケータリング)2025/11/15岡山芸術創造劇場 ハレノワ中劇場(岡山県岡山市)2025/11/17鹿児島CAPARVO HALL(鹿児島県鹿児島市)2025/11/23福岡国際会議場メインホール(福岡県福岡市・ケータリング)2025/11/24福岡国際会議場メインホール(福岡県福岡市・差し入れ)2025/11/24札幌市教育文化会館大ホール(北海道札幌市・差し入れ)2025/11/27札幌市教育文化会館大ホール(北海道札幌市)2025/11/27旭川市公会堂(北海道旭川市)2025/11/28出雲市⺠会館 大ホール(島根県出雲市)2026/01/10出雲市⺠会館 大ホール(島根県出雲市)2026/01/10LINE CUBE SHIBUYA(東京都渋谷区・差し入れ)2026/01/16LINE CUBE SHIBUYA(東京都渋谷区・差し入れ)2026/01/16LINE CUBE SHIBUYA(東京都渋谷区・差し入れ)2026/01/16LINE CUBE SHIBUYA(東京都渋谷区)2026/01/16栗東芸術文化会館さきら大ホール(滋賀県栗東市)2026/01/18栗東芸術文化会館さきら大ホール(滋賀県栗東市)2026/01/18BLUE LIVE HIROSHIMA(広島県広島市)2026/01/19岡谷市文化会館カノラホール 大ホール(長野県岡谷市)2026/01/24シンフォニアテクノロジー響ホール伊勢 大ホール(三重県伊勢市)2026/01/31シンフォニアテクノロジー響ホール伊勢 大ホール(三重県伊勢市)2026/01/31シンフォニアテクノロジー響ホール伊勢 大ホール(三重県伊勢市・差し入れ)2026/01/31とちぎ岩下の新生姜ホール 大ホール(栃木県栃木市)2026/02/08高崎市文化会館 大ホール(群馬県高崎市)2026/02/11和歌山城ホール 大ホール(和歌山県和歌山市)2026/02/13小田原三の丸ホール大ホール(神奈川県小田原市)2026/02/21小田原三の丸ホール大ホール(神奈川県小田原市)2026/02/21小田原三の丸ホール大ホール(神奈川県小田原市)2026/02/21とまれみよ次のツアーもグリグリバリバリがんばります! どうぞどうぞお楽しみに!

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小野瀬雅生の2025年ベストミュージック10選+α

一年が経つのが早い早いと思うのだが、2025年は特に早く過ぎた気がする。良いこともそうでないことも色々なことがあって、浮いたり沈んだり、心が平穏だった時間がとても少なかったように思う。音楽はずっと自分の中にも傍にも周囲にも彼方にもあって、僕をずっと突き動かしてくれた。例年よりも聴き込んだものは少ないけれど、2025年に心に響いた音楽を幾つか挙げてみたい。 Wormhole / Yumi AraI / 松任谷由実僕の2025年ベストワンはユーミンさんである。40枚目のアルバム。AIを使っての制作が話題になっていたけれど、そこは自分にとってあまり重要なポイントではなくて、このアルバムが僕の心に深く深く響き渡ったのは曲がステキなのと、サウンド(ヴォーカルの在り方も含めて)が素晴らしかったからなのです。「DARK MOON」なんてどこのプログレバンドかと思うし、続く「CINNAMON」「星の物語」「岩礁のきらめき」は1980年代を(そして湘南の海とかも)強く思い出させる。そして最初の3曲にギターソロが入っているのだ。今や時代遅れの象徴のように揶揄されることも多い間奏のギターソロ。ユーミンさんの曲の中でギターが存分に響いている。3曲目は何とツインリード。4曲目はソロはないけれどギターの幾つものバッキングが曲のトーンを支配している。ユーミンさん、ギターを愛してくれてありがとうございます。「天までとどけ」のソウルフルさ、「烏揚羽」では再びギターソロ(ワウペダル!そしてバッキングでオートワウ!)が登場。そして青天の霹靂の如く僕の心に響き渡った「小鳥曜日」。初めて聴いた時に涙が溢れてしまった。そして今また涙を誘う。何度聴いてもこれ程までに僕を泣かすのかこの曲は。でもまた聴いちゃう。そして「LET’S GET IT STARTED !」のイントロと曲のテンポで僕はちょっと救われる。「Let It Rain」「文通 (Wormhole version)」とポップな曲が続いて、「ひとちがい」で再び80年代へ。曲の最後には雨が降る。ラストの「そして誰もいなくなった」は若い頃に読んだSFの世界へと僕を連れ去る。地球の最後の一人。鳥は飛んでるけどね。この世界でユーミンさんに逢いたい。最後に僕もそこに生きていたい。12弦ギターの響きと一緒に。ユーミンさん、素晴らしい音楽をありがとうございます。 ふめつのあなた / Perfume2026年からコールドスリープに入るPerfume。2007年頃から聴き始めてずっと好きだったPerfume。年の瀬にふっと配信限定でリリースされた「ふめつのあなた」。アニメとの関係性は全く判らないのだけど(すみません)この曲だけのことで云えば、僕が物凄くセンシティブだったタイミングでこの歌詞であったので、これまた青天の霹靂であった。秘密の彼方へ、僕はそこに繋がっていて、今ここで戸惑っている。想いは終わらない。 The Overview / Steven Wilsonスティーヴン・ウイルソンの2025年新作。ポーキュパイン・ツリーの人です。これが23分超の「Objects Outlive Us」と18分超の「The Overview」の2本立て。アナログレコードならA面B面1曲ずつと云う長尺プログレアルバム。「Objects Outlive Us」は5拍子、3拍子、15拍子、と大好物の変拍子オンパレード。でもテクニカルな求道的なものに終始せず、あくまでも歌や楽器の時間空間ハーモニー優先で、様々な楽器がバトンタッチをしながら紡ぎ上げるスリリングなサウンドスペクタクルとなっております。音質がとても心地好い。ファズギターのソロ、良いわー。PFMか。「The Overview」はシーケンスが鳴りまくりのちょいテクノ寄りサウンド。かと思いきや途中からアコースティックギターが鳴り渡ってピンクフロイド方面へ。そして来た来た7拍子。曲の長さを感じさせない快適な音楽空間。イイ音で録れてるなーどの楽器も。おみそれしました。 Getting Killed / Geeseニューヨークはブルックリンの若者たちのバンド、ギース(日本のお笑いコンビにも同じ名前のがいるそうな)。世代は一回りして馴染みのある60年代とか70年代のロックサウンドをやっている、のかと思いきや春夏秋冬が過ぎてまた春なのかと思ったら春に似ているけど全然違う名状しがたい季節に放り込まれたような感じがした。春みたいだけど知らないよこんなの春じゃないよ。でも春の花は咲いているし冬眠していた動物も目を覚ましているよ。いやこんな動物知らないよ。何だこの動物。花も花かと思ったら花みたいな別のものだよ。新しい世界の入口か。この先はどうなるんだろう。それにしても歌が凄いな。歌が。いや歌じゃないのか。名状しがたいものだ。 Perverts / Ethel Cainこう云うの何て云うの。アンビエントドローンミュージックって云うの。たまたま聴いたら(出会いは大事ね)1トラック目「Perverts」のMRIの装置の中にいるようなトーンの音像が気に入ってしまった。または宇宙船の中とかこんな音がしているだろうか。ビートのない(あるっちゃある)トラックが続く中で、ある一定の耳慣れた音、トーン、周波数を感じた時の安堵感。体験したことのない響きへの畏敬の念。人の声の底知れぬストレンジさ。3トラック目は洗濯機の中にいるようだよ。ずっと洗われている。または空飛ぶ円盤の中とかこんな音がしているだろうか。9トラックでトータル1時間29分の作品。のんびり聴くべし。のんびり出来ないかこれ。 45 Pounds / YHWH Nailgunヤハウェ・ネイルガン、と読むそうな。アメリカのバンドです。ベースはいなくて、ヴォーカル・ギター・シンセ・ドラムの4人組。シンセっぽく聞こえる和音はギターですねこれ。ハーモナイザーとかワーミーとか駆使しておられる。80年代のディシプリンキングクリムゾンを速攻で想起してしまうのは年齢のせいでしょうか。ロートタムを多用するドラマーのスタイルもその一因。曲は2分以下のものも多くてストレンジでコンパクト。これも何だか音像が心地好い。余談だけど昨年はメタル方面で心に来るものが全くなかった。全部同じような方向を向いていて仰々しいものばかりで全部同じように聞こえる。如何なものかと思う。 Walk This Road / The Doobie Brothers新作です。ドゥービーブラザーズの新作です。デビューは1971年。一時期解散していたものの現役バリバリ。僕は高校生の頃はドゥービーブラザーズのコピーバンドをやっていたので思い入れも格別であります。アイドルとかヒーローではなくバンドの理想像としてのドゥービーブラザーズ。現在はトムジョンストンもパットシモンズもマイケルマクドナルドもいて、1曲の中にトムとマイケルのパートが混在する夢のような(昔を知ってるのでね)表題曲を含めて佳曲揃い。サウンドも凄く良い。みんな声出てるなー。ドゥービー万歳。 Come and Find Me / Robin Trower新作です。ロビントロワーの新作です。ロビン1945年生まれ、御年80歳。デビューは1962年だから僕の生まれた年。プロコルハルムに在籍した後はソロアーティストとして活躍し、50年前の1975年にはアルバム「For Earth Below」がアルバムチャートベスト10入りするなど人気を博した。一貫してストラトキャスターでジミヘンインスパイヤ系の独特な節回しのギターをプレイし続けている。アルバムを出すどころかツアーまでやってる。こちらも現役バリバリ。ギタープレイに衰えナシ。あやかりたい。 pirates radio 2025 12/26 fri PM11:00 No.744 .mp3 / TOMOYUKI TANAKAFPM田中さんがAIで作成したカバー曲のリミックス。2025年末までにAIでどんなことが出来るのかの集大成。最先端にいるようで、選曲的にちょっと懐かしい気分にもなりつつ、楽しませて戴きました。あと数年したらAIによる音楽制作も思いもよらない高度な地点にまで到達するのかも知れません。若い頃に人工知能がどうしたこうしたと云うおっかないSF小説をいっぱい読んだ僕なのでちょっとまだビビってます。でもそれも事実は小説よりも奇なりになって飛び越えちゃうんだろうなー。 Mixcloudwww.mixcloud.com Wish You Were Here 50 / Pink Froyd2025年12月、全英アルバムチャートで1975年発表のピンクフロイド「炎(あなたがここにいてほしい)」(敢えて日本のタイトルで表記しました)の50周年記念盤が初登場1位を獲得した。50年ぶりのチャート1位返り咲きと云う快挙である。ボーナストラックには「Shine On You Crazy Diamond (Pts. 1-9, New Stereo Mix)」と云うマシーンもシガーもあなたがここにも挟まない直結ミックスも遂にオフィシャルで収録された。音質的には聴き慣れた2011年のリマスターに比べるとちょっとまろやかに感じる。メインのヴォーカルが押し出された分、コーラスの上の方が潜っているように聞こえた。ギターサウンドもナチュラルな聞こえ方で、フェイザーとかのエフェクトのエグ味が薄れている気がしないでもない。でも新しい方がアナログっぽいのかな。ライブっぽいと云うか。中学生の時にリアルタイムで出会ったアルバムなので僕のピンクフロイドナンバーワンアルバムです。そうか50年聴き続けけたか。もう50年楽しみます。その頃またチャート1位に返り咲いたりして。チャートなんてまだあるのかな。SF小説の世界だなー。 Foxtrot / Genesisこれは全く個人的なことで、2025年のまだ夏の暑さも残っている頃にこのアルバムの1曲目「Watcher of the Skies」にハマりにハマっていたのであります。何度聴き直したか判らないくらい聴いて聴いて聴きまくりました。歩きながらたたたたーたーたーたーたーたた、たたた、たたた、とずっとリズムを取っておりました。1972年の曲ですよ。若い頃にこの時期のジェネシスをあまり聴いていなかったのでこの曲が突然新鮮に感じられてもうたまらなかったのですよ。とにかく僕の2025年の個人的大ヒットで数ヶ月チャート1位でした。たたたたーたーたーたーたーたた、たたた、たたた。 華麗 / クレイジーケンバンド最後に自分たちのもちょっとだけ。クレイジーケンバンド25枚目のアルバム「華麗」。手前味噌ですが、我々まだまだ進歩し続けていると思うのです。個人的にもバンド的にも。今後のCKBライブのハイライト曲になりそうな「Hi」「LOVE」「Summertime✳︎411」があって、「太陽の街」も「時差」もあって、自分が多分これから一生歌い続けるであろう「とまれみよ」もある。反省点も多いけれど(毎度のことのです)満足度も大きい。華麗なるツアーも年跨ぎでがんばります。世の中が物凄いスピードで変わっているので付いていけるかちょびっと不安ですが精一杯音楽と共に歩んで参ります。2026年も小野瀬雅生をどうぞよろしくお願い致します。 北海道のとまれみよ

