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若束英茔・ 山本芳久 『危機の神孊 「無関心ずいうパンデミック」を超えお』  通俗カトリックの 〈自己暩嚁化〉神孊

    幎間読曞人

    曞評若束英茔・山本芳久『危機の神孊 「無関心ずいうパンデミック」を超えお』文春新曞

    『そのずき、む゚スはこう蚀われた。「父よ。圌らをお赊しください。圌らは、䜕をしおいるのか自分でわからないのです。」』 「ルカによる犏音曞」より

    人はしばしば、自分が䜕をしおいるのか、どんな蚀葉を口にしおいるのかに、たったく無自芚なこずがある。
    たしおや、自分が「䞻流掟」で「倧勢の偎」であっおみれば、自信満々に「自己肯定的な蚀葉他者吊定的な蚀葉」を口にするのだが、それが、遠く離れた「第䞉者」から芋れば、いかにも傲慢で愚かなものにしか映らないずいうこずに、たったく気づかない。

    䟋えば、磔刑にされた十字架䞊のむ゚スを銬鹿にし、からかった人たちなどがそうだ。
    圌らはその圓時、自分が「䞻流掟」で「倧勢の偎」であるず確信しお、自信満々に「自己肯定的な蚀葉他者であるむ゚スを誹謗する蚀葉」を口にした。しかし今日では、それがいかに愚かなこずであったかが、明癜になった。

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    䜕もこれは、キリスト教や宗教の話ばかりではない。
    ナチス政暩䞋における「ナダダ人迫害」に加担したドむツの䞀般垂民、珟人神倩皇を担ぐ軍囜日本においお、反戊䞻矩者や瀟䌚䞻矩者や「倩皇は人間である」ずした孊者などを迫害した人々も、その圓時は「䞻流掟」で「倧勢の偎」であっおみれば、自信満々に「自己肯定的な蚀葉他者吊定的な蚀葉」を発したのだ。

    『 本圓にその通りで、匕甚をしたせんでしたが、教皇フランシスコ自身、※ 聖曞の「善きサマリア人」の話における、匷盗に襲われお道端に倒れおいる人の傍を最初に取り過ぎた二人が、䞡方ずも祭叞ずレビ人ずいう神に仕える人だった点が非垞に重芁だず蚀うわけです。䞀芋神に仕えおいるように芋える人が本圓に神に仕えおいるずは限らない。そうでないような人こそ神に本圓に仕えおいるこずはある、ずいう蚀い方で、狭い意味でのキリスト教ずいう枠を超えお、根源的なものず぀ながる生き方を説き盎しおいる。』P273、山本芳久の発蚀

    少し解説しおおこう。「善きサマリア人」の譬えずは、新玄聖曞に描かれたむ゚ス・キリストの譬え話の䞭でも、最も有名なものの䞀぀である。

    ここに登堎する『祭叞ずレビ人』は、キリスト教埒ではなく、ナダダ教埒で、む゚スの生前には、ただキリスト教は存圚しおはいないのだから、この話をしおいるむ゚ス自身も、そのナダダ教埒であるこずを忘れおはならない。
    ぀たり、『祭叞ずレビ人ずいう神に仕える人』ずいうのは、ナダダ教における「旧玄聖曞」の教えを厳栌に守る、最も「正しい人矩なる人」だったのだ。
    䞀方、サマリア人ずいうのは、ほずんど同様の信仰を持ちながらも、教矩䞊の埮劙な違いなどもあっお、信仰的に差別され、芋䞋されおいた少数掟だった。

    そしお「善きサマリア人」の譬えずは、匷盗に襲われ血たみれになっお道端に倒れおいる人を芋お、『祭叞ずレビ人ずいう神に仕える人』たちは、その教矩に埓っお「血穢」を怖れお、けが人を避けお通ったのだが、埌で通りがかったサマリア人は、そんなこずなど意に介さず、けが人を助けた、ずいうお話である。
    む゚スは、圌が「正しい信仰」を持っおいるかどうかを詊しに来た人たちに、この譬え話をしお「どちらが神の前においお正しい行いか」ず問うたのだ。

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    同様に「教矩や神孊に粟通しお、立掟な説教のできる、地䜍も立掟な祭叞ずレビ人」であっおも、本圓のずころ「信仰を誀っおいる」堎合ずいうのは、む゚スの時代からすでに珍しいものではなく、むしろ「正統な信仰者ではなかった」人の方が、その自然な人間的善意においお「神の意に沿う行動をし埗た」ずいう、これはそういうお話なのである。

    そしお、ここで䜕より皮肉なのは、この教皇フランシスコによる説教を玹介しお『䞀芋神に仕えおいるように芋える人が本圓に神に仕えおいるずは限らない。』などず蚀っおいる、カトリック神孊者の山本芳久自身が、実は『䞀芋神に仕えおいるように芋える人が本圓に神に仕えおいるずは限らない。』人、だずいう事実なのだ。

     ○ ○ ○

    私は、本曞の察談者である、カトリックの䞀般信埒平信者である若束英茔ず、カトリックの神孊者である山本芳久の著䜜を、これたでに䜕冊かず぀読んでおり、それぞれに、すでに批刀を加えおいる。

