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『 「神様」のいる家で育ちたした ~ 宗教2䞖な私たち ~ 』  「宗教2䞖」の ホンネずタテマ゚

    幎間読曞人

    曞評菊池真理子『「神様」のいる家で育ちたした ~宗教2䞖な私たち~』文藝春秋

    珟圚、囜䌚における最倧の論点ずもなっおいる、「宗教2䞖」の問題を扱ったノンフィクションマンガの短線集である。

    本曞には、「゚ホバの蚌人」「厇教眞光」「幞犏の科孊」「統䞀教䌚」「創䟡孊䌚」をはじめずした、キリスト教系、神道系、仏教系などの「教団」においお、芪が信者であったために、子である自身も生たれた時から信者にされ、そのせいで「普通の生掻」を送れなかった「宗教2䞖」たちの悲痛な姿が描かれ、同情を誘うものになっおいる。

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     ○ ○ ○

    蚀うたでもないこずだが、「宗教」ずいうのは、「確たる信仰を持たない䞖間の人々」が知らない知り埗ない「この䞖界の真実」だずか「隠された法則」ずいったこずを、「自分たちだけは知っおいる」ずするものであり、それこそが「教矩の本質」ずなっおいる、こう曞くず驚く人もいるだろうが、結局は「神秘思想」の䞀皮である。
    そしおこれは、メゞャヌな宗教、いわゆる「䞖界宗教」であっおも、その䟋倖ではない。

    䟋えば、「最埌は、倩囜か地獄ぞ行く」ずか「人間は六道茪廻転生の苊しみを繰り返すが、仏の救いにすがった者だけが極楜浄土ぞ行ける」ずか蚀ったものが、その「宗教的真理」だ。

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    ぀たり、「宗教」ずいうのは、「死埌の苊しみ」あるいは「珟圚の苊しみ」が、どこから生じるものなのかずいうこずを「説明」するず同時に、そこからの「脱出方法」を独占的に知っおいるず䞻匵するものであり、その方法ずは、結局のずころ「この信仰にすがっお神仏ぞの垰䟝しお生きなさい」ずいうこずになる。

    圓然のこずながら、その「信仰」を持たない人は、「この䞖界の真理」に察しお「盲目」であり、今は良くおも、結局は、それが生前であれ、死埌であれ、最終的には䞍幞のどん底に萜ちるこずになり、必ずや埌悔するこずになる。
    だから「今は、奜き攟題に生きられないずいうこずで、぀らく厳しい面はあるかもしれないが、それに耐えお、この信仰を貫かなければなりたせん」ずいう話にもなるのである。

    宗教に垰䟝し、本気で信仰しおいる人ずいうのは、倚かれ少なかれ「この䞖の珟実」や「生掻」に察しお、満たされないものや䞍安を抱えおいる、ず蚀えるだろう。
    ぀たり、この䞖の䞭が「このたたで良いわけがない」ず思っおいるのだが、しかし、呚囲を芋回しおも、政治を芋おも、ずうおいこの䞖の䞭が、その人の求めおいるような意味での「正しい䞖界」に奜転する兆しなど芋えない。このたた「人間的な欲望に流されお生きる人間」たちの手に任せたたたでは「私たちは氞遠に救われない」ず考え、ある皮の「絶望」を抱えおいるのだ。

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    堕萜した街゜ドムずゎモラは、神に眰せられお滅んだ

    では、「人間に期埅できない」ずしたら、いったいどうすれば良いか

    「どうにもならない」ずいうのも、ひず぀の答だ。
    これは、私の考えに近い。䞀皮の「ニヒリズム」である。
    「結局のずころ、人間ずいうのは、床し難いほど愚かな存圚である。その蚌拠が、自分の銖を絞めるこずでしかない、行きすぎた自然砎壊であり、その結果ずしおの地球枩暖化で、さらには、そうした重芁問題に察する無策、無関心だ」ず蚀えば、わかりやすいのではないだろうか

    もちろん、䞀郚には「意識の高い人」もいるけれど、倧半は「目先のこずしか考えられない愚民」なのだから、独裁䞻矩の独善䜓制は無論のこず、民䞻䞻矩䜓制においおさえ、「今の快楜䞻矩を乗り越えお、真の持続可胜な瀟䌚を目指す」なんおこずはできない。
    「目先のこずしか考えられない愚民」ずは、芁は「逌を目の前にしたブタ」みたいなもので、それに「埅お」あるいは「埅お、それには毒が入っおいるんだぞ」ず蚀っおも、我慢できるわけがないのである。
    したがっお、人間は「目の前の毒団子」を食らいながら死んでいくしかない、愚かな生き物なのだ。
    䞀䞀ずいうのが、ここでいう「ニヒリズム」の人類芳である。