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クレイジーケンバンド『華麗』リリース&とまれみよ

クレイジーケンバンドの2025年のニュウアルバム『華麗』が9月3日にリリースになります(なりました:2025年9月3日追記)。クレイジーケンバンド通算25枚目のアルバムになります。 クレイジーケンバンド『華麗』通常盤ジャケット2025年の頭にはまだ何の予兆も前触れもなかったこのアルバム。あれよあれよと云う間に楽曲が揃ってアレンジが整って、レコーディングもスイスイと順調に進んでアッと云う間に出来ちゃった。今まで通りのCKBであり、リニューアルしたCKBでもあり、進化も深化も止まらない28周年のCKB。丁寧さと繊細さと集中力、雑とまあいいやとケンチャナヨ、東洋一のオリエンタルコンフュージョン混沌料理。喜びも悲しみもワンプレート。どうぞごゆっくりご賞味ください。 01:Hi 02:LOVE 03:Summertime*411 04:ふぁーすとくらす 05:eye catch - 華麗なる11秒 - 06:クラブ国際 07:どうでもいいよ 08:不良先生 09:太陽の街 10:eye catch - 華麗なるゲンタ - 11:時差 12:Deep Blue Night 13:くらげ 14:eye catch - 華麗なる21秒 - 15:とまれみよ 以上、15トラック12曲収録です。 クレイジーケンバンド『華麗』初回限定盤ジャケット初回限定盤のみ、クレイジーケンバンド『火星ツアー 2024-2025 Presented by TATSUYA BUSSAN』2025年2月2日(日)神奈川県民ホール公演の模様が収録されたDVD付きとなっております。どうぞよろしくお願い致します。 逗子のとまれみよ今回のアルバムに収録された拙作は15曲目の「とまれみよ」。何がどう「とまれみよ」なのかと申せば、上の写真にあるように遮断機や警報器のない踏切(第四種踏切)に警告としてこのように掲示されている「とまれみよ」なのであります。JR逗子駅から池子の方に向かう途中にあります。僕はこれがずっとずっと気になっていて、ある日突然この「とまれみよ」に恋をしてしまっている自分に気が付いたのです。その恋はじわじわと僕の心を締め付けて苛み、遂には曲になった次第であります。 知床のとまれみよ逗子だけだったら曲にならなかったかも知れない「とまれみよ」。それを北海道は知床の踏切で見つけた時の僕の喜びはどれだけのものであったか、推して知るべしであります。 別府のとまれみよそして大分県別府市でも発見。ここは警報器も遮断機もある踏切。なのに「とまれみよ」だったのです。僕はもう「とまれみよ」に首ったけ。こうなると曲もインストとはならず、歌詞も書いて歌うことにした次第。久しぶりにクレイジーケンバンドで歌を歌う。アルバム全体のことよりも自分が今やりたいこと、小野瀬雅生ワールドで突っ切らせてもらいました。ありがとうございます。 知床のとまれみよ「とまれみよ」と云うタイトルの曲は、米津玄師さんの作品にあります。そしてペトロールズにも「止まれ見よ」と云う曲があります。意外とあるんです「とまれみよ」界隈。なのでタイトルを変えようかとも考えましたが、敢えて同じタイトルでこれも突っ切りました。クレイジーケンバンドの小野瀬雅生の「とまれみよ」、どうぞよろしくお願い致します。 横浜市鶴見区のとまれみよ気にし出すと止まらないのが僕の性分。曲を作るに留まらず、日本全国あちこちにある「とまれみよ」を探し求める旅に出発してしまいました。焼きそばの果てしなき旅に続いて日本全国とまれみよの旅。ハンバーグ寿司もナルト入りチャーハンも旅していますが、今後どうなりますことやら。 秋田県潟上市のとまれみよ9月27日からは『CRAZY KEN BAND 華麗なるツアー2025-2026 Presented by NISHIHARA SHOKAI』も始まります。「とまれみよ」も携えて全国各地に参ります。こちらもどうぞよろしくお願い致します。2025年後半もグリグリバリバリがんばります。 2025年 9月27日(土) 福生市⺠会館大ホール(東京都福生市) 10月4日(土) 日立市民会館(茨城県日立市) 10月16日(木) Niterra日本特殊陶業市⺠会館 ビレッジホール(愛知県名古屋市) 10月17日(金) NHK大阪ホール(大阪府大阪市) 10月25日(土) いわき芸術文化交流館 アリオス中劇場(福島県いわき市) 10月26日(日) 仙台電力ホール(宮城県仙台市) 11月8日(土) 横浜BUNTAI(神奈川県横浜市) 11月15日(土) 神戸国際会館こくさいホール(兵庫県神戸市) 11月17日(月) 岡山芸術創造劇場 ハレノワ 中劇場(岡山県岡山市) 11月23日(日) 鹿児島CAPARVO HALL(鹿児島県鹿児島市) 11月24日(月・祝) 福岡国際会議場メインホール(福岡県福岡市) 11月27日(木) 札幌市教育文化会館 大ホール(北海道札幌市) 11月29日(土) 旭川市公会堂(北海道旭川市) 2026年 1月10日(土) 出雲市⺠会館 大ホール(島根県出雲市) 1月16日(金) LINE CUBE SHIBUYA(東京都渋谷区) 1月18日(日) 栗東芸術文化会館さきら 大ホール(滋賀県栗東市) 1月19日(月) BLUE LIVE HIROSHIMA(広島県広島市) 1月24日(土) 岡谷市文化会館カノラホール 大ホール(長野県岡谷市) 1月31日(土) シンフォニアテクノロジー響ホール伊勢 大ホール(伊勢市観光文化会館)(三重県伊勢市) 2月8日(日) とちぎ岩下の新生姜ホール 大ホール (栃木市文化会館)(栃木県栃木市) 2月11日(水・祝) 高崎市文化会館 大ホール(群馬県高崎市) 2月13日(金) 和歌山城ホール 大ホール(和歌山県和歌山市) 2月21日(土) 小田原三の丸ホール 大ホール(神奈川県小田原市) 愛知県清須市のとまれみよこちら漢字のもあります。

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帰ってくる前のウルトラマン

最初のウルトラマンを1話ずつ語ります。自分ダダ漏れです。ダダ怖かった。そして他のウルトラシリーズの話も時々入ります。

THE ORIGIN OF ULTRAMAN

映画『THE ORIGIN OF ULTRAMAN』を観てきました。ウルトラマン新作ではなく、ウルトラマンシリーズ60周年記念ドキュメンタリー作品です。色々な方のインタビューを集めて構成されています。どんな方がインタビューに応じているかの詳しくは映画のサイトをご覧になってください。 THE ORIGIN OF ULTRAMAN2026年7月3日(金)公開 前売券発売中 ウルトラマンシリーズ60周年記念ドキュメンタリー作品m-78.jp 僕は1962年・昭和37年生まれですので、ウルトラマンをリアルタイムで体験しています(ウルトラQ初放映が1966年1月・ウルトラマン初放映が1966年7月)。完全にやられました。ウルトラの世界に没入しました。友達もみんなウルトラを観ていましたが、小学校3年生4年生になってもずっとウルトラだの怪獣だの宇宙人だのにハマり続けていたのは僕だけでした。ハマったとかの生やさしいものではなく、映画の中で庵野監督が云っていた「呪われてしまった」のでした。呪縛。自分の中からウルトラを忘れたり消したリがもう出来ない。自分の判断や行動の基準の中に必ずウルトラ的な思考が入り込んでしまう。これはインタビューに答えていた多くの方が仰っていたのとほぼ同じです。その辺りは映画を観ていて非常に共感しました。 TTHE ORIGIN OF ULTRAMAN映画の内容的には、僕にとって既知のことばかりで、目新しいことはほぼありませんでした。ウルトラマンと仏像の類似関係については、もう30年程前にみうらじゅんさんが評論されていたので、今更と云った感もあり。他の星から来た宇宙人との対話・理解・共感を求めていきたいと云うウルトラ的な理想論も、人類と侵略宇宙人の間に入るのがウルトラマンと云う宇宙人であることのジレンマも、あちこちで語られてきました。そうしたことを整理して並べ直して、再構築したのがこの映画だと思います。ウルトラ初心者、と云うかウルトラマンなどの特撮にあまり興味がなかった方にこそ観て戴きたい内容です。 今でも怪獣や宇宙人の名前を全部覚えていて、全てのエピソードを事細かく語れるような僕ですので、ここから後は迷惑なウルトラじじいの戯言として読んで戴ければ。インタビューで構成されているドキュメンタリー映画ですので、音楽なんてどうでもいいと云えばどうでもいいのですが、たまに使われるオリジナルの豊かな音楽と、埋め草的に使われるシンセサイザーの安直な音があまりにも乖離していて、画面に集中出来ない箇所が幾つもあったのを指摘しておきたい。ウルトラだけでなく音楽や音響にもうるさい嫌なじじいですすみません。だって気になっちゃったんだもん。 そして僕は誰が何をやって、誰がどんなに苦労して、誰の意向でこうなったのか、そうした舞台裏に殆ど興味のない人間です。ウルトラマンなんて現実ではない。それは理解しています。でも現実が一番なのかと云うと僕にとってはそうでもない。僕にとって現実の上位にあるのがウルトラマンの世界でなのです。宗教に近い、これも映画の中で言及されていましたが、でも宗教とはまた違う、伝説や神話とかの方が表現として相応しいかも知れません。1960年代の膨大な熱量や意欲、良きものも悪しきものも渾然一体となったその時代の空気感、意見は違えど目標を一つに掲げた才気溢れる人達が寄って集って子供達のために作り上げたウルトラマン。それが奇跡的に全てを凌駕する永続性を持ち得たことを人類の一人として歓び讃えたい。普段からそんな風に思っています。だからもう、舞台裏の写真などを使うのは不遜な感じさえするのです。もちろん創作ですし、成り立ちの説明も、色々な人達の証言も、伝え続けることは必要かと思います。でも僕にはもうそれは必要のないこと。これからもまた作品を観ながら、怪獣と一緒に暴れ回って、宇宙人と一緒に空を飛んで、ウルトラマンと一緒に機転を利かせて、ムラマツ隊長と一緒に大事な決断して、ハヤタ隊員と一緒にピンチに陥って、アラシ隊員と一緒に勇猛にスパイダーショットを撃って、イデ隊員と一緒にキャーと驚いて、フジ隊員と一緒に泰然として、ホシノ少年と一緒に生意気なガキでありたいと思うのです。 何だか映画の感想からは離れてしまったかな。でも自分の中のウルトラマンがまたちょっと活き活きとした気がした。あーでも久しぶりにこんな文章を書いたら何だか雑になってしまった。すみません。また何か書きます。

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2024年7月7日

7月7日は七夕。七夕と云えば織姫と彦星が一年に一度だけ逢える日と知られているが、ガヴァドンに一年に一度だけ逢える日でもある。ウルトラマンが子供達にそう約束したのだ。 ガヴァドンA土管(って最近云わないな)に子供達が描いた怪獣の落書きに、特殊な宇宙線が作用して実体化したのがガヴァドン。ただいるだけで何もしない。ずっと寝ている。もっと強そうな怪獣にしようと落書きをアップデート、強そうにはなったが、やはりガヴァドンは寝ているだけだ。 ガヴァドンBガヴァドンはそこにいるだけで邪魔で迷惑なので排除である。結局ウルトラマンが宇宙に運んでいってしまった。子供達は怪獣に何を求めていたかと云えば、大暴れである。町の破壊である。戦車などの攻撃に全く反撃しないガヴァドンに向かって、子供達はもうちょっと頑張れとまで云う。後先考えずにそう願ったのだ。それはテレビ番組の中だけでなく、テレビの前の当時の子供達は同じように大暴れを願ったと思う。リアルな破壊は人の死や不幸や損害を伴うとぼんやりとは判っていてもそれでも大暴れを支持したと思う。そうした中に当時子供だった僕もいて、壊せ壊せ破壊しろと思ったのだ。建物を倒せ、光線を吐け、全てをぶっ壊せ。それは何か、人間の奥深いところにある欲求の一部に繋がっているような気がする。今でもその気持ちを思いだして、少しだけ居心地が悪くなるのだ。ウルトラマン第15話『恐怖の宇宙線』、1966年10月17日放映。七夕でも夏でも何でもなく秋口の放映であった。ガヴァドンを宇宙に持ち去られて残念がる子供達に、ウルトラマンは一年に一度、七夕の日にガヴァドンを空に投影して会わせてあげると約束したのだった。子供の一人は「雨が降ったらどうするんだよ」と身も蓋もないことを呟いたけれど。今年の七夕は何だか急にこんなことを思ったので書いてみた。 紫陽花梅雨の最中だとは思うが、あまり雨が降らない。降るとゲリラ豪雨のようなことになってしまう昨今の日本である。とにかく毎日暑い。夕方に風がちょっとでも吹くと酷い暑さも多少和らぐ。北風も春風も好きではないが、この時期の風は心から有り難いと思う。 豆かん豆かんが好きである。豆と寒天で豆かん。塩味の効いた豆と寒天と黒蜜のみのシンプルな構成。味わいだけでなく、寒天が半透明なのが本当に好きだ。ガヴァドンに初めて会った頃には、僕はもう寒天が大好きだったはずだ。多分豆と黒蜜は食べなかった。寒天だけ食べたと思う。 豆かんお知らせがいっぱいあるのだが、なかなかまとめられない。そろそろまとめる。暑さに負けてたまるか。いや、負けそう。がんばります。皆様もこの酷暑、どうぞお気を付けください。

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映画「シン・ウルトラマン」

映画「シン・ウルトラマン」を観てきました。僕はオリジナルのウルトラマン(1966〜67年/昭和41〜42年)をリアルタイムでテレビ視聴しています。その後の再放送や、ビデオ/レーザーディスク/DVDなどで追体験したことの方が圧倒的に自分の中に蓄積されておりますが、毎週毎週どんな怪獣が出るんだろうと期待してワクワクした毎日を送っていたことをつい先日のことのように思い出せもします。ウルトラセブン以降のウルトラシリーズは、初代ウルトラマンがベーシックにあって、その上に積み重ねられた世界。それが映画「シン・ウルトラマン」ではウルトラマンがまだ地球に来ていない世界で人類が初めてウルトラマンに遭遇するポイントに戻されるのです。僕の中では大事件。どうすればいい。どうにもならんか。観るのか観ないのか。いや、観る。観た。どうだった。その感想を書く。ちょっと待て。2022年5月13日の公開日から10日あまりで、Twitterとかでかなりのネタバレが流れてきている。読まなきゃ良かったと云うネタバレもあった。自分も感想を書いてそのネタバレの片棒を担ぐのはいかがなものかとも考えた。どんなに気を付けても感想を書けば絶対にネタバレは含まれる。なのでこの先はネタバレを読みたくない方は(なるべく気を付けるけど)回避して欲しいと思う次第。よろしくお願い致します。安全のためにこれから幾つか内容と関係ない画像を貼ります。 お肉の画像これはこれで興味を持たれてしまいそうだな。 お肉の画像肉ばかりですみません。 お肉の画像骨も加えてみたがどうだろうか。 お肉の画像しつこいですね。そろそろ本題に入ります。 映画「シン・ウルトラマン」を観た小野瀬さんに質問です。 面白かったですか? 面白かったです。 観て良かったですか? 観て良かったです。 どこが良かったですか? 良かったところがいっぱいあって選べません。 どの登場人物が気に入りましたか? 山本耕史さんです。 この映画に点数を付けるとしたら? 90点です。 マイナス10点はどうしてですか? いえ、何となく90点なので。 映画館でもう一度観ますか? はい、あと2,3回は観たいと思います。 こう訊かれたらこう答えるであろうと云うのを書いてみた。これでは何だかそんなに感動したりしていないのではないかと思われようが、そうではない。僕の中で物凄い変化が起きた。変化はまだ続いているかも知れない。僕にとっては新しいデータが入って来たのではなく、僕を僕たらしめている基本オペレーティングシステム(OSってヤツ)が大幅にアップデートされたような感覚だ。だから僕も変わってしまった。変えられたとかではない。自然に変わってしまったのだ。55年前のウルトラマンは仕事上のミスや偶然の事故などがあって地球に止まることになった。新しいのは違う。明確な意思を持って地球にやって来た。やって来るように仕向けられたとも云える。そうなのか。そうだったのか。どんなにオリジナルのウルトラマンが好きでも、「何故なんだろう」と云う事項がたくさんあって、それは何度見直しても説明されることはない。ウルトラマンのスペシウム光線や飛行の原理。地球に来る前は一体何をしていたのか(それはシンでもそんなに語られないか)。ウルトラマンの変身の原理。それらの疑問が完全ではないにせよ説明されて、それぞれが一冊一冊の本になって、本棚の然るべきところにピッタリと収まるような気持良さがあった。僕は残りの人生、そうしたことを訊かれた時に「ああそれはスペシウム133の〜」と答えることが出来る。そうしたOSに僕はアップデートされたのだ。アプリのアップデートでは決してない。僕にとってはやはりOSなのだ。若い方や初めてウルトラマンを観た方には理解しがたいかと思うけれど、そんな一大事が起きたのです、僕の中で。これが僕が「シン・ウルトラマン」を観て一番思ったこと、です。 そして今、これを云ってもネタバレにはならないと思うけれど、いやネタバレなのかも知れないが、ネタバレなのかな、大事なことを書きます。 バルタン星人は登場しません。 僕にとっては大きな大きなポイント。ウルトラマンのお話で、その後に脈々と続くウルトラシリーズの中で、最も有名でインパクトのある宇宙人、バルタン星人が登場しない。影も形もありません。じゃあ登場しないからどうなのかと申せば、出て来なかったのは大正解だと思うのです。バルタン星人の境遇は非常にデリケートで、それにもかかわらず55年前のウルトラマンはバルタンを結果的には有無を云わさず殲滅してしまった。中途半端にバルタン星人が登場しているのなら僕は観なかったかも知れない。観ても余計なことを考えて評価しなかったかも知れない。ですので、外星人1がウルトラマン、外星人2がザラブ、外星人0がメフィラス(ああこれはネタバレだ)でバッチリだと思います。素晴らしい。 メフィラス役をされていた山本耕史さんが大変に印象的だった。笑顔を崩さずに相手を見定め、見下ろし、嘲り、強要し、落胆し、驚き、そして怒った。他の誰よりもその感情をカラフルに表現しておられた。適材適所。ワタシの好きな言葉です(ネタバレね)。 ウルトラマン役(ってのも語弊があるか)の斎藤工さん。ウルトラマンでした。素晴らしくウルトラマンでした。何だかんだ云ってもこの人でないと成り立たなかったでしょう。ウルトラマン、人間、そして生命体、でした。ちゃんと狭間(はざま)にいました。 そして長澤まさみさん。弾けそうで弾けない。踏み込みそうで踏み込まない。全部持って行きそうで持って行かない。許さなそうで許した。その後はずっと許し続けた。とてもステキでした。ファンになりました。 ゼットンvsウルトラマンTシャツそしてゼットン。ゼットン出ます。そしてそのゼットンが怖ろしい。ゼットンは僕が知っていたゼットンではなかった。でも明らかにゼットンだった。そしてそのゼットンを地球にもたらしたのは誰か。そこがこの映画の最大のショックだった。横っ面を長澤まさみにひっぱたかれた位のインパクトがあった。地球など。地球なんて。そうだな。そうされても仕方がないよな。こんな地球じゃ。でも勝手に他のヤツらが決めるなよ。俺たちは最後の最後まで諦めない。人類なめんなよ。そこんとこヨロシク。ワタシの好きな言葉です。 ネロンガTシャツカイジュウは禍威獣でなく怪獣の方がピッタリくる。これはもうしょうがない。CGの禍威獣は迫力があってスゴイけれど、僕はスーツアクターによる怪獣の馴染みある動きが好きだ。時に禍々しく、時にコミカルに、ウルトラマンと名勝負を繰り広げたウルトラ怪獣たち。実際に動いているものをフィルムで撮る自然さ。とは云え、地中掘削ドリルの回転や、宇宙空間での展開と構築など、CGでないと映像化出来なかったであろう場面も多数あった。素直に凄いなと感じた。先程書き忘れたけど、ゼットン、美しかったです。 「さらばウルトラマン」って、君が云うんだね。素晴らしいな。 音楽は昔のから、最近のまで、みんなみんな素晴らしかった。僕の音楽の根底にウルトラシリーズの音楽がびっしり敷き詰めてある。基礎だ。改めて強く認識した。音楽に気を取られてよく聞き取れなかった台詞があるくらいだ。 孤独だった僕のウルトラマンがちょっと賑やかになった。これはとても嬉しいことだ。 映画「シン・ウルトラマン」を観ての感想を雑に書き散らした。文体も時系列もバラバラになった。静かに興奮しながら書いた。許されたし。他にも書きたいことはいっぱいあるのだが、せめてもう一度観て、確認してから書こうと思う。ネタバレ失礼。でもスッキリした。新しいウルトラマンOSと共に、また今日からがんばろう。なせばなる、なさねばならぬ、なにごとも。僕が好きになった言葉です。