    たた、そんな䞡者の、前の察談本である『キリスト教講矩』文藝春秋・2018幎に぀いおも、刊行圓時に批刀的なレビュヌを曞いおいる。
    だから、今回、本曞を読むにあたっおも、内容的に期埅するずころはなかったが、幎ぶりの察談で、二人の関係がどのようになっおいるかに興味があったので、読んでみるこずにしたのだ。

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    前蚘レビュヌを読んでいただければ、そこに詳述しおいるのだが、ここでも簡単に説明しおおくず、前察談本『キリスト教講矩』は、個人の「霊性」を匷調する「霊性䞻矩者スピリチュアリスト」である若束が、カトリック教䌚最倧の「正統」神孊者であるトマス・アクィナスの研究家である、カトリック保守掟の神孊者神孊研究者の山本に察し、「教䌚の暩嚁よりも、個人の霊性の重芁さ」を蚎え、䞀方、山本の方は、䞖俗的な人気知識人である若束の䞻匵を、衚面䞊はりンりンず物分りよく肯定しながら、教䌚の偎に取り蟌もうずする、そんな䞡者の思惑が隠埮に亀錯する著䜜であった。

    もずもず、「文孊」畑の人間である若束は、よく本を読んでいるし、評論家ずしお「筆も立おば、匁も立぀」からこそ、人気評論家になり埗た人物なので、䞖俗的な人気や説埗力ずいう点では、山本が若束に遠く及ばないのは明らかだ。
    しかし、䜕ず蚀っおも、カトリックの信仰においおは、山本は「正統」であり、若束の「個人䞻矩的な霊性䞻矩」ずいうのは、䞖間的には人気はあっおも、カトリック的には、きわめお「異端」に近いものでしかない。

    したがっお、山本が、カトリック的に、若束の「霊性䞻矩」を批刀するこずは、さほど難しいこずではないなのだが、しかし「今は、そんな時代ではない」。぀たり、今は「䞖俗」が力を持぀「䞖俗䞻矩の時代近代以降」であるからこそ、キリスト教信仰は「ゞリ貧」の危機に芋舞われおいる。

    だから、内心では若束の信仰を「それは異端だよ」ず思っおいおも、それで斬り捚おお枈む問題ではない。
    そうではなく、なんずか、この「䞖俗の人気者」を「教䌚」の偎に取り蟌んで、利甚しようずいうのが、山本の立堎なのである。
    ぀たり、本心は別にしお、本曞でも山本は、たいぞん物分りが良く、䞀芋したずころ「リベラル」であり「庶民䞻矩」的であり「フランシスコ支持掟」であるかのように振舞っおいるのだが、本音はそうではないのだ。

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    本曞でも、若束英茔は、怪獣博士による『怪獣図鑑』ごずく、これでもかずいう調子で「いろんな著名人暩嚁者」を次々ず匕き合いに出しお、ペダンティックにその博識ぶりを開陳しおみせる。無論このあたりは、ずうおい山本の及ぶずころではない。

    しかし、若束の「北斗癟烈拳」的な「手数」勝負のそれは、教逊コンプレックスのある読者には通甚しおも、「教䌚正統の暩嚁」の光背を背負っおいる山本には、本音のずころでは、たったく効果のないものでしかない。
    しかし、山本は、それが「䞖俗的には効果がある」ず知っおいるから、「鋭い指摘です」ずか「神孊にも通じるずころです」ずいったように、さも感心したかのごずく耒めお芋せるのだ。

    私は、以前に曞いた、若束に関するレビュヌで、若束の特城を次のように玹介した。

    『若束英茔の「霊性の哲孊」ずは、䞀皮のシンクレティズムだず蚀っおよいだろう。
    普通、シンクレティズムず蚀うず『盞異なる信仰や䞀芋盞矛盟する信仰を結合・混合するこず、あるいはさたざたな孊掟・流掟の実践・慣習を混合するこずである。』(Wikipediaより)ずいうようなこずになるが、若束の独自性は、優れた個人(䞻に故人)を習合しお、䞀皮のマンダラに仕立おあげおいる点で、それは本質的に宗教的であるず同時に、雑誌線集的であるずも蚀えよう。

    若束の博捜によっお呌び出された、聖人たちの居䞊ぶ姿は、癜亜の神殿に勢ぞろいしたオリュンポスの神々にも䌌お豪華絢爛であり、それでいお芪しみやすい。』
    若束英茔『霊性の哲孊』に぀いおのレビュヌ、「スピリチュアルな時代の「教祖の文孊」」より

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    「れりスを䞭心ずしたオリュンポス12神」䞀郚

    今回の察談でも、二人がやっおいるのは「若束英茔が暪に展開し、山本芳久が瞊に暩嚁づける」ずいうこずである。

    前回は、若束の方に、暗に「教䌚暩嚁䞻矩ではなく、個人の霊性重芖を」ずいう「教䌚批刀」の偎面が隠されおいたが、今回の察談では、そうした「教䌚暩嚁䞻矩批刀」は完党に圱を朜め、逆に、若束の方が「教䌚暩嚁」ぞず、すり寄っおいる。

    若束は、前回の察談では「霊性䞻矩者」を「個人䞻矩者」ずしお称揚したのに察し、今回は「霊性䞻矩者は教䌚䞻矩者である」ずいう方向ぞず、ご郜合䞻矩的に「合理化」しおいるのだ。

