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【残り香】 第十二話:手

    彼は、ひと足を踏み出した。

    三十年ものあいだ、どうしてもたどり着くことのできなかった、そのたったひと足の距離を、月の青い光が満ちる中で今、確かに超えていく。彼の足はもう竦むことなく、柔らかい春の土の感触を骨の髄へと踏みしめながら、墓地のいちばん奥に佇むその一角へと静かに歩みを進めていった。

    一歩ごとに、三十年の歳月が薄皮を剥ぐように剥がれ落ちていく。

    熱烈に論を説いた数多の寺々、その欺瞞を打ち砕いてきた教祖たち、浴びせられた賞讃と、その裏で頑なに築き上げてきた深い孤独。そのすべてが背後へ、背後へと流動する景色の中に流れ去り、やがて最後に残されたのは、ただ一人の男の姿であった。妹を亡くした、一人の兄。あの暑い夏の土間で立ち尽くしたあの日から、本当はただの一歩も前へ進めていなかった一人の子供。その子供が今、三十年という壮大な回り道の果てに、ようやく妹のいる場所へと歩いている。

    そして、彼はその墓の前に立った。

    それはあまりにも小さな墓であった。古い苔に覆われた一つの自然石に過ぎず、立派な戒名などどこにも刻まれてはいない。ただ誰かがいつの頃にか彫りつけた、たどたどしい文字が一つ、長年の風雨に削られて半ば読めなくなってなお、そこに厳然として在る。それでも、彼にははっきりと分かった。

    『すず』

    そこに、そう刻まれていた。

    戒名などあるはずもなかった。戒名を得るには銭がいるが、彼の家には、妹を一晩看取るための薪さえなかったのである。きっとあの夏の肥えた僧は、布施の出ない貧家の童にろくな経もあげなかったに違いない。そして誰かが、そのたどたどしい手で、この小さな石にただその名だけを、すずという二文字だけを懸命に彫りつけたのだ。それこそが、妹がこの世に残したすべてであった。

    幼くして亡くなった、一人の貧しい童の生。

    彼が三十年ものあいだ、万巻の書に己の名を残そうともがいていたそのあいだも、妹の名はこの苔の下に、たった二文字だけでひっそりと在り続けていたのである。彼はその小さな墓の足もとを見て、不意に胸を強く衝かれた。雑草は綺麗に抜かれ、土は平らにならされており、さらに欠けた古い花筒には、摘まれてまだ間もない白い可憐な春の野の花が一輪、静かに挿してあったからである。

    三十年。

    彼が論を求めて東へ西へ駆け回る、そのすべての営みの日々において、この小さな墓は決して捨て置かれてはいなかった。誰かの手によって、ずっと雑草を抜かれ、土をならされ、季節ごとの野の花を手向けられてきたのだ。

    彼は、ゆっくりと振り返った。

    すぐ後ろには、あの墓掘りの老人が月光を背にただ静かに立っていた。

    彼は、すべてを悟った。

    この老人である。三十年という気の遠くなるような歳月、すずの墓を守り続けてきたのは、他ならぬこの老人であった。会ったこともない、たった一人の貧しい童の墓を、銭にもならず、誰に頼まれたわけでもなく、ただここに一つ、寄る辺ない骸が眠っているというその事実だけで、この名も知らぬ墓掘りの老人が三十年間、彼が本来するべきだったことを代わりに黙って行い続けていたのだ。

    彼が慈雲を斬り、明覚を斬り、世界中の僧を論破して得意がっていたそのすべての年月、この老人はただ一つの墓の雑草を抜き続けていた。彼が口先で覚りを論じていたあいだ、老人は鍬を振るい、野の花を捧げるその手によって、覚りをそのまま生きていたのである。彼が生涯、言葉でしか成し得なかった弔いを、老人はその手で三十年間、ただの一言も誇らず、ただの一文も書き残さず、ただ淡々と、春が来れば春の花を、秋が来れば秋の花を供えて実践してきた。

