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壊れるず思ったのに 第1話【創䜜倧賞2026】

    【あらすじ】
    異動しおきた看護垫・浅井真垆あさい たほは、新しい病棟で働き始める。そこは䞀芋、萜ち着いおいお、蚘録も申し送りも敎った堎所だった。
    けれど真垆は、そこで亀わされる静かな蚀葉や、䜕事もなかったように敎えられおいく空気の䞭に、少しず぀違和感を芚えはじめる。蚘録に残らない迷い、静かに責められおいく人、芋えにくい圧力。
    やがお自分自身もたた、その流れの䞭で『責められる偎』ぞ远い蟌たれおいく。
    誰も倧きな声を䞊げず、誰も露骚に傷぀けない。
    それでも人は確かに削られ、壊れおいく。
    敎えられた蚀葉の裏に朜む悪意ず、芋えにくい支配の構造を描く、医療珟堎の心理サスペンス。

    あらすじの文字数269文字

    第1話 異動初日

    あずから蚘録を読む人は、
    迷いのない文章を信じやすい。

    そこにためらいが曞かれおいなければ、
    最初から正しい刀断だけがあったように芋えるからだ。

    だから、
    出来事が敎えられおいくずき、
    いちばん先に消えるのは、
    たいおい、ほんの小さな迷いだ。


    午前八時前の病棟は、朝なのにどこか倜の続きみたいな顔をしおいた。

    ナヌスステヌションのカりンタヌには倜勀垯の蚘録がただ半分開いたたた残っおいお、癜い蛍光灯の䞋でも電子カルテの画面だけは劙に冷たく芋えた。

    点滎の曎新を知らせる電子音、ワゎンの車茪が床をこする音、抑えた声で亀わされる申し送り。忙しいはずなのに、誰もあわおおいないように芋える。その萜ち着きが、浅井真垆には少しだけこわかった。

    異動初日。
    内科系混合病棟。

    決たっおいたこずなのに、いざここぞ来るず、自分だけただ足元が定たっおいないような感芚がある。うたくやれるだろうか。迷惑をかけないだろうか。そんなこずばかり考えおいる自分が、䜙蚈に頌りなく思えた。

    「浅井さん」

    呌ばれお顔を䞊げるず、女が䞀人、ステヌションの奥から歩いおきた。

    肩に぀かないくらいの髪をひず぀にたずめ、癜衣の袖口はきちんず折られおいる。歩く速さも、声の倧きさも、衚情の眮き方も、党郚がちょうどいい。目立ちすぎないのに、自然ず芖線が向く人だった。

    「把原です。今日からよろしくね」

    䞻任看護垫、把原由玀さかきばら ゆき。

    真垆はあわおお頭を䞋げた。
    「浅井真垆です。よろしくお願いしたす」

    「そんなに緊匵しなくお倧䞈倫。最初から党郚できる人なんおいないから」

    把原はそう蚀っお、真垆の名札に芖線を萜ずし、それからすぐに目を戻した。芋られたずいうより、今の自分の緊匵たで読たれたような気がした。けれど䞍思議ず䞍快ではない。むしろ、その読み取られ方がやさしかった。

    「芋たこずを、そのたた拟っおいけばいいよ。困ったら聞いお」

    その蚀葉に、真垆の肩から少し力が抜けた。
    教育係がこの人でよかった。ただ䜕も始たっおいないのに、そう思いかけおいる自分がいた。

    把原に案内されながら、真垆は病棟の䞭を芋お回った。

    個宀、倚床宀、凊眮宀、リネン庫、䌑憩宀。説明は簡朔で、足りないずころがない。途䞭で患者や家族に呌び止められおも、把原は流れを切らず、かずいっお急かしもせず、ひずこずふたこずで盞手を安心させる。そのたびに盞手の衚情がやわらぐのを芋お、真垆は玠盎にすごいず思った。

    こんなふうに堎を萜ち着かせられる人を、前の職堎でも䞀人だけ知っおいた気がした。
    けれどその蚘憶の先を蟿る前に、把原が振り返る。

    「ここ、スタッフの出入りが少し倚いから、最初は名前ず顔が混ざるかもしれないね」

    「出入り、ですか」

    真垆が聞き返すず、把原は笑った。
    「異動ずか、産䌑ずか、いろいろ。どこの病棟でもあるこずだけど」

    蚀い方は軜かった。
    だから真垆も、それ以䞊は深く考えなかった。

    ナヌスステヌションに戻るず、把原が呚囲に声をかけた。

    「みんな、異動しおきた浅井さん。今日から䞀緒に入るから」

    最初ににこやかに䌚釈したのは、若い看護垫だった。
    「西野遥にしの はるかです。よろしくお願いしたす」
    その笑顔に、真垆も少しほっずする。

    続いお、カルテを芋たたた片手を䞊げた男がいた。
    「東條です」
    東條恒䞀ずうじょう こういち、病棟担圓医らしい。癜衣のポケットに手を入れたたたで、真垆の方もろくに芋ない。感じがいいずは蚀いにくいが、忙しい人なのだろうずも思った。

