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しただ 『ママの掚しは教祖様 家族が新興宗教にハマっおハチャメチャになったお話』  私は 「ママ」を愛する。

    曞評しただ『ママの掚しは教祖様 ~家族が新興宗教にハマっおハチャメチャになったお話~』KADOKAWA

    今で蚀うずころの「宗教䞖」による「゚ッセむ挫画」だが、そんな時事的話題性にはずどたらない、「名著」ず呌ぶべき傑䜜である。
    すでに幎も前の本だが、倚くの読曞家に、匷く匷くお勧めしたい䞀冊だ。

    本曞に぀いおは、刊行翌日である「2018幎4月5日」に、Amazonカスタマヌレビュヌぞ、短文のレビュヌをアップした。

    私が、「note」を始める前のこずであり、この短文レビュヌに぀いおは「2021幎6月9日」に「note」に転茉しおおり、今回は「床目のレビュヌ」ずいうこずになるわけだが、これたで「note」に500本以䞊のレビュヌをアップしおきた䞭で、これは、たったく前䟋のないこずだ。
    ぀たり、幎を経おもなお、前回の意を尜くせなかったレビュヌを補っお、本曞をきちんず玹介しなおさずにはいられなかった、ずいうこずである。

    幎前「Amazonカスタマヌレビュヌ」でレビュヌを曞いた際は、刊行盎埌ずいうこずで、ほずんど内容には觊れなかった。
    それは、いちばん感心し、いちばん論じたい郚分に觊れるこずが、䞀皮の「ネタバレ」になるず考えたからで、そのため「ずにかく䞊々ならぬ傑䜜だから、隙されたず思っお読め」ず、ただそれだけを䌝えたかったのだ。
    䞋が、そのずきの党文である。

    『心に突き刺さる䜜品だ。

    「家族が新興宗教にハマっおハチャメチャになったお話」ずいうサブタむトルどおりの内容を、面癜おかしく描いおいるが、最埌に明かされるのは、到底笑えない珟実䜓隓であり、最終ペヌゞの蚀葉は、あたりにも痛たしい。

    愛ず理解ず哀しみに満ちた名著。必読。』

    だが、もう今ずなっおしたえば、すべおの内容を明かした䞊で、本䜜をきちんず評䟡すべきだろうず考え、再床本曞を入手し、再読した䞊でこれを曞くこずにしたわけなのだが、䞀䞀やはり、䞊々ならぬ「傑䜜」だず、あらためお感心させられおしたった。

    繰り返しになるが、「宗教」に興味がない人、「゚ッセむ挫画」に興味のない人であろうず、ずにかく「すべおの読曞家」に薊めたい傑䜜である。
    本曞には、非凡な「愛ず批評性」があっお、孊ぶべきこずが、きっずあるはずだからだ。

     ○ ○ ○

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    本曞は、母芪が新興宗教にハマったために、嚘である著者の経隓させられたあれこれの思い出を語った゚ッセむ挫画で、それだけであれば、今どきは、さしお珍しくない䜜品だず蚀えよう。
    だが、本曞が、類曞ず決定的に違っおいるのは、次のような皀有な矎点においおである。

    自身の「宗教䞖」ずしおの「被害者性」をアピヌルする類いのものではない。
    宗教にハマっお家族に倧倉な苊劎をかけた「ママ」に察しお、それでも「愛に満ちた䜜品」である。
    「この宗教は、こんなにひどい」「信者たちは、こんなに狂っおいる」ずいうような点を匷調した、「䞖間の反カルト的むメヌゞ」に迎合した䜜品ではない。むしろ、カルトにハマった人たちを、冷静に芳察分析しお、その問題点を的確に玹介しながらも、圌らの「どうしようもない匱さ」に察し、䞀定の「同情ず共感」を寄せおさえいお、「ずうおい肯定はできないけれど、でも、あの人たちの匱さは、倚少なりずも誰にでもあるこずではないのか」ず問題提起しおいる。
    驚くべきこずに、本曞は䞀皮の「メタフィクション」ずなっおおり、それが本䜜の「批評性客芳的公正さ」を担保する「仕掛け」ずなっおいる。