    胸の奥が、激しく熱くなった。

    彼は何か言おうとした。礼を、あるいは詫びを、何らかの言葉を紡ごうとしたが、言葉はついに生じなかった。三十年ものあいだ、世界中の言葉を自在に操ってきたその彼の口から、ただの一言も溢れてはこない。

    老人は、何も求めなかった。礼も、詫びも、何一つ。ただ彼を、じっと見つめていた。

    あの、雨を受ける土のような眼差し。咎めることも、憐れむことも、見抜こうとすることさえせず、ただ彼という一人の疲れ果てた男を、そっくりそのまま受け止めていた。「お前は、ここにいていい」と、「お前のその三十年を、わしは見ているよ」と、その眼差しだけが雄弁に語りかけていた。

    彼は、その眼差しのなかで、生まれて初めて、何者からも裁かれていなかった。

    彼の生涯は、常に裁きとともにあった。彼は論を以て、正しさを以て人を裁き、そして誰よりも彼自身が、あの夏に妹を見捨てて逃げ出したその罪によって、己を厳しく裁き続けてきたのである。三十年間、ただの一夜もその裁きの法廷が閉じたことはなかったが、この老人の眼差しの前には、もはや法廷そのものが存在しなかった。被告も原告もなく、ただ見てもらうという、ただ受け止めてもらうという、それだけの至福があった。

    かつて彼が行ってきた論破とは、決して相手を見ることではなく、見抜き、値踏みし、その急所を探し出す行為に他ならなかった。それは眼差しの皮を被った剥き出しの刃であり、彼は生涯、人をその刃の眼差しで見続け、誰よりも自分自身を切り刻んできたのである。

    だが、この老人の眼差しには刃がなく、探るものも、求めるものも何もなかった。ただ在るものを在るがままに受けるその眼差しに触れ、彼は生まれて初めて、誰かにそういう目で見られる経験をしていた。見抜かれるのではなく、ただ見てもらうということ。見られるということが、これほど怖くなく、これほど温かいものであるとは、三十年のあいだただの一度も知らなかった。彼は絶えず見抜かれることを恐れ、それゆえに先手を打って人を見抜いてきたが、この老人は見抜こうとすらしない。ただ、彼を丸ごと引き受けていた。

    彼は、すずの墓に再び向き直った。

    そしてゆっくりと、その冷たい苔むした石の前に膝を屈した。

    石は夜気に曝さぼされて冷え切っていた。彼は震える手を伸ばし、その小さな墓にそっと触れた。

    冷たかった。

    あの夏の、握りそびれた妹の手の、あの冷たさそのものであった。三十年ものあいだ、彼の胸のいちばん奥底で溶けることを拒み続けてきた、あのひとかけらの氷の冷たさであった。

    だが、今、彼はもうその冷たさから逃げ出さなかった。逃げるべき“私”が、もうどこにもいなかったからである。彼はただ、その冷たい石を、あの夏に握れなかった妹のその手を握り直すかのように、両の手でそっと包み込んだ。三十年の時間を遅れて、ようやく彼はその手を握っていた。

    冷たさは確かにあったが、その冷たさはもう、彼の心を刺しはしなかった。逃げずにしっかりと握りしめてみれば、冷たさはただの冷たさに過ぎず、決して怖いものではなかった。本当に怖かったのは、冷たさそのものではなく、その冷たさから永遠に逃げ続ける己の姿勢の方だったのである。逃げる限り、それはいつまでも彼を追ってくる化け物となるが、向き直って握りしめてしまえば、それはただの冷たい石であり、一つの小さな妹の墓に過ぎない。そして握り続けるうちに、死んだ冷たい石が、彼の生きた手の温もりを、ほんのわずかずつ受け取り始めているのを感じた。まるでそれに報いるかのように、三十年のあいだ、ずっとそれを待っていたかのように。

