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Photo byferdinand_ja_jp

蘇軟《定颚波》心の故郷を探しなさい──「居堎所がない」ず感じた時に

    自分の居堎所が芋぀からない


    「ここには自分の居堎所がない  」

    この悩みは、いく぀になっおも消えたせん。
    孊校、職堎、飲み䌚の垭、むベントの集たり。
    堎所はその時々で倉わっおも、感芚はい぀も同じです。

    呚りずの間にどこか距離を感じおしたう。
    皆が楜しそうに話しおいるのに、その茪の䞭ぞ自然に入っおいけない。
    笑顔は䜜っおいおも、心から笑えおいる気がしない。
    むしろ、匷い孀独を感じおしたうこずすらありたす。

    私の堎合、こういう時は発蚀が慎重になりたす。

    その堎には、䌚話の「正解」が存圚しおいる。
    呚りの人はそれを共有しおいる。
    でも、自分にはその正解が分からない。

    だから埌になっお、

    「ああ蚀えばよかった」
    「こう蚀えばよかった」

    ず、䞀人反省䌚を始めおしたうのです。

    考えおみれば、こういう時の私は、自分らしく振る舞うのではなく、呚りが望む期埅に合わせようずしおいるのかもしれたせん。


    ずいうのも、この感芚は、自分にずっお倖囜である䞭囜で暮らしおいた時には感じるこずはありたせんでした。

    盞手は䞭囜人。自分は日本人。
    盞手のフィヌルドに参加しおいるのだから、盞手の「正解」など分かるはずもない。
    そんな割り切りが、逆に居心地の良さを生んでいたした。

    蚀葉が通じる日本人同士だからこそ、堎の「正解」の存圚を意識しおしたう。「正解」に合わせようずするあたり、かえっお居心地の悪さを感じおしたう。

    考えおみれば、皮肉なものです。

    本来、人は安心できる堎所を求めお生きおいたす。
    けれど人生では、䞎えられた堎所が必ずしも居心地のいい堎所ずは限らないのです。


    さお、このブログで䜕床も玹介させおもらっおいる、今から玄1000幎前の䞭囜の倧文豪・蘇軟。

    蘇軟もたた、黄州ぞの巊遷を呜じられ、望んでいない堎所での暮らしを䜙儀なくされた人でした。

    そんな苊しい日々を経た埌、蘇軟はある女性から聞いた蚀葉に深く心を動かされたす。

    その女性は、誰もが䜏みにくいず思っおいた南方の蟺境で長く暮らした人でした。そこでの暮らしぶりを尋ねた蘇軟に、圌女は、思いもよらない答えを返したのです。

    今回は、蘇軟が気づかされた「心の故郷」に぀いおの話を玹介したいず思いたす。

    王定囜の䟍人寓嚘に莈る


    今回玹介するのは、蘇軟の《定颚波・南海歞莈王定國䟍人寓嚘》ずいう詞です。

    前回もお話ししたしたが、宋詞は、既存の楜曲に歌詞を付ける圢で発展したため同じタむトルの詞が耇数存圚したす。

    これたで、このブログでは、蘇軟の《定颚波・莫聎穿林打葉声》を床々玹介しおきたした。

    今回の《定颚波》は、同じ《定颚波》ずいう曲に぀けられた別の䜜品になりたす。

    䜜品の成立には諞説ありたすが、䞀般には1083幎頃の䜜ず蚀われおいたす。

    蘇軟は、1079幎に烏台詩案で投獄され、1080幎に黄州に巊遷されたす。
    その埌、1084幎にようやく汝州ぞ転任ずなるのですが、1083幎は、ただ黄州で田畑を耕す生掻をしおいた頃になりたす。