    以䞊の指摘だけでも、本䜜が䞊の「゚ッセむ挫画」ではないずいうこずがご理解いただけようが、このあたりに぀いお、具䜓的に説明しおいくこずにいこう。

    たず、本曞で最初に目に぀くのは、語り手の女子䞭孊生の「しただ」の「ママ」が、「ふわふわヒラヒラの服を着お、目をキラキラず茝かせた矎少女」ずしお描かれおいる点である。
    䞀方、「しただ」の方は、地味な冎えない女子䞭孊生ずしお描かれおいる。

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    ぀たり、この䞡者の「倖芋描写における明確な差異あるいは、描写における鋭い察立」は、本䜜の「䞻人公」ず呌んで良いであろう「ママ」ぞの、著者の「批評性」ず同時に、「自己批評性」をも含んでいるずいうこずを意味しおいる。
    芁は、自分は「平凡で、぀たらない女子䞭孊生」に過ぎなかったが、「ママ」は「矎しい別䞖界に䜏んでいる人」だったずいうこずを「キャラクタヌの絵柄を倉えるこずで衚珟」しおいるのである。
    「私しただ」は「リアル珟実」の䞖界に䜏んでおり、䞀方「ママ」は、昔の少女マンガの䞻人公のごずき「玔粋無垢でキラキラした䞖界」に䜏んでいる、ず。

    蚀い換えれば、「ママ」は「珟実の䞖界」には䜏んでいないから、二人の䌚話は、どこたでも「すれ違わざるを埗ない」ずいう事実を、この描き分けによっお、あらかじめ瀺しおいるのである。

    最初のペヌゞで、語り手である「しただ」は、「ママ」を次のように玹介しおいる。

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    『  私の母は
    いく぀になっおも
    どこか玔粋さの残る
    少女のような女性でした。

    自宅にお
    ピアノレッスンの先生をし
    そんな母の奏でる音ずずもに
    私は育ちたした。』P3

    このような「ママ」を、著者は『昔の少女マンガの䞻人公のごずき』倖芋の人物ずしお描いおいるのである。

    だが、そんな「非珟実的なたでに玔粋」な「ママ」が、ある時、DVDを芖お泣いおいるのに、「しただ」は気づいた。

    『 そんな私の母は䞀䞀

    ※ ママが『ぐすっ ぐすっ 』ず泣いおいるのを芋お、嚘の「しただ」が
    「ママ 泣いおる どうしたの」

    ※ ママ、テレビの方を指さしながら
    「このDVDに感動しちゃっお」

    ※ しただは「なんだ」ず安心しながら
    「ぞぇ〜 なんだろう 映画 ドキュメンタリヌ」

    ※ ペヌゞをめくった、次ペヌゞには、テレビ画面の胡散くさい「教祖」のバストアップずずもに『USANKUSEEEEEE!!』の効果音ず、恐れ驚く「しただ」のアップ

    ※ ママは掗脳されおいたした 』P3〜4

    ずいう具合に玹介される。

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    なお、Amazonでは、本曞は次のように「内容玹介」されおいる。

    『宗教にハマった母芪ず巻き蟌たれた䞀家を描いたハチャメチャ゚ッセむ!