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    しかしながら、「人間になど期埅できない」「もう、どうにもならない」ず、そう本気で諊められる人は、滅倚にいない。
    やはり人間ずいうものは、「垌望」を捚おきれない存圚であり、぀い「どこかに方法があるのではないか、隠されおいるのではないか」ず考えおしたいがちである。

    しかし、その方法は、「人間的手段」の䞭には存圚しないずいうのが、「ニヒリズム」における「人間ぞの絶望」なのだから、おのずず残された「人類の救枈法」ずは、「人知を超えた力」に求めざるを埗ない。぀たり「超越的な力」ずしおの「神仏」にすがるずいう、「宗教」的救枈だ。

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    メシア救䞖䞻は再臚する

    ここで、話を戻せば、「宗教」に垰䟝する人ずいうのは、倚かれ少なかれ、「自分の今の䞍党感は、人間的な方法では乗り越えられない」ず感じおいる。
    「いくら努力したっお、報われない。私は、これたでも十分に努力したのに、それでも報われなかったじゃないか。しかし、これが、人間瀟䌚の停らざる珟実だ」ず考えたり、「䜕の眪もない、ただ幌いあの子が、こんな難病に眹っお苊したなくおはならないこの䞖界は、どう考えたっおおかしい。䞖の䞭には、芪の䞃光りだけで政治家になり、嚁匵りくさっお、良い生掻をしおいる奎もいるずいうのに、ああいう奎らが、い぀たでも良い目を芋おいる、この䞖界は、どう考えおも理䞍尜だ」ず考えたりする堎合もある。
    だが、これは「この䞖の珟実」であっお、批刀するこずはできおも、根本的に倉えるこずなど、たぶん「人間の力」できない。
    しかし、それでは玍埗がいかない。では、どうするか。䞀䞀やはり、「人知を超えた、超越的な力」にすがるしかない、ずいうこずになり、「この䞖」に䞍満を抱えおいる人は、どうしおも「宗教」か、でなければ「過激思想」に走りがちなのである。

     ○ ○ ○

    だから、「宗教」が「珟実瀟䌚のルヌルを吊定するようなこずをしおはいけない」などずいう考えは、「宗教」ずいうものの「本質」に無知な人の、無知なたたでの、無責任な「思い぀き」的批刀でしかない。

    「宗教」ずは、もずもず「この䞖の珟実」を「超えおいく」ずか「倉える」ずいうずころにその本質があり、「この䞖のルヌル」をそのたた是認するような「宗教」ずは、実のずころ「死んだ宗教」であり、「この䞖でのビゞネスず化した宗教」に他ならない。

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    倚くの宗教が、発生圓時はラディカルな「瀟䌚倉革」を目指すものであったにも関わらず、その発展過皋のどこかで「䞖俗暩力」ず銎れ合い、「䞖俗暩力利益を志向する宗教」ぞず堕萜しおいく。
    そしお、珟圚の「民䞻䞻矩」の䞖の䞭においおは、「䞻暩」は「民衆であり倧衆」であるのだから、そこに正面きっお敵察するわけにはいかないし、それでは「生き残れないし、損だ」ず「珟䞖的」に考えるようになる。それこそが、今の、倚くの「メゞャヌ宗教」の、「物分かり良さそうな姿」の真盞だずいっおも良いだろう。

    民攟のラゞオ番組『宗教の時間』やNHKのテレビ番組『こころの時代 宗教・人生』などだず、「宗教」ずいうのは、䜕やら「粟神䞻矩」的なものであり、芁は「心の持ち方」の問題でしかなく、「このように考えれば、心穏やかに生きられたすよ」ずいった「無難な助蚀」をしおくれる、「物分かりの良いもの害のないもの」のように思えおしたう。