    そんな黄州での暮らしの䞭、蘇軟の元に䞀人の旧友が珟れたす。

    それは、王定囜です。

    圌もたた、烏台詩案に連座し、蘇軟以䞊に遠い嶺南ぞ巊遷されおいたした。圓時の嶺南は、たさに「文明の最果お」ず芋られおいたした。

    圌は、そんな嶺南の過酷な環境の䞭、数幎を過ごしたす。
    そしお、1083幎にようやく赊されお北方ぞ戻るこずになるのです。

    その垰路、王定囜は黄州に立ち寄りたす。
    巊遷以来、久しぶりの再䌚でした。

    この時、王定囜は歌劓の「柔奎寓嚘」を連れおいたした。
    柔奎は、王定囜が巊遷ずなる前から仕えおいた女性でした。
    最果おの地ぞの巊遷が決たった時、王定囜に仕えた倚くの女性は郜に残るこずを遞んだこずでしょう。
    しかし柔奎は、王定囜ず共に嶺南ぞ向かうこずを遞びたした。

    《定颚波・南海歞莈王定國䟍人寓嚘》は、その時の蘇軟ず柔奎のやり取りを詞にしたものです。

    題名をそのたた蚳すず、

    「定颚波・南海より垰る王定囜の䟍人寓嚘に莈る」

    ずいう意味になりたす。

    それでは、たず党文を玹介したす。

    垞 矡 人 闎 琢 玉 郎 倩 应 乞 䞎 点 酥 嚘。
    cháng xiàn rén jiān zhuó yù láng 。tiān jiāo fÚn fù diǎn sÅ« niáng 。
    私はい぀も、玉を磚き䞊げたような立掟な人物・王定囜を矚たしく思っおいたした。倩もたた圌を愛したのでしょう。柔らかく矎しい柔奎ずいう女性を、その傍らに䞎えたのです。

    尜 道 枅 歌 䌠 皓 霿 风 起 雪 飞 炎 海 变 枅 凉。
    jìn dào qīng gē chuán hào chǐ 。fēng qǐ 。xuě fēi yán hǎi biàn qīng liáng 。
    人々は皆、柔奎の歌声を耒め称えたす。その柄んだ歌が響くず、颚が吹き、雪が舞い、灌熱の南海さえも涌やかな䞖界ぞず倉わるかのようでした。

    䞇 里 園 来 颜 愈 少。
    wàn lǐ guī lái yán yù shǎo 。
    䞇里の圌方から垰っおきた圌女は、以前よりもいっそう若々しく芋えたした。

    埮 笑 笑 时 犹 垊 岭 梅 銙。
    wēi xiào 。xiào shí yóu dài lǐng méi xiāng 。
    その埮笑みには、今なお嶺南の梅の銙りが挂っおいるようでした。

    试 问 岭 南 应 䞍 奜 华 道 歀 心 安 倄 是 吟 乡。
    shì wÚn lǐng nán yÄ«ng bú hǎo 。quÚ dào 。cǐ xÄ«n ān chù shì wú xiāng 。
    私は尋ねたした。「嶺南の暮らしは、さぞ䜏みにくかったでしょう」するず柔奎は静かに答えたのです。
    「心が安らぐ堎所こそ、私の故郷です」

    《定风波·南海園赠王定囜䟍人寓嚘》蘇軟

    柔奎が語る「心の故郷」


    実は、この《定颚波・南海歞莈王定國䟍人寓嚘》には序文がありたす。

    王定囜歌儿曰柔奎姓宇文氏眉目嚟䞜善应对家䞖䜏京垈。定囜南迁園䜙问柔“广南风土 应是䞍奜”柔对曰“歀心安倄䟿是吟乡。”因䞺猀词云。
    王定囜の歌劓に柔奎ずいう女性がいた。姓は宇文氏ずいう。容姿は矎しく、受け答えも巧みで、代々郜に䜏む家の出身だった。王定囜が嶺南ぞの巊遷から垰っおきた時、私は柔奎に尋ねた。「広南の颚土は、さぞ䜏みにくかったでしょう」するず柔奎は答えた。「心が安らぐずころこそ、私の故郷です」私は深く感じ入り、この詞を䜜った。

    《定风波·南海園赠王定囜䟍人寓嚘》蘇軟

    王定囜に仕える歌劓の「柔奎」、姓は宇文氏。

    宇文氏ずいう姓を芋るず、どうしおも南北朝時代・北呚皇宀の宇文氏を思い浮かべたす。

    圌女が実際にその流れを汲むかは分かりたせん。しかし蘇軟は、わざわざ「代々郜に䜏む家柄」ず玹介しおいたす。少なくずも柔奎が、郜の文化ず教逊を身に぀けた女性であったこずは間違いないでしょう。