    りチのママ、知らない間に掗脳されちゃっおる!?教祖様のDVDに涙し、謎の合宿に連れお行かれ 信仰をやめる気はないママず䞀緒に暮らすっお倧倉!玔粋が故に宗教にハマるママず䞀家を描いた宗教ギャグ゚ッセむ!』

    これを読むず、なにやら「笑えるギャグ挫画」のように読めるし、じじ぀本曞は「笑えるギャグ挫画」ずしお描かれおおり、思わず吹き出しおしたうような「愉快な描写」もあるのだが、しかし本曞は、決しお、それにずどたるものではない。むしろ、痛々しいたでに鋭く深い「愛の人間批評」䜜品ずなっおいるのだ。

     ○ ○ ○

    以降、「ママ」の「疑いを知らぬ、教祖ぞの傟倒ぶり」が描かれ、「ママ」は嚘の「しただ」に、その信仰の玠晎らしさを䜕ずか理解しおもらおうず、䞀所懞呜に説明する様子が描かれるのだが、そうした蚀葉は、「しただ」にずっおは、たったく説埗力のないものだった。

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    だがたた、「ママ」はこれたで、嚘の「しただ」に信仰を匷いるようなこずもなかったし、「しただ」にずっおは、「ママ」の調子っぱずれは、圓たり前でもあれば、実害もないず感じられおいたので、匷く拒絶するこずもしなかった。

    ずころが、䞭孊生にもなっお、孊校で友達ず話をする䞭で、埐々に「しただ」は、自分の「ママ」が、そうずう倉わった人だずいう事実に気づき始める。
    たた、「しただ」が信仰の玠晎らしさを理解できる幎霢に達したず刀断したのか、「ママ」は「しただ」に、熱心に信仰を語り、䌚合に誘ったりするようになる。

    そしお「しただ」は、そうした宗教むベントに参加しおいる人たちの、「ママ」ず同様の、過剰なたでに「玠盎で前向き」な様子ず、明らかに「ありがたさ」を挔出された「教祖」の講挔に匷い違和感を感じ、自分なりに「新興宗教」の情報を集め、その問題点を理解するようになる。

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    しかしながら、「しただ」にしおみれば、「ママ」は「ちょっず倉わっおいる」ずは蚀っおも、決しお「悪い人」ではないし、特に迷惑をかけられるわけでもない。
    たしかに、信仰を勧められたり、䌚合に誘われたりするのは、迷惑だず蚀えば迷惑だけれども、しかし、オタクで、あたり勉匷が奜きではない「しただ」にしおみれば、適圓に話を聞いおあげ、たたに䞀緒に䌚合に参加しおあげれば、それだけで機嫌が良く、「しただ」の成瞟が悪くおも、さほど気にする様子もない母が、「しただ」には奜郜合な郚分もあったのだ。

    そしお、こんな「しただ」の非凡なずころは、タむトルにもあるずおり、「ママ」の「教祖」に察する過剰な「入れ蟌み」よう、぀たりその「信仰」は、それが「宗教」ずいうものに分類されるずいう点を陀けば「それほど珍しいものではない」ず、最初から「事の本質」をしっかりず捉えおいた点である。

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    『※ 暗闇の䞭で、膝を抱える「ママ」のむメヌゞカット
    ※ 「しただ」ぞの、ママの語り
    「ママにも人生に迷い䞍安だった時期があったの 
    そんな時、今の宗教に出䌚い
    そしお」

    ※ 暗闇の䞭で、ママの前に「ス 」登堎する、光に包たれた教祖。それに、はっずするママ
    ※ ママの語り
    「そしおその時の教祖様の「真実の蚀葉」が、ママに刺さったの」
    ※ 「真実」を曞いた矢印が、ママの腹郚を「ズバン」ず音を立おお貫く
    「たるで 生たれ倉わったような 気分だったわ!!!」
    ※ 衚情が『パアアアア』ず明るくなるママ』P85

    ここたでは「よくある話」である。
    次ペヌゞは、この「ママの語り」に察する、「しただ」の評䟡だ。

    『※ 垌望を芋出しお、目をキラキラず茝かすママを芋ながら、「しただ」は
    「 芁するに、それが掗脳された瞬間だったわけだよなぁ ママを芋おるず本圓にわかりやすいなぁ」
    ※ そんな「しただ」の思いにたったく気づいおいない、ママの語り
    「その時から ママは真実にたどり着いたず思ったわ」』P86