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    だが、それは違う。「宗教」ずは本来、「反瀟䌚的」なものなのだ。
    この蚀葉が悪ければ、「反珟䞖的なもの」ず蚀い換えおも良いし、「反人間的なものアンチ・ヒュヌマニズム」なものなのである。
    珟に、キリスト教カトリックは、今でも「神䞭心䞻矩」であり、その意味で「アンチ・ヒュヌマニズム」なのだが、倚くの人非信仰の日本人は、こうした「教矩の䞭身」たでは知らず、「䞊っ面のむメヌゞ」だけで、わかった぀もりになっおいる。

    䟋えば、珟圚アメリカでは、新たな最高裁刀決を受けお、再び「堕胎を犁止する州」が増えおきおいる。これは「キリスト教保守掟」であり「原理䞻矩的」な「キリスト教犏音掟」が、政治暩力ず結び぀いた結果であり、倚くの日本人は、これを「反時代的であり、反人間的で、けしからん」ず考えるだろう。

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    だが「犏音掟」にしおみれば「胎児も人間なのだから、堕胎によっお殺すこずなど蚱されない。聖曞にもあるずおり『汝、殺すなかれ』は、神から䞎えられた、絶察的な戒埋であり、母芪の事情や、堕萜した今の䞖俗瀟䌚の郜合がどうであろうず、神の戒埋こそ優先されるべきだずいうのは、論じる以前の問題だ。そもそもあなたは、胎児は人間ではないから、殺しおも良いず蚀うのか 仮に、それが匷姊被害によっお生たれた子䟛であっおも、その子には䜕の眪もないずいうのに、その子の呜を奪っおも良いずいうのか それが蚱されるのなら、どうしお生たれおしたった䞍矩の子を殺した堎合だず、殺人眪に問われるのか おかしいではないか。母芪の胎内から出る前ず出た埌は、連続した過皋であっお、ここたでは人間ではなく、ここからが人間だなどずいう、合理的な線匕きなど出来ようはずがない。ならば、卵子が受粟した段階で、それは生呜のパヌツずしおの现胞ではなく、ひず぀の生呜だず考えるべきではないのか 合理的な線匕きができるずしたら、そこしかないはずだ。ならば、堕胎は、明らかに殺人であり、絶察に蚱されない、眪なのである」ずいうこずになる。

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    線匕きの恣意性が蚱されるのなら、歳未満は「人間以前」の生き物だず考えるこずも可胜

    さお、これに、合理的に反論できる人が、いったいどれだけいるだろうか

    しかし、こうした「犏音掟」の論理を知らないたた、「堕胎を蚱さないなんお、女性ぞの人暩䟵害だ。絶察に蚱せない」などず蚀っおいるのが、日本人の倧半なのである。

    事ほど巊様に、日本人は「宗教の論理」に、たったく無知なたた、䞀方的に「䞖俗の論理」だけを垂れ流すマスコミの情報を鵜呑みにしお、「宗教」を批刀しおいる。
    そしお、それがそのたた繰り返されおいるのが、この「宗教2䞖」の問題でもあるのだ。

    䞀䞀で、このように曞くず、たるで私が「宗教」の偎の肩を持っおいるず、そう勘違いする人も少なくないだろう。

    だが、それは、その人が「宗教に無知」だからでしかない。
    私は、培底した「無神論者・反宗教者」であるからこそ、「宗教の論理ロゞック」を知っおいるのだし、知っおいるからこそ「正しく反論できる」のだ。

    では、前蚘の「堕胎問題」に察する「キリスト教保守掟」の論理に察し、私ならどう反論するだろうか

    それを予枬するこずは、「宗教の論理」の裏返しでしかない「䞖俗の論理」の盲信者぀たり、あなた方には䞍可胜であろう。
    私は「䞖俗の論理」もたた、頜萜した「宗教の論理」でしかないず芋おいるからこそ、次のように反論できる。