    「……すず」

    その名が、三十年ものあいだただの一度も声にすることができなかったその名が、彼の唇から静かにこぼれ落ちた。

    「すず……兄ちゃんだよ」

    その瞬間、胸のいちばん奥底で、三十年ものあいだ堰き止められ、頑なに凍りついていたその堰が、音を立てて崩壊した。

    熱いものが喉を一気にせり上がってくる。

    目の奥が焼けるように熱くなり、そして、三十年のあいだただの一滴も流れなかったその涙が、ついに溢れ出た。

    堰を越えてとめどなく溢れる涙。彼はすずの墓にしがみつき、声を上げて、ただ激しく泣いた。

    それは無様な泣き方であった。三十年のあいだ悲しむということを忘れ果てていたその肉体は、泣き方さえも酷くぎこちなく、嗚咽は引きつり、しゃくりあげ、まるで獣の唸りのような声となり、涙と洟はなとよだれが彼の痩せた頬を容赦なく汚していった。かつて無敗を誇った論客の面影などもうどこにもなく、そこにはただ、三十年前のあの夏の土間で泣くこともできずに立ち尽くしていた幼い子供が、三十年の歳月をかけてようやく声を上げて泣いている姿があるだけであった。

    それは、三十年分の涙であった。

    妹を亡くした悲しみ、逃げ出した自分への激しい憎しみ、誰にも抱きしめられなかった深い寂しさ、そして論で武装し、たった一人で生きてきたそのすべての孤独。研ぎ潰し、凍らせ、論理の底に葬り去ってきたそのすべてが今、堰を切って彼の身体を突き抜け、奔流となって流れ出ていった。

    泣くたびに、胸の強張りが一つ、また一つとほどけていく。

    涙は彼を清らかに洗っていた。三十年のあいだに溜まった垢を、三十年纏ってきた重い鎧を、一枚、また一枚と、少しずつ溶かし、流し去っていく。泣くということが、これほどまでに楽なことであり、これほどまでに人を軽くするものであったとは、彼は三十年ものあいだそれを弱さであり負けであると定義し、己に厳しく禁じ続けてきたのである。だがそれは決定的な誤りであった。泣くこととは、ほどけることであり、許されることであり、本来の家に帰ることに他ならなかった。

    「ごめんな……ごめんな、すず。兄ちゃん、逃げた。お前を置いて。怖くて。独りにして。ごめんな」

    涙は一向に止まらなかった。

    「一人はいやだ、ってお前言ったのに、兄ちゃん答えられなくて。手も握ってやれなくて、逃げた。ずっと、ずっと逃げて……今ごろ、三十年も経って、やっと……」

    彼は墓を強く抱きしめた。

    その時、彼の震える肩に温かいものがそっと置かれた。

    手であった。

    あの墓掘りの老人の、節くれだった、土の匂いのするその手が、彼の肩にそっと置かれていた。

    老人は何も言わなかった。慰めも励ましもそこにはなく、ただその手は、彼の震える肩を、あの谷の老婆が童を抱いた時のように、ただそこに在るという事実だけで満たしていた。お前は独りではない、とそのたった一つの真実を、手の温もりだけで伝えていたのである。

    彼はその手の重みを肩に感じながら、声を上げて泣き続けた。もう何も隠さなかった。論客としての矜持きょうじも、無敗の仮面も、何もかもを脱ぎ捨ててただ泣いた。見られながら、受け止められながら。三十年のあいだ、彼は誰にもこの姿を見せなかった。弱さを、涙を、傷を見せれば必ず斬られると信じていたからこそ、常に先に斬る側に回り続けてきたのだ。だが、この老人は斬らなかった。彼が晒したそのいちばん無防備な姿を、ただ手の温もりで受け止めていた。彼は生まれて初めて、鎧を脱いだその姿のまま、誰かの傍らに在ることができていたのである。斬られもせず、独りにもされず。

    彼は、ふと悟った。

    あの夏、もし、たった一人でもこうして、彼の震える肩に黙って手を置いてくれる者がいたら。「お前は悪くない」とも「すずは善い所へ行った」とも言わずに、ただ傍らにいて、ともに泣いてくれる者がいたら。彼の三十年は、まるで違うものになっていただろう。