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帰ってきたウルトラマン初放映から50周年

1971年(昭和46年)4月2日、帰ってきたウルトラマン第1話「怪獣総進撃」が放映されて、本日2021年4月2日で50周年となった。スゴイことだと思うのだが、スゴイスゴイと騒いでいるのは僕だけのようだ。だって50年ですよ。ゴジュウネン。この第1話を見ていた8歳の少年が今58歳なんですから。当たり前ですが。そして今でもこの第1話を観直してやっぱりスゴイスゴイと思っているんですから。帰ってきたウルトラマン第1話と2話の監督は、1954年のオリジナルゴジラを撮った本多猪四郎監督。スゴイんですよ。映像の中の火力がスゴイ。村もコンビナートもとにかく燃やす。爆発も煙もスゴイ。いきなり勝鬨橋辺りでで怪獣2匹、タッコングとザザーンが戦う。ザザーンはすぐ死んじゃう。そして第1話の後半には別の怪獣アーストロンが出る。何と云う贅沢さ。僕は個人的にこの1話と2話こそがウルトラシリーズの最高峰の作品だと思っている。もちろんウルトラマン第2話「侵略者を撃て(バルタン星人登場)」やウルトラセブン第3話「湖の秘密(エレキング・ピット星人登場)」など歴史に残る名作は数多い。でも僕は敢えて帰ってきたウルトラマン第1話と2話だと申し上げたい。この2回にこのシリーズのエッセンスが全て詰まっている。アイテムを使わずに変身するウルトラマン。自分の能力が優れているが故に葛藤し、悩み苦しむウルトラマン。人間としても自分の夢を追い続ける(ことになった)ウルトラマン。こんなに濃密な内容の作品はテレビや映画など、いや音楽なんかも皆含めてもそうそうあるもんじゃない。50周年だろうが50周年を過ぎようが僕はずっと云い続ける。スゴイんですよ、帰ってきたウルトラマンは。特に第1話と第2話が。 もう何年も着ているハードコアチョコレートのタッコングTシャツ。これを今日着ないわけにはいかない。タッコングと共に50周年のこの日を過ごそうと思う。 そう云えば去年(2020年)1月にシンガポールの(ウソのようだがその頃はまだ行けた)大きなプールなどがある施設「Adventure Cove」に行ったらタッコングがいっぱいいた。カラフルなタッコング。どちらかと云えばラヴクラフト系なんじゃないかと云う気もするがやはりタッコングだ。また行けるようになったらシンガポールに行きたい。話が逸れた。まあいいか。帰ってきたウルトラマン50周年おめでとうございます。

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偏愛の小部屋

僕の偏愛を告白します。ドン引きされちゃうかも知れません。でもやるんだよ。

2024年6月

今回は思いついたままの雑文となる。書こうとして色々と準備していた内容があったが、また別の機会に書くことにする。ここのところはアウトプット(楽曲や歌詞など音楽的なこと)が多くて、頭の中の引き出しが在庫少なめになっている。ならばインプットすれば良いと思われようが、そのインプットもこの歳になると一気に大量補填とはいかなくなる。本を読んでみているが昔ほどのスピードはなかなか出せないし、映画などもどうも気乗りがしない。それでも頭の空き容量は増えたと思うので、この夏はインプットを充実させたいと思っている。 マツバウンランもう4月末のことになるが、僕の大好きなマツバウンランの花を京都で見つけた。マツバウンランのことはこちらに書いた。 この小さな花にふと心奪われてからもう10年。日本の四季が何だかおかしなことになって来ている昨今、この帰化植物が僕にもうじき初夏だよと教えてくれるのだ。 マツバウンランこの花に出逢えると心が落ち着く。ああ今年もまた逢えたんだとホッとするのである。端から見たら大したことではないのだろうけれど、僕にとっては大変に重要なひとときである。 マツバギク赤急にこんな赤い花にも出逢う。こちらの花も僕が大好きなマツバギクである。最近このやたらめったらに赤いバージョンを目にすることが増えた。メタリックな紫色のが好きであるが、この赤いバージョンも好きである。 白いのもあるそうである。こちらはかなり暑くなってきても咲いているので、見つけやすいと思う。マツバウンランがアート・ガーファンクルならマツバギクはボストンと云ったところか。毎度毎度わけの判らない例えですみません。 白い花北海道は知床の山林で見つけた小さな白い花。そこら中にいっぱい咲いていた。名前はわからない。知っている方、どうぞ教えてください。世の中知らないことだらけである。 森の中たまにこうして緑に包まれると、またしても心が落ち着く。落ち着いてばかりである。静かではなかった。春ゼミのようなものの大合唱(唄でも声でもないのだけれど)が大音量でしゃあしゃあと響き渡る中、妙に安堵感を得られたのである。この辺りで飲んだ湧き水が大変に美味しかった。また飲みたいものである。 井の頭公園東京都内でも緑に包まれることは出来る。こちらは5月終わりの井の頭公園。快適な気温で、心が安らいだ。安らいでばかりではいられないが、若い頃に比べると安らぎが大量に必要となっていることが判った。これからもたっぷりと安らぎつつ、がんばろうと思う。 あじさいあじさいの花と思われているところが装飾花で、ガク片が変化したものであると云われても何だかピンと来ない。何だガク片って。真ん中で小さく密集しているのが真花である。花粉を運ぶ昆虫を呼び寄せるためにガク片が花のようになっているとのことであるが、そんなの誰が考えたのか。あじさい本人か。それとも誰かが「ガク片を変化させて花みたいにすると昆虫が来るよ」とアドバイスしたのか。じゃあ変化させてみるかと決めたのは誰なんだ。それを実行してみたのは誰なんだ。それをあじさい界に満遍なく行き渡らせたのはどう云う広報活動なのであろうか。あじさい集客のコツ・繁盛店の集客術みたいな本でも出ているのであろうか。世の中知らないことだらけである。今年の夏はそうしたことも考えてみたい。考えてもわからんか。ぼちぼちやります。そして減量するぞ。どさくさ紛れに宣言しておく。減量だ。やったるで。

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なるとと野沢菜

毎度毎度なるとばかりですみません。なるとが好きなので何とかしてなるとへの愛を表現したいのだけれど、なかなか上手く出来ない。以前なるとをたっぷり入れたなるとヤキメシを作ったが、なると熱は下がる気配を見せない。そして更に僕は漬物の焼飯を作った時にどうやら野沢菜漬にもハマったようである。 野沢菜漬近所のマイバスケット(スーパー)で野沢菜漬の少量パックを売っている。これが大変に丁度良い量で重宝している。 野沢菜ご飯野沢菜漬を切って、ご飯に載せて、お醤油と味の素を少量かけて食べれば、こんなに美味しいものは世界中を探しても他にないだろうと一瞬は思うくらいに美味しいと思うのだ。でもそれで止まらないのが人間の欲望と云うものだ。そしてそこに更に自分の好きなものを足してみようとヒートアップして行くのであった。 なるとと野沢菜この組み合わせでヤキメシを作ってみようと考えるのは自然な流れであった。早速準備することにする。 なるとと野沢菜を刻む何となく同じようなサイズになるように包丁で刻んだ。好きなことはこうして丁寧に出来るのに、ちょっとでも好きさ加減が足りないと大変に雑になる。まあそんなもんだよね。諦めたわけではないけれどそれで良いのだと思う。 なると野沢菜ヤキメシなるとと野沢菜漬たっぷりのなると野沢菜ヤキメシの完成である。味付けはコショウとお醤油と味の素くらい。なかなかの出来栄えであると自画自賛である。 なると野沢菜ヤキメシ中華鍋で作ったヤキメシを、一旦お椀に入れて、それをお皿の上にポンと出すとこうして丸っこい形になる。もっとしっとりしていたら、もっと丸々となったであろう。何かの動画で観たので真似したらなかなか上手く行ったのだった。さあどうだ。これでどうだ。特に何かに挑んでいるわけではないが。 なると野沢菜ヤキメシを食らうなると野沢菜ヤキメシを食らうなると野沢菜ヤキメシを食らうウマウマウー。なるとがいっぱい入っていてまずはシアワセである。野沢菜漬は油で炒めると酸味が軽減して旨味が増加する。ヤキメシに野沢菜の食感の妙も加わってご満悦である。大変に美味しいと思う。なると野沢菜ヤキメシブラボー。でもこうして食べながら、他のバリエーションはないだろうかと余計なことを考える。余計なことはすぐに思いつくのが僕の特徴である。 なるとと野沢菜なるとと野沢菜漬を使って和風スパゲティにしようと思いついたのだ。焼きそばではくスパゲティだ。その方がしっくり来るような気がしたのだった。なるとの切り方もスパゲに合うように細切りにしてみた。野沢菜漬は刻んだのと長いままのを混在させることにした。作り方や味付けはヤキメシとほぼ変わらず。スパゲの茹で加減だけは細心の注意を払った。 なると野沢菜スパゲティそんなわけでなると野沢菜スパゲティの完成である。またこんなおめでたいカラーリングに仕上がった。何となく僕の精神状態が現出しているようにも思える。こうして自分勝手な料理をしていると気分がウキウキ晴れ晴れとして元気になる。おめでとうございます。ありがとうございます。 なると野沢菜スパゲティ世の中、変なニュースばかりで気が滅入るけれど、自分の機嫌は自分で取るのが一番。上機嫌で事に臨めば、見え方や考え方も変わろうと云うものだ。姿勢良く生きていたい。なるべくそうしようと思う。 なると野沢菜スパゲティを食らうなると野沢菜スパゲティを食らうウマウマウー。ウマイじゃないかなると野沢菜スパゲティ。和風のシンプルな味付けがバッチリ決まったと思う。なるとを大きめサイズに切ったことで、なると自体の味わいも楽しめてとても良いと思う。関係ないけれど、静岡おでんになるとが斜め半分切りの大きいのに串が刺さって汁に浸かっているのだけど、静岡おでんの汁が黒っぽいのでなるとが全体に黒っぽく染まってしまっているのを見ると何てことをしたのだと毎回思う。これではなるとの白とピンクの素敵な色合いが台無しではないか。それで良いのかと強く問いたい。いつかちゃんと色が綺麗なままおでんに入っているなるとを、ああそうか自分で作れば良いのか。今度そうします。涼しくなったらおでんを作ろう。 なると野沢菜スパゲティを食らうなると野沢菜スパゲティを食らうウマウマウー。とても美味しいと思う。野沢菜の風味もなかなかマッチしていると思う。自分がお店を開いたらこれはメニューに入れるつもりだ。こんなの誰もオーダーしないか。まあいいか。そんなわけでなるとと野沢菜漬への僕の愛は少しは伝わったであろうか。愛と云っても偏愛か。まあいいか。また何か作ったら書こうと思う。10月に入ったらクレイジーケンバンドのツアーも始まる。始まったらもう年末お正月はすぐにやって来る。キャーッ。2023年残り3ヶ月ちょっと。グリグリバリバリがんばります。

