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秘められた花園 <第十話/最終話>

    【登場人物】
    神花 璃月(3年生)  ……生徒会長
    黒崎 紬(3年生)   ……生徒会副会長
    小鳥遊 真白(1年生) ……生徒会書記
    鷹宮 ユナ(2年生)   ……不良生徒

    世界がひっくり返った。

    先程までこの空間を支配していたのは、間違いなくユナだった。しかし今、その玉座はぐらぐらと揺らいでいる。思わず腰を浮かせたユナの顔には、動揺が浮かんでいる。

    何がどうなっている……? まさか、ハメられたの……?

     「あなた、何者……?」

    「言ったでしょ。私は生徒会の副会長。ただ、副会長が会長より力が弱いとは限らない。本当の権力者はトップになんて立たないものよ? ナンバーツーの方がいろいろと都合がいいの」

     璃月が椅子から立ち上がり、背もたれの後ろに回る。
    紬は、璃月に近づくとその肩に手を置いて、

     「璃月はただのお飾り。全て、私の指示に従うだけ」

     そう言うと、璃月が座っていた椅子に座る。

     「記事にしたかったら、お好きにどうぞ。でも、あなたはもう記事を書くことができない。この学園にもいられない。近いうちに学園から処分が下ると思うわ」

     ユナは今にも膝から崩れてしまいそうだったが、精一杯、強がってみせた。

     「私は何も悪いことはしてない……濡れ衣よ!」
    「ここに証拠だってある」

     璃月が手にしたスマホを掲げて見せる。

     「そんなの証拠にならない! 私はハメられたの!」
    「残念ながらそんなの通用しないわ」

    紬はそう言うと、ドアに向かって声を飛ばした。

     「入っていいわよ」

     ドアがゆっくり開くと、目を丸く見開いた真白が入ってくる。口の中がカラカラに乾いている。本当は「ええええぇぇぇ!?」と叫びたいが、声が出ない。

    「ちゃんと聞いてた?」

     紬が声をかけるが、真白は返事をしない。

     「真白」
    「あ、はい……言われた通り、ドアの隙間から……」
    「すぐに記録して」
    「え?」
    「あなた、書記でしょう?」
    「……わかりました」

     真白は戸惑いながら、部屋の隅のパソコンに向かう。
    真白の準備が整うのを確認すると、紬はユナに説明を始めた。

     「私はあなたにエサを巻いたの。『生徒会長の黒い噂』というエサをね。あなたは、璃月の家庭環境を調べ上げた。そして、うまく利用すればお金になると踏んだ」
    「最初から、私をハメるつもりだったの……?」

     紬より先に、璃月が口を出す。

     「誘いにのってくれてありがとう。わざわざ手を切った甲斐があったわ」

     紬が、璃月を睨む。

     「余計なこと言わないで」
    「ごめんなさい……」

     真白はちらりと横目で璃月を見る。あんなに神々しかった彼女が今は色褪せて見える。

     「鷹宮ユナさん。あなたは今まで、正義の味方『テミス』としての立場を利用し、相手の弱みにつけ入り、脅し、かなりの金額を手にしてきた。バレないよう巧みに隠しながらね」
    「知らない……」

     ユナは激しく首を振る。

     「今さらとぼけたって無駄よ? 素直に罪を認める以外、ここから出る方法は無い」
    「聞いてください……これにはワケがあるんです……」
    「知ってる」
    「え……?」
    「あなたは、お小遣いが欲しくてこんなことを繰り返してたわけじゃない。ある人たちに脅されてる。そうでしょう?」
    「……」
    「クズ高の人たちね」
    「クズ……!」

     真白は思わず声を出しかけるが、璃月に睨まれ、慌てて口をつむぐ。

     「あなたはお父様の力によって、この学園に裏口入学をした。あなたほどの実力なら普通に入学できたのに。お父様としては不安だったんでしょうね。まったく、余計なことを……」
    「どうしてそれを……」
    「そういった秘密は、必ずどこからか漏れるものよ? ただ運が悪かったのは、どういうわけか、クズ高の人たちがその秘密を知ってしまったってこと」

     ユナは青ざめたまま、うつむいている。

     「あなたは、あの人たちに脅されてる。毎月毎月、お金をむしり取られてる。厳格なご両親に相談することもできない。かわいそうに……最初はこつこつアルバイトをしてたみたいだけど、それだけじゃ追いつかなくなった。やがてあなたは、新聞部の立場を利用することを思いつく。かなり危ない橋を渡ってたみたいね。よく今までバレなかったわ」

     ユナは、もうどこにも行けないと悟った。
    私は今、紬の手の平の上にいる。

     「あなたには夢がある。ジャーナリストになるという夢。立派な夢よ。こんなことで足を引っ張られたくない。夢を終わらせるわけにいかない。
    クズ高の人たちは約束したんじゃない? これで最後。今回で終わりにする。
    でも嘘ばっかり。当然よ。あの人たちにとってあなたは打ち出の小づち。簡単に手放すわけがない」

