
秘められた花園 <第一話>
【あらすじ】
伝統ある女子校・聖エリシア女学園。
ある日、生徒会は問題児・鷹宮ユナを万引き容疑で呼び出す。
全校生徒が憧れるカリスマ生徒会長……神花璃月(3年生)
気が強くて堅物な副会長……黒崎紬(3年生)
璃月を崇拝している真面目な書記……小鳥遊真白(1年生)
反抗的な不良生徒……鷹宮ユナ(2年生)
閉ざされた生徒会室で始まった取り調べは、やがて全員の思惑を巻き込みながら予想外の方向へと転がり始める。
閑静な高級住宅地からゆるやかな坂を登るとそこに、聖エリシア女学園はある。
純白の門をくぐると、大きな桜の木が広い空をバックに凛と佇んでおり、その向こう側に、均整の取れた真新しい校舎が整然と並んでいる。その新館から渡り廊下を抜けて旧館に入ると、空気が少し変わる。厳格な規律と伝統が脈々と受け継がれてきた、時間の重みがそこにはあった。
廊下の突き当たりの扉に、小さく『生徒会室』と書かれた木札が掛かっている。室内に入ると、使い込まれた木の机があり、床には長年の椅子の跡が薄く重なっている。部屋の中央に机が二つ向かい合わせに置かれており、その片側に、
鷹宮ユナが座っていた。
ユナはシャツのボタンを2つほど外し、スカートは腰の部分を折り曲げて短くしている。2年生にしては大人っぽく見えるのは、ケバケバしい化粧のためだけではない。足を組んだ太々しい態度と、気怠そうなその表情が、退廃的な雰囲気を醸し出しているのだ。
部屋にはもう一人、1年生の小鳥遊真白がいた。
清潔なシャツのボタンは一番上まで律儀に留められ、足首には白い靴下が眩しく輝いている。背筋を伸ばし足を揃えて椅子に腰掛け、握った両手を太ももに置き、ユナのきつい香水に咽せそうになるのをグッと我慢しながら、緊張した面持ちで部屋の片隅に座っている。
「ねえ」
長い沈黙のあとで、ユナが不満そうな声を出す。真白は何の反応も示さない。
「ねえ」
真白は置物のように固まっている。
「ねえ!」
真白はビクッと肩をすくめる。
「いつまで待ってればいいの?」
「もう少々、お待ちください……」
真白は取り繕うように、毅然とした態度で答える。
ユナは舌打ちをしながら立ち上がると、鼻唄を歌いながら窓に近づく。そして勢いよくカーテン開け、夕陽を浴びながら下校する生徒たちを見下ろす。
「ちょっと出てきていい?」
「……トイレですか?」
「パチンコ」
「ダ、ダメですよ!」
「何で?」
「何でって……」
真白は自分を取り戻すように、大きく深呼吸をする。
「……そういうの、やめた方がいいと思いますよ」
「そういうのって?」
真白は椅子から立ち上がり、ユナに近づいて行く。
「ああいった場所は著しく風紀が乱れていますし、まともな女性が出入りするような場所ではありません。そもそも、私たちはまだ高校生なんですから」
真白はカーテンを閉めると、椅子を手で示した。
「お座りください」
ユナはしぶしぶ椅子に戻る。
「理由ぐらい教えてくれてもいいんじゃない? 何で私が生徒会に呼び出されなきゃなんないの?」
「私はただ、ここであなたを見張っているようにと言われただけですから」
「私、何か悪いことした? 私、犯罪者なの?」
「そのあたりのことは、生徒会長の璃月さんからお話があると思います」
「神花璃月……あのクソ女」
「そんなこと言わないでください!」
真白は思わず声を荒げる。
「璃月さんは、素晴らしいお方です。お綺麗で、頭が良くて、優しくて、あと強い信念をお持ちで……」
「あと笑顔が胡散臭くて、いちいち言うことが鼻について」