    䟋えば、フランシスコの時代になっお「埩暩」した神孊者ロマヌノ・グァルディヌニが、保守掟神孊者であり保守掟教皇ずしお知られた、前教皇ベネディクト16䞖ず芪しかったかのように曞いおいるが、これはその実際を意図的に隠蔜し、ごたかした説明だ。

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    グァルディヌニが、フランシスコになっおから「埩暩」したず蚀うのなら、それは、その前のベネディクト16䞖や、ベネディクト16䞖に保守路線を匕き継いだ前々教皇ペハネパりロ䞖の時代には、冷や飯を食わされおいた、ずいうこずに他ならない。

    では、そんなグァルディヌニが、ベネディクト16䞖ず「芪しかった」ずは、どういうこずか
    それは、のちにベネディクト16䞖になる、保守掟神孊者である、ペヌれフ・ラッツィンガヌが、1981幎11月に教皇ペハネ・パりロ2䞖により、教理省の長官に任呜された「カトリック神孊者のトップ」だったからである。

    ラッツェンガヌは『教皇䜍を受けるたでその地䜍にあった。教理省はか぀お怜邪聖省ずいわれおいたもので、叀くは異端審問を担圓した組織である。』Wikipedia「ベネディクト16䞖」

    これが意味するのは、ラッツェンガヌに睚たれた「リベラル神孊者」は、冷や飯を食わされ、䞋手をすれば「異端」認定されお、カトリック教䌚に居堎所を倱うこずになる、ずいうこずである。

    そしお、事実、そういう神孊者は、少なからずいた。

    䟋えば、戊䞭ナチスドむツず協定を結んでいたバチカンが、敗戊埌に倧きくリベラルな方向に舵を切ったこずで知られる「第二バチカン公䌚議」を䞻導した、若手リベラル神孊者の䞀人であったハンス・キュンクは、この公䌚議では同じ「若きリベラル神孊者」であったラッツェンガヌが、保守掟に転向した埌、培底的に嫌がらせ蟱しめを受けるこずになる。

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    ハンス・キュンクず、開かれた教䌚を蚎えた『教䌚論』

    そしお、そうした歎史的事実は、ラッツェンガヌの偎から曞かれた、「ベネディクトゥス䞀六䞖ベネディクト16䞖」の評䌝である、今野元『教皇ベネディクトゥス䞀六䞖 「キリスト教的ペヌロッパ」の逆襲』東京倧孊出版䌚にすら曞かれおいる事実で、リベラルなキュンクは、教䌚が急激なリベラル化の埌の反動で保守化したペハネパりロ䞖やベネディクト16䞖の時代を含む長い時期には、カトリック教䌚の「倖」で、「第バチカン公䌚議」の掲げた理想たる「教䌚の䞀臎゚キュメニズム」の運動を進めざる埗なかったである。

    ぀たり、グァルディヌニがいかにリベラルな神孊者であったずしおも、キュンクのような迫害に堪える匷靭な粟神の持ち䞻でないかぎりは、珟代の「異端審問所のトップ」であったラッツェンガヌ教理省長官であり、のちの教皇ベネディクト16䞖ず察立するこずなど、およそ䞍可胜であり、少なくずも「衚面䞊は仲良く」しおいなければならなかったのである。

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    ※  写真は、ベネディクト16䞖。その䌝統的暩嚁を誇瀺するため、保守掟教皇は掟手な冠や法衣を奜んだ。質玠なフランシスコずは、たさに真逆

    そしお、ラッツェンガヌ教理省長官、のちの教皇ベネディクト16䞖の「リアルな人間性」がどのようなものであったかは、圌を恐れないで枈む立堎の有識者には、明らかなものだった。

    䟋えば、「ガリカニスム」の䌝統により、バチカンの統制に抵抗できたフランスカトリック教䌚の神父で、倚くの囜民から「アベ・ピ゚ヌルピ゚ヌル神父」の名で芪したれた、本名「アンリ・アントワヌヌ・グル゚」は、教皇になったばかりのラッツェンガヌベネディクト16䞖に぀いお、忌憚なく次のように語っおいる。

    『『 ペハネ・パりロ二䞖の埌、次の教皇がいったいだれになるのか、明らかに人々の関心は高たりたした。そのなかで人々がたった䞀぀心配しおいたこずがありたす。ペヌれフ・ラッツィンガヌ枢機卿が教皇に遞ばれるこずです。圌は以前の「教理省」※ 匕甚者蚻・か぀お異端審問を担圓した、元「異端審刀所」であり、元の「怜邪聖省」にあたる、信仰の教矩を考える郚門のトップでした。
     私はこの良識ある指摘を最初にした䞀人だず思っおいたす。私たちはよく瀟䌚のいたるずころで、倧きな責任のある立堎に就く人がそれに芋あった人になっおいくのを目にしたす。責任ある立堎に就いた人がかえっお嚁圧的にふるたうこずもありたすが、倚くの堎合は䜙裕ができ、枩和になり、自分を埋しおいくものです。぀たり䞀床頂点をきわめるず人は今たでよりも寛容になり、開かれた人になっおいくものです。
     ラッツィンガヌ枢機卿もベネディクト䞀六䞖ずなり、やはりこのように倉わっおいくでしょう。教皇遞出圓倜、圌のたなざしはすでに幞せそうで、穏やかでした。そしお教皇ずしお最初に述べた蚀葉は、他のキリスト教宗掟プロテスタント、英囜囜教䌚、東方正教䌚や他宗教ずの開かれた察話を瀺唆するものでした。今埌の圌の行動を埅ちたしょう。すでに倉化の兆しが芋られるのですから。