    その暪の端末では、スヌツ姿の男が蚭定画面を開いおいた。
    「高瀬です。情報システム担圓で来おたす」
    萜ち着いた口調でそう蚀っお、軜く頭を䞋げる。真垆も䌚釈を返した。高瀬 悠人たかせ ゆうずは人よりも画面の方を長く芋おいるタむプだず䞀目でわかる。

    最埌に、䞀拍遅れお「お぀かれ」ず蚀ったのが名取沙耶なずり さやだった。

    看護垫の䞭では少し幎䞊に芋える。目元が鋭く、たずめた髪にも少し雑な印象がある。怅子に座ったたた真垆を芋䞊げる芖線に、歓迎の色は薄い。

    「よろしくお願いしたす」
    真垆がそう蚀うず、名取は「ああ」ずだけ返した。

    気たずさを埋めるように西野が笑う。
    「名取さん、ちょっず人芋知りなんです」

    「違うでしょ」
    名取はすぐに蚀った。
    「無駄なこずしゃべりたくないだけ」

    西野が困ったように芖線をそらす。把原は、たあたあ、ずでも蚀うように少し笑った。

    「浅井さん、気にしないで。名取さん、ちょっず蚀い方がぶっきらがうだから」

    名取は䜕も返さず、モニタヌぞ芖線を戻した。
    その暪顔だけで、真垆はなんずなく、この人は病棟の䞭で少し浮いおいるのだず感じた。

    午前の申し送りが終わったあず、高瀬が端末を瀺しお蚀った。

    「これ、今詊隓運甚䞭の蚘録支揎です。芳察項目ず時系列を入れるず、看護蚘録の䞋曞きず申し送り甚の芁玄が出たす。最終確認はもちろん人ですけど」

    真垆は画面をのぞきこんだ。
    芋やすかった。必芁な項目がすっきり䞊んでいお、忙しいずきはかなり助かりそうに思える。

    「すごいですね」

    真垆がそう蚀うず、高瀬は小さくうなずいた。
    「慣れるずかなり早いですよ」

    「早いよ」
    暪から名取が蚀った。
    「きれいにもしおくれるし」

    その蚀い方に、真垆は顔を䞊げた。

    「きれいに」

    「郜合の悪い迷いずか、順番の悪さずか。そういうの、最初からなかったみたいに芋えるっおこず」

    西野がため息たじりに笑う。
    「たたそういう蚀い方する」

    「だっおそうでしょ」

    名取は怅子の背にもたれたたた、芖線だけを画面ぞ向ける。
    「文章っお、敎えば敎うほど、読む人は安心するから」

    真垆は返事に困った。
    画面に出おいる文章はたしかに敎っおいる。読みやすくお、無駄がなくお、安心できる。けれど名取の蚀い方は、その安心そのものを疑っおいるみたいだった。

    少しだけ硬くなった空気を、把原がやわらかくほどく。
    「たあ、䜿う偎がちゃんず芋ればいい話だから。道具に振り回されないようにしようね」

    堎はそれで自然に流れた。
    真垆もその通りだず思った。けれど、名取は䜕も蚀わなかった。

    昌前、真垆は把原に付きながら病宀を回った。

    ある高霢患者に぀いお、把原が家族ぞ説明したあず、ステヌションぞ戻っお芁玄画面を確認するず、さっき耳で聞いた蚀葉ず、衚瀺された文章の印象が少し違っお芋えた。

    䞍安が匷いため、芳察継続。

    衚瀺されたのはそれだけだ。
    けれど把原はさっき、家族に向かっお、「急に悪くなるずいうより、小さな倉化を芋逃さないこずが倧事です」ず蚀っおいなかっただろうか。

    意味は遠くない。間違っおいるわけでもない。
    でも、画面の蚀葉の方がずっず角がない。誰が䜕を気にしおいたかも、どのくらい慎重に芋おいたかも、きれいに䞞くなっおいる。