    彼が生涯、論理の中に追い求め続けた答えは、この手の温もりの中に最初からあったのだ。

    答えなど、要らなかった。最初から、何一つ要らなかったのである。すずが欲しかったものも、幼い彼自身が欲しかったものも、たったこれだけ、震える肩に置かれる一つの手、ともに流される一筋の涙、それだけで十分であった。

    三十年のあいだ、彼はそのたった一つの答えから、いちばん遠い場所ばかりを探し続けていた。「手の温もりが答えだ」と認めてしまえば、あの夏にそれを与えることも与えられることもできなかった己の無力を、完全に認めることになってしまう。だからこそ彼は、手ではなく言葉を、温もりではなく論を求めたのであり、「答えなどどこにもない」と嘯うそぶきながら、本当はいちばん簡単な答えから、三十年のあいだただ目を逸らし続けていただけだったのだ。

    そして彼は今、三十年という時間を遅れて、その手を確かに受け取っていた。

    どれほどの時間を泣き明かしただろうか。

    涙がようやく涸れる頃には、東の空がほのかに白く瑞々しく明け始めていた。

    長い、長い夜が明けようとしていた。すずを喪ったあの夏から連綿と続いた、彼の生涯の凍てついた夜が、ようやく終わりを迎えたのである。

    彼は墓から顔を上げた。

    泣き腫らした目で、彼はすずの小さな墓を見つめた。冷え切っていた石は、彼の両の手の温もりによって、いつの間にか少し温かくなっていた。

    それは不思議なことであった。墓は変わらずそこにあり、すずは変わらず死んでいて、何一つ彼の力で変えられた現実などはなかったからである。三十年前と同じ貧しい小さな墓、同じ取り返しのつかない別れ。だが、それを見つめる彼の内側は、まるで別のものに生まれ変わっていた。悲しみは消えていなかった。むしろ今、初めて丸ごと純粋に感じられていたが、その悲しみはもう凍ってはいなかった。温かい悲しみ、涙の流れる悲しみ。

    悲しむことができるというのは、これほどまでに有難いことだったのか。三十年のあいだ、彼は悲しむ力さえも研ぎ潰していたが、その力が今、鮮やかによみがえっていた。彼はようやく、妹の死をきちんと悲しむことができていたのである。それこそが、喪った妹に捧げられる、たった一つのまことの手向けであった。

    もう、氷はどこにもなかった。

    胸のいちばん奥底の、あの凍りついた一点は、涙となってすべて流れ出ていた。あとに残されたのは、空虚な穴ではなく、寒さでもなく、ただ温かく満ち満ちた、深い静けさだけであった。

    あの胸の穴、三十年ものあいだ冷たい風が吹き込み続けたあの穴。彼が論で、勝利で、膨大な知識で必死に埋めようとして、ついに埋まることのなかったあの穴。それが今、綺麗に塞がっていた。何かを詰め込んで埋めたのではなかった。穴を穿っていたその縁へり、すなわち、“世界から切り離された私”というその強固な線が、涙とともに溶けて消え去ったのである。

    縁が消えれば、穴もまた消えるのは当然の理であった。埋めるべき空虚など、はじめからどこにもなかったのだ。あったのはただ、“私”という分離の線が引いた、幻の欠落だけである。その線がほどけた今、残されたのはただひと続きの、温かい広がりであった。彼と、すずと、老人と、そしてこの春の朝とを隔てるもののない、一つの大いなる広がり。

    彼は墓に向かって、そっと囁いた。

    「すず……兄ちゃん、もう、どこにも行かないよ。ここにいる。お前を、もう独りにはしない」

    それは三十年前、彼がすずに言ってやることができなかった、たった一つの言葉であった。そしてそれは、三十年前のあの暑い夏の日に静止したままだった、幼い彼自身に向けられた言葉でもあった。

