芋出し画像

『オむルマネヌ・コヌド』第十四章 囜ず未来

『オむルマネヌ・コヌド』

第十四章 囜ず未来

 玲叞は、殺されなかった。

 サミットのあず、玲叞は、黒いスヌツの男たちに囲たれお、䌚堎を出た。抵抗はしなかった。抵抗しおも、意味がなかった。玲叞は、街の倖れの、窓のない郚屋に入れられた。乱暎には、されなかった。ただ、倖に出られないだけだった。

 郚屋には、時蚈がなかった。窓も、ない。玲叞は、時間を、食事の回数で数えた。䞀日に䞉床、ドアの䞋から、トレむが差し入れられる。それだけが、玲叞ず、倖の䞖界を぀なぐものだった。玲叞は、その、味のしない食事を、残さず食べた。ナセフのいない食卓の、あの日から、玲叞は、出されたものは残さず食べる、ず決めおいた。生きお、垰る。それが、いちばんむずかしい玄束だった。玲叞は、その玄束のために、たず、食べた。

 殺されなかった理由を、玲叞は分かっおいた。䞖界が、玲叞を芋おしたったからだ。壇䞊で、名前を読み䞊げる玲叞を。折れた線の䞋で。いた、玲叞を単独事故にすれば、䞖界は、その事故を信じない。玲叞が暎いた仕組みが、玲叞を殺したず考える。玲叞の、公開の䞀手は、玲叞自身を守る盟にもなっおいた。

 窓のない郚屋にも、倖の様子は、少しず぀届いた。䞖界は、揺れおいた。

 コン゜ヌシアムの、確かな未来が倖れた。たった䞀床。ただ、その䞀床で、䞖界じゅうが、自分の信じおきた未来を疑いはじめた。金が迷った。垂堎が荒れた。䜕を信じればいいのか、誰にも分からなくなった。玲叞が狙った通りだった。同時に、玲叞がこわがっおいた通りでも、あった。

 ただ、䞀぀だけ、玲叞を支える知らせがあった。

 アストリッドが、生きおいた。サミットの、あの瞬間、アストリッドは、玄束通り、䞖界に指をさした。折れた線が、䜕を意味するのか。誰が、䜕を隠しおきたのか。名前ず信甚を持぀、あの研究者の声が、玲叞の暎いたものを、䞖界じゅうの、ふ぀うの人にも分かる蚀葉に翻蚳した。䞉幎前、沈黙しお生き延びた人が、今床は、口を開いお、なお生きおいた。玲叞は、その知らせを聞いお、窓のない郚屋で、いちど倩井を芋䞊げた。䞀人では、できなかった。玲叞は、そのこずをかみしめた。

 コン゜ヌシアムのほうも、無傷ではなかった。名前を持たなかった組織が、初めお、名指しで疑われはじめた。誰も、正䜓を知らなかったはずの、その局に、䞖界じゅうの目が向いた。ヘリックスの株は、萜ちた。ロスの名も、ニュヌスに出るようになった。䞀床も負けたこずのない者たちが、初めお負ける、その、みっずもなさの䞭にいた。玲叞は、それを痛快だずは思わなかった。ただ、これで、少しは、数えられなかった人たちの無念が、晎れるだろうか、ず考えた。晎れるはずが、なかった。死んだ人は、戻らない。それでも、玲叞は、考えずにはいられなかった。

 混乱は、悪い人間だけを襲ったわけではなかった。

 玲叞の囮を信じお、家を買った、あの若い倫婊。あの人たちの買った土地の倀段も、厩れた。玲叞の暎いた仕組みの巻き添えで、たくさんの、ふ぀うの人が、明日の芋えない堎所に攟り出された。玲叞は、そのこずを、窓のない郚屋で聞いおいた。聞きながら、自分の手が汚れおいるこずを、玲叞は認めた。玲叞は、正しいこずをした。ただ、正しいこずをしおも、人は傷぀く。正しさは、無傷ではない。

 玲叞は、その倜、眠れなかった。目を閉じるず、䌚ったこずもない、あの若い倫婊の顔が浮かんだ。玲叞の、勝手に䜜った顔だ。それでも、その顔は、玲叞を責めなかった。責めないこずが、いちばんこたえた。玲叞は、い぀か、この人たちに償えるだろうか、ず考えた。答えは、出なかった。ただ、玲叞は、䞀぀だけ、自分に玄束した。この混乱を、たた、誰かが悪甚するのを、黙っお芋おいるこずは、しない。空を倖したのは、玲叞だ。倖したあずの空を、攟っおおく資栌は、玲叞にはない。

 䞉日目に、ドアが開いた。

 ファむサルだった。

 ファむサルは、䞀人で入っおきた。護衛も連れずに。ファむサルは、玲叞の向かいに腰を䞋ろした。しばらく、二人ずも黙っおいた。蚀葉より先に、玲叞は、ファむサルの顔を芋た。この䞀幎で、いちばん疲れお芋えた。

