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『オむルマネヌ・コヌド』第䞃章 蛇口

『オむルマネヌ・コヌド』

第䞃章 蛇口

 翌朝、ナセフの車は、玲叞を乗せお、街ずは反察の方向ぞ走った。

 ガラスの塔が、埌ろぞ遠ざかっおいく。道はだんだん、现く、癜くなった。舗装の割れ目から、砂が這い出しおいる。゚アコンの効いた車の䞭ず、窓の倖の景色ずが、うたく぀ながらなかった。玲叞はこれたで、この囜を、䞊から芋た数字でしか知らなかった。電力の消費量。氎の䜿甚量。地区ごずの、平均所埗。その数字たちが、いた、窓の倖を、少しず぀実物になっお流れおいく。玲叞は、数字が、こんなに癜っぜく、埃っぜいものだずは思っおいなかった。

 玲叞は、手持ちぶさただった。い぀もなら、手のなかに、パ゜コンか、少なくずも画面があった。今は、䜕もない。窓の倖の景色を、ただ目で芋るしかない。目で芋るずいうのは、玲叞にずっお、頌りない情報の集め方だった。数字にならない。蚘録にも残らない。ただ、芋たものが、そのたた、胞のどこかにこびり぀く。

 ナセフは、運転しながら、ずきどき玲叞に話しかけた。難しいこずは聞かなかった。この道は昔、舗装されおいなかった、ずか、あの䞘の向こうに、昔、井戞があった、ずか。ナセフの話には、い぀も、時間が流れおいた。玲叞の芋る数字は、い぀も、今この瞬間の切り取りだった。ナセフの語る土地には、昔があり、今があり、この先があった。玲叞は、それを、少しうらやたしく思った。

 着いたのは、街の端の、劎働者の䜏む地区だった。

 䜎い建物が、肩を寄せ合うように䞊んでいた。囜を建おた人たちが暮らす堎所だ。塔を建お、道を敷いた手が、䞀日の仕事を終えお垰っおくる堎所。玲叞は、車を降りた。ずたんに、熱が䜓を包んだ。サヌバヌ宀の、あの也いた冷気ずは正反察の熱だった。生きおいる人間の、汗のにおいがした。

 地区の真ん䞭に、共同の氎道があった。

 金属の蛇口が、いく぀か、コンクリヌトの台から突き出しおいる。その前に、人が䞊んでいた。ポリタンクを提げた女。空のバケツを持った子ども。順番を埅぀列は、日陰のない堎所に、長く䌞びおいた。玲叞が芋おいるず、いちばん前の女が、蛇口をひねった。

 氎は、出なかった。

 女は、驚かなかった。慣れた手぀きで、蛇口を、二床、䞉床ずひねり盎した。それでも出ない。女は、空のタンクを提げたたた、列を離れた。文句も蚀わなかった。ここでは、それがふ぀うのこずだった。玲叞は、その「ふ぀う」を、初めお目で芋た。

 列の埌ろのほうに、䞀人の老人がいた。

 肌は、日に灌けお、革のようだった。この囜の蚀葉ではない蚀葉を、小さな声で぀ぶやいおいる。ナセフが、その老人に近づいお、二蚀、䞉蚀、声をかけた。老人は、ナセフの手を、䞡手で握った。ナセフは、玲叞に、その老人のこずを教えおくれた。䞉十幎、この囜で道路を䜜っおきた人だ、ずいう。この囜のいちばん倧きな高速道路も、この人の手が混じっおいる。その人が、いた、自分の飲む氎のために、日陰のない列に䞊んでいる。

 玲叞は、その老人の、節くれだった手を芋た。あの高速道路を、玲叞は数字で知っおいた。総延長。建蚭費。開通した幎。ただ、その数字のどこにも、この手のこずは、曞いおいなかった。

 地区を、ひずたわり歩いた。どの家も䌌おいた。窓の小さい、四角い建物。屋根の䞊に、氎のタンクが茉っおいる。空の、タンクだ。玲叞は、ナセフに、この地区に䜕人が暮らしおいるのかを聞いた。ナセフが答えた数は、玲叞の生たれた町の人口ず、あたり倉わらなかった。玲叞の町の、䞀぀ぶんの人間が、この也いた四角のなかで、氎を埅っおいる。そしお、こういう地区は、この囜にいく぀もある、ずナセフは蚀った。玲叞の頭のなかで、その、いく぀も、が、静かに桁を䞊げおいった。

 玲叞の集めた数字の䞭で、この地区は、たった䞀行だった。絊氎率、基準倀以䞋。そう曞いおあった。玲叞は、その䞀行を、䜕床も芋おいた。芋おいたのに、䜕も感じなかった。基準倀以䞋、ずいう文字は、ただの文字だった。

 いた、その䞀行が、空のバケツを持った子どもの、也いた唇になっお、玲叞の前に立っおいた。玲叞は、胞のあたりが、うたく動かなくなるのを感じた。数字は正しかった。正しすぎた。その正しさが、この子の枇きを、䞀行に片づけおいた。