    あの夏、すずが最後に問うた。「にいちゃん、どこへ行くの」というあの問いに、幼い彼は答えられずに逃げ出した。三十年のあいだ、彼はその問いの答えを求めて生きてきた。死後の行方を論じ、世界の真理を究めようとしたが、すずが本当に求めていたのは、「どこへ」という場所の答えなどではなかったのだ。「独りはいやだ」、それがすべてであった。求めていたのは、行先を示す地図などではなく、ただ「独りにしない」という、たったそれだけの約束であった。

    そして彼は今、三十年の時間を遅れて、その約束を果たしていた。「ここにいる」と、「もう独りにはしない」と。答えはついに見つからなかったが、答えなど最初から要らなかったのだ。約束を果たすのに、地図など何一つ必要はなかった。

    あの桜の下で、彼自身が彼自身に「おかえり」と言ったあの時、彼はまだ「ただいま」を言うことができなかった。まだ行かねばならぬ場所が残されていると信じていたからである。

    だが今、彼は、

    「……ただいま」

    と、静かにつぶやいた。

    ようやく本来の家に帰り着いた、幼い子どものように。

    朝日が、鮮やかに昇った。

    春の柔らかい光が、傾いた還源院の境内に、静かな墓地に、そして彼の濡れた頬に暖かく差し始めていた。

    老人はもう肩から手を離し、いつの間にか立ち上がって、庫裏の方へと歩き始めていた。一日が始まる。今日も誰かが死に、今日も誰かを送らねばならない、老人の仕事はただ淡々と続いていく。彼は振り返ることもせず、彼を誘うことすらしない。

    彼は、ゆっくりと立ち上がった。

    そして、その老人の後ろ姿を追うように歩き出した。

    彼は覚らなかった。

    あれほど狂おしく求めた覚りを、彼はついに手に入れることはなかった。彼は今、世界の真理を掴んだ覚者にはならず、何も悟ってはいなかった。彼はただ、三十年ぶりに涙を流した一人の男であり、妹を亡くした一人の兄であり、痩せて疲れ果てた、ただの人間であった。

    だが、それでよかった。

    いや、それでよかったのではない。それ“が”よかったのだ。覚った師にならなかったこと、何者にもならなかったこと、そのこと自体が祝福であった。彼は生涯、何者かになろうとしてきた。無敗の論客に、誰より賢い者に、覚った聖者に。何者かでありさえすれば、あの夏の土間で立ち尽くした無力な子供の自分を、完全に隠せるのだと信じ込んでいたからである。だが今、彼はようやく、何者でもなくなれた。ただの人間、妹の墓の前で泣く、ただの兄に。

    そしてそれは、三十年のあいだ彼がいちばん成ることを恐れ、そして実のところ、いちばん成る必要のあった姿に他ならなかった。隠し続けてきたその無力な子供を、彼はついに隠すのをやめ、そのまま抱きしめたのである。

    覚りとは、何かを新しく掴み取る行為ではなかった。むしろその正反対であり、これまで握りしめていたもの、すなわち論を、勝利を、重い鎧を、罪の意識を、そして最後に“掴もうとする私”そのものを、すべて手放したあとに残される、このただの人間、涙を流せる人間、誰かの手の温もりを受け取れる人間に戻ることに他ならなかった。それこそが、彼が三十年のあいだ世界の果てまで探し求めたものの正体であり、すぐ足もとに、最初からあった光であった。

    覚りを求めて、彼は世界中を巡った。あらゆる師を訪ね、あらゆる経典を読み、あらゆる論を戦わせてきた。だが、彼がついにたどり着いた、いちばん深い場所は、覚りの高みなどではなく、妹の墓の前で土に縋って泣く、一人の男のいちばん低いところであった。彼は上昇して覚ったのではなく、下降してほどけたのだ。いちばん高い玉座を降り、いちばん低い土の上で、ただの人間に戻った。それが、彼の覚りであった。覚りと呼ぶことさえ拒まれるほどの、ただの人間に戻るという、それだけの単純な事実であった。

