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創作大賞2026【AI小説】『最後ノ爪⑭』第14話:外典(裏)

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     篠宮は、外典ページを閉じなかった。

     黒地の画面には、まだカードが並んでいる。牧野修司を含む五枚のカード。そして、画面の下に置かれた二枚の補助札。

    「このページ、人間が調べて書いた文章だけではありません」
     篠宮が言った。

     桐野が、机の上に置いた紙から顔を上げた。

    「根拠は」

    「裏取りの強さが違う情報が、同じ温度で並んでいます」

    「確認済みの死亡、未確認の連絡不能、推測された性別、施設名から連想した死因。全部が、同じ断定文になっています」

     篠宮は、外典ページの一部を拡大した。

    「槽の底に沈んだ女。油の眠りについた男。この二枚は、少なくとも現時点では裏が取れていません」

    「でも、カード名になると、確定した出来事に見える」
     怜奈が言った。

     篠宮は黙って頷いた。

    「いかにも生成AIらしい整い方です。足りないところを、いちばん物語らしい言葉で埋めています」

     その言い方は、責めているようでいて、ただ正確だった。

    「全部がAIですか」
     矢代が聞いた。

    「その可能性は低いと言えます」
     篠宮はすぐに答えた。

    「つまり」

     桐野が画面を指さして聞いた。

     篠宮は、画面を少し送った。

    「全部がAIなら、もっと均一になります。これは、人間が選んでいます。けれど、選ぶ前の候補や、称号の言い回し、足りない部分の補完には生成AIが介在していると思います」

     怜奈は、その言葉を聞いて、セミナー会場の明るさを思い出した。

     人間が最初から全部を見る必要はない。あの日、ルートはそう言った。
     見ないまま、判断を預けられる。そして、足りないところは、なめらかに埋まる。

    「つまり、事実の濃淡が失われているんです」

     篠宮は続けた。

    「ただ、厄介です。嘘なら、事実とぶつけられます。でも補完は、足りない場所に入り込んで、元々の意図を乗っ取ります」

     矢代が、ゆっくり息を吐いた。

    「人がまだ生きていても、死んだように埋められる」

    「あり得ます」
     篠宮は短く答えた。

         *

     篠宮は、別の画面を開いた。

     検索結果ではなかった。保存されたキャッシュ、共有URL、ページ内の画像ファイル名、参照元の断片。怜奈には、すべてがすぐには読めなかったが、篠宮の指には迷いがなかった。

    「朝から、公開されている復習ログを当たっていました」

    「例の復習ログか」
     矢代が言った。

    「昨日のセミナーです。参加者向けに、自分の演習をあとで見返せる仕組みがありました。通常は本人だけが見るものですが、共有設定を変えると外から見えます。本人が意識していたかどうかは、まだわかりません」

    「いま見えているなら、取れるのか」
     桐野が聞いた。

    「画面保存はできます。URL、表示時刻、ハッシュ値、スクリーンキャプチャも取れます」

    「証拠としては」

    「足りません」
     篠宮は即答した。

    「こちらが見た画面だけでは、あとで『改変された可能性がある』と言われます。主催者側のサーバに残っている原本、アクセス権限、共有設定、編集履歴、生成出力の保存先。そこまで押さえないと、経路としては弱いです」

    「どれくらいかかる」

    「任意照会なら、早ければ今日中に一部は出ます。ただし、相手が任意に出したものだけです。削除や改変の恐れがあるものは、保全要請をかけた方がいい」

    「令状は」

    「範囲を絞る必要があります。外典ページ、復習ログ、生成出力、編集履歴、共有URLのアクセス履歴。広げすぎると時間がかかります」

     桐野は頷いた。

    「まず任意で出させる。消される可能性があるものは保全をかける。必要なら令状に切り替える」

    「はい」

    「その間、お前は何ができる」

    「こちら側で見えている公開情報の保存、外典ページとの差分抽出、画像ファイル名の収集、復習ログとの語順一致の確認。仮の突き合わせまではできます」

    「警察の設備か」

    「いまは庁内端末と私の捜査用端末です。ただ、原本照会とログの突き合わせは、科捜研側の環境でやった方がいいです。保存したものと、相手から出たものの同一性を確認する必要があります」