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イシイのチキンハンバーグ丼ふたたび

自分の根底にあるものはそうそう動かせない。僕は人混みが嫌いだし、集団行動が大の苦手だ。それでも人間そのものは嫌いじゃないし、社会にもそれなりに関わっていたいとは思う。自分勝手だとは思うが、何とか折り合いを付けながらここまで生きて来た。若い頃は若いと云うだけで何とかなったのでぼんやりと自分の行きたい方向に歩いていれば良かったが、ここからはそうは行かない。自分の年齢をそこそこ実感するようになって来た。もうすぐ60歳。還暦。なるほど、こう云うことなのかと。しかしまだついこの間まで子供だったような気もするから(子供の頃の記憶が鮮明にある)不思議な気持ちでもある。この文章を読んでくれている若い人なんかあまりいないだろうけど、一応云っておこうかな。10年や20年はアッと云う間だよ。気を付けな、とね。もう既に文章が変な具合になっているのは気付いております。まとまらないなぁ。まとまってたらもっと偉い人になっていたか。偉いって何だ。偉い人と云うのは人のために大いに役立つ人ではないのか。僕の人生、じじいゾーンに本格的に突入だが、偉くならなくても良いのでまだ人のために何か役に立っていられたらと思う。まとまってきたぞ。そんな僕がスーパーマーケットに行って、肉周辺の棚を見ていたらイシイのチキンハンバーグと目が合った。ピタッと合ったのだよ諸君。目が合うと云うのはおかしいか。目が釘付けになったと云うべきか。ハートにキュンと来たと云うべきか。とにかくそんなわけでイシイのチキンハンバーグを買って来てご飯に載せて丼にして食べようと思う。それが僕の根底だ。なんのこっちゃ。 イシイのチキンハンバーグ以前イシイのチキンハンバーグを偏愛していると書いた。大好評と云うわけではなかったのでなかなか判ってもらえなかったかと思う。 この記事の後半で、イシイのチキンハンバーグだけご飯に載せても殺風景なので、野菜のソテーなども添えてこれでどうだと悦に入っていたが、根底はそうではない。イシイのチキンハンバーグだけで良いのだ。それが正解なのだ。正解をご覧に入れよう。 イシイのチキンハンバーグ丼イシイのチキンハンバーグ丼である。このソースの味が好きで、お皿に盛るとソースが余ってモッタイナイので嘗めちゃうと云うお行儀の悪い子供に逆戻りしてしまうので、丼にしてご飯にソースを受け止めてもらえば一挙両得渡りに船である。これは前回も書いた通り。僕の揺るぎない信念を判ってもらえるかと思う。 イシイのチキンハンバーグ丼僕が子供の頃からお世話になっているこの味に、何か恩返しが出来ないかと考えてこの文章を書いている。それは余計なお世話か。ちゃんと石井食品のサイトに愛しのチキンハンバーグのことが詳しく載っているので御参照ください。 イシイの『元祖!』チキンハンバーグは国産若鶏100%・無添加調理でおいしさと安心にこだわっています|石井食品株式会社チキンハンバーグは日本初の調理済みハンバーグとして1970年に発売されて以来、素材の美味しさを活かすため「引き算」の考えのitem.directishii.net イシイのチキンハンバーグは、かなりのリニューアルを重ねて現在に至っているのが判る。僕が子供の頃に食べた味とは確実に違っているのだ。モチロン現在の方が安全であるのは一目瞭然。そして食べてみればその違いも歴然としている。 イシイのチキンハンバーグ丼を食らうウマウマウー。僕の記憶の中での対照でしかないが、現在の方がトマトのフルーティーな味わいが際立っていると感じる。僕の舌がどうしても探してしまう調味料(アミノ酸など)のバイパスもない。発売から引き算のリニューアルを繰り返しているとのことだ。その熱意に敬意を表したいと思う。 イシイのチキンハンバーグ丼を食らうウマウマウー。懐かしいあの頃の味をもう一度と思っていたら、現在からこの先へと自分をアジャストさせる作業にシフトしていた。イシイのチキンハンバーグ丼ブラボー。根底は変えられない。だけどそうだからと云って新しいことに目を向けなければアッと云う間に置き去りにされてしまいそうだ。ゆっくりでもまだまだ進んで行こう。こんなポジティブな結末になるとは思わずに書き始めたけれど、それもイシイのチキンハンバーグのおかげか。ありがとうイシイのチキンハンバーグ。貴方は偉い。本当に偉いと思う。これからも愛し続けます。

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【偏愛】水族館

水族館が好きだ。動物園より水族館。魚が泳いでいる(またはじっとしている)のを見るのが好きだ。水族館と云う空間にいることが好きだ。若い頃はそれこそ朝イチで入館して、夕方の閉館時間まで見学順路を何周も何周もして、だらだら過ごしていたものだ。一番通ったのは昔の江の島水族館。道路の反対側に新しく出来る前の地味なエノスイだ。今の新江ノ島水族館のある辺りには以前ペンギンとかアザラシとかがいる施設があって、巨大なミナミゾウアザラシもいた。そんなに水族館にいて何をしていたのかと云えば、本当にぼんやりと過ごしているだけで、夏は涼しいし、冬はそこそこ穏やかなな温度で快適だったのを覚えている。若い頃は食べることに本当に無頓着だったので、何も食べなくても全然平気だった。煙草ばっかり吸っていたな。忙しい合間のリフレッシュではなく、前日も何もしなかったし、翌日も何の予定もないような、そんな生活の中で僕はただただ水族館に行ったのだった。 水族館と私2013年から1年ほどBE-PALと云う雑誌で全国水族館巡りの連載をさせて戴いた。なかなか貴重な体験をさせてもらって感謝している。連載が終わった後も、全国あちこちの水族館に行って楽しんでいる。でも楽しみ方は変わった。昔ほど水族館でゆっくりだらだらと過ごせないようになっているのだった。気が急くと云うか、じっとしていられないと云うか、そうした人間になってしまったようだ。若い頃が良かったなんてあまり思わないのだが、あの何も考えずに何の見通しも立てずに日々をのんべんだらりと過ごしていた感覚はもう取り戻せないのだなとは強く思う。それを取り戻したいともあまり思わないけれど。どっちなんだ。 キリンミノ魚は美しい。心からそう思う。生きていることが少し透き通っているところと結びついている。力強いようで儚いようで、生命の不思議さをこれでもかと突き付けられる。美しい。キレイだ。この気持ちは子供の頃と全く変わらない。 マツカサウオ水族館に行くと真っ先に探すのがマツカサウオの水槽。大体どの水族館にもいる。僕はこの魚が大好きで、偏愛している。魚の中でも最も美しいと思う。 ダルマオコゼ底でじっとしている連中も愛らしい。ユニークな姿形をしている。じっと観察しているとたまに少し動く。それを見られたらとてもお得な気持ちになる。 エビスダイ新型なんちゃらで2週間ほどスケジュールをこなせずにいて、快癒直後にパソコンが絶不調に陥り復旧に3日近くかかり(結局初期化してOSからインストールし直してバックアップから復元・失われた項目多数)、あれもやらねばこれもやらねばと全てが一気に押し寄せて来ててんやわんや状態。水族館でのんびりと魚でも眺めていたいと云う心の叫びをこうして書いています。そのうち行けるだろう。その日を楽しみにしていよう。 心の叫びまだ行っていない水族館がいっぱいある。出来る限り訪れてみたいと思う。特に古めの建物はいつなくなってしまうか判らないので最優先で。 フウセンウオ昨年閉館してしまった油壺マリンパーク(神奈川県三浦市)の記事を書いていないことに思い当たった。そのうち思い出して書いてみることにする。ああそして沖縄の美ら海水族館に行きたい。たまらなく行きたい。行くと行っただけで満足してしまうのだけれど行きたい。そして世の中から物凄く切り離された感覚に陥って物凄く不安になるのだけれど行きたい。そのうち行こう。必ず行こう。こうやって行こうと云っていると行けるのだ。有言実行。言霊。この気持ち通じろ。カモンレッツゴー。

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缶缶諤諤

色々な缶詰を取り上げて行きたいと思います。それにしても世の中にはいっぱい缶詰があるもんだ。

鯖チョコ

食べてみたのです。鯖チョコ。チョコレート味の鯖缶。気になって購入はしていたのだけれど、なかなか食べるに至らず、缶詰ストックの中に置いてあった鯖チョコ。ここのところのマイさば缶ブームの勢いに乗って、遂にオープンしたのである。 鯖チョコ缶チョコ味のものは色々あるが、自分にとって忘れられないのが小学校の給食。偏食児童だった僕は、給食が全部食べられずに、昼休みもそのまま教室に残されて、手を付けられない給食を目の前にしてなすすべもなかった。僕の行っていた小学校はどうやら横浜市の給食モデル校と云うことで、給食教育に余所よりも力を入れていたので(余所に転校して判った)食べ残しとかには大変に敏感で、僕以外にも昼休みに教室に残された子は何人もいた。そんな給食モデル校、力の入り過ぎでたまにとんでもないメニューが登場した。その最たるものがキャベツ千切りのチョコレートソース和えであった。これならキャベツ嫌いの子供でも食べると思ったのだろうか。これは僕どころかクラス全員沈鬱な面持ちでチョコまみれのキャベツを見つめるしかなかった。チャレンジした級友も「まずい」と一言発して二度と手を付けなかった。いつもなら「ちゃんと食べなさい」と云う担任教師もお手上げ状態で「今日は残して良いですよ」と敗北宣言をしたのである。ざまあみろってんだ。いつもこんな気持ちでいるんだぞと、言葉にはしなかったが強く心が動いたのをつい先日のことのように思い出す。脱線が過ぎた。鯖チョコに話を戻す。それにしても給食を作っていた人達はあのチョコキャベツを味見したのだろうか。今でも不思議に思う。 鯖チョコ缶そんなわけでチョコレート味にはちょっと不安があるのだ。この鯖チョコ缶、岩手県は釜石市の岩手缶詰株式会社の製品。売り文句は「意外な組み合わせですが、相性の良さにおどろきます」とある。どうなのだろう。気になって気になって仕方がなくて購入したけれど、なかなか食べる勇気が湧かなかった。そして自分の気持ちと鯖チョコがクロスした日が遂にやって来たのだった。レッツオープン。 鯖チョコ缶オープン開けてもそれ程はビックリしない。醤油煮とかでもこうした色にはなろうかと思う。原材料は国産のサバに、清酒、みりん、しょうゆ、チョコレート、砂糖、バター、食塩などとある。このラインナップにもビックリはしない。それでもいきなりご飯の上に載せるのは無謀かと思い、お皿に出してみることにした。 鯖チョコ何となくではあるが、パンを買って来て添えてみた。何かこう、色味的に何かが足りないような気もするが、これはお皿が白くて素っ気ないのでその辺りも要因かと思う。アヒージョを入れるような皿が良いかとも思ったが持っていなかったので仕方がない。サバにチョコ。サバにチョコ。どうにも違和感を拭えずにいる。でも開けたんだから食べませんとね。 鯖チョコ何事も経験。百聞は一見に如かず。内田百閒先生がこれを眼前にしたら何と云うだろうか。「いらないからいらない」と仰るか。池田満寿夫先生だったらど「これが意外といけるのである」と仰るか。イタダキマス。 鯖チョコを食らうおおっ。最初の一口ではまだ判断が出来ない。サバの味、チョコの味、合っているのか合っていないのか。暫くすると接点が判り、融合点が判り、総合判断に至る。摩訶不思議ではあるが、変な感じはしない。甘くない。そう、予想していたよりもずっと甘くないのだ。チョコと聞いて甘いイメージがどうしても拭えずにいたが、これなら味噌煮の甘いヤツよりもずっと甘くない。その甘さが塩と上手く両立しているのは、原材料にあった日本酒やみりんやしょうゆの効果であろうか。不思議にウマイ。ちょっと時間がかかったがウマウマウーである。 鯖チョコを食らうウマウマウー。パンと一緒に食べると「これは〇〇国の〇〇〇と云う魚料理で、〇〇国では庶民の味なんです」と云われて「ああそうですか、美味しいですね」と思わず応えてしまう感じである。正体不明摩訶不思議なものを不明不思議ながらに受け入れて楽しんでいる自分が今ここにいる。子供の頃はチャレンジ精神など皆無で、新しいものを取り入れるなんてリスクは全て避けた。自分が隅々まで知っている自分の小さな世界の中だけで充分満足して生きていた。ガチガチの保守派。それがどうだ。今では好き嫌いなく何でも食べるどころか、未知の味を求めてネットで情報を収集しては東奔西走している。先出の学校給食のキャベツ千切りのチョコレート和えであれば、とりあえず食べてみてからウマイとかマズイとか云うヤツの方に今の僕はなっているではないか。正反対。ポジとネガ。その変わりように自分が一番ビックリしている。まあ今の方が楽で良いけどね。 鯖チョコを食らうウマウマウー。面白いことに気が付いた。サバの身よりも、それ以外の液状部分の方がサバの風味が断然強い。身の方はあっさりとしている。液状部分の方が対立が激しい。サバの味と云うのは強いのだな。チョコに負けないのだなと感じた。そしてパンとの相性であるが、ここにも疑問符が出た。パンと合うのか。どうなのか。その点に於いては比較対象すべきものがあるではないか。やはり比較せねばなるまい。 鯖チョコとご飯を食らうご飯ですよ。やはり鯖チョコを載せて一緒に食べてみなくてはなりません。どうでありましょうか。 鯖チョコとご飯を食らうウマウマウー。これは僕の独断的意見だけれども、鯖チョコにはご飯の方が合うと思う。ご飯と食べた方がサバの風味が落ち着くと感じたのだ。しかしやはり摩訶不思議で正体不明である。ゆっくり味わいながら何か他の料理との類似点を探すのだが、思い当たるものがない。何かをプラスして(食材でも味付けでも)試してみたいと思ったけれど、一缶しかなかった。残念である(ホッとした気もしないでもないが)。いつかまた手に入ったら何か策を講じてみたい。そんなわけで今回は鯖チョコのお話でした。さば缶にはこれからもお世話になる予定であります。どうぞよろしく。

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味わい鯖水煮缶

さばの缶詰の世界にゆるゆるとハマっております。カレーや味噌煮や辛いのなど味付けのものを中心に食べていたが、先日送ってもらった八戸のさば缶水煮がとんでもなくウマかったのでその感動を書き記してみる。 八戸漁港味わい鯖水煮缶八戸漁港味わい鯖水煮缶である。八戸の友人が送ってくれたのだが、大変な人気商品で現在品薄であるとのこと。貴重な一缶である。青森県八戸市の株式会社味の加久の屋の製品。味噌煮缶は大変に美味しかった。水煮缶も期待大である。 八戸漁港味わい鯖水煮缶パッケージデザインがとてもスバラシイ。中身も洗練された塩味のみで、丁寧に手詰めしているとのことである。 八戸漁港味わい鯖水煮缶きっちりと詰められている。丁寧と云うのはまさにこう云うことなのであろう。並々ならぬ自信も感じられる。心して戴こう。 ご飯と八戸漁港味わい鯖水煮缶やはりご飯と一緒に食べてみたい。炊きたてのご飯を用意した。小野瀬さんはご飯と麺とどちらが好きなんですかと良く訊かれる。それはどちらも好きで比べようがない。でも人生最後の食事はやはりご飯を食べたい、と云うとご飯の方が好きなんですねと決めつけられる。優劣や勝ち負けの問題ではないのだよ。ご飯と麺を同じ土俵に載せるのは違うと思う。でもそうやって白黒はっきり付けずにいると優柔不断な人だと思われる。いやはや。 ご飯と八戸漁港味わい鯖水煮缶オントップオブライス。あまり綺麗に載せられなかった。ご容赦願いたい。 ご飯と八戸漁港味わい鯖水煮缶こうやって寄りの写真にするとなかなかウマそうに見える。イタダキマス。 八戸漁港味わい鯖水煮缶を食らうウマウマウー。ああこれはウマイ。とても綺麗な味がする。さばとはこんなにウマイのか。認識を新たにした。香りも、味も、広がる旨味も、後味も、みんな綺麗である。脂が載っている。艶やかな脂。自分の心の奥底にふっと入って来るような優しさと素早さ。味わい鯖、一口二口でもうすっかりトリコになった。 八戸漁港味わい鯖水煮缶をご飯と共に食らうウマウマウー。これはたまらん。ご飯の風味と共に食べるとターボがかかってシアワセ街道まっしぐらである。どこまでも行こう。思えば遠くに来たもんだ。旅の宿。夢中さ君に。君は1000%。支離滅裂さにもターボがかかった。すみません。ウマイねーこれ。悪魔メフィストが悪魔くんにチョコレートをもらって食べた時の感動はこれくらいであっただろうか。またわけの判らない例えで申し訳ない。こうやって僕が脱線している時はシアワセな時だ。そして更にシアワセを重ねたいと思う。 八戸漁港味わい鯖水煮缶にお醤油を垂らして食らうウマウマウー。味わい鯖にちょっとだけお醤油を垂らしたのだ。折角の絶妙な塩味にちょっとだけ申し訳ないと思うが、とても感動的な味わいになった。人生で最後の食事リストに入れる。入れねばならない。初登場上位ランクインである。脂の豊かさと醤油の気持ち良さが見事に調和する。拍手喝采である(心の中で)。 八戸漁港味わい鯖水煮缶にお醤油を垂らしてご飯と共に食らうウマウマ王。たまらん。とろける。チョーウマイ。味わい鯖とご飯。味わい鯖とご飯。悶絶する。八戸の味わい鯖と茨城の醤油が偶然マッチしたのもあるだろうが、もうこれは王者の味わいであろう。優勝である。改めて八戸の友人に感謝である。本当にありがとう。この味わいに出逢えたことが有り難い。さば缶に醤油をかけてご飯と食べる、なんて書くと何だか侘しいように思えるかも知れないが、世に幾多あるウマイモノの中でこれは最上級で最も贅沢であると思う。世界の真ん中でウマウマウーと叫ぶ。さば缶の世界、まだまだ周遊するつもりだ。次回は、あのさば缶のことを書く。どうぞお楽しみに。