    彼は、庫裏の戸口まで来た。

    老人は、中で静かに火を起こしていた。彼を待つでもなく、拒むでもなく、ただいつもの朝の仕事を淡々とこなしている。

    ここには、確かな仕事があった。傾いた伽藍、荒れた墓地、弔う者のない骸、そして嘆く者の傍らにただ坐る、誰かの存在。老人は年老いており、いつかこの仕事を継ぐ者が要るのだろう。論で誰かを斬る仕事ではなく、ただ土を掘り、野の花を手向け、震える肩に黙って手を置く、そういう仕事が。彼にそれができるのか、今の彼には何も分からなかった。何一つ分からなかったが、もう、ここから逃げ出したいとは微塵も思わなかった。

    彼は、その敷居の上に佇んだ。

    中に入るべきか、あるいは立ち去るべきか、彼自身にもまだ分からなかった。覚った師としてここを出ていくのでもなく、何かを成し遂げてどこかへ向かうのでもない。彼はただ、一人の空っぽになった人間として、その内でも外でもない、敷居の上にただ立っていた。

    朝の光が、その敷居を暖かく照らしている。

    彼はふと、自分の両の手を見た。

    もう、何も握っていなかった。刃も、論も、氷も、罪も。ただ、開かれた空の掌が二つ、朝日を受けてそこに在るだけであった。

    その開いた手に、どこからか桜の花びらが一枚、ふわりと舞い降りて、そして、留まりもせず、滑りもせず、ただしばらくそこに在って、やがてまた風に乗ってどこかへ流れていった。

    彼は、それを見送った。

    行く先は知らなかったが、もう、問いかけることはしなかった。

    あの桜の下で、花びらは彼に貼りついた。払えば払うほど一層貼りついたあれは、執着のしるし、握りしめ、あるいは振り払おうともがく、その手のしるしであった。だが今、同じ花びらが貼りつきもせず、滑り落ちもせず、ただ来て、ただしばらく在って、ただ去っていった。彼は掴まず、拒まず、握る手も払う手ももう彼にはなかった。ただ開いた手が、来るものを受け、去るものを見送る、それだけであった。

    生きるとは、きっとそれだけのことであったのだ。来るものを拒まず、去るものを追わず、ただ開いた手で、今ここに在るものを受けていく、それだけの営み。ただ、その開いた掌に、暖かい朝の光が満ち満ちていた。

    敷居の上。それは内でも外でもない場所であった。覚った内でも、迷う外でもない。過ぎ去った昨日でも、まだ来ぬ明日でもない。ただ今、ただここ。彼が三十年のあいだ論の果てに、明日の果てに、世界の果てに探し求め、ついにどこにも見つけることのできなかった、そのたった一つの場所。それは、彼がずっと立ち続けていた、この足もとの“今ここ”に他ならなかった。

    逃げることをやめた者だけが、ようやく気づける場所。逃げる先にも、追う先にもなく、ただ踏みしめたこの一点にしか存在しない、そういう場所であった。

    彼をあれほどまでに突き動かし、同時に縛り続けてきた、あの三十年の永きにわたる彷徨のその執着の残り香さえもが、今や朝の柔らかな風の中に、静かに、跡形もなく溶けて消え去ろうとしている。

    彼は、一つ深く息を吸った。

    そして敷居の上で、ただ立っていた。

    逃げるでもなく、追うでもなく。

    ただ、今、ここに在った。


    ── 完 ──


    【残り香】
    第一話 弔い
    第二話 鏡
    第三話 岩
    第四話 灯
    第五話 問い
    第六話 水
    第七話 船
    第八話 花
    第九話 土
    第十話 涙
    第十一話 黙
    第十二話 手

     
     
    美容師とWebデザインの経験を通じて「真の創造とは」「真の自己とは」を探求してきました。ここではI AMとの対話を通じて明かされた叡智を様々な形で表現しています。命式×エニアグラムを重ね、診断のさらに奥へ。『二つの地図と一つの光』全219頁/▶https://x.gd/MXz7a

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