     ラッツィンガヌ枢機卿が、有利な材料ではない䞃八歳ずいう高霢にもかかわらず教皇に遞ばれたこずはずりたおお驚くにはあたりたせん。枢機卿たちは実はお互いにほずんど知らないのです。ずころがそんな枢機卿のだれもがラッツィンガヌのこずはよく知っおいたのでした。さらに蚀うならば、枢機卿たちの最倧の関心事は安定です。波颚を立おる必芁はなく、冒険もいりたせん。ラッツィンガヌを教皇に遞ぶこずでペハネ・パりロ二䞖の方針を継続しおいくこずができるのです。ラッツィンガヌが高霢のためにそう長くは教皇を務められないこずも圌らはもちろんわかっおいたす。これは郜合のよいこずであり、枢機卿どうしがお互いをよく理解しあい、次の次の教皇にはだれがもっずもふさわしい人物かを萜ち着いおじっくり考えるこずができるわけです。それが今回ラッツィンガヌ枢機卿が教皇に遞出された倧きな流れなのです。

     ベネディクト䞀六䞖が圚䜍䞭に、リベラルず思える二぀の方策をずったずしおも私は驚きたせん。䞀぀は再婚した人々に聖䜓拝領を認めるこずであり、もう䞀぀はすでに子育おを終えた既婚の、぀たり「幎配の」男性の叙階を可胜にしおいくこずです。これが聖パりロが蚀うあの「既婚聖職者」です。䞀方、女性が叙階され叞祭職に就くこずや同性愛の糟匟に぀いお、圌が立堎を倉えるこずはないず思いたす。』
     アベ・ピ゚ヌル『神に異をずなえる者』P36〜39「ベネディクト䞀六䞖の即䜍」党文』

    あるいは、長幎ドむツを率いおきた「キリスト教民䞻同盟CDU」のアンゲラ・メルケルは、プロテスタントではあれ、初めおドむツ出身のロヌマ教皇ずなったベネディクト16䞖ずも面識はあったものの、心から芪愛の情を芚えたのは、その次の南米出身の教皇フランシスコだったず、メルケルの著曞『わたしの信仰 キリスト者ずしお行動する』新教出版瀟の原曞の線者であるフォルカヌ・レヌゞングが、「線者解説」で次のように玹介しおいる。


    『※メルケルはペハネ・パりロ二䞖の埌継者であるベネディクト十六䞖ずは、圌がただ枢機卿だった時代にすでに知り合っおいる。圌の知性に匷い印象を受けたずメルケルは芪しい人々にくりかえし語っおいるが、ドむツ出身の教皇ずドむツの女性銖盞ずのあいだには個人的な芪近感は生たれなかった。
     珟教皇のフランシスコに察しおは、メルケルは珍しく心を動かされたようだ。二人はこれたで䜕床もバチカンで面談しおいる。難民危機が二人を粟神レベルで兄効にしたように芋えるかもしれない。䞭略
     メルケルにずっおは、フランシスコは神孊者ずしおよりも、倖偎からペヌロッパを芋おいるアルれンチン出身の教皇ずしお興味を抱かせる察象である。』
     P17〜18

    以䞊のようなこずは、ベネディクト16䞖の時代に「神孊者」になった保守掟の山本芳久は無論、いくら若束英茔が「教䌚」に぀いお無知だったずは蚀え、おおよそのこずは知っおいたはずだし、教䌚「正統」暩嚁にすり寄り始めた今なら、すでにはっきりず知っおいるはずだ。

    だが、そんな若束は、本曞においお、グァルディヌニずベネディクト16䞖を結び぀け、リベラルなフランシスコずベネディクト16䞖を結び぀けお、䞖間では「リベラルず保守」ずいう図匏で芋がちだが、カトリック教䌚の珟実はそんなに単瞊なものではなく、「神孊的」に深いずころでは、䞡者は継続しおおり、䞀぀なのだ、などずいう「暩嚁䞻矩的レトリック」で、郚倖者を煙に巻こうずするのである。

    したがっお、「カトリック教䌚の歎史的珟実」に無知なカトリック信者を含む読者は、若束英茔ず山本芳久の「かけあい挫才」に乗せられお、すっかり隙されおしたう。

    臆面もなく、䞡者がお互いに耒めあうこずで、お互いの「暩嚁」を保蚌しあうずいう、芋え透いた手口でしかないのだが、「珟実」を知らない読者は「きっずすごいのだろう」ずいうこずで、「すごい」ず思わされおしたうのである。

    しかし、本曞で、若束英茔の「聖性スピリチュアリティヌ」ずいう蚀葉が埌退しお、カトリック教䌚の「神孊」ずいう蚀葉が前面に出おくるのは、若束の立堎が、「個人の神む゚ス・キリスト」ではなく、「神の身䜓ずしおの正統教䌚」に移動した、䜕よりの蚌拠でしかない。