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さばみそ煮缶2

色々なものにハマっているが長くゆっくりハマっているのがさばの缶詰。さばカレーからさばみそ煮、そしてさばハリッサさばキムチと食べてみた。そして今回はさば味噌煮缶の第2回特集。インパクトがしっかり残っているうちに印象を書いておこうと思う。 千葉産直サービスとろさばみそ煮缶先日木更津に行った際に入手した千葉産直サービスとろさばみそ煮缶。さばは銚子港水揚げ、味噌は国産はだか麦使用の麦合わせ味噌、砂糖は喜界島粗糖となかなか魅力的なワードが並ぶ。前回鎌倉とか神奈川とかの文字に信頼感があると書いたが、銚子も僕にとってなかなか信頼出来る要素である。関係ないが銚子電鉄ぬれ煎餅と云うのが大好きである。それだけでも銚子と云う文字に多大な信頼を置いてしまう。そして果たしてさば缶はどうであろうか。 千葉産直サービスとろさばみそ煮缶さばがぎっしり詰まっている。今回もご飯の上に載せて丼にする次第だ。 とろさばみそ煮丼とろさばみそ煮丼の完成である。さばには味噌の色がしっかり付いているが皮は綺麗な銀色を保っている。このところこうしてさば缶を多く食べていたらあまり肉を食べていないのに気が付いた。最近の自分には魚が合っているのかとも思う。体調も良い。そのうちまた肉ブームもやって来るだろうが、今はさばを楽しもう。 とろさばみそ煮丼を食らうウマウマウー。ウマイのだけど、気になる点を先に書いちゃう。ヒレ。ヒレの尖ったのが痛く感じます。骨は固めだけどこちらはまだ良い。封入されたさばの個体差もあるのだろうけれど、ヒレは気になった。ヒレは取り除いてから食べた方が良いかも知れない。ご報告まで。 とろさばみそ煮丼を食らうウマウマウー。味噌の味は少し甘めだがこのさばにはとても合っていると思う。さば自体も脂がのっていてとてもウマイ。ご飯との相性は云わずもがな。ご飯と一緒に食べることでさばの旨味の優しさや広がりがより一層良く判る気がする。とろさば、素晴らしい。そしてご飯に煮汁を少しかけるとまた格別である。かけ過ぎに注意。 キョクヨーさばみそ煮缶続いてはスーパーで見つけたキョクヨーさばみそ煮缶。ネットのさばみそ煮缶ランキングの上位にランクされていたので気になっていた。DHAやEPAがたっぷり含まれているとのこと。DHAはドコサヘキサエン酸のことで、ω-3系α-リノレン酸から作られる脂肪酸、と云われても何のこっちゃ。人間の体内で合成出来ないので、食品から摂取するしかない。認知機能の改善効果とか血中の中性脂肪を低下させるとか、だそうだ。僕にもってこいではないか。最近ビックリするような物忘れをすることがある。昔から物忘れはするが最近特に酷い。自分でビックリする。危ないのは家から出掛ける時。持って行かないといけない物の半分も持って出ないことがある。財布、iPhone、更にはギターまで忘れる。何度も何度も3度も4度も家に戻ってその都度持ち物を確認するのだが、やっぱり何か忘れていて取りに戻ることになる。そうするともう一日の体力の半分くらいを使ってしまって台無しになる。さばに頼ろう。お願いします。長くなったのでEPAのことはまた別に書く。 キョクヨーさばみそ煮缶こちらは煮汁たっぷりである。この煮汁にDHAやEPAも含まれているのであろうか。それならいつか煮汁の活用法も考えないといけない。今はまず身を味わおうと思う。 キョクヨーさばみそ煮丼キョクヨーさばみそ煮丼の出来上がり。さばにしっかり味が沁み込んでいるように見える。戴いてみよう。 キョクヨーさばみそ煮丼を食らうウマウマウー。身はしっかり締まって骨も柔らかくなっている。味は今まで食べてきた中で一番濃い。煮汁はかなり塩っぱく感じる。その感じがとても懐かしい感じに思える。はっきりした記憶ではないけれど、かなり以前に食べた感じだと僕の記憶機関が判断した。忘れ物ばかりで最近信頼性に欠ける僕の記憶であるけれど、昔のことはとても良く覚えている。都合良く改竄されていることも多いが、短期記憶よりはずっとマシだ。話が脱線した。味が濃い、と云うところである。 キョクヨーさばみそ煮丼を食らうウマウマウー。味が濃いめなので少量でご飯が進む。この一缶を食べるのにご飯を2度ほど足した。お腹いっぱいである。そう云うことではないか。酒肴としてもかなり良い線を行くと思う。しっかりした味付けがランキング上位の理由であろうか。お値段もお手頃でなかなかだと思う。今度はお酒と合わせてみようと思う。 八戸漁港味わい鯖味噌煮缶続いては八戸の友人に送ってもらった八戸漁港味わい鯖味噌煮缶である。人気商品で現在品薄であるとのこと。青森県八戸市の株式会社味の加久の屋の製品。味噌は温泉熱で醸造した「津軽白味噌」を使用とのこと。パッケージデザインも秀逸である。和紙っぽい紙を使っているのも、カラーリングも、なかなかだと思う。 八戸漁港味わい鯖味噌煮缶これはビックリ、大ぶりのさば切り身がどーんと2つ入っている。八戸港水揚げの良質な鯖を身が崩れないよう丁寧に手詰めしてあるとのこと。とても丁寧である。ならば僕も丁寧に扱おう。丁寧に取り出してご飯に載せることにする。 味わい鯖味噌煮丼味わい鯖味噌煮丼となった。何だか壮観である。壮観なので一杯写真を撮った。 味わい鯖味噌煮丼壮観である。丁寧にイタダキマス。 味わい鯖味噌煮丼を食らうウマウマウー。最初は「おや?」と思う。すぐにこれが別格のさばであると理解する。まずはさば自体がヒジョーにウマイ。「おや?」と思ったのは缶詰っぽさがなかったからである。缶詰であることで割引くことが少ない。さばの新鮮さがしっかり保たれている印象。これはスゴイ。とてもウマイ。 味わい鯖味噌煮丼を食らうウマウマウー。ご飯と一緒に食べるとまた格別である。ご飯が幸せそうにしている。食べると多幸感に包まれる。これが口福と云うことか。たまらなくウマイじゃあないか。八戸漁港やるじゃん。いや、お見事です。 味わい鯖味噌煮丼を食らうウマウマウー。味噌の味はしっかりしている。でもさばの旨さを全く邪魔しない味付けだ。味噌の味からさば自体の味までのゾーンがとても広くて余裕がある。余計な味がしない。シンプルだけど単純ではない。気取っていないけれど品格が高い。そう云うものに出逢うことは人生にそうそうあるものではない。食べながらありがとうと口に出してしまった。お行儀が悪いけれど許されたし。ありがとう。 味わい鯖味噌煮丼を食らうウマウマウー。さばがフレッシュに思えるのに骨などはしっかり煮られている。ヒレも気にならない。安心して食べられる。堪能しました。さば缶周遊記(そんな名前ではないが)は今後もまだ続きます。さば缶の世界は本当に奥深い。クレイジーケンバンドのニュウアルバム『世界』もよろしくどうぞ。

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さばハリッサ、さばキムチ

僕のブログの方ではチャーハン祭りのようになっているけれど、本当の本当にハマっているのはさばの缶詰だ。色々買ってきて食べてみて、美味しいのでまた色々買って、と云う典型的なハマり方をしている。最初はさばカレー、そしてさば味噌煮。続いては意味不明の名前から予期せぬ美味に出会ったと云うパターンのものをご紹介する。 さばハリッサ缶さばハリッサである。ハリッサが全く判らなかった。それでもまずは買ってみた。それからハリッサのことを調べてみると、唐辛子を元に作られるペースト状で辛口の調味料であるとのこと。マグリブ地域圏、特にチュニジアで多く用いられるとのこと。チュニジアは判るが、マグリブがまたあまり馴染みのない言葉である。マグリブとは北アフリカ北西部に位置するアラブ諸国を指すとのこと。そこからまたマシュリクとかベルベル人とかどんどん見知らぬ言葉が押し寄せてくる。ちょっと待て。ハリッサに戻る。 さばハリッサ缶ここにはハリッサのことを、地中海生まれの香辛料とざっくりと記されている。赤くて辛い刺激的な、と追加説明もあるのでこれで十分であろう。地中海と云えばエーゲ海、エーゲ海と云えば池田満寿夫先生である。男の手料理の再現続編もやらねば。ああ、やることがいっぱいである。 さばハリッサ缶ふと気が付いたのだが、STONE ROLLSとは石巻のことであるか。何ともオシャレなように見えてダジャレおじさん的脱力感もある。前置きが長くなった。開けてみよう。 さばハリッサ缶オープン赤い。ちょっとビックリする程に赤い。これはもしかしたら物凄く辛いのではないか。そんな不安も感じた。年齢のせいか最近辛いものに弱いのである。無理して辛いものを食べると体調の速やかな降下に繋がるようになった。辛かったらちょっと控えようと考えた。 さばハリッサライスさばハリッサにライスを添えて、さばハリッサライスである。なかなかのルックスだ。それにしても赤さが尋常ではない。ハリッサなかなかやるな。 さばハリッサライスとにかく食べてみよう。イタダキマス。 さばハリッサライスを食らうウマウマウー。これはウマイ。思ったほど辛くはない。感覚的には中辛くらいである。何の中辛かと云えばニュータンタンメン本舗のタンタンメン中辛くらいと云えば判ってもらえるだろうか。思ったほどに辛くはないのだ。辛さはさばの旨味のサポートを担っている。そのバランスが素晴らしい。塩味もとても良い案配。辛さは後で喉の方に来る。中辛じゃないな。大辛か。後からしっかりちゃんと辛い。それにしても予期せぬ名コンビに出会った感じがする。さばハリッサ。さば。ハリッサ。この組み合わせは地中海にあるのだろうか。それとも石巻で出会ったのだろうか。とにかく素晴らしい相性である。 さばハリッサライスを食らうウマウマウー。ご飯ともピッタリと合う。ご飯がピラフのようなものでも良いし、長粒種の米を使っても良いのではないかと思う。それこそクスクスでも合うだろう。さばハリッサはきっと色々なものにマッチすると思う。パスタでも良いかと思う。ロングでもショートでも。それも今度やってみよう。 さばハリッサライスを食らうウマウマウー。さば自体もとても脂が載っていてウマイ。食べ出すと止まらなくなる。実はもう4缶ほど食べた。絶妙な辛さ。旨味たっぷり。クセになる味わいである。 さばハリッサライスを食らうウマウマウー。血合いのところも骨もみんな美味しい。たまらん。 さばハリッサライスを食らうウマウマウー。こうして煮汁部分だけご飯にと一緒に食べてもウマイ。大絶賛である。さばハリッサ缶ブラボー。 ばかうけハリッサ味脱線するがばかうけハリッサ味なんてものコンビニで見つけた。ハリッサ流行っているのか。僕が知らなかっただけか。だとしたら不勉強で申し訳ない。テレビをあまり見ないので流行とか人気とか話題の製品とかに疎い。音楽だけは何とか付いていこうと思うが、他はもうお手上げ状態である。情報過多。飽和。僕の記憶領域も縮小していると思う。 ハリッサ各種そしてハリッサを取り揃えてしまう。これがどんな方向に伸びていくのか自分でも判らないが、何か作ったらまたお知らせする。買うだけ買って満足して活用しない可能性も多々ある。その場合は申し訳ない。でもちょっとやってみたいことはある。さっさとやらないと忘れてしまうので近々。 さばキムチ缶続いてはさばキムチ缶である。正式にはさばのキムチ煮缶であろうか。 さばキムチ缶表記的に『さば』「の」『キムチ』「煮」、と「の」「煮」が小さく表記されている。これは「の」「煮」は省略してもらっても良い、「さばキムチ」として認識してほしいとの意思表示でありましょうか。そんなことはどうでもいいですか。「ご飯がススム」と云うのが黒バックに白文字でちょっと儀礼的と云うか形式的と云うか熱量をあまり感じられないのも狙いの一つなのであろうか。そんな本当にどうでもいいところに引っかかって僕の人生は過ぎてゆくのである。まあいいか。 さばキムチ缶オープンこれも赤いが、缶も半分赤いし、キムチと云う文字がこの赤色へのスムースな橋渡しをしてくれているので驚かない。 さばキムチ丼これはこうしてご飯に載せて丼としてみよう。こうするとさばにキムチの赤色がそんなに沁みていないのが判る。 さばキムチ丼辛さはどんなであろうか。イタダキマス。 さばキムチ丼を食らうウマウマウー。これもウマイ。とてもウマイと思う。さば自体が美味しい。旨味たっぷりである。肝心のキムチであるが、それ程キムチっぽく感じない。程好い辛さと旨味はあるが酸味がないからか。僕にとってのキムチは白菜であったり大根であったりキュウリであったりのキムチである。僕の見識が狭いだけだと思うが、そこはちょっと拍子抜けした。 さばキムチ丼を食らうウマウマウー。ご飯がススムと云うことでは満点である。本当に進む。ご飯のお供にピッタリである。きっとお酒のお供にも良いに違いない。辛さも程々なので刺激に弱い人にも受け入れてもらえると思う。大変にフレンドリーな味わいである。とてもウマイ。 さばキムチ丼を食らうウマウマウー。さば缶の世界はなかなかに広く充実している。まだもう少しさば缶の世界を行ったり来たりしようと思う。7月はライブ活動も目白押し。さば缶パワーで乗り切るつもりである。がんばります。

