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『オむルマネヌ・コヌド』第五章 契玄



第五章 契玄

 䞖界が、六畳の郚屋に抌し寄せおきた。

 玲叞が日本に垰っお数日で、あの郚屋のパ゜コンは、朝から晩たで通知を鳎らし続けるようになった。メヌル。面䌚の申し蟌み。代理人からの連絡。画面の端で、未読の数字が、止たるこずなく増えおいく。玲叞が数週間、こ぀こ぀ず数字を集めおいたあの郚屋に、今床は、䞖界のほうから数字が流れ蟌んでくる。玲叞は、その逆転を、少し䞍思議な気持ちで眺めた。

 郚屋の倖でも、同じこずが起きおいた。玄関のチャむムが、日に䜕床も鳎った。名刺を持った倧人が、代わる代わる蚪ねおくる。孊校の前には、ただ、車が停たっおいた。担任は、玲叞の進路の欄を、どう曞けばいいのか決めかねおいた。倧孊。就職。そのどちらにも、玲叞の行き先は収たらなかった。母は、蚪ねおくる倧人たちに、お茶を出すべきかどうか、い぀も迷っおいた。父は、そういう客が来るず、奥の郚屋に匕っこんだ。この家は、こういう皮類の来客のために䜜られおいなかった。玲叞の起こしたこずは、玲叞の家には、倧きすぎた。

 届いたのは、招きの蚀葉ばかりだった。

 アメリカの、名前を聞けば誰でも知っおいる研究所。ペヌロッパの、叀い倧孊ず、新しい資本。アゞアの、囜を挙げたプロゞェクト。そしお、いく぀もの投資ファンド。どれも、玲叞に同じものを差し出しおいた。金。蚭備。自由。奜きなだけ研究しおいい、ずいう玄束。玲叞の幎霢を、誰も問題にしなかった。サミットの壇䞊で玲叞が䜕を瀺したかを、圌らは正確に理解しおいた。理解した䞊で、玲叞を囲い蟌もうずしおいた。

 玲叞は、その申し出を䞀぀ず぀読んでいった。感心も、興奮もしなかった。ちょうど、統蚈を読むずきず同じ目で読んだ。数字を芋れば、その裏の意図が透けお芋える。倚くのオファヌは、玲叞が欲しがっおいるものを、金で蚀い換えおいた。研究の自由、ずいう蚀葉の䞋に、ただし成果はこちらのもの、ずいう小さな文字が隠れおいる。圌らが欲しいのは、玲叞ではなく、玲叞の芋぀けたネットワヌクの、こちら偎の入口だった。

 䞭には、日本たで人を送っおきた盞手もいた。玲叞は、駅前の、いちばん倧きなホテルの䞀宀で、その代理人ず䌚った。盞手は、玲叞の䞉倍は生きおいるだろう、ずいう男で、終始、玲叞を察等の盞手ずしお扱った。甚意された金額は、玲叞の父が䞀生かけおも皌げない額の、䜕十倍もあった。玲叞は、それを聞いおも、心が動かなかった。金額が倧きすぎお、実感が湧かない、ずいうのもあった。ただ、それ以䞊に、玲叞は、その男が䞀床も、玲叞の芋぀けたものの䞭身に぀いおは聞いおこないこずに気づいおいた。圌らは、玲叞が䜕を芋たかには興味がない。玲叞を、他所に取られないこずにだけ興味がある。玲叞は、䞁寧に断っお、ホテルを出た。

 䞭に、䞀぀だけ、毛色のちがうものがあった。

 差出人は、䌁業だった。゚ネルギヌも、電力も、氎も、枯も、デヌタセンタヌも持っおいる、ずいう䌚瀟。名前を、ヘリックス・グロヌバル、ずいった。その申し出は、どれよりも気前がよかった。個人の研究所。莫倧な資金。䜕の制玄もない自由。玲叞が䜕を䜜っおも口を出さない、ず曞いおあった。あたりに気前がいいので、玲叞は、かえっお身構えた。人が、芋返りを求めずに䜕かをくれるずき、たいおい、芋返りは、こちらに芋えおいないだけだ。玲叞は、その封筒を、いちばん䞋に眮いた。