    その柔奎ずのやり取りが、あたりにも蘇軟の胞に深く刺さったので、《定颚波・南海歞莈王定國䟍人寓嚘》の創䜜に至った、ず曞いおいたす。

    それでは、少し詳しく芋おいきたす。

    垞矡人闎琢玉郎倩应乞䞎点酥嚘。
    私はい぀も、玉を磚き䞊げたような立掟な人物・王定囜を矚たしく思っおいたした。倩もたた圌を愛したのでしょう。柔らかく矎しい柔奎ずいう女性を、その傍らに䞎えたのです。

    尜道枅歌䌠皓霿风起雪飞炎海变枅凉。
    人々は皆、柔奎の歌声を耒め称えたす。その柄んだ歌が響くず、颚が吹き、雪が舞い、灌熱の南海さえも涌やかな䞖界ぞず倉わるかのようでした。

    この郚分は、導入郚分にあたり、王定囜ず柔奎の玹介をしおいたす。

    蘇軟は、柔奎の生たれながらの矎しさず、玉のように透き通った気品を「点酥嚘」の䞉字で衚珟しおいたす。
    「点酥」ずは、「乳補品酥のように癜く滑らか」な矎しさをたたえた嚘ずいう意味です。


    たた、柔奎の歌声は、たるで颚を起こし雪を舞わせるかのように、灌熱の南海の地さえ涌やかな䞖界ぞ倉えおしたう、ず描写しおいたす。

    ただ、これは、王定囜が嶺南に巊遷されおいたこずを螏たえおのものです。

    柔奎の歌声は、政治的な倱意の䞭にあった䞻人の憂鬱や焊燥を和らげ、それを穏やかな心境ぞ導く力を持っおいたこずを暗瀺しおいたす。

    䞇里園来颜愈少。
    䞇里の圌方から垰っおきた圌女は、以前よりもいっそう若々しく芋えたした。

    埮笑笑时犹垊岭梅銙。
    その埮笑みには、今なお嶺南の梅の銙りが挂っおいるようでした。

    蘇軟のこういう衚珟、本圓にいいですよね。

    恐らく蘇軟は、巊遷前の柔奎にも䌚っおいたこずでしょう。
    過酷な嶺南の生掻を終え、郜に戻る柔奎は、か぀おの様子ず比べおも、や぀れるどころか益々茝いお芋える。

    たるで「嶺南の梅の銙りを䞀緒に連れお垰っおいるようだ」ず。

    霜や雪に耐えお咲く嶺南の梅を柔奎になぞらえおいるようです。

    本圓に蘇軟らしい、矎しい衚珟です。

    试问岭南应䞍奜华道歀心安倄是吟乡。
    私は尋ねたした。
    「嶺南の暮らしは、さぞ䜏みにくかったでしょう」
    するず柔奎は静かに答えたのです。
    「心が安らぐ堎所こそ、私の故郷です」

    この詞のハむラむトは、なんずいっおもこの郚分ですね。

    もっず蚀えば「歀心安凊是吟郷」ずいう7字に尜きたす。

    なぜ郜で育った柔奎が王定囜に぀いお行ったのか。
    なぜ過酷な嶺南での生掻を経おも以前にも増しお若々しくいられるのか。
    なぜ柔奎に梅の銙りを重ねおしたうのか。

    その党おの答えは、柔奎の心の圚り方にありたした。

    「心が安らぐ堎所こそ、私の故郷です」


    柔奎にずっお、嶺南は「耐え忍ぶ堎所」ではありたせんでした。

    「心が安らぐ堎所こそが、自分の故郷だ」ず考えおいたからこそ、蟺境の暮らしの䞭でも、どんな環境でも、心の平静を倱わなかったのでしょう。

    この柔奎の気高さず匷さ──。

    この䞀蚀は、黄州で苊しい日々を送っおいた蘇軟の心に深く響いたこずず思いたす。

    そしお蘇軟は、その感動を䞀篇の詞ずしお曞き残したのです。

    自分の居堎所


    柔奎のいう「故郷」ずは䜕でしょう。

    故郷ずは、「生たれ育った堎所」ずいう意味だけではありたせん。「垰るべき堎所」「心を䌑める堎所」ずいう意味もありたす。それはたさに、自分のホヌムグラりンドであり、自分が安心しおいられる居堎所のこずです。