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専断偏頗書店

僕の読んだ本、好きな本、思い入れのある本について書きます。漫画もあるでよ。

漬物の焼飯

僕の若い頃からの愛読書のうちの一冊、池田満寿夫著『男の手料理』(1989年初版、サンケイ新聞連載時期は1985年から1986年)に登場する料理を実際に作ってみようシリーズの第5回。また半年近く間が空いてしまった。今回は漬物の焼飯を作ってみることにする。 漬物の焼飯は昨年のもっと早い時期に記事を書こうと思っていた。それがこんなにずれ込んだのは、とにかく自分の納得の行く漬物の焼飯が出来なかったからである。それに尽きる。何度も何度も作って食べてみては、どれも一長一短で決定打が出ない。その逡巡具合も含めて読んで戴ければと思う。 漬物の焼飯№1まずは漬物の焼飯№1。池田満寿夫先生の文章にあった通り、3種類の漬物を用意して焼飯にしてみた。僕が選んだのはしば漬け、たくあん、青しその実漬けの3種類。彩り優先。先生のセレクションは、高菜、野沢菜漬け、シソの実漬けであった。更に先生は焼飯に一番適しているのはしば漬けと書いておられるのだが、その3種類のなかにそれが入っていないのもどうかと思って、僕なりのセレクションで作ってみた。追加の味付けはせずに、ご飯と漬物の味だけで作るのは池田満寿夫先生の手法を踏襲。ウマウマウー。なかなかウマイのであるが、しば漬けとたくあんは一緒くたにするとお互いの主張が噛み合わない感じがする。青しその実漬けは我が道を行く味で、とりまとめもしないし孤立もしない、不思議なポジションにとどまる。結果的に散漫な印象の焼飯となってしまった。漬物とご飯の世界が遊離している。これは改良の余地があると思い、試作を続けることになったのであった。 漬物の焼飯№2そして漬物の焼飯№2には岩下の新生姜と野沢菜漬けをセレクト。どうも3種類と云うのは要素が多くて散漫になるような気がしたからである(池田満寿夫先生ごめんなさい)。細かく切って、ご飯と一緒に炒めて出来上がり。簡単に出来る。そしてウマウマウー。これはなかなかウマかったのだ。でもこれは池田満寿夫先生の云うところの「漬物とご飯の関係のわびしさ」に欠けるのだ。岩下の新生姜の味わいが華やかでわびしくない。野沢菜漬けだけを使えばそれが叶うのかも知れないが、それだと野沢菜の焼飯になってしまう。もう少し考えてみることにした。 漬物の焼飯№3ふと自分にとって馴染みのある漬物は何だと思ってスーパーマーケットの漬物売り場を物色していたら東海漬物のきゅうりのキューちゃんを見つけた。これを使ってみたのが漬物の焼飯№3。ウマウマウー。ウマイのであるがこれはわざわざ焼飯にすることもない。白飯とキューちゃんで良かろう。その昔は冷飯と云うものに馴染みがあった。今のように保温ジャーが当たり前の時代ではなかったのだ。保温ジャーはあったけれど、すぐにご飯が黄ばんでしまって(それはお米の質の問題もあっただろうが)冷飯で保存しておいた方がご飯が美味しく保てるのでそうしていたとも考えられる。冷飯にキューちゃんでお茶漬けなんてのを昔良く食べていた覚えがある。焼飯にするとちょっと油脂の分だけトゥーマッチか。きゅうりのキューちゃんはお茶漬けがよろしい。次行ってみよう。 漬物の焼飯№4福神漬けも漬物の一種ではあるので、いつも添え物の福神漬けをもう少しクローズアップするために、ここは漬物の焼飯の手法でどうだろうかと考えて作ったのが漬物の焼飯№4。どんどん脱線しているようだが気にせず進む。ただ福神漬けの味だけで焼飯と云うのもどうだろうかと悩んでいたら、ちょうどジャワカレー味付けカレーパウダー中辛なんて便利そうなものもあったのでカレー味にしてみることにした。福神漬けとご飯を炒めてカレーパウダーで味付けして出来上がり。ウマウマウー。まあまあだ。これこそがまあまあと云う表現がピッタリの出来栄えである。気になった方は作ってみてほしい。本当にまあまあなものが出来上がる。やはり福神漬けは添え物のポジションにいてこそその実力を発揮するのだと実感した。適材適所。 漬物の焼飯№5池田満寿夫先生のイチオシのしば漬けオンリーで作ってみたのが漬物の焼飯№5。京都土産のしば漬けを使って、彩りも鮮やかな出来栄えとなった。ウマウマウー。かなり酸っぱい。炒めることが要因なのか、元々が酸っぱかったのか、その酸っぱさがかなりクローズアップされた印象。塩味や旨味を加えていないので、どうにも素っ気ない感じが否めない。これまでに作ったものでも味の素をちょっと加えればピタッとまとまったとは思うのだが、そこは「調味料はなくてもいい」と云う先生の言葉を守って行きたいと思う。ただやはりしば漬けもお茶漬けがお勧めである。 漬物の焼飯№6キムチは漬物である。キムチを使って漬物の焼飯№6を作った。ウマウマウー。先生これはウマイですよ。これで決まりですよ。でもよく考えたらこれはキムチチャーハンである。かなり脱線した。本筋に戻ろう。 漬物の焼飯№7ここでふと気が付いたのだが、池田満寿夫先生が作られた高菜、野沢菜漬け、シソの実漬けの焼飯を作っていないではないか。これを作らずして再現も何もなかろう。これに気が付くのにかなりの時間を要してしまった。色々と自分勝手にアレンジして遠回りするのは僕の厄介な性分である。まあいいか。とにかく漬物3種を揃えた。 漬物の焼飯№7ちょっと面倒だが高菜と野沢菜を刻んだ。ずぼらな僕はどうも包丁が苦手である。一応ギタリストであるので包丁で指を痛めるなんてことは避けたいのでどうもおどおどしながら切ることになる。それがまた危ないのであるが。実際何度か痛めて後悔したことが何度もある。今後も気を付ける。 漬物の焼飯№7池田満寿夫先生の作ったのに忠実な漬物の焼飯№7の完成である。とてもグリーンな仕上がりとなった。 漬物の焼飯№7追加の味付けはナシ。漬物の味だけで勝負。イタダキマス。 漬物の焼飯№7ウマウマウー。ああ、これはウマイ。肝は高菜漬だ。高菜漬の風味が油と相性が良く、それで全体がぴったりと収まるのだ。そして高菜漬の塩味が絶対不可欠であった。味を足さなくて良いと云うのは高菜漬の功績である。ここに至るまでに高菜漬を使っていなかったのは痛恨の極みである。高菜漬ありがとう。 漬物の焼飯№7ウマウマウー。高菜漬の風味と塩味があれば、青しその実漬けも素っ気なく感じたりはしない。野沢菜も含めて全体がしっくり馴染む。高菜漬の包容力、そして調整力に感心すること頻り。ヒジョーにウマイ。漬物の焼飯ブラボーである。 漬物の焼飯№7ウマウマウー。一つだけカスタマイズしたことあった。炒め油にごま油を忍ばせたのであった。これもウマく全体がまとまった要因の一つであろう。ごま油はその存在を主張することもなく、見事に調整役に回ってくれた。漬物の焼飯、もっと色々と組み合わせを考えたが、それはまた時間のある時にゆっくりやろうと思う。男の手料理の再現もまたやるのでお楽しみに。 男の手料理

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「樹影」 水上勉著

クレイジーケンバンドのニュウアルバム『樹影』が2022年8月3日発売されたのをきっかけに「樹影」とタイトルについた本を読むシリーズの第2弾。 「樹影」 佐多稲子著を読んだ感想のnoteはこちら。 このきっかけがなかったら手にすることは絶対になかったであろう「樹影」。縁は異なもの味なものとはまさにこれかと痛切に感じている。 「樹影」 水上勉著「樹影」 水上勉著 太平洋戦争終戦間際の昭和20年4月、大分県別府市の孤児施設「扇山愛育園」を突然訪れた貝田雪子は、寮長の櫟山(くぬぎやま)すえに懇願の末に自分の幼い息子英男を預けて、すえとの約束を反故にして行方知れずとなる。英男の父親は東京で雪子が女中として働いていた腰本家の次男、英之。徴兵され航空隊で整備兵をしていたがあちこちの基地に移動していたため、雪子と連絡が取れなくなったのだった。終戦後東京に戻った英之は雪子の行方を捜すが、再会することは出来なかった。 終戦から20年が経ち、英之は布施家に婿入りして、東京の私立短大布施学園の理事長となっている。その布施家を何の連絡もなしに英男が訪問する。英之は外出しており、妻の志賀子が対応した。志賀子は英之に冗談めかして「あなたの子供みたいだった」と告げる。英之と志賀子の間に子供はいない。それから暫くして雪子と英男は浦和にいることが判明し、英之と雪子は再会を果たす。この時英之は英男と顔を合わせなかった。 雪子は前夫との関係が切れずにおり、それを知った英男は愛想を尽かし別府に戻る。英男は事ある毎に自分の考えを手紙に書き、英之に送り続けた。英男は障害者施設の訓練士になる道を歩むと告げていた。 様々な思惑や策略が渦巻く学園運営の中で英之は疲労困憊していた。英之は問題を起こした生徒の姉である金沢光子と知り合い、その存在に心惹かれて行く。その最中に志賀子の肺癌が発覚。病院のベッドで志賀子は英之に相談もせずに布施家存続のために養子縁組をしたことを告げる。英之の心は次第に追い詰められてゆく。そして志賀子は病院でとある日の夜明けに息を引き取る。 英男は別府での生活の中、櫟山すえや仲間との対話を通じて自分の境遇を受け入れ、自分の信じた確固たる道を歩んでいた。妻の死後、英之は別府を訪れ、英男や育ての母であるすえと初めて対面。英之は英男が立派な人間として成長していることに感銘を受ける。二日過ごした後に英之は東京に戻る。戻ってすぐに英之はふらふらと侵入した工事現場で事故死する。 ここからは僕の感想。明と暗のコントラスト。明は別府。理想郷のように描かれるが、冒頭で雪子が訪れる時は霧の深い寒い夜で、傷病兵による狂ったラッパの音色が響いている。この情景が僕にとっては一番暗く、不安と恐れに満ちているように感じる。戦争の影の重苦しさ。僕はこうして本などからしか知りようがないが、全てを狂わせ台無しにして行く戦争の悲惨さ、愚かさを心から憎む。昭和も遠くなり、21世紀も20年を過ぎて、それでもまだ世界は争い続け、憎み合い、差別や弾圧や虐殺に明け暮れている。人それぞれが立派な樹になって、その樹の下で護れるものを護り、また新しい樹が育つのを助けてはゆけないものか。英男やすえが語る言葉は綺麗事のように思えるが、綺麗事や理想こそがしっかり語られるべきで、最も大事なことだと思う。障害のある子供達やそれを手助けする人達の描写がとても明るい。天地の自然に従って助け合って生きている。このことをもっと多くの人達が学べないものかと考える。こちらの明の部分はこの物語全体の中ではサイドストーリーのように扱われているが、僕にとってはこちらこそが本筋に思える。 暗の方は、東京であったり浦和であったり、そちらの話。様々なことが起きて人が死んでゆく。でも死が暗いのはなく、生きていて迷い、流されて絆されることがとても暗い。絆(ほだ)される、と、絆(きづな)とは同じ漢字。絆は家畜を樹に繋いでおくための綱。決して連帯や信頼を意味する言葉ではない。だから僕は絆(きづな)と云う言葉を軽々しく使う昨今の風潮が大嫌い。でも絆されて生きている。自分のエゴや、好みや、嗜好や、思い付きなどに流されて、それに縛られている。自分で自分の意思を曲げたりもする。判っていて悪手を打つこともある。そこは闇で、暗い。とても暗い。 でもね、誰も憎めない。立派な樹は、その根が地面の下で大きな石を一つ抱えていると英男くんは云うけれど、立派な樹だけが樹なのではない。どんなに小さな樹も、曲がっちゃった樹も、みんな樹でさ、そりゃあみんな立派な樹になりたいとかなろうとか云う気持ちは大事だけどさ、石なんて抱えることも出来ずに、背を向け合って生きているしかない人達のことも、大目で見てあげて。お父さんはまた来るって約束を破って死んじゃったけど、大好きだったお父さんだったんだからこれからも好きでいてね。お母さんも自堕落な生活の中で大怪我をしちゃったけど、また会いに行ってあげて。物語の最後で子供達を連れて牧場に牛を見に行ったけど、みんな喜んだかな。これからもみんなを、たくさんの人達を喜ばせてあげてくださいね。僕もがんばります。 水上先生の著作は膨大な数があるが、今回初めて読んだ。この「樹影」は、水上先生の実在の息子さんが戦時中に母と共に行方不明になり生き別れて(1977年に再会)いることなどから、その息子さんへの贖罪のように書かれたのではないかとも云われている。そして大変に映像的な、ざっくり云えば昭和のテレビドラマ的な物語展開で、それも民放よりNHK(今のじゃなく昔の)を想起させた。小説、映画、テレビ、様々なジャンルがそれぞれに影響を与え合っていたのではないかと考える。これも御縁なので他の作品も読んでみようと思う。 お話の中に、英男が友達と一緒に愛育園に帰ってきて、すえ達と一緒にカレーライスを食べる場面がある。僕も無性にカレーライスが食べたくなった。 ハウスバーモントカレーせっかくなのでレトルトのカレーでなく、ハウスバーモントカレーを久しぶりに作ってみることにした。やはり甘口でしょう。甘口で作ることに意義があると思った。辛口ならジャワカレーを使う。 ハウスバーモントカレーカレールーを使ってカレーを作るのは久しぶりだ。ズルをしてジャガイモとニンジンとタマネギはもう煮えているパッケージのヤツを使った。調子に乗って包丁で指を怪我したら大変だ。どんなに気を付けていても怪我をする時はする。包丁を使わないのが一番の怪我回避方法。自分のずぼらさも尊重して一挙両得。 ハウスバーモントカレー甘口使用カレーライスご飯はちゃんと炊いた。それくらいはする。カレーと一緒によそってカレーライスの出来上がり。肉は豚肉薄切り。子供の頃からそれが当たり前なので問答無用。20回かい30回に1回はチキンカレーになる。ビーフカレーは外食のメニュー。厳然たる区別が存在している。 カレーライスを食らうウマウマウー。カレーを作っていたら「樹影」を読んで揺れた気持ちが穏やかになった。出来上がったカレーライスを食べたら更に気持ちがゆったりした。子供の頃から慣れ親しんだ味だ。甘口で正解。本を読んでいると、登場する誰かの気持ちの中に深く入ってしまってどうにも抜けられなくなることがある。それで心が重たくなった時はとにかく食べたいものを食べるのが一番効果がある。出来ればそれを自分で作って自分で食べることに勝るものはない。正確にはそうではないのかも知れないけれど、自分で自分を生かしている気になる。のめり込み過ぎないようにと思っていてものめり込んでしまう性分なので、今回はカレーライスに助けてもらった。サンキューカレーライス。 カレーライスを食らうウマウマウー。余談だがカレーは一晩おいた方が美味しくなると云う通説に異議申し立てをしたい。僕はカレーは出来たてが一番美味しいと思っている。ジャガイモとかタマネギがルーと馴れ合っておらず、まだそれぞれの主張をしている方が好きだ。そして冷えてしまったカレーは温めずにそのまま食べるのが好きだ。その時はご飯にかけない。カレーだけで食べる。それでイイじゃないか。文句があるか。何を喧嘩腰になっている。ケンカ反対。戦争反対。今回もまとまらなかった。まあいいか。 クレイジーケンバンド『樹影』クレイジーケンバンドの『樹影』オリコン週間アルバムランキング9位に入りました。ありがとうございます。引き続き『樹影』お楽しみ下さい。