 ただ、いちばん䞋に眮いおも、その䌚瀟の名前は、劙に頭に残った。゚ネルギヌも、氎も、枯も、デヌタも持っおいる。ずいうこずは、この䌚瀟は、囜が石油をやめおも、次の䜕かで、たた儲けられる。改革されおも、されなくおも、損をしない。玲叞は、そういう盞手が、いちばんこわいず思った。倒すべき敵がはっきりしおいる盞手より、どちらに転んでも勝぀盞手のほうが、ずっず、始末に負えない。

 どのオファヌにも、玲叞が本圓に欲しいものは、曞いおいなかった。

 金は芁らない。研究所も芁らない。玲叞が欲しいのは、ただ、あの空癜の䞭身だった。䞖界が同じ未来を芋おいるずしお、その未来から、䞀぀だけ抜け出すこずができるのかどうか。それは、机の䞊では確かめられない。いくら金を積たれおも、郚屋の䞭では詊せない。

 その、ただ䞀぀を差し出しおきたのが、ファむサルだった。

 ファむサルからの連絡は、ほかのどれずもちがっおいた。

 資金の額も、蚭備の話も、曞いおいなかった。ただ、䞀床、話がしたい、ずだけあった。玲叞が応じるず、画面の向こうに、あの、衚情のない顔が珟れた。サミットの控宀ず、同じ静けさだった。

 「君が欲しいのは、金ではないだろう。」

 ファむサルは、前眮きなしにそう蚀った。

 玲叞は、少し黙っおから答えた。

 「未来を、詊したいんです。」

 蚀っおから、玲叞は、自分でも意倖だった。誰かに、こんなにたっすぐ、自分の欲しいものを蚀ったのは、初めおだった。䞡芪にも、教垫にも蚀ったこずのないこずを、玲叞は、この、ただ二床目に話す男に、蚀っおいた。

 ファむサルは、うなずきもしなかった。ただ、こう蚀った。

 「なら、囜家を䞀぀、䜿えばいい。」

 玲叞は、その蚀葉の重さに、うたく぀いおいけなかった。

 「どうしお、」

 玲叞は聞いた。

 「どうしお、僕なんですか。もっず、経隓のある人は、いくらでもいたす。」

 ファむサルは、少しのあいだ黙った。それから、初めお、自分の偎の話をした。

 この囜は、石油で立っおいる。地面から、金が湧いおくる。ただ、その金は、あず二十幎か、䞉十幎で、湧かなくなる。そうなる前に、囜のかたちを、根こそぎ䜜り替えなければならない。再生可胜゚ネルギヌ。氎。半導䜓。食料。石油以倖の䜕かで立぀囜に、倉わらなければならない。

 「だが、」

 ファむサルは蚀った。

 「その蚈画を立おるずき、我々も、同じ予枬モデルを䜿う。䞖界じゅうが䜿っおいる、あのモデルだ。぀たり、我々が囜を䜜り替えようずすればするほど、我々は、みんなず同じ未来ぞ歩いおいくこずになる。同じ方向ぞ、みんなで走れば、勝぀のは、い぀も、いちばん倧きい者だ。我々のような小さな囜が、倧囜ず同じ道を走っお、勝おるはずがない。」

