メインコンテンツへスキップ
見出し画像

秘められた花園 <第六話>

    【登場人物】
    神花 璃月(3年生)  ……生徒会長
    黒崎 紬(3年生)   ……生徒会副会長
    小鳥遊 真白(1年生) ……生徒会書記
    鷹宮 ユナ(2年生)   ……不良生徒

    「あなたに残された道はひとつ」
     
    璃月は人差し指を立て、ユナの前にスッと差し出す。
     
    「認めるの。自分の非を認めて、違う環境でやり直すの。あなたがあなたらしくいられる場所で、リスタートするの。このままこの学園にいても、あなたは傷つくだけ。学園の名前にだって傷がつく。お互いにとってよくないことよ? そうでしょう?
    あなたが罪を認めて自主退学するなら、私から先生に上手いこと言ってあげる。あなたが万引きをしたのは、ある意味仕方のないこと。以前、おばさんに濡れ衣を着せられたせい。悪いのは全部、あのおばさんだって。その方が都合がいいでしょう?」
     
    ユナはうつむいてスカートをぎゅっと握りしめる。
     
    「認めなさい。認めて楽になりなさい」
     
    真白はキーボードを打つ手が止まってしまった。
    これは大丈夫なのだろうか……ありのままを記録してもいいのだろうか……?
     
    「全て記録していいわよ」
     
    その心情を全て読み取ったかのように、璃月は真白に声をかける。
     
    「ただし気をつけて。書き方によって真実は大きく違ってくる。あなたは生徒会の一員よ。この学園の秩序を守る生徒会の一員なの。言ってる意味、分かるわよね?」
     
    書き方によって真実は大きく違ってくる。
    つまり、この取り調べが正しいものなのか間違ってるものなのか、記録を読んだ人にどちらの印象を与えるかは真白の書き方にかかっているわけだ。
    真白は思った。
    私には、何が正しくて何が間違っているのか、わからない。ただ、私は璃月さんを信じるしかない。それしかない。
     
    「はい……」
     
    真白が意を決してキーボードを打とうとしたその時、ユナがぽつりつぶやく。
     
    「やってない……」
     
    璃月は冷ややかな目で、小さくなったユナを見下ろしている。
     
    「ホントにやってないの……信じて……ちょっと驚かそうと思っただけなの。あのおばさんがすっごいジロジロ見てくるから……だから私は、手に持った保湿クリームをカバンに入れる “フリ” をしたの。でも実際はカバンに入れずに棚に戻したの」
     
    璃月はため息をつく。
     
    「カバンに入れるのと棚に戻すのを間違えるわけがない」
    「でも私は棚に戻したの……」
    「棚には無かったっておばさんは言ってる」
    「もしかしたら違う棚に戻しちゃったのかも……あの時、おばさんを気にしてたから間違えて違う棚に……」
    「もういい」
    「でも……」
    「もういいって言ってるでしょ!」
     
    璃月は再び大声を出す。今度はヒステリックに、フラストレーションを爆発させる。
    真白は怖くなって、紬を見る。副会長の紬も、璃月の様子に戸惑っているように見えた。
    もはや璃月は、イラ立ちを隠そうともしない。
     
    「ねぇ、分かってる? 私がその気になれば、あなたなんてどうにでもできるのよ? あなたは素直に私の言うことを聞いていればいいの。あなたのような矮小で卑怯で薄っぺらな偽物が、私に勝てるわけないでしょ? 私のことナメないで」
     
    璃月はユナを押さえつけるように、鋭い目で睨みつけている。
    ユナは唖然としている。言葉も出ない。
     
    「……その棚って分かる?」
     
    真白は声のする方を見た。ユナも顔を上げる。そして璃月も自分の背後を振り返る。
    そこには、思い詰めた表情の紬がいた。
    紬は続けて、ユナに話しかける。
     
    「言ったでしょ? 違う棚に戻しちゃったのかもって。その棚ってどこか分かる?」
    「今は私が話してるの。余計な口を挟まないで」
     
    璃月は、何が何だか分からないまま、イラ立ちを抑えて紬を制する。
    しかし紬は引き下がらない。
     
    「でも、調べたらすぐに分かるわ。もし、違う棚に保湿クリームがあれば、彼女の言ってることは本当だってことになる」
     
    真白は意外だった。二人は会長と副会長の関係だが、実際は、女王とその忠臣である。璃月は絶対であり、紬が逆らうことなどあり得ない。
     
    「もしかしたら、向かいの棚かも……」
     
    ユナは必死に当時を思い出そうとしている。
    紬は、璃月に進言する。
     
    「すぐにお店に調べてもらいましょう」
    「その必要は無い」
     
    璃月は動揺している素振りを微塵も見せず、平然と、きっぱりと跳ね除ける。
     
    「仮に……もし仮に、彼女の言う通り向かいの棚に保湿クリームがあったとして、それが何だって言うの? そんなの、彼女が万引きをしていない証拠にはならない」
    「だったら、防犯カメラはどう?」
     