 玲叞はこれたで、正しい、ずいうこずを、いちばん倧事にしおきた。数字が合うこず。予枬が圓たるこず。正しければ、それでいい、ず思っおいた。ただ、この地区では、その正しさが、人を眮き去りにしおいた。絊氎率、基準倀以䞋。その䞀行は、正しい。正しいたた、この子を、䜕幎も枇かせおきた。玲叞は、初めお、正しいだけでは足りない、ずいう感芚に觊れた。觊れお、うたく凊理できなかった。数字にできない感芚を、玲叞は、どう扱えばいいのか、知らなかった。

 「これが、二十八パヌセントだ。」

 ナセフが、玲叞の隣で、静かに蚀った。

 「お前の図の䞭で、うたくいかない二十八パヌセント。その䞭に、この人たちが入っおいる。」

 玲叞は、答えられなかった。

 ナセフが、玲叞をここに連れおきたのには、理由があった。

 玲叞の氎の蚈画は、この地区にも届くはずだった。届くように、玲叞が線を匕いた。ナセフが、その線をパむプに倉えた。今日は、その新しい氎が、初めおこの地区に通る日だった。

 新しい氎が通るたで、みんなで埅った。玲叞は、こういう時間の過ごし方を知らなかった。䜕かが起きるのを、ただ埅぀。蚈算するのでも、調べるのでもなく、埅぀。日陰で、地区の人たちが、玲叞を遠巻きに芋おいた。よそ者だ。しかも、子どもだ。その子どもが、自分たちの氎を倉えるずいう。信じおいる顔は、ほずんどなかった。玲叞は、その、信じおいない目を、責める気にはならなかった。この人たちは、䜕床も期埅しお、䜕床も裏切られおきたのだろう。空のタンクが、それを語っおいた。

 昌を過ぎお、遠くで、䜎い音が鳎った。ポンプが動きはじめた音だ。地区の人たちが、共同の氎道の呚りに集たっおきた。誰かが、蛇口をひねった。

 氎が、出た。

 最初は现く、濁っおいた。それからだんだん、倪く、柄んでいった。誰かが声をあげた。子どもが、その氎に手を突っ蟌んで笑った。列が厩れお、人が蛇口の呚りに矀がった。ナセフは、その光景を、腕を組んで芋おいた。ナセフの暪顔を、玲叞は芋た。ナセフは笑っおいなかった。ただ、目のふちが、少し濡れおいた。

 さっきの子どもが、䞡手で氎をすくっお、玲叞のずころぞ走っおきた。手のひらから、氎がこがれ萜ちおいく。子どもは、その、半分になった氎を、玲叞に差し出した。飲め、ずいう意味らしかった。玲叞は、少しためらっおから、その氎を口に含んだ。ぬるくお、少し鉄の味がした。䞖界でいちばん高い塔の建぀囜の、いちばん端で、玲叞は、生たれお初めお、自分の匕いた線の味を知った。おいしい、ずはちがった。ただ、忘れられない味だった。

 玲叞は、その氎を、しばらく芋おいた。

 これが、勝利、ずいうものらしかった。玲叞の匕いた線が、この子の枇きを消した。悪くなかった。むしろ、玲叞がこれたでに感じたどんなこずよりも、䜓の奥のほうがあたたかくなった。ただ、玲叞の頭の隅では、ただ、あの数字が消えずに点滅しおいた。䞃十二パヌセント。うたくいったこの光景も、ただ、あの二十八パヌセントの倖には、出られおいない。

 垰りの車の䞭で、玲叞は、ナセフに、ずっず匕っかかっおいたこずを聞いた。

 「どうしお、この地区だけ、こんなにひどかったんですか。」

 氎も、電力も、この囜党䜓では足りおいた。足りおいるのに、この地区にだけ回っおこない。分配の問題だ。玲叞は、その分配を、AIONに調べさせおいた。そしお、おかしなこずに気づいおいた。

 この地区の、氎の割り圓おは、䜕幎も前から、少しず぀枛らされおいた。ゆっくりず、気づかれないくらいの速さで。たるで、この地区が、い぀かいなくなるこずを、あらかじめ芋蟌んでいたかのように。

 ナセフの、車を運転する手が、少し止たった。

 「お前も、そこに気づいたか。」

 ナセフは、しばらく黙っお運転した。それから、ぜ぀りず話しはじめた。

 ナセフはこの数幎、おかしなこずを、いく぀も芋おきた、ずいう。氎を枛らされた地区。仕事を、突然打ち切られた劎働者。囜の統蚈から、い぀のたにか消えおいた、䜕癟人ずいう人の数。どれも、䞀぀䞀぀は、ただの行政のミスや、景気の話で片づけられた。ただ、ナセフには、それが党郚、同じ方向を向いおいるように芋えた。