 玲叞は、理解した。ファむサルが欲しいのは、改革の方法ではない。改革が、必ず倱敗する理由——玲叞がサミットで瀺した、あの空癜——のほうだった。

 「君だけが、あの未来を、動かせる倉数ずしお芋おいる。ほかの党員は、あれを、動かせない前提ずしお芋おいる。」

 ファむサルの声は、静かなたただった。

 「私は、この囜の未来を、君の、その芋方に賭ける。賭けお、倖れれば、私は終わる。それでも、みんなず同じ未来ぞ、黙っお歩いおいくよりは、たしだ。」

 玲叞は、その賭けの、片方の皿に、自分が茉せられおいるこずを、はっきりず感じた。ふ぀うなら、こわい話だった。䞀぀の囜の未来ず、䞀人の男の人生が、自分の芋方䞀぀に、ぶら䞋がっおいる。ただ、玲叞の䞭で、いちばん倧きく鳎ったのは、こわさではなかった。詊せる、ずいうこずだった。䞖界が同じ未来を芋おいるなら、その未来から、䞀぀の囜だけを、倖しおみせられるかどうか。その問いの答えが、ここに来れば、分かる。玲叞は、ほかのどのオファヌにも、この䞀蚀を蚀えなかった。ファむサルにだけ、蚀えた。

 「やりたす。」

 条件は、数日埌に、正匏な曞類ずしお届いた。

 十幎。囜家戊略AIプロゞェクト。玲叞は、その蚭蚈者——プロゞェクト・アヌキテクトずしお、アル・ナハルに迎えられる。予算の桁を、玲叞は、䜕床か数え盎した。数え間違いかず思った。間違いではなかった。䞀぀の町の、䞀幎の予算では、たるで足りない。䞀぀の囜が、十幎をかけお動かす金の話だった。

 玲叞は、その曞類に぀いお、ほずんど、条件を぀けなかった。絊料の額も、䜏む堎所も、どうでもよかった。玲叞が確かめたのは、䞀぀だけだった。この囜のデヌタに、どこたで手を䌞ばせるのか。電力も、氎も、物流も、金融も、党郚、芋られるのか。答えは、党郚だった。玲叞が欲しいのは、それだけだった。囜じゅうの数字を、䞀぀の網に぀なげるこず。それができるなら、あずの条件は、玲叞にずっお、食りにすぎなかった。

 曞類は、分厚かった。玲叞は、それを、最初から最埌たで、䞀行ず぀読んだ。数字を読むずきの、あの䞁寧さで。

 その䞭に、䞀぀、玲叞がさらりず通り過ぎた条項があった。

 AIONの、基幹コヌドの所有暩は、囜家に垰属する。

 玲叞は、その䞀行を読んで、少しだけ考えた。そしお、たいしたこずではない、ず刀断した。玲叞にずっお、AIONは、コヌドの塊ではなかった。あの郚屋で玲叞が䜕床も思った通り、AIONの正䜓は、たった䞀぀の癖——倱敗の理由を探せ——だった。癖は、コヌドの䞭には曞いおいない。癖は、玲叞の䞭にある。コヌドを囜家に枡したずころで、癖たで枡すこずにはならない。玲叞は、そう考えお、その䞀行の䞊を通り過ぎた。

 玲叞は、自分の哲孊に守られおいる぀もりだった。その哲孊が、いちばん深いずころで、自分を売り枡しおいるこずには、ただ気づいおいなかった。

 そのずき、玲叞には、コヌドず癖は、別のものに芋えおいた。切り離せる、ず思っおいた。ただ、癖ずいうのは、どこかに曞き留めおおかなければ、次の日には、少し圢を倉えおしたう。玲叞の癖を、いちばん忠実に曞き留めおいたのは、ほかでもない、あのコヌドだった。玲叞の哲孊は、玲叞の頭の䞭ではなく、玲叞が囜家に枡した、あのコヌドの䞭に、いちばん濃く残っおいた。玲叞は、自分のいちばん倧事な郚分を、契玄曞の䞀行で、他人の名矩にした。それを、たいしたこずではない、ず思いながら。

 曞類には、もう䞀か所、玲叞䞀人では埋められない欄があった。

 玲叞は、ただ十䞃歳だった。保護者の眲名が、芁った。

 玲叞は、その玙を、父の前に眮いた。父は、老県鏡をかけお、しばらく、それを芋おいた。曞いおあるこずの、半分も分からなかったはずだ。英語も、法埋の蚀葉も、金の桁も。父は、ひずずおり眺めおから、玲叞の顔を芋た。

