
秘められた花園 <第四話>
【登場人物】
神花 璃月(3年生) ……生徒会長
黒崎 紬(3年生) ……生徒会副会長
小鳥遊 真白(1年生) ……生徒会書記
鷹宮 ユナ(2年生) ……不良生徒
トン……トン……トン……
腕を組んでハスを向いていたユナも、気味が悪いのか、イライラしているのか、だんだんと落ち着きがなくなってくる。やがて郷を煮やしてついに、
「なに……?」
と聞いた。
「 “正義” ってなんでしょうね」
璃月は机を叩くのをやめると、そう言った。
「あなた言ったでしょう? 正義は自分にあるって。“正義” ってなに?」
「なにって……善悪じゃない?」
ユナの答えに、璃月はふむふむと頷く。
「ということは、善が正義で、悪が……」
「悪は悪よ」
「なるほどなるほど。じゃあ、あなたは善ということ?」
「悪いことしてないからね」
「私はね……正義は善だと思っていないの」
璃月は穏やかに、だがユナの意見を押し潰すように、語り始めた。
「正義というのは勝ち取るものだと思ってる。闘った末に勝った者が『正義』を得たことになる。つまり反意語は『敗北』。善悪はそこに介在しない」
ユナは、璃月の真意を測ろうとじっと見つめる。
「何が言いたいの……?」
璃月とユナの間に、張り詰めた空気が充満している。膨張している。わずかな刺激で破裂しそうなほどパンパンに膨れ上がっている。
やがて璃月は、その重い口を開いた。
「カツ丼でも食べる?」
ユナの口からは当然、
「……は?」
という声が出た。いや、音が漏れた。
「ほら、刑事ドラマの取り調べなんかでよく出てくるでしょ? カツ丼」
誰からも何もリアクションが無い。
「みんな、ものすごくピンときてない顔をしてるわね。え、紬もわからない?」
「いや……」
首が折れるほど傾けている。
「わかります……」
教室の隅で小さく手を挙げているのは、書記の真白だ。
賛同を得て、璃月の顔がパァッと明るくなる。
「わかるでしょ!」
「はい! 親が古い刑事ドラマとか好きでよく観てるんで!」
「取り調べのシーンといえばカツ丼よね!」
「あと、張り込みのときはアンパンと牛乳です!」
「そうそう!」
キャイキャイはしゃいでいる璃月の姿は、いかにも女子高生といったかんじだ。それまでの凛とした様子からは想像もできない。でも紬は知っている。璃月にはこういう一面がある。
だが、ポカンと呆れているのはユナだった。
紬は咳払いをすると、話を元のレールに戻そうとする。
「璃月。そろそろ本題に」
璃月は、真白に向かって茶目っ気たっぷりに肩をすくめる。真白は、憧れの璃月と親密になれた気がして舞い上がった。
璃月はスイッチを切り替えるようにシリアスな顔になると、ユナに向かってこう言った。
「知ってるかしら? 本当はダメらしいわ」
「なにが……?」
「取り調べ室のカツ丼」
「カツ丼はもういいから!」
紬が我慢できずに大声でつっこんだ。だが璃月は構わず続ける。
「昔は許されていたらしいけど、今は留置所で出されるお弁当しか食べちゃダメなの。カツ丼出されて涙ながらに自白するのは、刑事ドラマの中だけの話ね」
「璃月、取り調べを進めましょう」
紬が断固たる強い口調でぴしゃりと止める。
ユナが呆れて失笑する。
「取り調べって……私は犯人なの? あんたたちは刑事なの?」
「とんでもない。あなたは犯人なんかじゃないわ。まだ被疑者の段階よ」
「被疑者……?」
「私たちだって刑事なんかじゃない。でも “法と秩序を守る存在” という意味では同じかもしれないわね。つまりこれは、私たち生徒会による、被疑者であるあなたへの取り調べなの」
「そんなの……」
「そうそう。刑事ドラマといえばカツ丼の他にもう1つ、現実と大きく違うことがある」
璃月はユナに話す余地を与えず捲し立てると、ここでたっぷり間を取った。何かしらのリアクションを期待する間ではないことは、ユナにも分かった。
やがて璃月は、重々しく口を開く。
「真犯人なんて、存在しないの」
「存在しない……?」
「こういった取り調べで、無罪の主張が通ることなんて絶対に無い。取り調べを受けた以上は、罪を認める以外、逃れられる方法は絶対に無いの」
ユナは、何を言われているのか分からない。言葉が出てこない。
璃月は、タイプの手を止めてこちらをボーッと見ている真白に声をかける。
「あなたは、『うきぐも薬局』に行ったことある? あるわよね。この辺りじゃ一番大きなドラッグストアだもの」
真白は慌てて返事をする。
「あ、あります! 会員カード持ってます!」
「じゃあ、店員のおばさんのことも知ってる?」
「ええ、いつも大声で話してますから」
紬が横から口を出す。
「芸能人の誰々がどうしたとか……どこそこの息子が大学に落ちたとか……なになに高校の生徒は素行が悪くて要注意だとか……」
「そう! そうなんですよ!」
「ああいう人、ちょっと苦手でしょ」
璃月に聞かれて、真白は困ってしまう。育ちがいいのだ。人の悪口など言ったことが無い。
「いや……」
「いいのよ? 誰にだって好き嫌いはあるもの。そうよね?」
璃月が紬に同意を求めると、
「私は苦手です」
と、キッパリ即答する。
触発されたのか、真白も観念したように、
「実は、私もちょっと苦手で……」
と告白する。
「やっぱり。好き嫌いは誰にだってあるわ。当然のことよ」
璃月はユナに向き直ると、共犯者のような(親密な)笑みを浮かべながら聞く。
「あなたは? あのおばさんのこと、好き?」
「……何を言わせたいの?」
「ここだけの話。どうなの?」
「答えたくない」
「じゃあ、代わりに私が答えてあげる。あなたは、あのおばさんのことが大っ嫌い。何故なら、あなたはあのおばさんに怨みがあるから。違う?」
答えちゃダメだ……これは穏やかな仮面を被った誘導尋問だ……
ユナは何も答えず唇を強く噛んだ。
「以前、あなたはあの店でヘアカラーを床に落として箱に傷をつけたことがある。あなたはそのヘアカラーを慌てて棚に戻した。でも、おばさんに目撃されてキツく注意された」
「違う! あの箱には最初から傷がついてたの!」
ユナが、思わず口をつく。
「だから、買うのをやめて棚に戻したの」
「おばさんは、あなたがヘアカラーを床に落としたと証言してるわ」
「嘘よ。私は落としてなんかない」
「でも、おばさんは聞く耳を持たなかった。あなたはおばさんに罵詈雑言を浴びせたそうね。酷い言葉の数々をぶつけた。でも、『お金を払わないと警察に通報する』と脅され泣く泣くそのヘアカラーを買った」
ユナは腕を組んでカーテンが閉じられた窓を見た。何を言っても無駄だ、これ以上は何も言わないと決めたようだ。
「ここで問題」
璃月は話す相手を、紬に変更する。
「何故、人は万引きをするのか? 私は3つの理由があると思う。何かわかる?」