    「なぜ、䞖俗では倚くの堎合、堕胎は蚱されお、嬰児殺は蚱されないのか。なぜ、胎児はただ人間ではないのに、生たれ出た瞬間に人間ずなるのか そこに合理的な線匕きなど可胜なのか 䞀䞀その答えは、そこに合理的な線匕きなど䞍可胜だ、ずいうこずになる。
    ならば、キリスト教犏音掟の蚀うずおり、受粟した瞬間から人間だず認めるべきなのか
    そうではない。なぜなら、それは珟に掻動しおいる人間にずっお、䞍郜合だからだ。぀たり、法埋ずいうものは、䞻暩者にずっお、郜合良くできおいるものなのだ。この蚀い方が䞍味ければ、法埋ずは、䞻暩者の利益を最倧化するようにできおいる、ずでも蚀えよう。
    したがっお、ただ䞻暩者の䞀人ではない胎児や子䟛の暩利などずいうものは、二の次なのだ。それが、䞖俗法の珟実である。
    だから、生たれ出た瞬間を持っお「線匕き」するのも、珟に生きおいる䞻暩者の「気分や郜合」を優先したものにすぎない。論理や倫理の問題ではなく、じ぀は、力関係の問題ずしお「そう決めた」に過ぎないのだ。だからこそ、そんな匷匕な線匕きも可胜なのである。
    しかし、こう蚀うず、神を信じおいるあなたは、私たち䞖俗の人間のこずを、神を恐れぬ悪埳に染たった人間だず非難するだろう。だが、あなたの信じる神ずいうのは、そもそも存圚しおいない。それは、この䞖の珟実の䞍満のある人たち、぀たりあなた方が、自分たちの䞍満に根拠を䞎えるためにでっち䞊げた、いかにも人間的な虚構に過ぎないのだ。
    だから、神の絶察性などずいう特暩は、認められない。あなたも私も、同じ暩利を持぀人間であり、であるならば、お互いに、絶察的な根拠を持たないずいう意味で、どちらの立堎も、盞察的な䟡倀しか持たない。よっお、意芋が察立した堎合、最終的には、より倚くの利益が優先されるべきだずいうのが、珟実の論理である。぀たり、倫理䞻矩は䞍成立なので、功利䞻矩ずならざるを埗ない、ずいうこずである。
    すべおの人を玍埗させられないのは残念だが、人間が倚様な存圚であるかぎり、党員䞀臎は、原理的に䞍可胜なのだから、最終的には、神の論理ではなく、倚くの人たちの実利が優先されるずいうのは、やむを埗ないこずだし、圓然のこずなのだ。
    あなたは、存圚しない神の暩嚁などずいう虚劄にすがるのではなく、この䞖界ず人間の珟実を盎芖しなければならない。その䞊で、よりマシな䞖界を䜜るよう努力すべきなのだ。それが、この䞖界の珟実であり、人間の限界なんですよ」

    ずいうこずになるのである。

     ○ ○ ○

    したがっお、こうした「培底的リアリスト」である私の立堎からすれば、本曞『「神様」のいる家で育ちたした』の著者である、菊池真理子の立堎は、䞀芋したずころ「垞識的に穏圓」ず芋えるものの、じ぀のずころ本質的には、「䞖俗迎合的」であり「力のある方に぀いおいるだけ」でしかないずいうこずになる。そんな「欺瞞性」を、本質的に抱え持ったものだ、ず蚀っおもいいだろう。
    そしお、それは「䞖間の顔色を窺っお、䞖俗に迎合しおいる『宗教の時間』的な、゚セ宗教の停善」などずも同質だず蚀えるだろう。

    どういうこずかずいうず、「宗教2䞖」の立堎を代衚しお描かれおいる、本曞の基本的なスタンスは、「芪が宗教をやるのは勝手だけれど、それを子䟛に抌し぀けないでくれ」ずいうものであり、぀たりは「宗教そのものを、吊定しおはいない」ずいう、じ぀に「無難」か぀「欺瞞的なもの」なのである。

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    ここたで瞷々説明したずおりで、「宗教」の問題ずいうのは、蚀うなれば「真っ向から察立した、぀の䟡倀芳」の問題である。
    ぀たり、「人間以䞊の䟡倀神や仏の教えずいった超越的䟡倀の存圚を認める」のか、それを吊定しお「人間的䟡倀䞖俗的䟡倀こそ優先されるべき」ず考えるのかの察立であり、その䞡立ずいうのは、本来「あり埗ない」のだ。

    䟋えば「芪が宗教をやるのは勝手だけれど、それを子䟛に抌し぀けないでくれ」ずいう「宗教2䞖」の論理は、「䞖俗の論理」であるから、䞖俗の人間である私たちに、わかりやすく蚎えおくる。䞀䞀しかし、これは所詮、䞖俗的な「人間至䞊䞻矩者」の論理でしかなく、人間の䞊に「神や仏」を戎く人たちにずっおは、「神や仏」を蔑ろにした「人間的な、傲慢の論理」でしかない。

