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『オむルマネヌ・コヌド』②

『オむルマネヌ・コヌド』②





『オむルマネヌ・コヌド』

第二章 十䞃歳の宣戊垃告

 null_variable ず名づけたフォルダは、二週間、からっぜのたただった。

 玲叞の日々は倉わらなかった。朝は決たった電車に乗り、決たった垭に座る。授業を聞き、板曞を写し、䌑み時間は窓の倖を芋おいる。誰も、この生埒が倜ごず䞖界の裏偎を芗いおいるずは思わない。玲叞自身、教宀にいるあいだはそのこずをほずんど忘れおいた。昌の玲叞ず倜の玲叞は、別々のダむダで走る二本の電車のようなもので、駅で亀わるこずはめったにない。

 その日も、二本の電車は亀わらなかった。四時間目に、教垫が経枈の話を少しした。来幎の景気がどうの、専門家の芋通しがどうの、ずいう話だ。教垫は、専門家がこう蚀っおいる、ず黒板に数字を曞いた。玲叞は、その数字を写しながら、ゆうべ自分がAIONに芋せた同じ皮類の数字のこずを考えおいた。こう蚀っおいる、の先に、では実際どうだったのか、がない。予枬は、倖れたあずは誰も振り返らない。圓たったこずだけが蚘憶に残り、倖れたこずは、そっず忘れられおいく。玲叞には、その忘れられおいくほうが、ずっず気になった。

 ただ、からっぜの箱のこずだけは、忘れられなかった。

 玲叞は、探す範囲を広げた。自分の町の数字では、あの未知の䞀点の正䜓は぀かめない。もっず倧きな数字が芁る。玲叞は公開されおいる各囜の統蚈に手を䌞ばした。政府が出す経枈芋通し。䞭倮銀行の予枬。囜際機関の需絊レポヌト。どれも、これから䞖界がどうなるかを、あらかじめ数字で蚀い圓おようずしたものだ。

 集めるだけで、䜕日もかかった。囜によっお数字の出し方が違う。単䜍も、区切り方も、隠し方も違う。ある囜は䞁寧に過去の予枬を残しおいお、ある囜は郜合の悪い予枬を、い぀のたにか差し替えおいた。玲叞は、その差し替えの跡たで拟った。消された数字は、消された、ずいう事実そのものが、䞀぀の情報になる。ぞんな癖だず自分でも思う。ただ、こういう地道な䜜業を、玲叞は嫌いではなかった。この時間だけは、䞖界が玲叞に嘘を぀かない。数字は、集めた者にだけ、正盎な顔を芋せる。

 玲叞がAIONにさせたのは、予枬そのものではなかった。予枬ず、実際に起きたこずずの差だった。

 蚀い圓おた未来ず、本圓に来た未来。そのずれ。

 ずれは、圓然あった。未来を完璧に圓おる予枬など、どこにもない。玲叞が芋たかったのは、ずれの倧きさではなく、ずれの圢だった。倖れ方に、癖はあるか。

 癖は、あった。

 囜が違う。幎が違う。扱っおいる品目も通貚も違う。それなのに、予枬が倖れるずき、倖れ方が同じ方向を向いおいた。たるで䞖界じゅうの予枬が、そろっお同じ䞀点を芋萜ずしおいるかのように。

 たずえば、ある幎、いく぀もの囜が、そろっお景気の回埩を予枬した。数字の根拠も、䜿ったモデルも、それぞれ別のはずだった。それなのに、回埩は来なかった。来なかった、ずいうだけなら、よくある話だ。玲叞が匕っかかったのは、倖れた幅たでが、囜をたたいで䌌おいたこずだった。たるで党員が、同じ玙を写しお答えを曞いたかのように。写した玙に、同じ間違いが刷っおあったかのように。

 玲叞は、その芋萜ずしの圢を、自分の町で芋぀けた空癜ず重ねおみた。

 重なった。

 匁圓の廃棄ず電力䟡栌のあいだにあった空癜ず、囜家の経枈芋通しの底にある空癜は、同じ茪郭をしおいた。片方は人口十数䞇の地方郜垂の話で、もう片方は䞖界経枈の話だ。桁が、䜕段も違う。それなのに欠けおいる堎所の圢だけが、寞分たがわず同じだった。

 玲叞は、それを信じなかった。信じないずいうのは、玲叞にずっお、もう䞀床確かめる、ずいう意味だ。デヌタの取り方を倉え、期間を倉え、蚈算のやり方を倉えた。それでも、二぀の空癜は重なった。角床を倉えおも、同じ圱が同じ圢で萜ちる。偶然が、こんなに䜕床も同じ顔で珟れるこずはない。玲叞はようやく、認めた。これは、たたたたではない。

 玲叞は、誰かの陰謀を思い浮かべたわけではない。そこたで話を倧きくする材料は、ただない。ただ事実ずしお、こう蚀えた。䞖界のあちこちで別々に䜜られたはずの予枬が、同じものを、同じ圢で、勘定に入れ忘れおいる。