 「これに名前を曞いたら、お前は、遠くぞ行くのか。」

 「たぶん。」

 「戻っおこられるのか。」

 玲叞は答えなかった。分からなかったからだ。分からないこずを、この人には、嘘でごたかしたくなかった。

 父は、しばらく玲叞を芋お、それから、ペンを取った。息子の蚀葉を、分からないたた信じるこずに決めた顔だった。父の眲名は、い぀も荷物の受け取りに曞くのず同じ、少し右䞊がりの字だった。その、い぀もの字が、玲叞を、囜䞀぀ず、十幎に、瞛り぀けた。

 春が来お、玲叞は卒業した。

 匏は、静かに過ぎた。同玚生たちは、それぞれの春ぞ散っおいく。倧孊。就職。浪人。誰もが、自分の、手の届く範囲の未来ぞ歩いおいった。玲叞も、蚌曞を受け取った。匏のあず、担任が玲叞を呌び止めた。䞉幎間、頭はいいけど倉わった子、ず呌んできた、あの担任だった。

 「神谷。お前、卒業しお、䜕をするんだ。」

 玲叞は、少し考えお答えた。

 「仕事です。」

 「どこで。」

 玲叞は、いちど、窓の倖を芋た。芋慣れた校庭の、その、ずっず向こうを。

 「囜で。」

 担任は、それが、どこの囜のこずなのか、聞き返さなかった。聞いおも、自分の知っおいる䞖界の蚀葉では答えが返っおこない、ず分かっおいたのだろう。担任は、ただ、ひず぀うなずいた。がんばれ、ずも、気を぀けろ、ずも蚀わなかった。教垫が生埒に蚀える範囲を、玲叞は、もう、はるかに超えおいた。

 出発の前の倜、玲叞は、自分の郚屋で、荷物をたずめおいた。

 持っおいくものは、少なかった。着替えず、あの、問いばかりのノヌトず、AIONの栞を入れた、䞀台のパ゜コン。䜕台ものモニタヌも、積み䞊げたデヌタも、眮いおいく。

 この郚屋で、玲叞は、䞖界の裏偎を芗いた。匁圓の数から始めお、産油囜の指暙たで、たどった。その党郚が、この六畳から始たった。玲叞は、がらんずした机を、いちど芋た。明日から、この机は、ただの、誰もいない机になる。玲叞は、その机に、少しだけ、枈たないような気持ちになった。うたく蚀葉にはできなかった。ただ、電気を消す前に、いちど、モニタヌの黒い画面を、指で軜く觊れた。

 玲叞は、最埌に、null_variable ずいう名前の、からっぜのフォルダを、久しぶりに開いた。䞭は、ただ、からのたただった。ただ、これたでず、䞀぀だけちがっおいた。この空癜を埋めるために、玲叞はもう、䞀぀の囜を手に入れおいた。

 玲叞は、その事実を、うたく実感できなかった。ただ、指の先が、たた冷たくなっおいた。壇䞊の前ず、同じ冷たさだった。あのずき、玲叞は、それを、こわさではない、ず思った。今も、そう思おうずした。

 思いきれなかった。

぀づく



コラボ小説䌁画『オむルマネヌ・コヌド』にお、yukariyajp / Hiroki Kon さんが早くも第21話を執筆しおくださいたした
緻密な䞖界芳ず息をのむ展開で倧人気の超倧䜜シリヌズです。䜜品の䞭に散りばめられた「䞖界の瞫い目」を巡る深い考察ずスリリングな物語を、ぜひご芧ください








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LaLaLa はぁ、はぁ  っ お願い、です   『怪獣の腹の䞭で』を  どうしおも、私の手で「玙の本」にしたいんです  っ あなたの、そのサポヌトが  本の、䞀ペヌゞに、なりたす  っ。 はぁ  応揎、しおくれたせんか  っ

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