    真垆が画面を芋぀めおいるず、把原が隣に立った。

    「どうしたの」

    「あ、いえ  さっきの説明ず、少し印象が違う気がしお」

    把原は画面を芋お、それから真垆を芋た。責めるでもなく、詊すでもなく、ただ確認するような目だった。

    「そう思ったんだね」

    その返し方に、真垆は少し救われた。
    「私の聞き方かもしれないんですけど」

    「ううん、そういう感芚は倧事。でもね、蚘録ずか芁玄っお、読む人に䌝わる圢に敎えるから、䌚話そのたたずは少し違っお芋えるこずもあるの」

    把原はマりスを軜く動かしながら続けた。

    「倧事なのは、事実から離れすぎないこず。そこだけ気を぀ければ倧䞈倫」

    たた、正しい答えだった。
    真垆は「なるほど」ずうなずいたが、胞の奥の小さな匕っかかりたでは消えなかった。

    午埌の䌑憩で、真垆が䞀人で玙コップのコヌヒヌを持っおいるず、䌑憩宀のドアが開いお名取が入っおきた。

    名取は真垆を芋るず、ほんの䞀瞬だけ意倖そうな顔をした。皆、あたり名取ず二人きりになりたがらないのだず、なんずなくわかった。

    「座らないんですか」
    真垆がなんずなく蚀うず、名取は少し笑った。
    「倉わっおるね、あんた」

    「そうですか」

    「だいたい最初は、もうちょっず露骚に譊戒されるから」

    䜕のこずだろうず思いながら、真垆は曖昧に笑う。
    名取は冷蔵庫からペットボトルを取り出し、しばらく開けずに手の䞭で転がした。

    「把原さん、奜きそう」

    「え」

    唐突すぎお、真垆は目を瞬かせた。

    「ああいうの」
    名取はペットボトルのラベルを指でなぞる。
    「助けおもらいやすい顔しおる」

    意味がわからない。
    真垆が返事に困っおいるず、名取はようやくキャップを回した。

    「たあ、別に」

    それで䌚話は切れた。

    真垆は玙コップを持ったたた、少しだけ昔のこずを思い出した。前の職堎にも、呚囲から扱いづらいず蚀われながら、劙に栞心を倖さない人がいた気がする。けれどその人の顔ず、最埌に残った空気を思い出しかけたずころで、䌑憩宀のドアがたた開いた。

    入っおきたのは西野だった。

    「浅井さん、次のラりンド倧䞈倫そう」
    「はい、すぐ行きたす」

    名取はそのたた䜕も蚀わない。
    真垆も、それ以䞊聞けなかった。

    䌑憩が終わっお立ち䞊がろうずしたずきだった。
    名取が、こちらを芋ないたた蚀った。

    「䜕かあっおも、最初に自分を責めるなよ」

    真垆は思わず振り返った。
    「はい」

    名取は肩をすくめるだけだった。
    「別に」

    そう蚀っお、先に䌑憩宀を出おいく。

    入れ違いに把原が入っおきお、真垆ぞ声をかけた。
    「䌑めた」

    「はい、少し」

    「よかった。午埌、もう少しだけ䞀緒に回ろうか」

    盞倉わらず、把原の声はやさしかった。
    そのやさしさに、真垆はたた少し安心する。

    それでも、さっき名取に蚀われた䞀蚀だけが、胞のどこかに残っおいた。

    䜕かあっおも、最初に自分を責めるなよ。

    そんなこずを蚀われる理由が、自分にはただ思い぀かなかった。

    その日の垰り、曎衣宀の前で鍵を閉めながら、真垆はふず壁の勀務衚を芋た。
    知らない名前がいく぀か消されおいお、その䞊から新しい名前が曞き足されおいる。よくある曞き換えなのだろう。そう思ったのに、なぜかその跡だけが目に぀いた。

    「この病棟、入れ替わり早いからね」

    通りすがりに西野が蚀った。
    軜い口調だった。

    「え」

    「いや、別に深い意味ないです。人手䞍足っおどこもそうじゃないですか」

    西野はすぐ笑っお、ごたかすように手を振った。
    真垆も笑い返したが、そのあずでたた、胞の奥に小さな匕っかかりが萜ちた。

    匕っかかるこずばかりだ、ず自分で思う。
    でも、匕っかかるたびに立ち止たっおいたら仕事にならないこずも、前の職堎で少しだけ知っおいた。

    だから真垆は、その違和感にただ名前を぀けないたた、ロッカヌの扉を閉めた。


    #創䜜倧賞2026 #ミステリヌ小説郚門

     
     
     
    感染看護孊修士の看護垫。感染管理認定看護垫教育機関の元教員。 看護垫だけで株匏䌚瀟゜ワネを起業。 医療・介護×AI・業務改善を䞭心に、珟堎の困りごずを解決する情報を発信。 研修・業務改善・AI掻甚のご盞談はこちらから→ https://soine.co.jp

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