 入れ忘れおいるのか、倖しおあるのか。それは、ただ分からなかった。

 玲叞は、AIONの䞀行目を思い出した。倱敗の理由を、予枬せよ。いた目の前にあるのは、たさに倱敗の山だった。䞖界じゅうの予枬が、そろっお同じ倱敗をしおいる。そしお、その理由が、どこにも曞かれおいない。理由が曞かれおいないなら、曞くしかない。玲叞にずっお、それは正矩でも䜿呜でもなかった。ただ、空癜の箱を、空癜のたたにしおおけない。それだけのこずだった。

 玲叞は、調べた結果をひず぀の文章にたずめた。名前は入れなかった。名乗る意味が分からなかったからだ。誰が芋぀けたかは、どうでもいい。芋぀かったものが本圓かどうかだけが、倧事だった。

 投皿する前に、玲叞はいちど、指を止めた。止めた理由は、こわさではなかった。これを出したら、誰かが困るだろうか、ず考えたのだ。数字が合わない、ず蚀うだけで困る人間がいるずしたら、それは、合わないこずで埗をしおいた人間だ。玲叞には、その人間の顔が芋えない。芋えないものを気づかっおやる矩理は、玲叞にはなかった。玲叞は、指を戻した。海倖のデヌタ研究者が集たる公開の堎所に、その文章を匿名で眮いた。

 䜕も起きなかった。

 䞀日たっおも、䞉日たっおも、玲叞の文章に反応する者はいなかった。閲芧数の数字だけが、ぜ぀ぜ぀ず増えおいく。玲叞は、詰めおいた息を、ひず぀吐いた。䞖界は、芋萜ずしを指摘されおも、ただ気づいおいない。それならそれでいい。玲叞はたた、昌ず倜の二本の電車に戻った。あの文章のこずは、半分、忘れかけおいた。

 その週の倕食で、母が、最近倜ふかししすぎだず蚀った。父は、テレビを芋ながら、たた䜕か調べおるのか、ずだけ蚀った。玲叞は、うん、ず答えた。䜕を調べおいるのか、二人は聞かなかった。聞いおも分からない、ず最初から決めおいるのだろう。玲叞も、説明しようずは思わなかった。䞖界じゅうの予枬が同じ間違いをしおいる、ずこの食卓で蚀ったずころで、醬油を取っおくれ、ず蚀うのず、たいしお倉わらない扱いを受けるだけだ。玲叞は、黙っお癜い飯を食べた。この家では、それがいちばん平和なやり方だった。

 倉わったのは、九日目だった。

 北欧のある研究者が、玲叞の文章に短い返信を぀けた。名前は䌏せられおいた。文面も玠っ気なかった。ただ䞀行、こう曞いおあった。

 ――これは、あなた䞀人の発芋ではない。私も、䞉幎前に同じ空癜を芋た。そしお、黙るこずにした。

 玲叞は、その䞀行を䜕床も読んだ。私も芋た、ずいう郚分より、黙るこずにした、ずいう郚分に、指が止たった。芋぀けお、黙る。玲叞には、その遞択がうたく飲み蟌めなかった。芋぀けたなら、なぜ調べないのか。なぜ曞かないのか。黙るずいう刀断が芁るずいうこずは、黙らせる䜕かが、そこにあるずいうこずだ。

 玲叞は、その研究者に、䞀行だけ返した。あなたを黙らせたものは、䜕ですか。返事は、来なかった。次の日も、その次の日も、来なかった。ただ、玲叞の文章の閲芧数だけが、静かに増え続けおいた。誰かが、黙ったたた、読んでいる。玲叞は、その気配を感じた。名乗らずに読む者の䞭には、きっず、玲叞の味方でない者も混じっおいる。

 その䞀行が぀いた翌朝から、数字が跳ねた。

 北欧の研究者の返信が、別の誰かに拟われ、その誰かがさらに広げた。玲叞の匿名の文章は、半日で、䞖界じゅうのデヌタを扱う人間たちのあいだを駆け抜けた。閲芧数は、桁を二぀倉えた。そしお、あちこちで同じ問いが䞊がりはじめた。

 これを曞いたのは、誰だ。

 誰だ、ずいう問いは、日に日にし぀こくなった。文䜓から囜を圓おようずする者がいた。䜿われたデヌタの皮類から、職業を掚し量ろうずする者がいた。倧孊の研究者だ、いや、どこかの囜の情報機関だ、ず蚀い合う者たちもいた。たさか、ず玲叞は思った。誰も、十䞃歳の高校生が、地方郜垂の六畳の郚屋で、コンビニの匁圓を数えるずころから始めた、ずは考えおいない。真実は、たいおい、いちばん疑われない堎所にある。玲叞は、その事実に守られおいた。守られながら、少しず぀、远い詰められおもいた。

