
秘められた花園 <第八話>
【登場人物】
神花 璃月(3年生) ……生徒会長
黒崎 紬(3年生) ……生徒会副会長
小鳥遊 真白(1年生) ……生徒会書記
鷹宮 ユナ(2年生) ……不良生徒
「新聞部……?」
「実は紬さんにご協力いただき、潜入操作をさせていただいてたんです」
「どういうこと……?」
璃月は、紬に助けを求める。だが紬は、うつむいたまま何も答えない。藁にもすがる思いで真白を見るが、真白はフリーズしている。脳内でロードアイコンがぐるぐる回っている。
「紬さんを責めないでください。誰だって自分の身がかわいい。自分が助かるためなら、仲間だって平気で売る。至極当然のことです」
ユナは、もう数分前のユナではなかった。まるで別人だった。野蛮で粗雑だった彼女はもういない。目の前には、知性と理性を備えたエリート然とした生徒がいる。
「ごめんなさい……」
紬はうつむいたまま、声を絞り出す。
璃月は、信じられないという顔をしている。紬は、璃月の忠実な僕(しもべ)だったはず。それは疑いようもないことだった。太陽が東から昇り西に沈むように。ピタゴラスの定理や、慣性の法則のように。
「いやいや、まさか自分の手をナイフで切るとは……そこまでやるとは思いませんでしたよ。ねえ、紬さん」
「うん……私もびっくりした……」
ユナと紬はまるで、サプライズパーティーの後日談を話しているようだった。
「実は、あなたについての黒い噂を耳にしたんです」
ユナは立ち上がると、璃月の周囲を周りながら話し始める。
「気に食わない生徒を、ありとあらゆる手を使って自主退学に追い込んでいる。そしてその手口は、実に巧みに隠匿されている。私、そういうの大好物なんです。何としても秘密を暴いて記事にしたい。白日のもとに晒したい。ジャーナリズム精神が人一倍強いみたいで」
ユナは、璃月の背後で立ち止まる。
「あ、ちなみに記事を書くときはペンネームを使用します。先ほど名前が上がってドキッとしましたが」
「まさか……!」
璃月が振り返ると、ユナは再び片手を胸に当てて大仰にお辞儀をする。
「どうも。正義の味方『テミス』です」
学園外から高い評価を受けている、新聞部のエース。
ギリシャ神話に出てくる正義の女神・テミス。
それが、ユナの正体だった。
璃月は狼狽えながら立ち上がる。木の椅子がガタガタと音を立てる。
「待って……私は何も悪いことはしてない……」
「今さらそんなの通用しませんよ。私に狙われたら、どう足掻いても逃げることはできません。無実の主張が通ることなんて絶対に無い。つまり、素直に罪を認める以外、選択肢は無いということです」
ユナはニヤリと笑う。
「テレビドラマのようにはいきません」
璃月はゆっくり首を振る。
「私は……私は今まで、先生たちが手を焼いてる生徒たちを何人も排除してきた……全部この学園のためよ……この学園が少しでも良くなればと思って……」
「そのやり方が間違っているということです」
「じゃあ、どうすればいいの!? この学園が衰退してゆくのを、指を咥えて黙ってみていればいいの!?」
「どんな生徒にだって人権はあります。中には、偏見や決めつけで冤罪に追い込まれてしまう生徒だっている。今日の私のようにね」
「でも……」
「それから」
ユナは璃月の前に人差し指を立て、何も言わせないようにする。
「言っておきますが、うちは親が厳しいんです。確かに一般家庭よりは裕福ですが、贅沢なんてさせてもらえません。璃月さんのような自営業のお宅と変わりませんよ。紬さんみたいな公務員のご家庭の方が、贅沢されているかもしれませんね。あと……銀行の頭取の娘とか」
「へ?」
突然、話を振られて、真白はマヌケな声を出す。まるで映画かテレビドラマを観ているような気になっていた。
ユナは、そんな真白を見つめたまま、紬に話しかける。
「……しかし、書記が同席することは聞いていませんでした」
「ごめんなさい……怪しまれないようにと思って……」
紬は、口ごもりながら言い訳をする。
「まぁいい。しっかり記録しておいてください」
ユナは真白にそう言うと、椅子を引いて璃月の真向かいに座る。そして両肘を机に乗せて両手を組んだ。エヴァンゲリオンのゲンドウポーズのように。
「それじゃ、璃月さん。もう少し詳しくお話を聞かせていただいてよろしいでしょうか?」
長い長い逡巡のあと、璃月は観念したように力無く向かいの椅子に座った。
その様子を見ていた紬が、我慢できず口を出す。
「あの……あなたの記事が出たら、璃月はどうなるの……?」
ユナは冷徹な目でじっと璃月を見つめている。
「そんなに大変なことには、ならないんでしょう……?」
「今までのイメージが良すぎたんです」
瞬きもせず、ユナは断言する。そして横目で、真白を見る。
「そこで茫然自失としている一年生の書記のように、生徒たちはみな完璧な生徒会長を崇拝していた。ところがその正体は、目的のために手段を選ばない冷徹人間。傲慢で独善的。慢心と欺瞞に満ちた、排他主義の独裁者。裏切られたと思う人も多いはず。それは一転、憎しみへと変わるかもしれない。そうじゃない?」
ユナは、真白に問いかける。
真白は自分の足元を凝視している。混乱していた。夢なら醒めてほしいと思っていた。
だが、真白は知らなかった。
この悪夢には、まだまだ続きがあることを……
https://note.com/papu_kin/n/n44d749f1d8ab