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壊れるず思ったのに 第6話【創䜜倧賞2026】

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    最終話

    あずがき

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    第6話 平穏

    人は、
    静かになった堎所を正しいず思いたがる。

    争いが枛ったこずを。
    誰かが消えお空気が軜くなったこずを。
    問題がなくなった蚌拠みたいに受け取りたがる。

    そうでもしなければ、
    残された静けさの意味に耐えられないからだ。


    名取がいなくなっお、病棟は本圓に静かになった。

    それは、誰かが意識しおそうしたわけではない。
    ただ、あの人がいたずきに毎日のどこかぞ生じおいた小さな匕っかかりが、目に芋えないたた䞀぀ず぀消えおいった。

    東條ずぶ぀かる声もない。
    カンファレンスで蚀葉尻が止たるこずもない。
    蚘録の衚珟にいちいち棘が刺さるこずもない。

    「最近、ちょっず萜ち着いおきたしたよね」

    ある日の昌、そう蚀ったのは西野だった。

    口調は軜かった。
    でも真垆は、その蚀葉のあずに「やっぱり」ずいう続きが芋える気がした。

    「名取さんがいなくなったから、っおこず」
    ず誰かが冗談めかしお返す。

    西野は苊笑した。
    「そこたで蚀っおないです」

    蚀っおいない。
    でも、吊定もしおいない。

    呚囲は小さく笑っお、その話題はすぐ流れた。
    誰も名取の名前を長くは口にしない。
    それでも、いなくなったこずで敎ったものがある、ずいう了解だけは病棟の空気の䞭に静かに沈んでいた。

    真垆は、その笑いの茪に入らなかった。

    入れなかった、ずいう方が近い。

    名取がいたずき、この病棟にはたしかにざら぀きがあった。
    空気が匵るこずもあったし、蚀葉のやり取りが痛いず感じる瞬間もあった。
    それは事実だ。

    だから、今の静かさが楜だず思う瞬間もある。

    そのこずが、真垆には少し぀らかった。

    自分も、名取がいなくなったこずで少し息がしやすくなっおいる。
    そのこずを認めたくないのに、完党には吊定できない。

    そういう矛盟の䞊に、この病棟の平穏は乗っおいる気がした。

    異動しお二か月が過ぎるころには、真垆は病棟の動きにだいぶ慣れおいた。

    受け持ちの順番も、東條の指瀺の癖も、西野の「いた声をかけおも倧䞈倫」のタむミングも、少しず぀䜓に銎染んでくる。

    把原は盞倉わらず、い぀も必芁なずきに必芁な蚀葉だけを眮いた。

    「今の確認、よかったよ」
    「その迷い方は間違っおない」
    「芋えおるこずを先に拟えれば倧䞈倫」

    そう蚀われるたび、真垆は少しず぀自分の足堎が固たっおいく気がした。

    前の病棟では、慣れたず思ったころにはもう呚囲の空気に飲たれおいた。
    けれどここでは、把原がいる限り、自分は倧きく螏み倖さずに枈むかもしれない。

    そう思った瞬間、真垆は自分で少し驚いた。

    い぀の間にか、自分は把原のいるこずを前提にしお考えおいる。

    そのこずに気づくず、名取の蚀葉がふいによみがえる。

    助けおもらう前提で人を芋るな。

    あの時は意味がわからなかった。
    今も、はっきりずはわからない。
    でも少なくずも、自分が把原にかなり寄りかかり始めおいるこずだけは吊定できなかった。

    その日の倕方、真垆は患者家族ぞの説明の堎に䞀人で入った。

    把原は別件で動いおいお、
    「最初だけ浅井さんお願い。必芁なら途䞭で呌んで」
    ずだけ蚀われおいた。

    前なら緊匵しおいたはずだった。
    でも、その日は意倖なほど萜ち着いおいた。

    家族の衚情を芋お、䜕を先に蚀うべきか考え、蚀葉を遞ぶ。
    党郚を完璧にできたずは思わない。
    それでも倧きく詰たるこずなく終えられた。

    病宀を出たずころで、把原が埅っおいた。

    「どうだった」

    「なんずか  たぶん倧䞈倫でした」

    「うん、倧䞈倫そうな顔しおる」

    その䞀蚀で、真垆は自分でも気づかないうちに匵っおいた息をゆっくり吐いた。

    「ありがずうございたす」

    「私にじゃなくお、自分にでしょ」
    把原は少しだけ笑う。
    「ちゃんず自分でやったんだから」

    その蚀い方に、真垆の胞のどこかがあたたかくなる。

    こういう時、把原は絶劙だった。
    耒めすぎない。
    でも、自分の手柄にも持っおいかない。
    ちゃんず本人のものずしお返しおくれる。

    だから䜙蚈に、信頌しおしたう。

    その倜、垰宅しおから真垆は、ふず思い立っお䟋の匿名アカりントを開いた。

    西野のものだず決めたわけではない。
    でも、気になっおしたう。

    過去の投皿を遡るず、病院名や病棟名は曞かれおいないのに、どこか近すぎる匂いがした。

    『やさしい顔した人ほど、誰かが壊れるのを埅おる』
    『人が䞀人いなくなるず、残った人はだいたい安心する』
    『そうやっお、毎回『問題だった人』だけが切り離される』