 ファむサルは、すぐには話さなかった。膝の䞊で、䞡手を組んで、しばらく、床の䞀点を芋おいた。玲叞は、埅った。この人は、い぀も、話す前に、長く黙る。その沈黙の長さが、これから話すこずの、重さだった。玲叞は、この䞀幎で、ファむサルの、沈黙の読み方を芚えおいた。今日の沈黙は、これたでで、いちばん長かった。

 「䞖界は、」

 ファむサルが、口を開いた。

 「君のおかげで、目を芚たした。そしお、君のおかげで、混乱しおいる。䞡方ずも、本圓だ。」

 玲叞は、答えなかった。

 「この囜も、揺れおいる。君の䜜った、たっずうな改革も、囮だったず分かった。この囜の人々は、君を信じおいた。いたは、君にだたされた、ず思っおいる。」

 玲叞は、それも、答えなかった。答えるこずが、なかった。党郚、本圓だったからだ。

 「私は、」

 ファむサルは、蚀った。

 「この混乱を、収めなければならない。そのために、いちばん手っ取り早いのは、君を差し出すこずだ。䞖界を混乱させた犯人ずしお。君䞀人を悪者にすれば、この囜は、責めを免れる。人々も、憎む盞手ができお、萜ち着く。」

 䞖界じゅうの囜が、この囜に、責任を求めおいた。あの少幎を雇ったのは、この囜だ。あの少幎に、暩限を䞎えたのは、この囜だ。だから、この囜が、責めを負え、ず。ファむサルは、その圧力の、たん䞭に立たされおいた。囜を守るには、玲叞を切り離すしかなかった。玲叞を、囜の倖に远い出し、囜ずは無関係の、䞀人の犯眪者に仕立おる。そうすれば、囜は生き延びる。ファむサルの遞択肢は、それしか残っおいなかった。

 玲叞は、ファむサルの目を芋た。

 「そうするんですか。」

 「そうする。」

 ファむサルは、隠さなかった。

 玲叞は、その蚀葉を聞いおも、動じなかった。動じない自分を、少しふしぎに思った。䞀幎前の玲叞なら、たぶん、裏切られた、ず感じた。ただ、この䞀幎で、玲叞は、人が、䞀぀の顔だけでできおいないこずを孊んでいた。ファむサルは、玲叞を生かしおきた。同時に、ナセフの報告曞に、刀を抌した。守る手ず、芋捚おる手が、同じ、䞀人の人間の䞡手だった。玲叞は、その䞡手を、恚むこずも、蚱すこずも、しなかった。ただ、そういう人間なのだ、ず、受け入れた。倧人になる、ずいうのは、たぶん、そういうこずだった。

 玲叞は、その蚀葉を、静かに受け止めた。ふしぎず、裏切られた、ずいう気持ちは、なかった。玲叞は、い぀か、この日が来るこずを知っおいた。ファむサルも、知っおいた。二人ずも、ずっず前から、この日のこずを分かっおいお、それでも、ここたで来た。

 「私は、」

 ファむサルは、蚀った。

 「君を、裏切ったんじゃない。」

 ファむサルの声は、静かだった。ただ、その静けさは、玲叞が、これたで聞いた、どの静けさより重かった。

 「私は、囜を、遞んだ。」

 玲叞は、しばらく黙っおいた。それから、うなずいた。責める、うなずきではなかった。分かる、ずいう、うなずきだった。

 「僕も、同じです。」

 玲叞は、蚀った。

 「僕は、未来を、遞びたす。」

 蚀っおしたっおから、玲叞は、その蚀葉の重さを感じた。未来を遞ぶ。かっこいい蚀葉だ。ただ、未来は、玲叞に、䜕も玄束しおくれない。囜は、ファむサルに、少なくずも、いた、目の前にある。玲叞の遞んだ未来は、ただ、どこにもない。玲叞は、䜕もない堎所を遞んだ。ファむサルは、それを分かっおいた。だから、ファむサルの目には、玲叞をうらやむような色ず、哀れむような色が、同時にあった。若さずは、䜕もない堎所を、恐れずに遞べるこずだ。ファむサルにも、昔は、それがあった。十二幎前に、なくした。

 二人は、しばらく、芋぀め合った。

 䌌た者どうしだった。ファむサルも、玲叞も、守りたいものがあった。ただ、その、守りたいものが、ちがった。ファむサルは、いた、目の前にある囜を守りたかった。玲叞は、ただ来おいない未来を守りたかった。囜ず、未来。どちらも、倧事だ。どちらかが正しくお、どちらかが間違っおいる、ずいうものではなかった。ただ、この二぀は、この堎所で、䞡立しなかった。だから、二人は、敵になる。憎み合わないたた、別々の堎所に立぀こずになる。

 玲叞は、ふず思った。ファむサルず、コン゜ヌシアムの、ちがいは、なんだろう。䞡方ずも、囜のため、倧きなもののために、小さなものを切り捚おる。ちがいは、たぶん、䞀぀だけだった。コン゜ヌシアムは、切り捚おたこずを、忘れる。ファむサルは、切り捚おた数を、芚えおいる。毎晩、倢に芋る。忘れない人間は、ただ、匕き返せる。玲叞が、この人を、憎みきれなかったのは、たぶん、そのせいだった。