     ユナは両手で顔を覆って机に突っ伏す。

     「どうして……どうしてこうなったの……私はもう終わり……終わりよ!」

     慟哭しながら泣き続けるユナを見て、真白は少し同情をした。
    かわいそうに……彼女も犠牲者なのかもしれない……

    その時、

     「いいえ、終わりなんかじゃないわ」

     真白の耳に聞こえてきたのは、紬の落ち着き払った言葉だった。
    ユナがゆっくり顔を上げる。

     「私たちは、あなたを救いたいと思ってるの」
    「救う……?」
    「クズ高の人たちとは、私が話をつけてあげる」
    「無理よ……話の通じる人たちじゃない……」
    「大丈夫。親の力は、こういうときに使うの」

     親の力? 真白は紬の言葉を思い出す。確かお父様は、しがない公務員と言っていた。
    そんな真白の疑問に答えるように、璃月が説明する。

     「紬のお父様は、警察の人間。しかも、内閣総理大臣の承認が必要な役職におられるわ」
    「それって……」

     ユナの反応を見て、真白も察しがついた。つまり、一番上の役職ということだ。
    真白はパソコンに『ぜんぜん “しがなく” ないじゃない……』とタイプする。
    紬が微笑む。

     「あなたのお父様と違って、うちの父は私に甘いの。お願いすれば何だって聞いてくれる。あなたを脅してるクズ高の人たちを退学させることも、口封じすることだってできる」
    「そんなこと、本当にできるの……?」

     思わず、ユナは前屈みに身を乗り出す。

     「以前も同じようなお願いをしたことがあるわ」

     紬は自分の爪を見ながら言う。そろそろ爪を切った方がいいと思いながら。

     「それに、どうせあの人たちは、社会に出たって何の役にも立たない犯罪者予備軍よ? 芽は早いうちに摘んだ方がいいんじゃない?」
    「ありがとうございます……本当にありがとうございます!」

     ユナは立ち上がって深々と頭を下げる。そのまま土下座をしそうな勢いだ。

     「ただ……もったいないと思わない?」

     ユナは「え?」と顔を上げる。

     「あなたには、素晴らしい記事を書く才能がある。つまり、あなたの力で世論を操ることができる。その力を利用すれば、今まで通り……いや、もっともっとたくさんの利益を得ることができる。言ってる意味わかる?」
    「まさか……」
    「私たち生徒会はどんな手を使ってでも、この学園を素晴らしい学園にする。そのためには何かとお金が必要なの。割り振られた予算だけじゃ全然足りないわ」

     紬が何を求めているのか、勘の良いユナには分かった。
    紬は立ち上がると、窓へ向かって歩き始める。

     「言ったわよね? 『正義』というのは勝ち取るものだって。戦った末に勝った者が『正義』を得たことになる。敗者に『正義』は無い」

     そして閉じられたカーテンの隙間から、校庭の様子を見る。
    吹奏楽部やテニス部の生徒たちが、わいわい下校の途についている。

     「生徒会と新聞部が手を組めば、何だってできる。勝者になれる」

     紬は、ユナを振り返る。

     「この学園は、私たちのものになる」

     ユナは唾をゴクリと飲み込み声を絞り出す。

     「他に選択肢は……?」

     紬は笑顔のままさらりと、きっぱりと、最終勧告を告げる。

     「無いわ」

     ユナは観念したように顔を上げる。その顔にもう涙は無かった。

     「……どうやら、そのようね」

     璃月が、パソコンに手を置いたままボー然とこちらを見ている真白に声をかける。

     「あなたは? どうする?」

     真白は自分が話しかけられているということに、しばらく気づかなかった。

     「……え?」
    「決めていいわよ。記録した全てを公表して私たちを告発するか。あるいは、私たちと一緒に理想の学園を目指すか」

     紬が、ゴミ箱から、先ほど璃月が握り潰した黄色いルドベキアを取り出す。

     「よーく考えなさい。どちらが賢い選択なのか。あなたが本当に求めている『正義』はどっちなのか」

     そしてへしゃげたルドベキアを、そのまま花瓶に戻した。

     「ここは秘密の花園……私たちの完璧な楽園……」

     紬は、真白を真正面から見つめる。

     「そうでしょう?」

     真白は顔を伏せて、拳を硬く握りしめる。

     「……」

     ややあって、ノートパソコンをバンッと強く閉じる。
    そして顔を上げるその顔には……強い決意が浮かんでいた。

     「よろしくお願いします」

     紬は、親密な微笑みを浮かべる。

     「よろしく」

     紬が可笑しそうに笑う。
    璃月が続けて笑い、ユナも笑った。
    そして真白も、不適な笑みを浮かべながら、笑い始めた。


    <完>




     
     
    こつこつなにかを書いています。 『どん底のまま終わるより、一夜の王になりたい』

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