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「樹影」 佐多稲子著

クレイジーケンバンドのニュウアルバム『樹影』が2022年8月3日に発売となった。前にも書いたが、アルバムタイトルの『樹影』は、剣さんが若い頃に勤務していた本牧のガソリンスタンドの近くにあった喫茶店の店名だったとのこと。そして「樹影」と云うタイトルの本はあるかと考えて検索してみたら「樹影」「樹影」「樹影譚」「燃ゆる樹影」とヒットしたので4冊全て古書で入手した。順次読んでその感想を書いてみたい。「樹影」の御縁に感謝する。 「樹影」 佐多稲子著「樹影」 佐多稲子著 舞台は太平洋戦争敗戦後三年目の夏、長崎。戦後の荒廃がまだ残る長崎の街で、柳慶子は新たな喫茶店の開業を目指している。その店の内装を画家である麻田晋に依頼した。そこから十年に渡る二人の関係が始まる。 慶子は29才独身、華僑の娘である。開業した喫茶店の名は「茉莉花(まつりか)」。麻田には妻子があり、画家としては戦時中から東京で開催される展覧会に作品を出展し続け、入選を重ねている。二人とも原爆に被爆しており、後遺症の胸部疾患の治療のため病院通いをしているうちに麻田のアトリエで只ならぬ関係となった。周囲の人間から訝られたり咎められたりしながらも、その関係は長く深く続いた。 戦後の日本が立ち直りつつも混迷する中で、二人は愛し合い、意見を交わし、励まし合い、それでも身体は徐々に衰弱していった。出逢いから十年後に麻田は肝臓癌を発症し、慶子は病院で彼を看取る。麻田は「木立」と「樹骨」と云う遺作を残した。その画の色のない孤独と虚無に慶子は愕然とする。その後慶子は原水禁運動などに身を投じていたが七年後に突如くも膜下出血で生涯を閉じた。 ここからは僕の感想。特殊な状況下での特殊な関係性。重苦しい内容だが、登場人物が長崎の方言で話すのが、活き活きと、物悲しく、深刻で、真摯で、気持ち良く、軽妙に思えた。みんなとても普通で、特殊で、人それぞれだった。強い意志と、流される日常。僕はこの人達に会ったことがあるような気持ちになった。そしてそれぞれの人の中から別のそれぞれの人を見た。どの気持ちも、どの希望も、どの絶望も、はっきりと見えた気がする。 話の最後の方はもう僕が生まれていた時代だ。だから物語の後半は嗅いだ覚えのある匂いがした。それを昭和と雑に括って良いのか判らないけれど、そこから今の僕へと繋がっているものは確実にある。それを今、ちゃんと意識出来たことに感謝する。「樹影」の御縁だ。ありがたい。 話の内容と共に、文章の美しさと、表現の豊かさや意外性に、僕は心奪われた。読み始めて暫くした辺りから、文章のリズムに乗って一気に読み切ることが出来た。若い頃に自分の好きなタイプの文章に出会った時に感じた昂ぶりを思い出す。今またそれを感じられたことを大変に幸せに思う。 悲しいけど、辛いけど、どうにもならないけれど、気高き崇高な愛なんかじゃないけれど、無邪気に「どのくらい、愛してる?」「これくらい」なんて云い合えるなら、きっとそれでいいんだよ。 話のところどころに食べ物が出て来る。一番多く登場するのがチャーメンだ。慶子の喫茶店ではチャーメンは出しておらず、麻田にだけ作って食べさせる。羨ましい。僕としてはチャーメンがどうしても食べたくなった。 ラーメン隊 目黒三田店の長崎ちゃーめん東京都目黒区三田の住宅街の中に一軒だけぽつんとある『ラーメン隊 目黒三田店』の長崎ちゃーめん。チャーメンは揚げた細めの麺に具だくさんのあんかけをかけて戴く料理。焼きそばの果てしなき旅の新たなるジャンルの幕開けのようでもある。 ラーメン隊 目黒三田店の長崎ちゃーめんウマウマウー。まだブログには書いていない。そのうち書く。 追記:ブログ記事にしました。 小野瀬雅生『ラーメン隊目黒三田店で長崎ちゃーめん』先日noteに書きました「樹影 佐多稲子著」。その樹影を読んでいたらチャーメンがどうしても食べたくなりまして。色々検索してameblo.jp 元祖ニュータンタンメン本舗 上末吉店の長崎チャーメン神奈川県横浜市鶴見区上末吉の『元祖ニュータンタンメン本舗 上末吉店』の長崎チャーメン。ニュータンタンでタンタンメンをオーダーしないのはなかなかに勇気の要ることである。 元祖ニュータンタンメン本舗 上末吉店の長崎チャーメンウマウマウー。これもブログ未掲載。ニュータンタンには長崎チャーメンをメニューに載せている店が数店舗ある。川崎の本店にもあるようだ。川崎や鶴見のソウルフード店であるニュータンタンに長崎チャーメンが置いてあるのはどう云う理由なのだろう。知りたいようなそうでもないような曖昧な気持ちになる。 追記:ブログ記事にしました。 小野瀬雅生『横浜市鶴見区の元祖ニュータンタンメン本舗上末吉店で長崎チャーメン』先日noteに書きました「樹影 佐多稲子著」。その樹影を読んでいたらチャーメンがどうしても食べたくなりましての第2弾。ワタameblo.jp 元祖ニュータンタンメン本舗 上末吉店の長崎チャーメンあまり関東では見かけないかまぼこも具に入っていた。これは長崎っぽいのであろうか。そう云えば、ここ最近で長崎在住の方達と御縁があった。そして「樹影」からまた長崎のことを知る機会を得た。これは僕に長崎に行くようにと導かれているように思えてならない。「樹影」に出て来る地名、名所、風景、それをそれぞれ照合してみたい。新たなる課題、ミッションが僕の人生に忽然と現れた。近いうちに叶えてみることにする。大きく脱線してしまったけれど、まあこれでいいか。 クレイジーケンバンド『樹影』クレイジーケンバンドのニュウアルバム『樹影』。どうぞよろしくお願い致します。 追記 嫁菜めし、ってどんなんだろう。これも食べてみたい。

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大邱の夜、ソウルの夜

久しぶりに本のことについて書く。東京・下北沢でグラフィックノベルを中心に扱う新刊・古書店「BSEアーカイブ」を主宰する町山さんから本を送って戴いた。それが「大邱の夜、ソウルの夜」と云うグラフィックノベル。漫画とグラフィックノベル、コミックスとグラフィックノベルはどう違うのか。諸説あってあまりどれもピンと来なかったのだが、大人向けの内容のものをグラフィックノベルと云うのだとするのがまあ順当なところか。韓国の2人の女性のそれぞれの日常や葛藤を描いた内容。そう書くとふわっとした内容かと思われようが、シリアスでガチャガチャしていて、何もかもがどうしようもない。心の中にささくれが出来たような気がする。そんな気持ちになったことは今までにあまりない。 大邱の夜、ソウルの夜男性と女性と云うおおまかな線引きがあって、更に最近では性別は多岐に渡る数のものから選ぶことが出来て、どちらの性別でないことすら認められている。そうした先進的な考え方もあれば、まだ男性はこうで女性はこうあらねばならないと云う前時代的価値観も厳然としてある。この本に出て来る家父長制の空気感、家族であることの歪み、親子、兄弟姉妹、そして夫婦。職場にもある上下関係。厳然とある普通、当たり前、決まり。人の心を蝕み続ける慣習、諦め、同調圧力。多様性など以ての外。正義も正解も一つだけ。日本にもあったよね、これ。今もあるんだよね。懐かしいようでいて、この苦味は今でも日常の中にある。女性だからと云うことで何もかも押し付けられる。それは理不尽だよね。でも男性の自分がそれをミテミナイフリをしていることもあるんだよね。それも理不尽で卑怯だよね。でも僕はもう随分と生きて来たから、今の若い男性のように優しくふんわりとはもうなれないんだよね。だから古い考えと共に古い人間は絶滅するしかないんだよね。若い人達が古い慣習を受け入れずにそのまま放置してみんな枯らしてしまえば良いんだよね。「大邱の夜、ソウルの夜」を読んでそんな風に考えたのだけれど、それはそれで的外れなような気もするし困った。これは男が困る本だ。男と女の間にはと歌ったのは野坂昭如さんだが、僕はその川の河原で為す術もなく茫然と立ち尽くすのみだ。船が見当たらない。いっそのこと河童にでもなれたらなと思う。 大邱の夜、ソウルの夜 作者 ソン・アラム 翻訳 吉良佳奈江 発行 ころから https://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A7%E9%82%B1%E3%81%AE%E5%A4%9C%E3%80%81%E3%82%BD%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%81%AE%E5%A4%9C-KGB-001-%E3%82%BD%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%A0/dp/4907239599

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小野瀬義郎ショウ

2020年2月に亡くなった僕の父親、小野瀬義郎のことについて書きます。温和しいように見えてかなりファンキーだった父のことをじっくり振り返ります。

お父ちゃんと横浜米軍機墜落事件

1977年9月27日13時過ぎ、神奈川県の厚木基地を飛び発った米軍機がエンジン火災を起こし横浜市緑区(現在青葉区)に墜落した。搭乗員はパラシュートで脱出。墜落した機体によって民家20戸ほどが炎上・全半壊した。 この事故で一般市民9名が負傷したが、その中の3歳と1歳の男の子が翌日未明までに全身火傷のため死亡した。母親もその後皮膚移植などを重ねて回復に努めたが1982年に死去。子供たちの死は母親には事故から一年以上経ってから伝えられた。 僕はその時中学三年生だった。ギターの練習に没頭し、受験を控えていながらも音楽漬けの日々だった。邦楽も洋楽もおかまいなしに聴いて、自分のギターでその曲を弾けないかトライアンドエラーを繰り返していた。フリートウッド・マックの『噂』、イーグルスの『ホテル・カリフォルニア』、スティービー・ワンダーの『キー・オブ・ライフ』、ボストン、ハート、フォリナー、そして中学の仲間たちと一緒にバンドで練習していた吉田拓郎、ピンクレディーの「渚のシンドバッド」などの音楽の中に僕はいた。そんな僕の日常にこのニュースが入ってきた。当時住んでいたのは横浜市港北区。横浜米軍機墜落事件があった緑区は隣の区だった。 僕のお父ちゃんはこのニュースをテレビで観て一言「ひでぇな」と云った。普段あまり乱暴な言葉を使わないお父ちゃんが吐き捨てるように放ったその声をよく覚えている。自衛隊が住民の救助でなく、まずはパラシュートで脱出した米軍パイロットの救助に向かったことを知った時も、あまり聞いたことのないような声色で憤りを溢れさせていた。火傷を負った子供達が亡くなったとのニュースを観てお母ちゃんは泣いていた。そのくらいしか覚えてはいない。 僕はその事件があまりにも近くで起きたことに対してあまり現実感を感じていなかった。自分が金魚鉢の中の金魚で、金魚鉢越しにテレビニュースやお父ちゃんの憤りを眺めていたような気がする。あまりにも大きな音を聞いたために、頭の中がしーんと静まりかえってしまったような、そんな感覚。その奥の方で「ホテル・カリフォルニア」のイントロのギターが小さく響いていた。またはフリートウッド・マック「ドリームス」のボリューム奏法を使った空間がふわっと揺れるようなギターサウンド。 僕は事件から随分と経ってから、細かい経緯を知った。新聞でだったか、テレビニュースだったか、覚えていないけれど。 3歳の林裕一郎くんが痛みや喉の渇きを訴えながら、最後に「おばあちゃん、パパ ママ バイバイ」と云って深夜に亡くなったこと。 1歳の林康弘くんが「ぽっぽっぽ」と鳩ぽっぽを歌いながら明け方に亡くなったこと。 その事件を元にした絵本「パパママバイバイ」が僕の本棚にある。事件のあった1977年9月27日だけでなく、いつでも思い起こせるように。機会があったら是非読んで欲しい。僕がそう思う大切な一冊だ。 この背表紙には包帯で全身を覆われた子供の絵がある。これが本棚からいつでも僕の方を向いている。世の中は喜びも悲しみも両方あって両方で満ちている。喜びを割り引いてへりくだる必要はないけれど、常に沢山の悲しみがあることも忘れてはいけない。自分に関係ないと思うことでも、地球上に住んでいたら全員関係者だと考えれば、他人事など一つもないのだ。誰が悪い、誰に責任がある、ではなく、この事件を忘れないこと、ずっと覚えていることに意義がある。どんな悲惨な事件や出来事もキレイゴトにすり替えず、ずっと覚えていること。それを伝えていくこと。それしか出来ない。包帯の子の絵は「ぼくをわすれないでね」と云っている。僕にはそう思える。火傷は痛くて辛かっただろうけど、ずっと覚えているよ。大丈夫。裕一郎くんも康弘くんも。 そしてお母さんの和枝さんのことも忘れない。子供二人を失い、過酷な治療に耐え、国に事の経緯への抗議を続けた。しかし国は不誠実な対応に終始。そして和枝さんも1982年にこの世を去った。無念であったことと思う。 横浜の港の見える丘公園・フランス山地区に「愛の母子像」がある。目立つ場所ではないので、あまり多くの人に知られることもなく、ひっそりとある。事故から8年後に遺族の方から寄贈されたものだが、当初は米軍機墜落事故との関連性は表記されなかった。2006年に20年以上の歳月を経て事件との関連を表記する碑文がようやく設置された。こうした経緯を知るにつれ、日本と云う国がどこを見て何を大切にしているかと云うのが明らかになった。僕たちの生きているこの社会がハリボテのように思えた。多くの人が思い描くような幸福で充実した世界というのは存在しないのだろうか。当時よりも今は少しでも何かが改善されてきているのだろうか。何だか涙が出る。悔しくて。 秋の夜長にこの世の中をちょっとだけでも考えるきっかけになればと思い、書いてみた。今も昔もあまり風通しの良くないこの世のことを、あの世からお父ちゃんはどう見ているだろうか。今度お父ちゃんが夢に出て来たら訊いてみよう。