     桐野は短く言った。
    「ここでは仮に掴む。正式には科捜研で固める」

    「了解です」

     桐野の指示に、部屋にいた全員が一斉に動きだした。

         *

    「矢代くん、怜奈さん、ちょっと」

     篠宮は、怜奈にPCの画面を向け、ひとつのログを開いた。

     昨日の演習名。チーム名。時刻。そして、入力されたプロンプトが残っていた。

    〈複数のデータセンター事故を、象徴的なカードとして整理してください〉
    〈実名は匿名化してください〉
    〈読者が続きを考察したくなるようにしてください〉
    〈調査者もカードの中に配置してください〉

     怜奈は、黙ってその四行を読んだ。
     悪意のある文章には見えなかった。

     むしろ、昨日の会場なら誰かが書きそうな文章だった。課題に合わせて、見栄えのする出力を得ようとしただけの普通の文章。

    「これを書いた人が、投稿したんですか」
     矢代が聞いた。

    「そこまでは言えません」
     篠宮は答えた。

    「この人は、おそらく演習をしただけです。一人とも限りません。出力を保存し、復習ログが残った。共有設定に気づかず、外から拾える状態になっていた可能性があります」

    「拾ったのは」

    「ルートかもしれませんし、別の参加者かもしれません。自動収集の可能性もあります」

     篠宮は、出力画面を開いた。

     そこには、匿名ページと似た構成があった。カード風の人物像、称号の候補、調査者を物語の中に置く案。文章は外典ページほど整ってはいないが、骨格は近い。

     矢代と怜奈は、画面下部の作成者欄を見て、顔を見合わせた。

     青いシャツの男ではない。ミイラーのぬいぐるみを持っていた大学生でもない。別の参加者だった。

    「この人が悪いんですか」
     怜奈は聞いた。

    「違法性はありません」
     篠宮は即答した。

    「ただ……使われている材料が多すぎるんです」

     篠宮の声が低くなった。

    「向こうがすごいんじゃありません」

     怜奈は、篠宮を見た。昨日までの明るい距離の近さは、そこにはなかった。

    「参加者も、講師も、たぶん悪意はありません。AIエージェントも、善悪を見ていません。ただ、問いに答えただけです」

     誰かの指示の連鎖のどこかで、人の名前が称号に変わった。

    「だから、頭にきます」
     篠宮は、そこで初めて顔を上げた。

    「悪人が悪意でやったなら、まだ追いやすいです。でもこれは、便利な問いと、軽い共有と、少しの面白がりで、人の死が飾りにされている」

     篠宮の声は荒くなかった。だから、怒っていることがよくわかった。

         *

     ページには、すでに反応がつき始めていた。
     篠宮は、いくつかを画面に出した。

    〈続きもの?〉
    〈RとYって誰〉
    〈不謹慎だけど気になる〉
    〈これ考察していいやつ?〉

     怜奈は、最後の一文で目を止めた。

     考察していいやつ。一体、誰に許可を求めているのだろう。
     死者にではない。家族にでもない。画面の向こうの空気に向かって、許可を求めている。

    「消せませんか」
     怜奈は言った。

    「通報はできます」
     篠宮が答えた。

    「でも、消える前に保存されます。消えたことも含めて次の材料になる可能性があります」

    「では、何をするんですか」

     怜奈の声は、思ったより落ち着いていた。怒りはあった。だが、迷いはなかった。

     桐野が机の上の資料を取った。

    「正式に合同班を組む」

     その場の全員が、桐野を見た。

    「親族照会候補は保護対象として扱う。投稿の保全、拡散経路の確認、復習ログの取得、セミナー主催者への照会。全部、手続きの中に入れる」

    「今すぐ動かないのですか」
     怜奈は聞いた。

     桐野は、否定しなかった。