    紬はなおも食い下がる。
     
    「もしかしたら防犯カメラに、彼女が保湿クリームを別の棚に戻すところが映っているかもしれない。だとしたら、やっていないという証拠になるんじゃない?」
    「……どういうつもり?」
     
    穏やかに微笑みを浮かべる仮面の下から、璃月の怒りが顔を出している。
    当然、付き合いの長い紬にもそれは分かった。いつもなら、璃月の機嫌を損なわないよう押し黙るはずだった。だが、今日はいつもと違った。
    紬は、意を決して話し始める。
     
    「実はちょっと気になることがあって……」
    「気になること?」
    「あの店員のおばさん、かなり目が悪いんじゃないかな……?」
    「メガネをかけてるじゃない」
    「あのメガネ、度が合ってないのかも……だって、あのおばさん。以前、私と私の母を間違えたことがあるの。それに、スプレーに描かれたゴキブリの絵を見て、キャーって驚いていてたことがあるし」
    「……だったら何?」
    「メガネの度が合ってないとしたら、おばさんの目がかなり悪いとしたらどう? 保湿クリームをカバンに入れたのか棚に戻したのか、分からなくても不思議じゃ無い」
     
    ユナが当時を思い出して言う。
     
    「確かにあの時、おばさんからはかなり距離があった……」
    「それに、ずっと気になってることがあるの」
     
    紬は続ける。
     
    「おばさんが言うには、彼女が店を出たところですぐに声を掛けたんだよね? すると、遠くの方を仲間たちが笑いながら走り去っていった……いつ商品を渡したの? 何かおかしくない?」
    「別におかしくないでしょ」
     
    再び璃月のイラ立ちが顔を見せる。
    そこで紬は、ハッと何かに気づく。
     
    「もしかして怨みがあるのは、彼女じゃなくて、おばさんの方なんじゃない?」
     
    話を続ける。
     
    「おばさんはヘアカラー事件の時、彼女から罵詈雑言を浴びせられた。酷い言葉の数々をぶつけられた。あれからずっと根に持っているのよ。彼女が憎くて仕方がなかったのよ。だから彼女をじっと睨んでいた。彼女はそれが嫌で、万引きするフリをした。おばさんは彼女を捕まえた。でも証拠は出てこなかった。おばさんは悔しくて、学校に万引きされたと連絡した」
     
    思わず、真白が「なるほど……」と小さくつぶやく。
    璃月がキッと睨む。真白は慌ててキーボードを打った。
    璃月が真白を睨んだまま言う。
     
    「そんなのは全部推測よ」
    「でも、可能性はゼロじゃない」
     
    紬は姿勢を正すと、璃月に進言する。真摯に、誠実に。
     
    「璃月、私たち生徒会は誰の味方? 学園の生徒たちの味方じゃないの? ……確かに彼女は、うちの学園では異端の存在よ。素行も悪い、問題だらけの生徒よ。でも無実の可能性があるとしたら、だとしたら、私は彼女の味方になってあげたい。彼女を守ってあげたい」
     
    璃月は目を閉じて黙っている。
     
    「それが、私たちの “正義” じゃないの?」
     
    紬の話が終わると、教室に静寂が充満する。真白はキーボードを打つこともできず、唾を飲み込むこともできないまま成り行きを見守っている。
    どれほどの時間が経っただろう。
    璃月は目を閉じたまま、低い声を出す。
     
    「うきぐも薬局に連絡して。防犯カメラのチェックをさせてもらって」
     
    紬の顔がパアッと明るくなる。弾むように立ち上がると、
     
    「わかった!」
     
    とだけ答えて、教室を飛び出して行った。
    真白はホッと安心して思わず顔がニヤけた。途中、何だか様子がおかしくなり怖くなったりもしたが、これこそ自分が憧れた生徒会の姿だ。尊敬する璃月さんだ。
     
    「ありがとう……ございます……」
     
    ユナは口ごもりながらそう言うと、深々と頭を下げた。
    真白は驚くと同時に、ああ見えて殊勝なところがあるんだなと嬉しくなった。本当に悪い人などいないのかもしれない。彼女も何か些細なキッカケで変わるのかもしれない。
    璃月を見ると、先ほどまでのイラ立ちは消え去り、穏やかな微笑みを浮かべている。
    そしてこう言った。
     
    「勘違いしないで」
     
    え? 聞き間違い?
    真白は自分の耳を疑った。
     
    「紬は甘いのよ。こんなことしてたら、いつまで経っても理想の学園なんて作れやしない。言ったでしょ? テレビドラマみたいに無実の主張が通ることなんて絶対に無いって……」
     
    璃月は机に両手をつくと、ユナに顔を近づける。
     
    「罪を認める以外、あなたに残された道は無いの」
     
    再び真白を、ざわざわとした不安を襲った。



     
     
    こつこつなにかを書いています。 『どん底のまま終わるより、一夜の王になりたい』

    あなたへのおすすめ