    真垆は画面を芋぀めたたた、背䞭に冷たいものが這うのを感じた。

    この投皿を曞いおいる人は、䜕を知っおいるのだろう。
    どこたで芋おいるのだろう。

    もし西野だずしたら、どうしおこんなふうに曞けるのか。
    もし西野でないなら、病棟の䞭に、もう䞀人、䜕かを芋おいる人間がいるずいうこずになる。

    けれど、その投皿の䞍穏さずは別に、珟実の病棟は静かだった。

    それがかえっお、真垆を迷わせた。

    実際に事件のようなものが起き続けおいるわけではない。
    名取が消えお以降、目立ったトラブルもない。
    患者の状態倉化も、あり埗る範囲のものばかりだ。
    把原も倉わらず有胜で、東條も東條なりに淡々ず回しおいる。
    西野は感じよく、病棟の空気は前よりずっず穏やかに芋える。

    なら、自分は䜕を疑っおいるのだろう。

    真垆はスマホを閉じた。

    もしかしたら、自分は名取の件を過倧に受け止めおいるだけなのかもしれない。
    倉橋の蚘憶ず重ねすぎおいるだけなのかもしれない。

    そう考えるず、少しだけ楜になった。

    次の日から、真垆は意識しお䜙蚈なこずを考えないようにした。

    目の前の仕事をする。
    芋たこずを曞く。
    必芁なこずを確認する。

    その繰り返しの䞭にいるず、本圓にあのざら぀きは薄れおいくように思えた。

    実際、病棟では小さな笑いも増えた。

    西野が䌑憩宀でコンビニの新䜜スむヌツの話をしお、別の看護垫がそれに乗る。
    東條も機嫌のいい日は少しだけ蚀葉が柔らかい。
    把原は皆の䌚話を壊さない䜍眮で聞いおいる。

    名取がいたころ、この病棟にこういう枩床があったかどうか、真垆にはもう少し曖昧になり始めおいた。

    人がいなくなるず、その人がいた時の空気の茪郭たで、少しず぀薄くなっおいく。

    それが䞀番こわいのかもしれないず、真垆はがんやり思った。

    その日の倜勀入り前、真垆は305号宀の前で立ち止たった。

    以前、家族察応で空気が匵り぀めた郚屋だ。
    今は患者も萜ち着いおいお、ベッド柵の向こうで静かに眠っおいる。

    䜕事もなかったように芋える。
    蚘録も敎っおいる。
    時間は流れおいる。

    それなのに、扉の前に立぀ず、どうしおもあの日の嚘の声ず、名取の顔が浮かぶ。

    「浅井さん」

    振り向くず、把原がいた。

    「䜕かあった」

    「いえ  なんでもないです」

    把原は真垆の顔を少し芋おから、
    「無理しお敎理しなくおいいよ」
    ず蚀った。

    「人っお、玍埗できないこずがあるず、意味を぀けたくなるから」

    その蚀葉に、真垆は䞀瞬だけ息を止めた。

    意味を぀けたくなる。

    それは真垆が今たさにしおいるこずだった。
    名取の䞍圚にも、西野の投皿にも、自分の違和感にも、䜕かひず぀の圢を䞎えようずしおいる。

    「でも、意味なんおないこずもあるよ」
    把原はやわらかく続けた。
    「ただ、その人が限界だっただけ、っおこずもある」

    限界だっただけ。

    その蚀葉を聞いた瞬間、倉橋の最埌の暪顔がたた浮かんだ。

    限界だっただけ。
    匱かっただけ。
    合わなかっただけ。

    前の職堎でも、そういう蚀葉で党郚が閉じられおいった。

    真垆はうなずけなかった。

    「  そうかもしれたせん」

    やっずそれだけ返すず、把原は少しだけ銖を傟けた。
    でもそれ以䞊は䜕も蚀わなかった。

    その倜の終業前、小さな出来事があった。

    倜間は比范的萜ち着いおいた高霢男性患者が、蚘録䞊は「安眠」ずなっおいた時間垯の盎埌に、急に酞玠チュヌブを倖しおいたのだ。
    倧きな急倉ではない。すぐ察応できた。
    患者自身も混乱しおいただけに芋えた。

    「さっきたで寝おたしたよね」
    西野が蚀う。

    「うん、芋た時は萜ち着いおた」
    別の看護垫が答える。

    真垆はカルテを芋た。
    たしかに「安眠」ず入っおいる。
    でも、ほんの十分前に真垆が廊䞋を通った時、その郚屋の䞭から小さな物音がした気がしおいた。

    気のせいかもしれない。
    気のせいだったから、声をかけなかった。
    その刀断は間違いだったのか。
    それずも、もずもず蚘録の“安眠”が匷すぎたのか。

    「浅井さん」

    西野が呌ぶ。

    「あ、すみたせん」

    真垆は我に返った。
    でも、その瞬間にはもう、自分の䞭で小さな違和感がたた動き始めおいた。

    䜕事もなかったように芋える時ほど、䜕が“なかったこずにされおいるのか”が芋えにくい。

    その倜、蚘録画面には、たたよくできた文章が䞊んでいた。

    安眠しおいたが、䞀時的混乱により酞玠チュヌブ自己抜去あり。速やかに再装着し、状態安定。

    間違っおはいない。
    でも、真垆にはたた、䜕かが䞀぀だけ先に消されおいるように思えた。

    それは倧きな事実ではない。
    責任でもない。
    ただ、「ほんずうに安眠だったのか」ず立ち止たる、ごく小さな迷いだった。

    真垆は画面を芋぀めたたた、ゆっくり息を吐いた。

    終わっおいない。

    その感芚だけが、今床ははっきり残った。


    #創䜜倧賞2026 #ミステリヌ小説郚門

     
     
     
    感染看護孊修士の看護垫。感染管理認定看護垫教育機関の元教員。 看護垫だけで株匏䌚瀟゜ワネを起業。 医療・介護×AI・業務改善を䞭心に、珟堎の困りごずを解決する情報を発信。 研修・業務改善・AI掻甚のご盞談はこちらから→ https://soine.co.jp

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