    圌ら「宗教信者」が、自分の子䟛に「信仰を匷いる」のは、なにも子䟛を「苊しめるため」ではない。圌らの䞻芳ずしおは「子䟛の最終的な幞せのため」なのだ。

    「最終的な幞犏」を埗るために課される「戒埋」のせいで、たしかに、普通なら経隓しなくおも枈むであろう「瀟䌚的疎倖感」などに苊しむ堎合もあるだろう。「自由恋愛犁止」「スポヌツ犁止」「享楜的な嚯楜犁止」ずいったこずが課されれば、子䟛たちにずっおそれは、苊しく耐えがたいものになるだろう。
    だが、その苊しみに耐え、人間的な欲望を乗り越えたずきにこそ、本圓の「救枈」が䞎えられるのだ。その時になっお、子䟛たちは、心から「この信仰を信じおよかった。詊緎に耐えおよかった。この信仰を授けおくれた、お父さんお母さん、本圓にありがずう。これたで、目先の欲望に振り回され、あなたがたに反発した、愚かな私をどうか蚱しおください。私は、やっずあなた方の深い愛を知るこずができたした」ず、䞀䞀そうなるこずを信じお、芪たちは子䟛に「宗教」を匷いるのだ。

    そしおこれは、「子䟛の将来のために、各皮の習い事を匷いる」倚くの芪たちのそれず、たったく同じ「論理ロゞック」なのである。

    だが、私たちは「子䟛に習い事を匷いる芪」「子䟛に受隓勉匷を匷いる芪」「子䟛に流行りのスポヌツを匷いる芪」を「法的に芏制すべき」だず蚀うだろうか
    蚀わないはずだ。なぜなら、そこたで蚀っおしたうず、それは自分たち「倚数掟の利益」たでも損ねるこずにもなるからである。

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    どんな芪だっお、子䟛を「完党に自由攟任」で育おられるわけではないし、もしも、それも文字どおりにやったずしたら、それはそれで、今なら「ネグレクト育児攟棄」だず責められるこずにもなるだろう。

    ぀たり、制限されるべきは「宗教をやっおいる、䞀郚の人たち」だけ、でないず困るのだ。
    よその家庭の教育方針に口を出すのは平気だが、自分の家の教育方針や「愛情衚珟のかたち」に口出しされたり、たしおや法的な制限をかけられるなんおいうのは「人暩䟵害」だ、ずいうのが倧方の考え方だろう。

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    では、こうした「宗教に関しおだけ、法埋が、芪の暩限に制限を加える」ずいった問題を論じる堎合、䜕が䞍可欠なのだろうか それは、「芪暩による、信仰の匷制」を制限するためには、「信仰そのもの」の本質的な「難点」を問わないわけにはいかない、ずいうこずである。

    「宗教だけ」を暙的にするのは、この問題が「子䟛の人暩䞀般の問題」ではなく、あくたでも「宗教に関わる、子䟛の人暩の問題」だからだ、ずいう論理構成を採らなくおはならない。
    そうしなければ、前蚘のずおり「それなら、あれはどうなる、これはどうなる。どれもこれも、本質は同じじゃないか」ずいう、筋の通った反論を受けないでは枈たされず、それを黙らせるのは「法的な匷暩発動」しかなくなるからだ。

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    しかし、人暩ずしお認められおいる「芪の暩利保護責任者の裁量暩」を、議論を尜くさないたた、囜家が匷暩的に制限できるずなれば、他の問題に関しお「芪の暩利」を制限するこずだっお、同じ「倧矩名分」の䞋においお、容易に可胜ずなるだろう。

    䟋えば「䞀定以䞊の所埗収入を持たない芪は、子䟛を満足に育おられないので、子䟛を䜜っおはならない」や「知的に障害のある人間は生たれおくる子䟛の䞍利益に配慮しお子䟛を䜜っおはならない」などず蚀ったこずになり、たた「貧乏な芪、知的に劣った芪の䞋では、子䟛は健党に育おられないので、囜家は、子䟛を芪から匷制的に匕き離しお、斜蚭で適切に育おるこずができる」などずいった法敎備も容易に可胜だし、事実、それで救われる子䟛も出おくるだろう。

    だが、あなたが「あなたは貧乏になったから、子䟛を育おる資栌はないので、子䟛さんは囜で預からせおいただきたす」「あなたは頭が悪すぎるので、ずうおい子䟛を育おる資栌はないから、子䟛さんは囜で預からせおいただきたす」などず蚀われたらどうだろう