    「動きたいなら、なおさら順番がいる」

    「順番」

    「こちらが見た、という事実が相手に伝われば、消されるものがある。投稿も、ログも、共有設定も、編集履歴も」

     桐野は外典ページを見た。

    「今動けば、ただの閲覧になる。保全を取ってから動く。相手に消される前に、こちらが証拠として固定する」

    「親族照会候補は」
     矢代が聞いた。

    「別班で安全確認を入れる。こちらが直接動けば、外典の筋書きに乗る」

    「先方への連絡文は」

    「変える。確認ではなく、保護と聞き取りにする」

     桐野は短く割り振った。

    「篠宮はデータ保全の項目を出せ。矢代は親族候補とルートの所在確認を並行。三枝さんは、外典ページとセミナー内の言葉の対応を見る」

    「私も見ます」
     怜奈は言った。

     桐野がこちらを向いた。

    「何を」

    「このページが、どの言葉をどこから持ってきているかです。セミナーで出た言い回し、公開情報の表現、施設側の用語。混ざっているなら、継ぎ目があります」

     篠宮が小さく笑って言った。

    「あります。たぶん」

    「たぶん?」

    「認めたくないので、たぶんにしました」

     怜奈は篠宮を見た。

    「それ、前にも聞きました」

    「便利なので」

     篠宮は答えた。今度は、怜奈も少しだけ笑った。

         *

     合同班の招集は、予想より早かった。
     会議室には知らない顔が増えていた。端末が開かれ、投稿の保存先と親族照会候補への連絡手順が確認されていく。

     それでも、待つ時間はあった。 
     篠宮は、何度も同じ画面を開き直していた。

    「まだですか」
     矢代が沈黙を破った。

    「復習ログを正式に取得するには、主催者側への照会文が必要。共有URLの保全には、表示時刻と取得者を残さなければならない。投稿ページは保存できても、それだけでは足りない。生成出力、編集履歴、アクセス権限、共有設定。どこからどこまでが誰に見えていたのかを、手続きの中に入れる必要があるの」

     篠宮は、矢代にというより、自分自身に向けて答えるように言った

    「照会文を出した。保全要請も同時に行く」

     桐野が言った。

    「その間に消されたら」

    「消された時刻も取る。表示できているものは、こちらで保存しろ。原本との差分が出たら、それも証拠になる」

     篠宮は頷いたが、納得した顔ではなかった。

     矢代は、親族照会候補の連絡手順を見直していた。電話をかけるためではない。今かけてはいけない理由を、ひとつずつ確認するためだった。

     怜奈は、印刷されたカードの裏面を見ていた。

    <十三番目は、まだ歩いている。>

     待っているのではなかった。
     動くために、動けない形をほどいていた。

         *

     昼過ぎ、スクロールダウンしていた篠宮の指がピタリと止まった。

    「一致が出ました」
     篠宮が声を上げた。
     
     桐野がすぐに近づいた。

    「どこだ」

    「出力文です。外典ページと同じ語順が複数あります。カード名は編集されていますが、下の説明文に残っています」

     篠宮は画面を会議室のモニターに出した。

     そこには、AIエージェントの出力が残っていた。事故や施設名は伏せられているが、構成は匿名ページに近い。調査者をカードの中に配置する提案も含まれている。

    「出力そのものは、これです」
     篠宮は言った。

    「外典ページは、この出力をもとに手で直されています。だから、生成AIだけでも、人間だけでもありません」

    「人間が直した痕跡は」

    「あります」
     篠宮は画面を指した。

    「AI出力では『調査者A』『調査者B』です。外典ページでは『継ぎ目を読む女』『名を呼ぶ男』になっています。これは、こちらの動きを見た人間が置き換えた可能性が高い」