    そしお、なぜそうなったのかず蚀えば、それは普通に考えお、若束英茔の「霊性䞻矩」は、東日本倧震灜埌の䞀時期を陀けば、「オりム真理教事件」を経隓した珟代日本においおは、どうしたっお、その「うさん臭さ」は拭いきれなかったからである。

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    䟋えば、SF系の文芞評論家である岡和田晃は、小説家・倉数茂ずの察談「新自由䞻矩瀟䌚䞋における〈文孊〉の圹割ずは」で、次のように語っおいる。

    『私がしばしば、批評を衚珟ずしお認めろず蚀っおいるのは、別に批評に暩嚁を回埩しろずいう意味じゃなくお、そもそも䟋えば小説を曞いたりゲヌムを䜜ったりするのず同じような衚珟の䞀角ずしおの批評的な知性ずいうのが存圚しお、それによっおしか埗られない䞖界の茪郭の可芖化の方法ずいうのがきっずあるはずだずいうこずの぀もりなのですね。
     そのため『反ヘむト』の冒頭に今の批評の䞉類型っおいう非垞に蟛蟣な文章を入れおるんですね。䞀぀は極右ネトりペ批評で、もう䞀぀はオタクサブカル批評で、もう䞀぀はスピリチュアルな批評っおいう。なぜこういうのを思い぀いたかっおいうず、文芞批評やっおる時に、線集者ず打ち合わせをしおいお気づいたんですね、あ、状況ずしお、そうなっおいるなず。
     ただ具䜓的な固有名を出しお批刀するず「岡和田は浜厎掋介を嫌いなのか」みたいな党掟的な受け止められ方をするこずが倚いのですが、そういうレベルではなくお、もう完党に売れ線の批評ずいうものが䞉぀に分類されるような状況ずいうのがあっお、それはスピリチュアルな商品ずしお流通するようなレベルのものからハむレベルず思われおいるような文芞評論たでけっこう幅広くその分野に圓おはたっおしたう偎面があるず思うんですよ。』

    『叞䌚女性  他にご質問ある方はいたすか はい、そこの方、ありがずうございたす。

    参加者B著名な䜜家・評論家 極右の批評ず、オタクの批評っおいわれるずだいたい顔が浮かぶんですけど、スピリチュアル批評っお僕はあんたりよくピンずこないんですけど具䜓的にはどんな人の――。

    岡和田  具䜓的に?!笑

    参加者B 名前蚀えないの――。

    岡和田  いや、蚀えなくないですよ。若束英茔さんですね。だめですか

    参加者B いやいやいや笑。

    岡和田  あのね、もうちょっず具䜓的に蚀いたすず、若束さんの仕事にも、僕はいい文章たくさんあるず思うんですよ。パスカル・キニャヌルの本の解説でご䞀緒したこずもありたす。
     若束さんは、たくさん批評の本を曞かれおいるのですけど、やっぱりちょっず超越性に逃げるずころがあるなぁず思っおいお。
     あのね、具䜓䟋を䞀぀だけ出すず、3.11の埌に石巻垂ではたくさんのタクシヌの運ちゃんが幜霊を芋぀けたっおいう瀟䌚孊的な研究があるんです。幜霊を乗せちゃうんですよ。
     それを孊生が実際に調査したっおいう本が瀟䌚孊ず称しおベストセラヌになっお『呌び芚たされる 霊性の震灜孊』。れミの先生が孊生に聞き取り調査をさせたんですが、明らかにいろんな別々な運ちゃんが幜霊を乗っけおるんですね。乗っけお途䞭で消えるんですよ。
     それはやっぱり3.11の埌の集合的なトラりマがあるっおいうのが䞀぀の解釈だず思うんですけれども、その研究曞の目玉論文では、ある皮のスピリチュアル批評を元にしお、たぁ霊界的なものが存圚するんじゃないかずいう結論になっおたんです。
     ぀たり珟䞖の埌にスピリチュアルな䞖界ずいうのが前提になっおいるような論文っおいうのはけっこうあっお、兞拠ずしお瀺された䞀番文孊的に高床なものの䞀぀が若束英茔さんの本なのです『霊性の哲孊』。
     この件に限らず、より䜎レベルなものだず本棚のスピリチュアルコヌナヌにあるようなものもスピリチュアルな批評だず蚀えるように思うんです。
     それらの問題点はやはり、瀟䌚問題の䞀番重芁な郚分ずいうのを「霊界」や「癒し」で逃げおいるずいう郚分にあるず思うんですね。そこずは戊っおいきたい  ずいうのはお答えになっおたすか

    参加者B  それ今たで批評ず思っおなかった笑。

    岡和田  いやあのね、若束さんのお曞きになる批評にはいい批評もありたすよ。面識こそありたせんが、ご本人のお人柄もいい人ではないかず思いたすし、そういう意味では喧嘩をしたくないんですね。眵倒のやりあいみたいに圌ずなっおもしょうがないんです。そのため、圌に぀いおは『反ヘむト』では名指しをしおいたせん。
     ただ実際にある皮の霊的空間が存圚しおそこでタクシヌの運転手がいろいろ幜霊を芋おいるみたいな蚀説の前提になっちゃっおるずいう事実があるので、やっぱり、瀟䌚孊が螏み越えおはいけない䞀線を螏み越えおるわけですよ。そういった蚀説の基盀の䞀぀が、スピリチュアル批評が担保しおるず思うんですね。スピリチュアルな郚分の支持基盀を厩したいず。構造を倉化させたいんです。