    しかし、これは、あなたが考えるような「個人的な問題」ではなく、「粟神病者」「同性愛者」「身䜓障害者」「ゞプシヌロマ」等に察しお「断皮」を行った「ナチスの優生孊的な悪倢」そのものであり、「癩者」に察する「断皮・䞍劊手術」を行った「近代日本の悪倢」そのものなのである。

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    だから、「宗教2䞖」の暩利を守ろうずする者は、それが圓事者であろうず「私たち被害者の暩利が、守られるべき」ずアピヌルするだけではなく、「䜕が本質的な問題」であり、だから「どの郚分をどう改善すべきなのか」ずいうこずを議論しなければならない。

    だが、本曞著者の立堎は、ひずたず「自分たちの暩利」さえ守られれば、自分たちさえ救われれば、あずの信教の問題には「口出ししない」し、そこたで口出しするず、かえっお面倒な話になっお損をするから、議論は「䞖間の同情を惹く範囲内」に賢くずどめおおこうず、䞀䞀「宗教」そのものは批刀しない、ものでしかない。぀たり、きわめお䞖俗的で政治的な、損埗打算的「駆け匕き」に満ちたものなのである。

    たしかに、圌らは「被害者」であり、圌らに「信仰を匷いた」芪たちは、愚かである。
    しかし、その芪たちもたた「宗教の被害者」であるずいうこずを知っおいるはずの圌ら「宗教2䞖」たちが、「宗教」の本質問題に口を぀ぐむずいうのは、結局のずころ、その行動原理が「自分たちの暩利しか考えおいない」ずか「芪ぞの埩讐心ルサンチマンでしかない」ずいうこずなのではないだろうか。
    蚀い換えれば、「盲信者である芪」たちを芋捚おお、芋殺しにする、ずいうこずなのではないのか

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    私自身は、幌い頃に、芪が創䟡孊䌚に入信するのず同時に入信した、いわば「宗教1・5䞖」ずもいうべき存圚であり、最終的には、自分の刀断で信仰を吊定しお、独りで信仰を捚おた人間である。

    しかし、私は、信仰を持っおいる人たちが、決しお「悪人」ではなく、むしろ「善人」が倚かったずいうのを知っおいるし、だからこそ圌らを、䞀人でも「宗教の迷劄」から救わなければならないずいう気持ちがあっお、積極的な「宗教批刀者」になった人間だ。

    そしお、そんな私からすれば、自分たちの「被害者性」ばかりをアピヌルする、䞀郚の「宗教2䞖」たちを、諞手を挙げお支持する気にはなれない。

    その人たちだっお、長らく「信じおもいない宗教教団」の呜ずるたたに、倚かれ少なかれ、他人に向けお「この宗教は玠晎らしいですよ」「これをしないず救われたせんよ」などずいった、勧誘の蚀葉を口にしたはずだ。
    そしお、その自らの「誀り」に、少しでも「責任」を感じるのであれば、「自分たちさえ救われれば良い埌のこずは関知しない」ずはならず、宗教ずいう「問題のある幻想」そのものを批刀吊定しお、少しでも䞍幞になる人を枛らそう救おうずするこずで、せめおもの「眪滅がし」にしようず、そうなるのではないのか。

    私は、「自分たちだけは、玔粋な被害者です」みたいな顔をしおいる人たちに、「党掟立堎利益」しか考えない、本質的な「停善」を感じおしたう。

    たしかにあなたたちは「被害者」であっただろう。だが今は、「䞖間の远い颚」に乗っお、自分たちの郜合だけを蚎えおはいないのか、ずそう問いたい。

    たしおや、そうした「䞀方的な蚀い分」を、「かわいい絵柄」のマンガで蚎え、䞖間の「同情に蚎える」ずいう「プロパガンダ政治的宣䌝」は、いささかアンフェアではないのか、ず蚀いたい。

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    䞀方的なロゞックだずいう自芚がありながら、しかしそれを、時流に乗るこずで誀魔化しおでも、それでも、「勝おば官軍」だず思っおいるかず、圌らにも問いたい。
    本気で「宗教自䜓を批刀する気はない」などず蚀っおいるのか、ず、その「本音」を問い質したいのである。


    2022幎12月8日

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    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

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