ユナが真白の口調をバカにして真似る。
真白は露骨にムッとして、
「心の歪んだ人には分からないんですよ」
と吐き捨てる。
「ア?」
ユナが真白を睨む。それまでの飄々とした仮面を外して、本来の怖さが顔を出す。
真白は聞こえるか聞こえないかの声で「すいません……」と呟いた。
その時、
嵐を告げる雷鳴のように教室の扉がガラガラと大きな音を立て扉が開いた。真白が飛び上がるように立ち上がり、心から安堵の表情を見せる。
現れたのは、生徒会長の神花璃月だ。
美しい真っ直ぐな黒髪と、深い山奥にひっそりと横たわる湖のような瞳をしている。寸分の狂いもない折り目正しい制服の着こなしは、どれほど厳しく意地悪な生徒指導の教師でも口を挟む余地のない完璧さを備えている。
その三歩後ろから現れたのは、副会長の黒崎紬。
天然がかったカーリーヘアで、璃月と対照的に闘志をむき出しにした勝ち気な瞳をしている。制服の着こなしは、校則を忠実に守っているというより、璃月のコピーをしているという印象だ。
紬が教室の扉を閉めると、璃月はゆっくりユナに近づく。
ユナは立ち上がることなく、璃月を見上げる。璃月はユナを見下ろしたまま、
「あなたが鷹宮ユナさんね」
と言った。
敵意むき出しのユナは、背もたれに肘を掛け足を組みかえる。
「人を呼び出しといて待たせるってどういうつもり? 何様なの?」
「ごめんなさい。いろいろと準備があって」
「準備ってなに」
「こちらの問題よ」
「ざけんな! 何でそっちの問題でこっちが待たなきゃなんねぇんだよ!」
我慢しきれず、背後から紬が口を出す。
「そういう口の利き方はおやめなさい」
「あんた何? 私のお母さん?」
「上級生として注意してるの。あなた2年生でしょ」
「だから何だよ。ちょっと早く産まれただけで偉そうな顔すんな」
「あなたね……」
「紬、冷静に」
璃月が正面を向いたまま、背後の紬を嗜める。
続いてユナに向かって、明け方に浮かぶ月ほどのささやかな笑みを浮かべる。
「生徒会長の、神花璃月です」
「あんたのことはよーく知ってる。学園新聞で読んだ。素晴らしい生徒会長だって褒め称えられてたね。気持ち悪いくらい」
「光栄だわ。うちの学園新聞の記事は、学園外からの評価も高いから。特に、何て言ったかしら……匿名で記事を書いている生徒がいるでしょう? ペンネームが確か……」
「テミスです」
紬が素早く補佐する。
「そうそう。ギリシャ神話に出てくる正義の女神・テミス。その人の書いた記事がSNSで著名なジャーナリストに賞賛されてたわ」
「理不尽な校則に対する問題提起の記事ですね」
「記事の内容に関しては、賛否が分かれるところだけど」
「仰る通りです」
「ねぇねぇ、そこのコバンザメは誰?」
ユナがだらしない格好のまま、紬を指差す。
「コバンザメって……私のこと!?」
「あんたしかいないでしょ」
「なんて失礼な……!」
紬はカッと頭に血が昇るが、璃月が手を上げて制する。
「彼女は副会長の黒崎紬さん。それから、小鳥遊真白さんのことは知ってるわよね?」
自分の話題が出て、真白が姿勢を正す。
「あんたを神様みたいに崇めてる、璃月信者でしょ」
「へ、変なこと言わないでください!」
真白が恥ずかしさで顔を赤くして立ち上がる。
璃月は意に介さず、微笑みを浮かべたまま続ける。
「彼女にはいつも議会の書記をやってもらっているの。今日もよろしくね」
「はい! 頑張ります!」
真白は再び椅子に座り、手元にあったノートパソコンの蓋を開ける。
璃月は紬に目配せをする。
「では、そろそろ本題に入りましょう」