    参加者B  ありがずうございたす。』

    芋おのずおり、岡和田晃は、若束英茔の批評が「スピリチュアル批評」であり「問題がある」ず思いながらも、同業者から質問されなければ、その「本音」を口にするのを避けおいた。これが「出版業界の珟実」なのだ。

    若束英茔を「うさん臭い」ず思っおいる業界人や評論家は倧勢いるのだが、なにしろ若束は「売れっ子」だから、それを批刀しお「損」をしたくない。
    蚀わば、カトリック教䌚においお『珟代の「異端審問所のトップ」であった、ラッツェンガヌ教理省長官であり、のちの教皇ベネディクト16䞖ず察立するこずなど、およそ䞍可胜』だったほどではないにしおも、やはり「売れっ子」は敵に回したくない。

    私はなにも、『喧嘩』をしろずか『眵倒のやりあい』をしろ、などず蚀っおいるのではない。
    文芞評論家ずしお、普通に、「おかしいものはおかしい」ずいう「評䟡を語れ」ず蚀っおいるだけなのだが、若束英茔ずの接点がさほど倚いわけでもない、SF系の評論家である岡和田にしお「コレ」なのだから、若束に近い䜍眮にいる小説家や出版業界人が、衚立っお若束を批刀するこずなど、考えられなかったのである。

    しかし、近幎の若束は「霊性䞻矩スピリチュアリズム」を匷調しすぎおいたし、たたその「反・教䌚䞻矩」「反暩嚁䞻矩」を、䞖俗的「人気」を埌ろ盟にしお匷調しすぎた。
    ぀たり、最初は若束の「霊性䞻矩」ずいう蚀葉の目新しさに惹かれたカトリックの無知な䞀般信者を含む䞀般人も、そればかり聞かされるず飜きが来るし、だんだんず「ちょっず、うさん臭いんじゃなの」ず思えおくる。

    実際、囜分倪䞀・矎茪明宏・江原啓之が出挔しお、2005幎から2009幎たでテレビ攟映された人気番組『オヌラの泉』の頃は、「スピリチュアリズム」が䞀倧ブヌムを巻き起こしたが、その埌は盞応な萜ち着きを芋せおいる。
    もちろん、このブヌムによっお「スピリチュアリズム」が䞀般化し浞透したので、ブヌムは萜ち着いた、ずも蚀えるのだが、しかし、ブヌムが過ぎた埌にも、同じ調子でやっおいれば「ちょっずこの人、おかしいんじゃないの」ずなるのは、「流行」珟象の垞なのである。

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    したがっお、「文孊」の䞖界においお「霊性䞻矩スピリチュアリズム」を䞻導した若束英茔も、そんなものばかり曞いおおれば、やがお岡和田晃のように「うさん臭い」ず感じる人たちが出おくるずいうのは必然であり、そうなるず、カトリック信仰の堎においおも、若束英茔の「埌ろ盟」だった「䞖間の支持」が匱たったこずになり、若束の立堎そのものも匱たるこずになる。
    そこで若束英茔は、埓来の「反・教䌚暩嚁」的な立堎から「教䌚暩嚁」の方ぞすり寄り始めた、ずいうのが今回の察談『危機の神孊』であり、前回の察談『キリスト教講矩』ずの根本的な違いなのだ。

     ○ ○ ○

    じっさい、若束英茔ずいう人は、その人圓たりの良さそうな感じからは窺いにくい「匷かな珟実䞻矩者」の偎面を持っおいる。
    ぀たり、い぀たでも「反・教䌚」的な「霊性䞻矩スピリチュアリズム」者であるのは「埗策ではない」ず刀断し、手のひらを返しお利口に立ち回るくらいの「芁領の良い厚顔さ」は、持ち合わせおいるのである。

    若束英茔は、2007幎に「求道の文孊――越知保倫ずその時代」で第14回䞉田文孊新人賞を評論郚門で受賞しお、「文孊」の䞖界に足がかりを埗るが、本栌的に売り出すのは、2011幎に『井筒俊圊 叡知の哲孊』を刊行しお話題ずなり、その盎埌から「東日本倧震灜」に関わる「霊性䞻矩スピリチュアリズム」的な著䜜である、『神秘の倜の旅』2021、『魂にふれる 倧震灜ず、生きおいる死者』2021、『死者ずの察話』2012などの刊行によっおである。
    そのあたりから著述家ずしお売れ始め、2016幎に『叡知の詩孊 小林秀雄ず井筒俊圊』で第2回西脇順䞉郎賞を受賞しお、「評論家」ずしおの立堎を確立したず蚀えよう。Wikipedia「若束英茔」

    若束は、ただ無名だった2007幎に『ミッチェル・メむ・モデル 「スピリチュアリティ」ず「ビゞネス」を高い次元で融合した男。』 ノォむスずいう、米囜の有名なヒヌラヌ霊的な力で病いを癒す人であるミッチェル・メむの曞いた「ビゞネス曞」を翻蚳刊行し、同曞にメむを絶賛する文章を寄せおいる。
    ぀たり、この頃の若束英茔は、ずうおいカトリックずは思えないほど、「霊性䞻矩スピリチュアリズム」者どころか、ほずんど「神秘䞻矩者オカルティスト」だったのだ。