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お父ちゃんとピストル

僕が子供の頃はテレビを観ているとピストルがいっぱい出てきた。海外ドラマや映画のスパイ物や西部劇、日本の刑事物や探偵物、みんなピストルを持ってパンパン人を撃っていた。特撮でもアニメでも、ルパン三世も次元大介も、天才バカボンのおまわりさんも、みんなピストルをこれでもかと撃っていた。僕はあまり争いごとを好まなかった子供だったのだけれど、銀玉鉄砲を持って友達と遊ぶのにそれ程の違和感もなかったし、楽しかったんだと思う。 小学校6年生になってスーパーカーブームがやって来て、それにちょっと遅れて今度はモデルガンブームがやって来た。これは全国的ではなかったかも知れないけれど、同じクラスの男子がモデルガンのカタログを学校に持ってきたのを皆で見て、ワルサーだのブローニングだのマグナムだのと名前を覚えて欲しい欲しいと云い合っていた。実際に何らかのモデルガンを持っていた奴はヒーロー扱いだった。僕もモデルガンが欲しいと思った。 お父ちゃんにモデルガンを買って欲しいと訴えた時のことだ。どれが格好良いのか、どれのどこが好きなのか、事細かにプレゼンをして自分の気持ちを伝えた。その時のお父ちゃんの表情を何となく覚えている。笑っているような困ったような、そして悲しんでいるような。そしてこんなことを僕に云った。 「銃は嫌いなんだ。銃口を向けられた時の気持ち、あんまり良い気持ちじゃないぞ」 その時は何を云っているのか全く判らないし、響かなかったけれど、その言葉がぴたっと気持ちの表面に張り付いたようになった。暫くしたら僕はモデルガンへの興味をなくしてしまった。自分が銃口を向けられる。そんなことは考えたこともなかった。 お父ちゃんと一緒に家族で横浜は本牧にあった米軍住宅の中に入ったことがある。入口のゲートにいた兵士が持っていた銃は怖いと思った。でもそれはテレビのピストルやカタログに載っていたモデルガンとは繋がって思えなかった。お父ちゃんの一言でそれが全部繋がってしまった。お父ちゃんは別の時にはこんなことも云っていた。 「結局、人殺しの道具だからな」 お父ちゃんは戦争のことも、戦後の横浜のことも、あまり事細かに話さなかったけれど、話の端々に突然お父ちゃんの経験談が猛スピードで割り込んでくることがあった。それをいちいち全部は覚えていないけれど、お父ちゃんの友達が米兵に銃で撃たれて死んだこととか、悪い奴が銃の米軍から銃の横流しで大儲けしたとか、あいつはどうしたとか、こいつはどうなったとか、テレビの中の世界に負けず劣らずのおっかない出来事がお父ちゃんの口を突いて出てきて、僕は度々びっくりした。 僕が初めて海外に行ったのは、僕が27歳の時。1990年に剣さんと廣石さんが在籍したZAZOUと云うバンドに正式メンバーとして参加することになり、いきなりロンドン(アルバムのTDのため)に連れて行かれた時だ。当時の僕はまだ北海道にも九州にも行ったことがなかったのに、いきなりロンドンだった。僕たちの搭乗したヴァージン航空(今はもうない)の飛行機は成田を発って、途中モスクワに給油のために着陸した。 着陸しても乗客は機外に出ることは出来なかったので、席に着いたまま窓からモスクワ空港の写真を何気なく撮った。その時に飛行機の下にいた兵士が僕に向けてライフルの銃口を向けた。もちろん飛行機の窓を撃つことなどなく、ちょっとふざけて脅しただけだったのだろうが、僕はお父ちゃんの言葉を実際に体験することとなった。銃口を向けられたのは人生でその一度だけだけれど、お父ちゃん、本当だ、良い気持ちはしなかったよ。 アメリカにテッド・ニュージェント Ted Nugentと云うギタリストがいる。70年代に豪快なハードロックを披露し、一時代を築いたアーティストだ。ただ彼は全米ライフル協会の幹部であり、銃規制に頑なに反対の立場を取り、差別主義者で、問題発言もとても多い。銃乱射事件の起きた高校の生徒が銃規制運動を起こした時も、生徒を嘘つき呼ばわりするなど最低な発言を表明した。現在よくネットで見かける「今まで貴方のファンでしたが、嫌いになりました。ファンやめます」と云うのを僕は実行した。Cat Scratch Feverのイントロなんて魂が震えるほどサイコーなんだけどな。弾いていてこんなに高揚するギターリフも少ないのだけどな。もう本当に聴かないし、弾かない。心から残念に思う。 ふと思い出したが、クレイジーケンバンドで全国にツアーに出るようになったある時、地方でファンの方に「横浜って、あぶない刑事みたいに、みんな銃をパンパン撃ってるんですか」と訊かれたことがある。テレビの影響と云うのは怖ろしいと思った。僕は「最近はそうでもないかな」と応えたのだけれど、実際僕が中学生の頃は横浜のあちこちで発砲事件が頻発していたし、あながち的外れな返答でもなかったように思う。 横浜は平和に見えて、全然そうでなかったのを肌で感じながら僕は育った。テレビよりももっと陰湿で残酷であっけらかんとした世界。貧困と差別と偏見と無知蒙昧。それらはまだ形を変えてしっかりと生き残っている。もしかしたら日本全国、どの街もそうなのかも知れない。また思い当たることがあったら、別の観点から書いてみようと思う。 100円ショップで買ったおもちゃのピストル。よく見るとやっぱり良い気持ちはしないな。ギターの方がずっと良い。

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お父ちゃんのヤキメシ

何度も何度も繰り返し書いて、もうしつこいと思われましょうが繰り返し書きます。僕は子供の頃、物凄い偏食児童だった。食べられるものが殆どない状態。正確には自分が「これは食べられる」と判断し、信用したものしか食べなかった。食べず嫌い。前例のないものは申請不可。無条件で食べるものはご飯、海苔、醤油、調味料など。肉も魚も野菜もおかずは何もいらない。主食と多少の味付けだけで結構。今と比べると想像も出来ないくらいの一途で頑なな小食主義。そうは云っても何だかんだで他にも色々食べていたとは思うけれど、基本的に「要らない、食べない」と審議拒否。理屈も何もないので交渉にすらならずに食事タイムアップ。 今でもそうした気持ちはほんの少しだけ自分の中に残っていて、突然物判りの悪い偏屈な自分になってしまう。ふと我に返ると、自分が何に反対して何に抵抗しているのか見失っていることに唖然とする。気が付くと原野の真ん中に自分一人がぽつんと立っていて風に吹かれている感覚。これは世の中でもよくあることなのではないかと思う。 僕のお父ちゃん、小野瀬義郎は昭和4年(1929年)10月生まれ。今年(2020年)2月にあの世へ旅立った。お父ちゃんは太平洋戦争中や終戦直後の過酷な食糧難をどうにかしてくぐり抜けて生きて来た。食べるものが芋の葉や茎だけと云う時代もあったとのことで、その反動でお父ちゃんは野菜は全く受け付けない身体になってしまった。緑色をしたものは全てダメ。葉物野菜だけでなくキュウリやメロンも受け付けない。食べられない。 なので我が家の食卓に野菜が並ぶことは少なかった。特に僕が子供の頃は食卓に野菜は皆無状態だったので、必然的に僕も野菜を食べないこととなる。食べないと云うか野菜を知らない。同居していたおじいちゃん(母方)も僕のことを溺愛していたので、僕がイヤだと云えばそれが正義。何も強制されず、ワガママで傍若無人な子供に育った。好きなものだけ食べて好きなように暮らしていた。幼稚園までは。 それが小学校に入学すると、僕の主義主張は全く聞く耳を持たれなくなった。給食の時間には、見たことも聞いたこともないような料理を眼前に置かれ、これを食べろと強制される。今のように優しい時代ではないので、推奨ではなく強制。全量摂取が義務とされ、例外はほぼ認められなかった。 そんな中で僕が食べようと云う意欲が起きる食べ物は少なく、牛乳とパンだけはなんとか食べるけれど主菜に手を付けることはほぼなかった。食べられない給食の容器を机の上に置かれたまま、昼休みにも席を立つことを許されず、午後の授業中も冷めた給食が机の上にそのままあることが日常。5時限目、6時限目。長ければ下校時までずっと。どんなに勧められても怒られても無視されても嘲りを受けても、僕は拒否し続けた。 小学校中学年になると、もう何を拒否しているのか自分でも判らなくなっていたと思う。心は沈み、毎日が絶望的で、逃げることばかり考えていた。自分の主張を曲げるくらいなら死んでもいい、と云う強い気持ちではない。隙あらば逃げ出してやろう、重い病気に罹って入院出来ないかなとか、学校の校舎にデモ隊がやって来て放火し破壊してくれないかなとか、そんなことばかり考えていた。ウルトラセブンが敵基地のビルをどひゃーっと壊すシーンを思い浮かべて、あのビルが自分の小学校だったらどんなに嬉しいかと、校舎を見上げながらいつも思っていた。 その当時、僕のお父ちゃんはそんな僕の気持ちを知ってか知らずか、僕の気晴らしになるようなことを色々と考えてくれた。ドライブに連れて行ってくれたり、一緒に絵を描いたり。そしてとある日の一言。 「まー(雅生のまー、僕のこと)、ヤキメシ食べるか?」 お父ちゃんは自分に輪をかけたように偏食の酷い僕のことを慮って、具が何も入っていないヤキメシを作ってくれた。それを再現してみた。 本当に何も具がない。徹底的にない。 ご飯を油(サラダ油)で炒めて、醤油と味の素少々だけで味付け。これが僕にとってのヤキメシ。お父ちゃんのヤキメシ。 これに玉子やネギを入れてしまうと、チャーハンになってしまう。チャーハンはチャーハンで好きなのだけれど、これはヤキメシである。作ってみて食べてみたら、これが抜群に美味しかったのだ。過不足ない。僕の好きな味だ。自分でもこれが美味しかったと云う記憶に半信半疑だったが、僕がこれを子供の頃に食べて感動して、今の今までずっと覚えていたと云うのに納得した。食べ進めるとどんどんウマイ。どんどん好きになる。ウマウマウー。心の奥底で子供の頃の僕が、ほーらお父ちゃんのヤキメシはウマイでしょ、と笑った。作ってみて良かった。僕が今ここにこうして笑ったり怒ったり歌ったりギターを弾いたり曲を書いたりどこかへ出かけたり文章を書いたり誰かをスキになったりフラれたり泣いたり悲しんだり酒を飲んで電車で爆睡して見知らぬ駅で目を覚ましてパニックに陥ったりすることの根底がここにあった。共感なんて得られないとは思う。でも全てがこの味わいの中にあった。それだけぼんやり伝えられたら本望です。 学校給食が食べられなくても、僕にはお父ちゃんのヤキメシがある。それだけで気持ちが明るくなって、学校が少し怖くなくなった。お父ちゃんのヤキメシが僕に前を向いて歩こうとする力をくれたように、僕も誰かに力添えを出来る人間になりたい。ちょっとずつだろうけれど、やってみよう。 神戸三宮『天一軒』のヤキメシ。僕の外食でのヤキメシ(チャーハンではない)の最高峰。世界一ウマイ料理。これと僕が作った具も何もないお父ちゃんのヤキメシは確実に繋がっていた。どうしてそれを今まで検証しなかったのだろう。いつかこれも再現に挑戦してみよう。もしかしたら近くまでは行けるのかも知れない。行ってみよう。行けばわかるさ。

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お父ちゃんとおじいちゃんと横浜大空襲

東京の上空をブルーインパルスの編隊が飛んだ2020年5月29日の75年前、1945年5月29日に横浜大空襲があった。太平洋戦争末期、アメリカ軍のB29爆撃機による無差別攻撃。9時20分から約1時間に及んだ焼夷弾による攻撃で横浜市の3割以上の面積が焼失した。8千人から1万人の死者が出たと云う。 横浜大空襲の話はお父ちゃんからも聞いたけれど、子供の頃に同居していたおじいちゃん(母方)から色々と聞いた。太平洋戦争当時、おじいちゃんは国鉄の東神奈川駅で働いていたらしい。おじいちゃんによれば、東神奈川駅前のスペースには横浜大空襲の犠牲になった方々の亡骸が見渡す限りに累々と並んで、その上にトタン板がかぶせてあるだけだったと云う。駅舎に行くためにはそのトタン板の上をずっと歩いて行かねばならず、おじいちゃんは手を合わせながら歩いたと話していた。その時の足先から感じるやわらかいようなぐらぐらするような得も云われぬ感触をずっと忘れられないとも。おじいちゃんの話し口調が淡々としていたので余計に怖かったのをよく覚えている。 駅前に並べられた亡骸の中に、自分の家族がいるのではないかと、トタン板の下を覗き込んで行方不明の家族を探している方もいて、おじいちゃんはトタン板を持ち上げるなどして捜索を手伝ってあげたそうだ。そしてあれだけ並んでいた亡骸も、国からの命令を受けたであろう業者がある日突然やって来て、亡骸を片っ端からトラックに載せてどこかへ運んで行ったとのこと。後に残ったのは大量のトタン板だけ。その板の片付けもおじいちゃんがしたそうだ。おじいちゃんはその亡骸を運び去った連中にひどく憤慨して、色々と文句を並べたけれどそれはあまり良く覚えていない。 空襲はその時だけでなく、神奈川県内では川崎でも富岡でも鎌倉でも小田原でもあって、日常の中に空襲と云うものがスリープ状態で潜んでいるその当時の感覚をお父ちゃんも話してくれたことがある。いつB29爆撃機が飛んできて、焼夷弾を投下するか判らない。昨日までそこにあったものが、影も形もなくなってしまう驚きと悲しさ。食料の壊滅的な不足。言論への弾圧と同調圧力。日毎に募る無力感。もうそうした戦時中のことを実体験として話してくれる人がとても少なくなって来た。思い出さなければ忘れ去られてしまう。そう考えて今、僕が聞いたことを思い出して文章にしてみています。 横浜大空襲で、そして太平洋戦争で亡くなった全ての方のご冥福を、心からお祈り致します。 僕が生まれ育った家の裏に池があった。鯉やら金魚やらが大して世話もされずに大きく育っていっぱいいた。池の中に階段が続いているような変な作りだったので、子供心に普通の池ではないとは思っていたけれど、そこが池ではなくて家の下にまで通じている防空壕跡だったのを知ったのはずっと後のこと。家からちょっと歩いたところにあった空き地には、戦時中は米軍機迎撃のための高射砲が設置されていたそうだ。いつB29爆撃機がやって来て、どこそこに焼夷弾が落ちて、誰それが亡くなったとか、僕が子供の頃はおじいちゃんと母ちゃんがそうした話題を最近あったことのことのようにしていたけれど、太平洋戦争が終わってまだ20年ほど。20年なんてアッと云う間に過ぎる。 終戦から75年。遠い昔のように思えてそれ程でもないように思う。話は逸れてしまうが、カナダのバンドRUSHの『Permanent Waves』と云うアルバムの発売が1980年、今から40年前。このアルバムのサウンドは自分の中では全く古くさくなっておらず、初めて使うレコーディングスタジオでリファレンスとして必ずかけてもらって、音の聞こえ方のチェックにも使っている。特にドラム、シンバルと云った基本的な音は、このアルバム以上、または同等程度に自分の心に響くレコーディング作品は少ない。20年前なんてつい最近のこと。40年前だって自分の中に深く刻まれていることはいっぱいある。そこからまた35年遡るとまだ太平洋戦争だったのだ。大昔のことではない。自分が生まれていなかっただけで、長い歴史の中では極々最近のことであるのだ。 僕の叔父さん(母ちゃんの妹の旦那さん)は航空自衛隊のパイロットだった。パイロットを引退してからは教官として自衛隊で働いていた。僕が小学生の頃は、叔父さんの家に夏休み中ずっと預けられていた。転勤とかがあったので、浜松にも行き、小牧にも行き、そちらの盛夏を体験している。ふと思い出したので書いた。またこのことも思い出して色々書いてみようと思う。 お父ちゃんは以前にも書いたとおり、戦後は本牧の米軍住宅などに出入りをして仕事をしており、アメリカ人との交友が深かった。母親と結婚して母の実家を増築しておじいちゃんとも同居して、僕が生まれて、弟も生まれた。おじいちゃんはアメリカかぶれ(と云っていたことがある)のお父ちゃんをあまり快く思っておらず、かと云ってケンカをするでもなく、何となく微妙な雰囲気の中で暮らしていたと思う。 おじいちゃんがお父ちゃんに心を開くことはあまりなかったと思うが、ある日のことお父ちゃんが台所に立ってカキフライを揚げた時、それを食べたおじいちゃんはあまりの美味しさに「義郎さん、こんなにうまいものがあるのか、ありがとう」と感謝の言葉を発したことがある。これはとてもレアなことだったらしく、後年母ちゃんも「あの時だけはお礼を云っていたね」と述懐していた。当時の僕は、牡蠣に粉を振って溶き卵にくぐらせてパン粉を付けて揚げると云う一連の手順を見て心から興奮したけれど、出来上がったカキフライを食べてみるとあまりにも大人の味わいに思えて、一口食べた後は遠慮しました。やれやれ。 美味しいと感じると気持ちも素直になる。素直な気持ちは素直に通じ合う。美味しいと云うのは素晴らしいことだと思う。 人々が争うのが好きではない。争うと云うことが人間の中に既にプログラミングされているのだとしても、それを凌駕し超越していくのが学術や文化の役割ではないのか。争いは絶えない。でも認めたくない。綺麗事を並べるのは偽善的で独善的だと云われても、これからも綺麗事を声高に発していくしかない。大義名分や大言壮語や甘言密語や無知や妄信や無関心や無感覚をちくちくと刺激し続けるしかない。面倒臭い口うるさいジジイになってしまうかも知れない。でもやるんだよ。僕のおじいちゃん、名前は和久田茂一郎、近所でも有名な変わり者だった。僕はその血も受け継いでいる。お父ちゃんの血もおじいちゃんの血も、2020年にまだまだ騒ぐ。小野瀬雅生57歳。気が付きゃ立派なジジイだ。ジジイマストゴーオン。まとまりのない文章ですみません。これからもがんばります。

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