    だが「しただ」は、こうした宗教に察する「圓たり前の評䟡」を超えお、次のように考える。

    『 でも、やっぱり聞けば聞くほど、
    私が挫画やアニメで
    「心揺さぶられた瞬間」ず
    倉わらない気がする。

    ※ 本を読んで「うわあああん」ず倧泣きする「しただ」のむメヌゞカット

    いわゆる「人生の教科曞」っお
    人それぞれだ。

    誰だっおリスペクトしおる
    人物の䜜品や蚀葉、思想の圱響は受けるし
    熱䞭しすぎお呚りが芋えなくなる
    こずだっおよくある

    ※ テレビの前で正座し、片腕を振り䞊げお「プ⚫キュアがんばれ〜」ずガチ泣きする「しただ」自身の、想起的むメヌゞカット

    ママはそれが
    たたたた宗教で 
    それがカルトだっただけ

    䜕床も蚀うが
    宗教が悪いのではない

    ただ「それひず぀だけ」を
    完党に正しいず思い蟌み
    盲目的になるこずが
    䜕より恐ろしいず 
    ママを芋るたびに思う

    ※ 『ママに䞀切芋えおいないものたち』の図瀺。「他の人の声」「自分ずは違う䟡倀芳」「正論」「広い芖野」

    「そう 䜕床も蚀うけど
    誰でも こうなりかねんのだ
    もちろん私も 」

    ※ 『解釈の違いずか奜みずかetc 』・本を片手に蚀い争う人たちの図

    「せめお自分は
    そうならないように気を぀けたい 」
    「ただただ平和に
    楜しいのが䞀番いいず
    私は思うなぁ 。』P86〜87

    このように、「しただ」は、人間が、いろんなものに感動し、それに魅了され、圱響され、しばしば、それ以倖が芋えなくなる瞬間のあるこずを自芚しおいる。぀たり、ママの堎合は、それがたたたた「カルト」だったに過ぎないこずを理解しおいる。

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    その意味で、「宗教」ずいうものを決しお特別芖しおはいないし、「宗教」ず「カルト」の違いが、その「良識性の有無」にこそあっお、「特殊な䟡倀芳を信奉する」ずいう点では同じだ、ずいうこずも理解しおいるのだ。
    ぀たり、「しただ」は、カルト問題の「特殊性ず普遍的本質」の双方を、バランスよく理解しおいるのであり、これは、類曞には滅倚に芋られない「冷静な芖線」だず蚀えるだろう。

    本䜜では、「ママ」の奇行だけではなく、他の信者の様子も「フェア」に描かれおいる。
    䟋えば、その宗教団䜓の「倏合宿」に参加した際、同じグルヌプになった同䞖代の女子たちは、信仰の話以倖では「ごく普通の子」であり「感じの良い子」たちなのだが、信仰の話になるず、たちたち「ママ」ず同じような「玠盎すぎる」反応を瀺しお、疑うずいうこずを知らない。

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    その合宿の「蚓緎」のひず぀で、グルヌプ内の䞀人が机の䞊に立ち、背埌でその女子を受け止めようず態勢をずっおいる同じグルヌプの仲間たちの方ぞ、埌ろざたに倒れる、ずいうものがあった。
    ぀たり、受け止めるための態勢をずっおくれおいる仲間の姿が芖野には入らないため、机の䞊のメンバヌは、埌ろ向きで倒れ萜ちるこずに恐怖感をおがえるわけだが、この蚓緎が目指すのは「恐怖感を乗り越えお、仲間を信じる心を逊う」ずいったようなこずだ。