     怜奈は、背筋が冷えるのを感じた。

     AIが作っただけなら、まだ距離があった。だが、誰かが見ている。見て、選び、直している。

    「主催者に照会をかける」
     桐野が言った。

    「令状は」
     篠宮が聞いた。

    「準備する。任意で出すものと、出させるものを分ける」

     桐野は迷わなかった。

    「篠宮、必要な項目を出せ。矢代、ルートの所在確認。三枝さんは、出力文と匿名ページの対応を見てください」

    「私が、ですか」

    「あなたが言った。継ぎ目があると」

     桐野はそう言って、別の担当者に指示を出した。

     怜奈は、もう問い返さなかった。

     しばらくして、篠宮が横に来て、ラップトップPCに電源をつないだ。

    「怒っていますか」

     怜奈は聞いた。

    「はい。でも、怒っているときほど、ログは丁寧に取ります」

     篠宮は画面から目を離さずに答えた。

    「私は経路を追います。矢代くんは人を追います。三枝さんは、言葉の継ぎ目を見てください」

     怜奈は、画面の中の外典を見た。

    「はい」

     怜奈はいつもよりはっきり言った。

         *

     夕方近く、主催者側への照会準備が整った。

     ルートの所在は確認中だった。セミナー運営会社は、問い合わせに対して「担当者確認中」とだけ返してきている。篠宮はその文面を見て、端末を閉じた。

    「本当に便利な言葉ですね」

     怜奈は、彼女がもう冗談に戻らないことに気づいた。

    「それも記録しますか」

    「当然です」
     篠宮は短く答えた。

    「便利な言葉ほど、あとで効きます」

     矢代が戻ってきた。

    「ルート本人と連絡が取れません」

     桐野が顔を上げた。

    「最後の所在は」

    「昨日のセミナー会場です。その後、運営会社には戻っていません。自宅にも確認中です」

    「逃げたか」

    「まだわかりません」
     矢代は言った。

    「ただ、消え方が整いすぎています」

     会議室が静かになった。

    「整いすぎている」
     桐野が繰り返した。

    「はい。電話は不通。予定表は空白。運営会社への引き継ぎは、昨日の夕方に自動送信されています。欠勤連絡ではなく、業務終了報告になっています」

     本人都合。契約終了。連絡不能。見慣れた言葉の形が、そこにまた現れている。

    「ルートが、消えた可能性はありますか」
     怜奈が聞いた。

     矢代はすぐには答えなかった。

    「消えたのか、消されたのか、消えたように見せているのか。まだ判断できません」

     篠宮が端末を開いた。

    「どちらにしても追います」

    「本人を?」

    「本人ではありません」

     篠宮は、業務終了報告の送信時刻を見た。

    「本人が見えないなら、本人のかわりに処理されたものを見ます。端末、管理画面、復習ログ、報告書、入退館記録。残っているものを、順番に剥がします」

     桐野が頷いた。

    「必要な照会は出す。保全も取る。ここからは正式捜査だ」

     その言葉で、会議室の空気が変わった。

     怜奈は、外典ページの印刷紙を見た。

    <外典は、正典より早く届く。>

     死者を勝手に物語へ入れた相手は、今度はルートまで、同じ文法の中へ入れようとしているのかもしれない。

    「三枝さん」
     篠宮が言った。

    「はい」
     怜奈は顔を上げた。

    「次に見るのは、ルートさんが、どう処理されたかです」

     篠宮は端末を閉じた。

    「業務終了報告から見ます」

     矢代が静かに息を吐いた。

    「人を探すのに、報告書から始めるんですね」

    「人が報告書に変えられているなら、そこまで巻き戻します」

     篠宮の声は、低かった。

    「ここでは足りません。原本照会とログの突き合わせは、科捜研側の環境でやります」

     桐野が言った。

    「勝手に動くなよ」

    「わかっています」

     篠宮は、めずらしく素直に答えた。

     そして、少しだけ笑った。

    「その方が、ちゃんと殴れますから」

     怜奈は、その言い方が少しだけ好きだと思った。

    「行くぞ」

     桐野が号令をかけた。

     矢代が資料を手に取った。篠宮は端末を抱える。怜奈は、外典ページの印刷紙を裏返す。

     画面の中で作られた物語を、これ以上進ませない。
     そのために、四人は、会議室を出た。


    第1話:布状廃棄物
    第2話:乾いた預言者
    第3話:正規入館記録
    第4話:最後の爪
    第5話:実家
    第6話:勝手口
    第7話:飛び火
    第8話:槽の底
    第9話:バディ
    第10話:衆目ー表
    第11話:衆目ー裏
    第12話:遺族リスト
    第13話:外典ー表


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