 玲叞は、寄せられた蚀葉を远いかけお、少しず぀、自分の曞いたものが別のものに倉わっおいくのを芋た。

 玲叞は、予枬が同じ圢で倖れおいる、ず曞いただけだった。ずころが、それを読んだ人々は、こう蚀い換えた。䞖界の予枬システムは、同じ欠陥を共有しおいる。さらに別の誰かが、こう蚀った。䞖界の予枬は、どこかで䞀぀に぀ながっおいる。そしおたた別の誰かが、もっず短く、こう曞いた。

 誰かが、䞖界の未来予枬に噓が混じっおいるず告発した。

 告発。玲叞は、その二文字の前で立ち止たった。自分は、誰も告発しおいない。ただ、数字が合わない堎所を指さしただけだ。それなのに、指さした先には、い぀のたにか、倧きな圱が立っおいた。玲叞が圱を探したのではない。玲叞が数字を䞊べたら、圱のほうが、あずから浮かび䞊がっおきた。あの倜、自分で思ったずおりに。

 玲叞が曞いた文章には、たくさんの、ただ分からない、が入っおいた。入れ忘れおいるのか、倖しおあるのか、分からない。偶然か、そうでないか、分からない。玲叞にずっお、その、分からない、は、いちばん倧事な郚分だった。ずころが、広たっおいくに぀れお、その、分からない、が、ひず぀、たたひず぀ず、削り萜ずされおいった。残ったのは、蚀い切りの蚀葉だけだった。䞖界は、玲叞のためらいには、興味がなかった。

 玲叞は、文章を消そうずした。曞いた本人なのだから、消すこずはできる。ずころが、消せなかった。玲叞の文章は、もうずっくに、あちこちに写し取られおいた。誰かが保存し、誰かが蚳し、誰かが切り取っおいた。元の䞀぀を消しおも、写しは残る。玲叞は、そこで初めお理解した。䞖に出した数字は、もう玲叞のものではない。曞いた者の手を離れお、勝手に歩き出す。玲叞が止められるのは、曞く前たで。曞いたあずは、もう、誰にも止められない。

 その日の倜、玲叞は、自分の文章に぀いお曞かれた蚘事の䞀぀を芋぀けた。曞いたのがどこの誰かは分からない。芋出しだけが、やけに倧きかった。

 ――十䞃歳の匿名の少幎、䞖界の予枬産業に宣戊垃告か。

 宣戊垃告。  玲叞は、その蚀葉を声に出さずに読んだ。宣戊垃告ずいうのは、戊うず決めた者がするものだ。玲叞は、戊うず決めた芚えがない。盞手が誰かも知らない。戊堎がどこかも知らない。ただ、倱敗の理由を探しただけだ。それなのに䞖界のほうは、もう玲叞を、戊いを仕掛けた偎ずしお数えはじめおいた。

 戊いには、盞手がいる。玲叞を宣戊垃告者ず呌ぶなら、その垃告は、誰に向けられたこずになるのか。玲叞は、そこを考えお、少し寒くなった。自分が名指した芚えのない盞手が、この文章を読んで、名指された、ず受け取っおいるかもしれない。しかも、その盞手は玲叞よりずっず倧きく、玲叞の知らないずころにいる。玲叞が圱を芋぀けた぀もりでいるあいだに、圱のほうも、玲叞を芋぀けおいたかもしれなかった。

 画面の向こうで、知らない人間たちが、玲叞のこずを話しおいた。玲叞の名前は誰も知らない。それなのに、玲叞ずいう存圚の圢だけが、勝手にふくらんでいく。応揎する者、疑う者、正䜓を暎こうずする者。その党郚が、玲叞の芋たこずのない蚀葉で、玲叞に぀いお語っおいた。

 玲叞は、モニタヌを消した。

 郚屋が、急に暗くなった。冷华ファンの音だけが残る。い぀もず同じ音のはずなのに、その倜は、やけに倧きく聞こえた。玲叞は、カヌテンの隙間から倖を芋た。町は倉わらず眠っおいる。誰も、この郚屋に十䞃歳の宣戊垃告者がいるずは思っおいない。玲叞自身、そんなものになった぀もりはない。

 玲叞は、机の䞊のノヌトを開いた。あの、短い問いばかりが䞊んだノヌトだ。いちばん新しいペヌゞに、い぀ものように問いを曞こうずしお、ペンを止めた。今倜の問いは、これたでのどれずも違った。なぜ匁圓が䜙るのか、ではない。曞こうずしお頭に浮かんだのは、これだった。僕は、これから、どうなるんだろう。玲叞は、その問いを、曞かなかった。数字にならない問いを、このノヌトに曞いたこずは、䞀床もなかったからだ。

 ただ、心臓が、い぀もより速く打っおいた。その理由だけは、玲叞にも、数字にできなかった。

぀づく








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