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    ずころが、出版業界で「売れっ子」になった埌は、この皮の「超胜力」的なものからは埐々に距離をおいお、あくたでも「粟神的」なものずしおの「霊性䞻矩スピリチュアリズム」者であるこずを匷調するようになる。端的に蚀えば、ミッチェル・メむのような「超胜力者」に぀いおは、蚀及しなくなるのである。
    そしお、このあたりに、若束英茔ずいう人の「䞖俗的な立ち回りのうたさ」が、すでに窺えたのだ。

    若束が著述家ずしお「売れっ子」になる以前から、「ミッチェル・メむ・モデル」的なビゞネスにおいお付き合いのあった倧瀧玔子は、若束英茔の公匏ホヌムペヌゞ「読むず曞く」に次のような文章を寄せおいる

    『2020-09-25    ミッチェル・メむが䞎えおくれたもの

     あるマンションの小さな䞀宀で、「読むず曞く」の講座をほそがそず始めた6幎前、私たちの本業は米囜のシナゞヌカンパニヌが補造しおいるオヌガニック・ハヌブサプリメントを茞入し、販売するこずでした。
     52皮類のハヌブをブレンドした「ピュアシナゞヌ」ずいう補品が䞀番人気で、それなしに今の私たちは存圚しないずいっおも過蚀ではないほど、倚くの方に支持され、ご愛甚頂いおきたした。

     そのこずず「読むず曞く」の講座や若束さんの掻躍はたた別のもののように感じおきたのですが、先日、そうではないこずに気が぀きたした。なぜ、今たでそこに思い至らなかったのか䞍思議なくらいです。

     「ピュアシナゞヌ」の生みの芪はミッチェル・メむ。60代のナダダ系アメリカ人です。特別な才胜を䞎えられ、ヒヌラヌずしおの掻躍ののち、今から30幎ほど前に䌚瀟を創業したした。
     圌ず若束さんずの出䌚いは今から20幎以䞊前になりたす。その䞍思議な出䌚いのお話しはたた別の機䌚に、ず思いたすが、先日、久しぶりに圌ず電話で話しをしたした。

     若束さん、ダニ゚ル珟CEOも参加しお、フランクな雰囲気のなか、互いの近況報告をするなかで、「読むず曞く」の事業の話になりたした。内容に぀いお詳しく話したのははじめおです。
     たどたどしい説明で、理解しお貰えただろうかず䞍安を感じるなかで、自分でも思っおもみなかった蚀葉が口を぀いお出たした。

    「私たちが今やっおいるこずは自分たちの手でピュアシナゞヌを䜜っお、人々に届けるこずなんです」
    「怍物のかわりにコトバを集めお・・・。こころやたたしいを深いずころから支えられるコトバを」ず。
    本圓にそうだ、やっずそれに気が぀いた、ずいう驚きず同時に、安堵の気持ちになっおいたした。

     しばしの沈黙が流れ、䜕かを深く考えおいるずきの、瞑想䞭のような、静かなミッチェルの顔が画面に映っおいたす。圌らしい、匷さず嚁厳のある衚情でもありたす。
      数秒のこずが氞遠にも感じられるほど、濃密な時間でした。やがお圌はやわらかな笑顔を芋せお、ゆっくりず口を開きたした。
    「あなたたちを心から誇りに思うよ。ほんずうにありがずう」。
    気づけば涙が頬を぀たい、゚むスケも涙をこらえおいたした。

     続きは次回に・・・

    ※18幎間にわたりシナゞヌカンパニヌ補品を販売させお頂きたした。2019幎、日本での茞入・販売は終了しおいたす。』


    『2020-10-30     信じるこず・・・若束さんずの出䌚い

     もうだいぶ前になりたすが『女、今日も仕事する』ミシマ瀟ずいう本をださせお頂きたした。そのなかにも䞀郚曞かせお頂いたず思いたすが、若束さんずは20幎近く前にはじめお䌚いたした。ナチュラルハりスずいうオヌガニック関連商品を扱う䌚瀟の商談宀で、若束さんは商品を売り蟌みに来たいわゆる「業者さん」、私は新米バむダヌでした。ただ二人ずも30代前半で、息子は小孊2幎生でした。

     実際に顔を合わせたのはそれが初めおだったのですが、それ以前に、互いの䌚瀟が開発した商品ハヌブサプリメントのシリヌズ商品は知っおいたした。若束さんの方が先に販売しおいたしたが、私はその半幎ほどあずに商品を完成させ、アロマセラピヌサロンや小売店などに卞し始めおいたした。その商品を芋぀けお、誰が開発したのだろうずずっず興味をもっおいたず若束さんはその時話しおくれたした。その少し前に圓時の薬事法が改正され、メむドむンゞャパンのハヌブサプリメントが補造・販売できるようになっおすぐのこずです。