    柔奎が語っおいるのは、

    「自分の心が最も穏やかでいられる堎所こそ、自分の故郷です」

    ずいう、非垞にシンプルな答えです。

    ただし、それは「堎所」の話をしおいるようでいお、実は堎所の良し悪しに぀いおは䜕も語っおいたせん。

    むしろ柔奎が語っおいるのは、どこにいるかではなく、どんな心でいるかずいうこずです。

    柔奎にずっおは、王定囜ず共にいるこずが、最も心安らぐ状態だったのでしょう。だからこそ、郜であろうず嶺南であろうず関係ない。自分の心が安らぐなら、そこが故郷になるのです。

    柔奎が䜕歳だったのかは分かりたせん。しかし、歌劓ずいう立堎から考えおも、恐らく蘇軟よりはずっず若かったはずです。
    その若い女性が、過酷な嶺南での生掻を経た䞊で、迷いなくこう蚀い切る。

    「歀心安凊是吟郷」

    この蚀葉は、黄州で苊しい日々を送っおいた蘇軟の心を撃ち抜いたこずでしょう。そしお今もなお、この詞を読む私たちの心を匷く揺さぶりたす。

    さらに蚀えば、嶺南での生掻を経おもなお茝きを増した柔奎の姿そのものが、この蚀葉の正しさを蚌明しおいるようにも芋えるのです。


    どの「堎所」がいいのか 。

    これは珟代でも、私たちが日々繰り返しおいる問いです。

    あの䌚瀟がいい。
    この職堎は合わない。
    この街に䜏みたい。
    もっず自分に合う環境があるのではないか。

    結婚も、就職も、受隓も、人間関係も、突き詰めれば「自分の居堎所探し」なのかもしれたせん。

    だから私たちは、

    「ここには自分の居堎所がない」

    ず悩みたす。

    けれど柔奎は、その問いに察しお党く別の角床から答えたした。

    「どこにいるか」ではなく、「どんな心でいるか」。

    心が安らぐ堎所がある。
    自分らしくいられる時間がある。
    䞀緒にいお安心できる人がいる。

    それが家族かもしれないし、友人かもしれないし、䞀人で過ごす静かな時間かもしれたせん。

    人それぞれ違いたす。

    しかし誰にでも、自分の心が自然に萜ち着く堎所があるはずです。

    柔奎は、それこそが「故郷」なのだず蚀ったのです──。


    私は、前回のブログで「人生は旅の宿、私もたた旅人」ずいう蘇軟の蚀葉を玹介させおもらいたした。

    そう考えるず、蘇軟が黄州以降に蟿り着いた人生芳は、どこか䞀぀に぀ながっおいるようにも思えたす。

    人生は旅の宿であり、私たちは皆旅人です。
    その旅路には、晎れの日も雚の日もありたせん。
    ただ、自分の心が安らぐ故郷を胞に抱きながら歩いおいけばいい。
    そうすれば、日々の暮らしの䞭に「枅歓」を芋出しながら、自分らしく生きおいくこずができる──。


    そうだずするず、本圓に探すべきだったのは、「正解」ではなく、自分の心が安らぐ堎所だったのかもしれたせん。

    自分が心穏やかに過ごせる時間や関係を倧事にする。
    それだけでよかったのかもしれたせん。

    そうすれば、どんな堎所でも、そこはあなたにずっおの「故郷」になる。

    蘇軟は、時を超えお、そんなこずを語りかけおくれおいるような気がするのです。


    歀心安凊是吟郷
    心が安らぐずころこそ、私の故郷──。



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    《 「蘇軟をゆく」シリヌズ 》


     
     
    犏岡圚䜏䞭囜滞圚歎10幎䞭囜党省・自治区・盎蜄垂・特別行政区を螏砎。 『犏岡人、䞭囜をゆく』運営。 䞭囜、犏岡、東アゞアの街を歩きながら、歎史・挢詩・文化・食・人々の営みを綎っおいたす。 䞭囜ず犏岡、その぀ながりの䞭にある物語を探しおいたす。

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