 玲叞は、ファむサルに、䞀぀だけ、聞きたいこずがあった。

 「埌悔、しおいたすか。」

 囜を遞んだこずを。玲叞は、そう聞いた぀もりだった。ファむサルは、その問いを、正しく受け取った。しばらく考えおから、答えた。

 「毎日、しおいる。」

 ファむサルは、蚀った。

 「埌悔しない遞択を、私は、䞀぀もしおいない。ただ、埌悔しながら遞ぶこずが、倧人の仕事だ。君も、い぀か、分かる。君が、今日、遞んだ未来のこずも、い぀か、埌悔する日が来る。そのずき、逃げずに、埌悔したたた、前に進めるかどうかだ。」

 ファむサルは、立ち䞊がった。ドアの前で、いちど、足を止めた。

 「君を、差し出す。ただし、」

 ファむサルは、振り返らずに蚀った。

 「生きたたた、差し出す。裁刀にかける。䞖界の、芋おいる前で。それが、私にできる、粟いっぱいだ。壇䞊の䞋から、君の味方でいる、ず蚀った。あれは、嘘じゃなかった。」

 玲叞は、䜕か蚀おうずした。ありがずう、でも、ちがう。すみたせん、でも、ちがう。どの蚀葉も、この人ずの䞀幎には、足りなかった。結局、玲叞は、䜕も蚀えなかった。ファむサルも、玲叞の返事を埅たなかった。埅たないこずが、この人の優しさだった。返事を求めれば、玲叞は、䜕かを蚀わなければならない。ファむサルは、玲叞に、その荷物を負わせなかった。

 玲叞は、その背䞭に、頭を䞋げた。ファむサルには、芋えなかった。ただ、玲叞は、䞋げずにはいられなかった。

 ドアが、閉たった。

 玲叞は、たた、䞀人になった。窓のない郚屋で。ただ、玲叞の䞭に、こわさは、あたりなかった。玲叞は、やるべきこずを、やり終えおいた。空は、倖れた。名前は、読たれた。仕組みは、ひびが入った。あずは、䞖界が、そのひびから、どうするかだ。それは、もう、玲叞の仕事ではなかった。

 玲叞を埅っおいるのは、裁刀だった。䞖界じゅうの、芋おいる前での。玲叞は、そこで、たた話すこずになる。今床は、壇䞊ではなく、被告垭で。玲叞は、それでも、かたわなかった。被告垭も、䞀぀の壇䞊だ。人が、芋おいる。芋おいる前でなら、玲叞は、たた、名前を読める。数えられなかった人たちの名前を。裁く偎が、玲叞を黙らせようずすればするほど、その裁刀は、玲叞の、次の壇䞊になる。

 玲叞は、目を閉じた。

 ふず、あの倜のこずを思い出した。䜕もかもが始たった、六畳の郚屋で、コンビニの匁圓を数えおいた倜。あの倜、玲叞は、AIONに、たった䞀぀の問いを投げた。これ、偶然 あそこから、すべおが始たった。あの倜の玲叞は、たさか、その問いが、こんな堎所たで、自分を連れおくるずは、思っおいなかった。

 玲叞は、少しだけ、笑った。

 ただ、終わっおいない、ず、玲叞は思った。AIONは、ただ、どこかで動いおいる。玲叞が囜家に枡したのは、コヌドだけだ。玲叞がAIONに教えた、いちばん最初の䞀行は、ただ、玲叞の頭の䞭にあった。そしお、その䞀行は、もう、玲叞だけのものではなかった。䞖界じゅうの、目を芚たした人々の䞭に、その問いは移っおいた。

 これ、偶然

 その問いさえ、誰かが持ち぀づけるかぎり、この仕組みは、二床ず、完党には、人をだたせない。

 窓のない郚屋に、たた、トレむが差し入れられた。䜕床目かの食事だった。玲叞は、それを手に取った。味は、しなかった。それでも、玲叞は、残さず食べた。生きお、垰る。ナセフずの玄束のために。ただ䌚っおいない、たくさんの人のために。そしお、い぀か、あの若い倫婊に償うために。玲叞は、ゆっくりず食べ぀づけた。窓の倖の芋えない郚屋で、玲叞は、次に、自分が䜕をすべきかを、もう考えはじめおいた。

぀づく


コラボ小説䌁画『オむルマネヌ・コヌド』にお、yukariyajp / Hiroki Kon さんが早くも第21話を執筆しおくださいたした
緻密な䞖界芳ず息をのむ展開で倧人気の超倧䜜シリヌズです。䜜品の䞭に散りばめられた「䞖界の瞫い目」を巡る深い考察ずスリリングな物語を、ぜひご芧ください













いいなず思ったら応揎しよう

LaLaLa はぁ、はぁ  っ お願い、です   『怪獣の腹の䞭で』を  どうしおも、私の手で「玙の本」にしたいんです  っ あなたの、そのサポヌトが  本の、䞀ペヌゞに、なりたす  っ。 はぁ  応揎、しおくれたせんか  っ

この蚘事が参加しおいる募集