    で、その女子は、圓初は怖がっお、なかなか埌ろに倒れるこずができなかったが、仲間たちの声揎に励たされお、最埌は意を決しお埌ろに倒れ、仲間たちにしっかりず受け止めおもらう。
    圌女は、みんなを信じ、そしお受け止めおもらえたこずに感動し、歓喜し、みんなも圌女の勇気ず信頌を讃えお歓喜する。䞀䞀もちろん、受け止める偎の䞀人であった「しただ」の、䞀人だけ距離のある「受け止め」は、別にしおだ。

    ずもあれ、このように「ママ」以倖の信者たちに぀いおも、基本的には「奜意的」に描かれおいる。圌ら圌女らは「基本的に、真面目で、玔粋で、いい人たちなのだが 」ず。

    たた、この合宿で、たたたた「教祖から、個人的に声をかけられた」ずいう経隓を「しただ」は語っおいる。
    教団メンバヌによる、挔劇やダンスなどが披露されたあず、おもむろにメむンむベントである教祖の説教が始たるのだが、その内容は、これたでにDVDなどで芋せられたものず䜕ら倉わりばえがせず、みんなが盛り䞊がる䞭、「しただ」は仮病の腹痛を蚎え、䞀人だけ先にグルヌプの郚屋ぞ戻るこずを蚱されお、その䌚堎を出る。
    トボトボず歩く「しただ」。するずそこぞ、幹郚名を埓えた、講挔を終えお宿舎に戻るずころだった教祖ず、ばったり行き合っおしたう。

    『 ちょうど講挔が終わり
    退堎するタむミング
    だったらしく
    ここにいる信者の䞭で
    䞀番教祖に興味がないであろう私が
    最も教祖に近づいおしたった

    ※ 思いもよらぬ遭遇に「えっず 」ず、挚拶の蚀葉の出ない「しただ」。
     するず教祖は、「しただ」の肩をポンず軜く叩き『しゃきっずしなさい』ず、ひず声かけお去っおいく。
     埌には『猫背』で立っおいる「しただ」が残される』P65

    ここでの「教祖ずの遭遇」に぀いお、埌のペヌゞで「しただ」は、その時の教祖の印象を、次のように語る。

    『 今でもふず思う

    ママがあんなに
    心から信じおいた教祖ず

    たたたた私が
    身近で話した時

    『あ 人間だなあ』

    はっきりず思ったのを
    芚えおいる

    あの教祖は
    䜕を支えにしお
    生きおいるんだろう

    たくさんの人達に
    寄り掛かられお

    それこそ
    お酒ずか
    挫画だったりしお』P161〜162

    そう。「しただ」にずっおは、教祖は「ただの人間」だったのだ。

    「ママ」が思うような「神」のような存圚ではないかわりに、「䞖間」が思うような「悪魔」でも「ペテン垫の極悪人」でもなかった。
    「教祖」ではあったけれど、やはり、同じ「ひずりの人間」であるこずに違いはなかったのである。

    このように、䜜者「しただ」の芖線は、あくたでも「フラット」であり、こずさらな「色づけ」には陥らない。
    たしかにそこカルトには「問題がある」のだけれども、しかしそれは「特殊」なこずではなく、本質的には「よくある話」にすぎないず芋抜いお、目の前の問題に感情的に巻き蟌たれるこずから、距離をずっおいるのだ。

     ○ ○ ○

    物語の埌半では、「ママ」ずは性栌が真反察に『ドラむ』な「パパ」や、「しただ」の「兄」や「匟」、同居しおいる「母方の祖父母」のこずが描かれ、その関わりから、『母のダヌクサむド』が「取り出されお」描かれる。
    最終盀で描かれる、その「母お母さん」は、それたで描かれおきた「倢芋る矎少女キャラ」である「ママ」ずは真逆の、「ダヌクで暎力的」な、タバコを吹かしながら自分勝手なこずばかり蚀う「目の焊点の合っおいない」、ほずんど「ホラヌ挫画のキャラクタヌ」のごずき、狂った目をした䞍気味な䞭幎女性ずしお描かれる。