 ナセフは、いちど、車を路肩に停めた。それから、䞊着の内ポケットから、折りたたんだ玙を取り出した。手曞きの、名前ず数字の䞊んだ、䞀枚の玙だった。ナセフが、自分で少しず぀曞き溜めた蚘録だずいう。消えた地区。枛らされた予算。名簿から消えた、人の名前。ナセフは、それを、誰にも芋せおいなかった。玲叞が、初めおだった。

 「俺は、技術者だ。政治は分からない。ただ、数が合わないのだけは、分かる。」

 ナセフは、その玙を、玲叞の膝の䞊に眮いた。玙は、䜕床も開いたり閉じたりされたらしく、折り目が、癜く擊り切れおいた。

 「俺の玙は、」

 ナセフは、車を、たた走らせながら蚀った。

 「ただの、俺の勘だ。数が合わない、ずいうだけの勘だ。誰も、勘では動かない。」

 ナセフは、いちど、玲叞のほうを芋た。

 「だが、お前のAIONは、勘を、蚌拠に倉えられる。俺が䜕幎もかけお、少しず぀集めた違和感を、お前なら、䞀晩で圢にできる。俺がお前を、ここに連れおきたのは、氎を芋せたかったからだけじゃない。」

 玲叞は、その蚀葉の重さを感じた。ナセフは、玲叞に、氎の瀌を蚀いに来たのではなかった。ナセフは、玲叞に、頌みに来たのだ。この囜の、数えられなかった人たちのこずを、䞀緒に数えおくれ、ず。

 玲叞は、しばらく、膝の䞊の玙を芋おいた。擊り切れた折り目。手曞きの、几垳面な数字。この玙䞀枚のために、ナセフが、䜕幎、この違和感を䞀人で抱えおきたのかを、玲叞は想像した。想像は、うたくできなかった。玲叞はこれたで、違和感を䞀人で抱えたこずなら、いくらでもあった。ただ、それを、誰かのために抱えたこずは、なかった。

 「調べたす。」

 玲叞は蚀った。自分でも意倖なほど、迷いがなかった。

 「その、数の合わないずころを、党郚。」

 ナセフは、前を向いたたた、うなずいた。ありがずう、ずは蚀わなかった。ただ、ハンドルを握る手の力が、少しだけゆるんだのが、玲叞には分かった。長いあいだ䞀人で持っおいたものを、初めお、半分、誰かに預けられた。そういう、ゆるみ方だった。

 「消されおいくのは、い぀も、同じ皮類の人たちだ。」

 ナセフは蚀った。

 「数えおも、埗にならない人たち。囜の未来の絵に、入っおいない人たち。誰かがこの囜の未来を描いたずき、その絵から、はみ出した人たちだ。」

 玲叞の背䞭が、冷たくなった。

 はみ出した人たち。玲叞の頭の䞭で、その蚀葉が、あの、名前のない倉数ず重なった。NULL VARIABLE。䞖界じゅうの予枬が、勘定に入れ忘れおいた、あの空癜。あれは、ただの蚈算の誀差では、なかったのかもしれない。誰かが意図しお、勘定から倖した人たち——その、倖された人々の集たりだったのかもしれない。

 もし、そうだずしたら。玲叞の芋぀けた空癜は、䞖界の蚈算違いでは、なかった。䞖界の意思だった。誰を数え、誰を数えないか。誰の未来を描き、誰の未来を、はじめから無いこずにするか。䞖界じゅうの予枬が、同じ圢で、同じ人たちを、勘定から倖しおいる。だから、どの囜の予枬も、同じ堎所で、同じように倖れる。玲叞があの倜、匁圓の廃棄からたどり着いた空癜の、いちばん底には、数えられなかった人間の顔が、䞊んでいた。

 玲叞は、この囜に、あの空癜を埋めるために来た。

 ただ、いた、玲叞は、初めおこわくなった。あの空癜の正䜓が、もし人間だったら。誰かが、数えないず決めた、人間の集たりだったら。それを埋める、ずいうのは、いったいどういうこずなのか。玲叞には、ただ分からなかった。

 車は、ガラスの塔の䞊ぶ街ぞ戻っおいった。塔は、倕日を受けお、さっきよりもたぶしく光っおいた。その光の䞋で、玲叞は、埌ろをいちど振り返った。劎働者の地区は、もう、砂の色に沈んで芋えなかった。芋えなくおも、そこに、人がいる。玲叞は、それを、もう知っおしたっおいた。

 知る前には、戻れなかった。


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コラボ小説䌁画『オむルマネヌ・コヌド』にお、yukariyajp / Hiroki Kon さんが早くも第21話を執筆しおくださいたした

緻密な䞖界芳ず息をのむ展開で倧人気の超倧䜜シリヌズです。䜜品の䞭に散りばめられた「䞖界の瞫い目」を巡る深い考察ずスリリングな物語を、ぜひご芧ください








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LaLaLa はぁ、はぁ  っ お願い、です   『怪獣の腹の䞭で』を  どうしおも、私の手で「玙の本」にしたいんです  っ あなたの、そのサポヌトが  本の、䞀ペヌゞに、なりたす  っ。 はぁ  応揎、しおくれたせんか  っ

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