
秘められた花園 <第九話>
【登場人物】
神花 璃月(3年生) ……生徒会長
黒崎 紬(3年生) ……生徒会副会長
小鳥遊 真白(1年生) ……生徒会書記
鷹宮 ユナ(2年生) ……不良生徒
「おそらく、璃月さんは退学になるでしょうね」
ユナは、さも当然だと言わんばかりにそう告げた。
「退学……!?」
紬は衝撃を受ける。
「話が違うじゃない! 言ったでしょ? そこまで酷いことにならないって! だから……だから協力したのに……」
「甘いんですよ。あなたは」
紬は何かを言おうとするが、言葉が出てこない。まるでパニックになった人々が出入り口に密集し、我先にと周りを押し除け将棋倒しとなるように。
代わりに声を発したのは、項垂れていた璃月だった。
「……あなたご両親は? ご健在?」
ユナは、璃月の様子を探りながら慎重に答える。
「ええ」
「うちは、父親が幼い頃に他界したの……」
「そうでしたか」
「母は女手ひとつで小さな食堂を切り盛りして、私を育ててくれたわ……当然生活は貧しく、私は塾に行くこともできなかった……でも私は、母に負い目を感じてほしくなかった。だから必死に勉強して、この学園に入学したの。母は涙を流して喜んだわ……」
ユナは神妙な顔で聞いている。
「母をガッカリさせたくないの……お願い。記事を書かないで」
「そうは言われましても」
「確かに、璃月のやり方は間違っていたのかもしれない」
紬が、璃月に寄り添うように語り始める。
「やり過ぎだったのかもしれない。でも、璃月は真剣だった。真剣に、この学園のことを想ってやったことなの。それだけは分かってほしい」
ガタッと椅子が音を立て、真白が立ち上がる。
「私、今でも璃月さんのことを尊敬してます! 璃月さんは、私の憧れの人です!」
勇気を振り絞ったのだろう。顔を真っ赤にしながら、スカートを握りしめている。
そんな真白をじっと見つめているユナに、紬が切実な口調で話しかける。
「あなたは、どうして『正義の女神』を名乗って記事を書くの? 学園を良くしたいからでしょう? 璃月と想いは同じはずでしょう?」
「……本音を言えば、私だって迷ってるんです」
ユナは観念したようにため息を漏らす。
「璃月さんは私利私欲のためじゃなく、学園のことを想ってやった。それは分かっています。でも、やり方が間違ってる。新聞部として、事実をみんなに伝えなくてはならない」
自嘲気味に首を振りながら。
「だいたい、部長や顧問の先生になんて言えばいいんですか。特ダネをゲットするって約束しちゃったんです。今さら取りやめるわけにはいきません。そんなの言い訳が立たない」
紬は何かを決意すると、真白に近づき、
「ちょっと席を外してくれない?」
と言った。
そして戸惑っている真白に顔を近づけ、何やら耳打ちをした。
「……?」
真白がその言葉の意味を計りかねていると、紬が静かに、しかし力強く言う。
「言われたとおりにして」
そこには有無を言わせぬ圧があった。そうなると真白も「わかりました……」と立ち上がり、そそくさと教室を出て行くしかない。
教室のドアがぴしゃりと閉まるのを待って、紬は両手を大きく広げる。
「さぁ、ここには私たち三人しかいない。なんの記録も残らない」
続いて破顔一笑、親しみを込めて、
「お願い」
と手を合わせた。
ユナは机の上面を凝視しながらしばらく逡巡していたが、やがて重々しく口を開いた。
「五十万。用意できますか」
「……五十万」
紬が繰り返す。
「この取材を打ち切るには、いろいろ裏から手を回す必要があります。そのためにはお金が要る。五十万もあれば何とかなるでしょう」
「でも、そんなお金……」
戸惑いを見せたのは、それまで黙っていた璃月だ。
ユナは乱暴に璃月を振り返ると、カッとなって声を荒げる。
「わかってます? 記事が出たらこの学園にあなたの居場所は無くなるんですよ?」
「それは、ええ……」
璃月はシュンと小さくなる。かつての威厳はもうどこにもない。
「生徒会の予算を使えば、五十万なんてすぐ用意できるんじゃないですか?」
ユナはそう言うと、璃月を宥めるように言った。
「あなたのことを誇りに思っているお母様のためにも、このまま完璧な生徒会長を演じ続けましょう。胸を張ってこの学園を卒業しましょう」
璃月は、自分を納得させるように何度も頷く。
「わかった……わかりました……」
ユナは、そんな璃月を安心させるように笑顔を浮かべた。
そのとき、背後から紬が声をかける。
「あの、確認なんだけど……」
「なにか?」
「つまり五十万払えば、この件は無かったことにしてくれるってこと?」
ユナは険しい顔になる。
「こんなことしなくてはならないのは、私としても不本意です……でも璃月さんのことを想えば……そうです。これだって立派な『正義』なんです」
「ありがとう……ありがとう!」
紬は、ユナの右手を両手で硬く握る。
ユナは、紬の手の上に自分の左手を重ねる。
「生徒会と新聞部。立場は違えど、この学園を想う気持ちは同じです」
「違うの……」
「違う? なにが?」
「私は『自主してくれてありがとう』って言ったの」
「え?」
「ちゃんと録れた?」
ユナの背後から、ユナの声がする。
<五十万。用意できますか>
続いて紬の声も。
<五十万>
<それで、記事の件はなんとかしましょう>
ユナが恐る恐る振り返ると、璃月がスマホを手にしている。
璃月は録音再生を止めると、紬に言う。
「大丈夫。ちゃんと録れてる」
紬は、ユナの手を離すと姿勢を正し、毅然とした態度でこう言った。
「鷹宮ユナさん。生徒会は、今からあなたを収賄容疑で取り調べします」