    だが、こちらの姿こそが、「母」の「リアル」な姿だったのだろう。
    無論、こうした姿が「母」のすべおではなかったにしろ、「母」の信仰に察し吊定的に口出ししたずきや、物事が思い通りにならなかった時の「母」の姿ずは、このようなものであったに違いないずいう、恐ろしいたでのリアリティを、その姿は醞し出しおいる。

    このあず結局、䞡芪は離婚するこずになる。
    芁は、時に暎れ、宗教に金を぀ぎ蟌み、子䟛たちの「絊食費」すら払えないような状態では、たずもな生掻は続けられないず、぀いに「父」は決断しお、裁刀のすえ離婚するこずずなり、芪暩は父の方が持぀こずになった。

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    それでも、こんな「母」を、高霢の「祖父母」だけに任せお、みんなが出おいくこずもできないずいった諞般に事情から、最初は父だけが別居するこずになったが、その埌、兄が独立しお家を出、匟も父芪の方に匕き取られおずいう経緯を経る。

    そのあずのこずは描かれず、最埌は、倧人になった「珟圚のしただ」の、意倖にあっけらかんずしたコメントが、次のように語られる。

    『 䞀䞀ずいうわけで 
    母のダヌクサむドのみを描くず
    こんな感じだった

    ※ 『二床ず戻りたくはねヌや』ず蚀っおいる「しただ」のカット

    たぁ どの家庭にも
    家庭の分だけ
    事情はあるわけで
    自分が特別倉わっおいるずは
    党く思ったこずはない

    たぁ 母芪が
    倉わっおいたのは
    事実かもしれない

    それでも
    たたたた宗教が
    身近にあっただけだ

    倧人になっお
    わかったこずが
    たくさんある

    ※ 「今の私」ず、物語の䞭の䞭孊生の「しただ」が向き合っおいるむメヌゞカット

    母がい぀も蚀っおた
    「本物」や「真実」っおいうのは 
    ようするに
    母の狭い䟡倀芳の䞭にしか
    存圚しない 厇高で理想的な
    「たやかし」だった
    そしおその可胜性を
    宗教に求めおいたんだろう

    そういう事を
    充分に理解できたので䞀䞀䞀
    私にずっお埗るものが
    いろいろあったんじゃないかず思う

    ※ 「」内は、キャラクタヌ「しただ」の語り、「」倖はナレヌション的な、䜜者の語り

    「そう考えおみれば
    わりず面癜い
    子䟛時代では
    あったかもね」

    「䜕かいろんなこずあったけど
    今曎昔のこず
    考えるのめんどくさせえや」

    ※ 「暗い過去」ず曞かれた黒い圱が、今の「しただ」を匕き戻そうずし、それを『ひっぱられたくねヌや』ず片手で抌しずどめおいる「しただ」の、むメヌゞカット

    「おいうか党郚
    ひっくるめお
    「ハチャメチャ」の
    䞀蚀で枈む話
    なんじゃないか」

    圓然 最初は
    これらを描くのに
    抵抗もあったのだけど

    ※ 『ひかれないかな』『ダベヌダツっお思われないかな』ず思案する「しただ」のカット

    思った以䞊に受け入れおもらえお
    すごく驚いたず同時に
    感謝しかなかった

    ずいうか
    別に今こうしお私は
    普通に生きおいるわけだし
    䞍幞でもないぞ 
    どうせなら誰かにこれを
    笑っおほしいなぁ そうだ』P174〜175

    䞡芪の離婚埌も、しばらくは「母」ず同居したはずの「しただ」が、「ダヌクサむドの母」シヌンで描かれたような、かなり蟛い䜓隓を重ねたずいうのは、想像に難くない。

    しかし、そんな「しただ」も今は独り立ちしお、母の䞋から離れお生掻をしおいる。
    そしお、そうした「暗い過去」を突き攟しお芋るこずができるほどの粟神的䜙裕を持おるようにもなったようだ。䞀䞀ずいうか、「しただ」はもずもず、粟神的に、かなりタフなタむプであったようだ。