      圓時の若束さんは、ずにかく早口で匁が立ち、゚ネルギッシュ。抌しも匷めで営業マンらしい印象でした。今も倉わらないのは知識が豊富で行動力があるずころ。たずは良い印象を持ちたしたが、あるずき、仕事の打ち合わせを喫茶店で、ずいう玄束をしたさい、2時間も連絡なしに埅たされたのは今も忘れられたせん笑。その埌、䞀緒に仕事をするこずになるのですが、ほんずうにいろんなこずがありたした。良いこずばかりではありたせん。䌚瀟は䜕床も危機を迎えたしたし、もうこの人ずはやっおいけないず䞍信感に陥るこずもありたした。若束さんも、そしお私も、人間ずしおも仕事人ずしおも「未熟だった」のだず思いたす。

      けれどもここたで䞀緒にやっおこられたのは、互いの可胜性を信じられたからではないか、ず思っおいたす。ただ本も出されおいたせんし、仕事も䌚瀟も綱枡りで危なっかしかった若束さんでしたが、私にはないものを圌は持っおいたし、逆もそうだったず思いたす。結果的に、䌚瀟の代衚は私にかわり、同時期から若束さんは今では倚くの著曞を出すようになり、䞖に認められはじめ、「読むず曞く」などの講垫、そしお倧孊の教授にもなりたした。

      若束さんが蚀っおくれた今も芚えおいる蚀葉がありたす。「僕は䌚瀟をうたくやっおいく胜力は足りなかったけれど、倧瀧さんを芋぀けおきたこずが僕の最倧の功瞟だよ」ず。 私から蚀葉を莈るずしたら、「蚀葉そしおコトバの力を教えおくれおありがずう。今、この読むず曞くの珟堎にずもにいられるこずが本圓に幞せで、誇り高いです。これからもよろしく」ず蚀うかしら。面ず向かっおは照れくさくお蚀えないかも知れたせんけれど。 そしお、信じるこずで互いの胜力を開花させるこずができる、その経隓の重みず玠晎らしさを今あらためお実感しおいたす。』

    ぀たり、倧瀧ず若束は、ミッチェル・メむの䌚瀟が販売しおいた「オヌガニック・ハヌブサプリメント」の茞入代理店をやっおいたずいうわけである。
    そしお、その流れで、前蚘の『ミッチェル・メむ・モデル 「スピリチュアリティ」ず「ビゞネス」を高い次元で融合した男。』を刊行したのだ。
    ミッチェル・メむが、どれだけすごい人物かを、日本人に知らせないこずには、肝心の「オヌガニック・ハヌブサプリメント」も売れないからである。

    ずもあれ、旧友である倧瀧玔子の文章で泚目すべきは、私たちの持぀「若束英茔のむメヌゞ」ずはちょっず違った、次のような郚分である。

    『  圓時の若束さんは、ずにかく早口で匁が立ち、゚ネルギッシュ。抌しも匷めで営業マンらしい印象でした。今も倉わらないのは知識が豊富で行動力があるずころ。たずは良い印象を持ちたしたが、あるずき、仕事の打ち合わせを喫茶店で、ずいう玄束をしたさい、2時間も連絡なしに埅たされたのは今も忘れられたせん笑。その埌、䞀緒に仕事をするこずになるのですが、ほんずうにいろんなこずがありたした。良いこずばかりではありたせん。䌚瀟は䜕床も危機を迎えたしたし、もうこの人ずはやっおいけないず䞍信感に陥るこずもありたした。若束さんも、そしお私も、人間ずしおも仕事人ずしおも「未熟だった」のだず思いたす。』

    ぀たり、か぀おの若束英茔は「やり手の営業マン」そのものだったのである。無論「機を芋るに敏」な人であったこずは間違いないだろうし、それが埌に「出版業界」でも圹に立ったずいうのも、想像に難くない。

    そしお、そうした「機を芋るに敏」さずいうのは、圓然のこず、カトリック教䌚ずの関係においおも発揮されたであろう。それが『埓来の「反・教䌚暩嚁」的な立堎から「教䌚暩嚁」の方ぞすり寄り』なのではないかずいう「読み」は、ごくごく垞識的なものだず思うのだが、いかがだろうか

     ○ ○ ○

    このようなわけで、本曞『危機の神孊』は、平たく蚀っおしたえば「無内容」である。

    画像10

    教皇フランシスコ、受刑者の足掗う むタリアの刑務所で「掗足匏」

    珟教皇であるフランシスコを持ち䞊げお「匱者の偎にあるこず」を匷調しお芋せるわりには、では「これたでの自分たちはどうであったか」ずか「これから自分たちは、具䜓的に䜕をなす぀もりか」ずいった話は、完党に党く出おこない。

    本曞で語られおいるのは、「フランシスコは玠晎らしい」「神孊的思考は、深く本質的であり重芁だ」「カトリック教䌚は、歎代教皇においお䞀貫しおおり、保守だのリベラルだのずいったこずを超越しおいる」ずいった、具䜓性のカケラもない話ばかりで、最埌たで「自画自賛」に終始しおいるのである。

    私にこの評䟡が、嘘だず思うのなら、本曞を読んで、是非ずもその目でお確かめいただきたい。

    む゚スの口真䌌ではないが『はっきり蚀っおおく』新共同蚳ず、本曞のような「無内容で口先だけの、暩嚁䞻矩的空蚀の曞」をありがたがるのは、「珟実逃避」したいだけの「暩嚁䞻矩者」だけであっお、本曞のようなものに最も嫌悪を瀺すのは、私ではなく、教皇フランシスコその人であろう。


    2021幎12月26日

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