
秘められた花園 <第三話>
【登場人物】
神花 璃月(3年生) ……生徒会長
黒崎 紬(3年生) ……生徒会副会長
小鳥遊 真白(1年生) ……生徒会書記
鷹宮 ユナ(2年生) ……不良生徒
カーテンが閉じられた窓の外からは、下校する女生徒たちの上品な笑い声、テニス部の下級生たちによる元気な掛け声、吹奏楽部の演奏が微かに聞こえてくる。
生徒会室には、ピンと張り詰めた緊張感が漂っていた。
足を組んでハスに座ったユナと、机を挟んで真っ直ぐに見つめている紬。
離れた場所で姿勢正しく腰掛けている、璃月。
部屋の片隅でその様子を見ている真白は、緊張に耐えられず小さく咳払いをした。
「聖エリシア女学園、2年生、鷹宮ユナさん」
沈黙を破りショーの開幕を宣言するように、紬が力強く言い放つ。
「あなた、昨日の夕方5時20分ごろ、駅の向こうのドラッグストア『うきぐも薬局』に行ったわよね?」
「……だからなに?」
ユナは、紬の思惑を探るように応える。
「行ったかどうか聞いてるの。答えて」
「覚えてない」
「だったら思い出させてあげる」
紬は、強力な武器を手にした勇者のようにニヤリと笑う。
「あなたは昨日、『うきぐも薬局』に行った。店員のおばさんが目撃してる。メガネをかけた、お喋りが好きで紫のメッシュを入れた50代のおばさん。知ってるわよね?」
「知らない」
「昨日、おばさんから学校に連絡があったの。万引きをした生徒がいるって」
ユナは顔色を変えず、教室の隅に飾られた黄色い花を見ている。
紬は、構わず続ける。
「その生徒はたまに店を訪れるらしいわ。反抗的な態度の生徒だって言ってた。昨日、おばさんはその生徒が化粧品をカバンに入れるのを目撃した。おばさんはその生徒が店を出たところで声をかけた」
紬は、黙ってそっぽを向いたままのユナを真っ直ぐ見つめる。
「覚えてるでしょ?」
ユナは、腕を組んで天井を見上げた。そして、
「おかしな話ねぇ」
と、不思議そうな声を出す。ずいぶん芝居がかっている。
「何がおかしいの?」
「だって、万引きを現行犯で捕まえたのなら、すぐに警察に突き出せばいいじゃない。なのに私は、そのまま家に帰った。しかもおばさんは警察じゃなくて、学校に連絡をした」
ユナは、紬を真っ直ぐ見つめ返す。
「どうしてかしら?」
「……あなたのカバンを調べても、盗んだ化粧品が出てこなかったからよ」
「じゃあ、無実じゃない。冤罪で訴えてもいいくらいよ?」
ユナは外国の俳優のように大きく手を広げ、わからないというジェスチャーをする。明らかに、紬をおちょくっている。部屋の隅で議事録を取っていた真白には、どうしてユナにそれだけの余裕があるのか分からなかった。分からないことが、真白の不安をくすぐる。
だが心配はいらない。正義はこちらにある。真白は、自分にそう言い聞かせた。
そして、紬の背後で微笑みながら状況を見守っている璃月を見た。
いざとなれば、私たちには璃月さんがいる。
璃月さんがいれば、絶対に大丈夫。
「おばさん、言ってたわ」
紬が落ち着いたトーンで話を続ける。
「あなたを捕まえたとき、店の外を走って逃げる数人の生徒がいたって。その生徒たちは、何度もこちらを振り返り、からかうように笑ってたって。そしてあなたも、不敵な笑みを浮かべていた」
ユナは不敵な笑みを浮かべる。
「そう、そんな風にね」
「てことは、何? その逃げた生徒たちが、私の仲間ってこと?」
「あなたは店を出るとすぐに、その人たちに化粧品を渡した。万が一、捕まってもいいように。おそらく、久住高校……クズ高の人たちね」
「証拠は?」
「証拠は無い。だからおばさんも、警察じゃなくて学校に連絡してきた。そして学校は、この件を生徒会に一任した」
ユナは大きくため息をつく。
「……ひどい話」
「何が?」
「あんたたちは自分とこの生徒より、あんなおばさんの話を信じるの?」
「当然でしょう。おばさんに嘘をつく理由は無いもの。でもあなたには、疑われる要素が山のようにある。日頃の行いのせいね」
ユナは両手で顔を押さえ俯いてしまった。
紬は背筋を伸ばし胸を張り、冷ややかにユナを見下ろす。
「今さら後悔しても無駄よ。そういうのを自業自得っていうの」
俯いていたユナの背中が小刻みに動いている。
議事録を取っていた真白は、泣いているのだろうと思った。だが、すぐに浅はかな己の考えを後悔することになる。
ユナは笑っていたのだ。
我慢して抑えていても、つい漏れてしまう。おかしくてしかたがないといった様子で。その笑いは次第に大きくなり、やがてユナは体を大きくのけ反らせ手を叩いて笑い始めた。
真白が紬の顔を見ると、鼻の脇がぴくぴくと痙攣している。
「何がおかしいの……?」
「あんた今、どういう顔してるかわかる? まるでドラマの脇役みたい。パッとしない売れない女優。すぐに忘れ去られるエキストラ」
紬は何と言い返していいのか分からず、黙っている。
ユナは続ける。
「学園ドラマでよくあるでしょ。一見、真面目で優秀な生徒が実は小悪党だった。偏見に満ちてプライドが高く、いつも人を見下してる。でも最後は主人公によって、こてんぱんにやっつけられる。つまり……」
ユナは挑発的に、紬にぐいっと顔を近づける。
「正義はこっちにあるって言ってんの」
紬は顔を逸らしたかった。だが逃げるわけにはいない。背後には、璃月がいる。彼女にみっともない姿を見せるわけにはいかない。
「……正義ですって? 自惚れないでよ」
「それそれ! ドラマのセリフみた〜い」
「ふざけないで!」
紬は机をバンッと叩いて、ガバッと立ち上がる。
だがユナは怯まない。うす笑いを浮かべながらゆっくりと立ち上がる。
「あんたは決して主役になれない。最後には惨めに負ける役回りなの。そういう星の元に生まれたの。己の運命を呪いなさい」
真白は、紬が何を言われているのかよく分かっていなかった。だが、何も言い返せず口をぱくぱくさせている様子を見るに、紬の敗北は明らかだった。
ユナは勝者の余裕をもって椅子にドカッと腰を下ろし、足を組み髪の毛をいじっている。
紬が「あなたね……」とかろうじて声を絞り出したそのとき、
「もういい」
と、璃月が言った。
「私に代わって」
「い、いや、わざわざ璃月の手を借りなくても……」
紬は明らかに狼狽した様子だった。
だが璃月は(決して紬を責めるわけでもない)落ち着き払った声で言う。
「鷹宮さんと話したいの」
そしてユナに向かって、
「いいでしょ?」
と微笑んだ。
「好きにすれば?」
とユナも微笑みを返す。
紬は力無く椅子を譲ると、璃月が座っていた離れた椅子に座った。
そして璃月は、ユナの正面に座る。
「さて……」
そう言ったきり、璃月は何も言わずじっとユナを見つめた。
指で机をトン、トン、トン、トン、と叩く。一定のリズムで。
トン……トン……トン……