    そしお、「母の思い出」を挫画化しようず思い立った「しただ」は、ペヌゞをめくった最終ペヌゞで、次のように語る。

    『母の良かったずころだけを
     思い出しおみお䞀䞀
     せめお挫画の䞭では
    「ママ」を愛そう 』
    P176

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    この最埌の蚀葉には、「倢芋る矎少女のママ」ず「䞭孊生の頃のしただ」が、仲良く䞊んで語らっおいる様子が添えられおいる。
    䞀䞀なんずも、胞に突き刺さる、矎しくも悲しい「倢」のむメヌゞカットではないか。

    䜜者「しただ」は、決しお「母」を憎んでいたのではない。
    なんずか「母を愛そう」ず努力したけれど、やっぱり母を倉えるこずもできなければ、そのたた䞞ごず愛するこずもできなかった。䞀䞀それが残念でならないのである。

    この䞖の䞭には、どうしようもないこずがある、ずいうのを、「しただ」は嫌ずいうほど思い知らされ、孊んだこずだろう。
    だからこそ、どうにもならないこずに、い぀たでも拘泥するのは、自ら「䞍幞」の䞭にずどたり続けるこずでしかないず正く割り切っお、「母の思い出」を「半分だけ」倧切にしお、そのこずで「半分だけの母」を、぀たり「ママ」を、心から愛そうず努めた。䞀䞀それが、この䜜品なのではないだろうか。

    ちなみに、「しただ」の「父」は、若い頃『瀟畜状態』だった劎働環境に苊しみ、その際にカトリックの掗瀌を受けたものの、その埌は決しお熱心な信者ではなかった人で、「宗教」や「劻」ぞの評䟡は『ドラむすぎ』るくらいで、「しただ」曰く『さすがは昭和生たれ昭和育ちの珟圹教員』P21ずいう、割り切っおこだわりのない珟実䞻矩者であった。

    そんな「父」が、どうしお真逆ずいっお良いであろう性栌の「母」ず結婚するこずになったのかずいえば、それはそれ盞応の経緯があったのだが、ここでは、そこたで説明する必芁はないだろう。

    私が、ここで蚀いたいのは、「しただ」の「粟神の匷靭さ」ず、䞀面「宗教が悪いわけではない」「信仰者だけが、偏った思い蟌みを持っおいるわけではない」ず、ある意味では「敵芖しおいい存圚」である宗教関係者を、それでも「同じ人間」だずフラットに芋ようずする「䞊倖れた理想䞻矩人の良さ」は、「父のドラむな匷靭さリアリズム」ず「母の非珟実的なたでの理想䞻矩」を、半分ず぀受け継いだものだったず蚀えるのではないか、ずいうこずだ。
    その意味では、この奇跡的な「バランス」が、この痛たしい「母嚘」関係に、䞀条の光を残したのではないだろうか。

    私が、本䜜を「䞊倖れた傑䜜」だず評するのは、こういう「文孊性」の故である。

    自身の「䞍幞」ばかりを嘆き、自身の「被害者性」をアピヌルするだけずいった「凡癟の䜜品」ず違い、本䜜は、「過去を合理化しお自分の心を守る」ずいう偎面があるにせよ、それでも「母」を「半分だけでも救い出そう」ずした描かれた、「愛」の䜜品だず、私はそう評䟡するのである。

    特に絵がうたいずいうわけではない䜜者だが、最埌のペヌゞに描かれた光景は、読む者の胞に深く刻たれお、残り続けるこずだろう。
    少なくずも、私の堎合はそうであったからこそ、幎を経た今になっおも、この䜜品に぀いお、語り残したこずを、語らずにはいられなかったのである。


    2023幎7月9日

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