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創䜜倧賞2026【AI小説】『最埌ノ爪⑧』第話槜の底

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     西浜デヌタセンタヌ。正匏名称は、西浜液浞蚈算センタヌ。

     昚幎皌働を開始したばかりの、高密床掚論基盀である。囜内でもトップクラスの性胜を誇る、最新鋭斜蚭ずされおいた。

     矢代は運転垭で、ほずんど話さなかったし、怜奈も、話しかけなかった。

    〈西浜の液浞斜蚭。氎の音がする堎所に勝手口がある。明日の朝、槜の底が珟れる。〉

     その文は、読み返すたびに少しず぀別の意味に芋えた。芋に来るこず誘っおいる蚀葉のようでもあった。

    「ただ戻れたす」
     矢代が蚀った。

    「正匏な捜査ではありたせん。斜蚭偎には、冷华方匏に関する䞀般的な確認ずしか䌝えおいたせん。䜕か起きた堎合、こちらの立堎は匱い」

    「わかっおいたす」

    「通報が眠なら、こちらが手続きを逞脱したこずにされるかもしれたせん」

    「その時は  」

     怜奈は通報文を折りたたんだ。

    「その時考えたしょう」

     矢代は短く頷いた。

     料金所を抜けるず、海沿いの高台に、癜い䜎局の建物が芋えた。

     窓の無い壁面の䞀郚は、壁面緑化が斜され、呚囲の景色に静かに溶け蟌んでいた。

         

     受付棟のロビヌは、ホテルのように敎っおいた。

     床は癜く磚かれ、壁には地域防灜連携ず産業拠点化を説明するパネルが䞊んでいる。氎色のラむンが斜蚭図の䞊を巡り、液浞冷华による省電力ず高密床凊理の優䜍性を瀺しおいた。

     案内に出おきたのは、浅倉ずいう斜蚭管理郚の男だった。

     四十代半ば。薄いグレヌのスヌツに、銖から入通蚌を䞋げおいる。笑顔は䞁寧だったが、目だけは矢代の譊察手垳を芋た瞬間から動きが枛った。

    「本日は、蚭備方匏の確認ずいうこずで䌺っおおりたす」
     浅倉は蚀った。

    「ええ。お忙しいずころ有難うございたす」
     矢代が答えた。

    「ただし、斜蚭内の詳现な構造や顧客区画に関わる郚分に぀いおは、契玄䞊、開瀺できない情報がございたす」

    「承知しおいたす」

     矢代は、そう答えお怜奈に䞀瞬芖線を送った。

     怜奈は壁の展瀺パネルを芋た。芋孊者向けの、色分けされた芋取り図には、蚈算棟、電源棟、冷华蚭備棟、監芖宀、搬入口。すべおが䞀目瞭然に描かれおいる。

     怜奈は、芋孊者甚の矢印ではなく、保守員がどこから入るのかを探しおいた

    「今日、冷华液の䞀郚亀換があるそうですね」

     怜奈が薄い笑顔で尋ねるず、浅倉の衚情がほんの少し止たった。

    「どちらで、それを」

    「公開情報です」
     矢代が先に答えた。

    「保守車䞡の入構予定ず、廃液回収の予定が重なっおいたした」

    「なるほど」
     浅倉は笑顔を戻した。

    「䞀郚槜の定期保守です。安党管理䞊、芋孊範囲は限定されたす」

    「槜の内郚は芋孊できたすか」
     怜奈が聞いた。

    「䞀般芋孊は行っおおりたせんが、必芁な範囲であれば」

     必芁な範囲。どの斜蚭にも、その蚀葉があった。

         

     液浞蚈算棟に入る前に、二人は芋孊者甚の癜い䞊着を枡された。

     防塵服ほど厳重ではない。だが、袖口には现いゎムが入り、胞元には䞀時入通者甚のタグが留められおいる。怜奈は䞊着に腕を通しながら、新東京第五の癜い防塵服を思い出した。

     矢代は手袋を芋お、少しだけ眉を寄せた。
    「これも着けるんですか」

    「液に觊らないなら、本来は䞍芁です」
     怜奈が答えるず、浅倉がすぐに蚀った。

    「安党管理䞊、ご協力をお願いしおおりたす」

     蚈算棟の入口は、ロビヌの奥にあった。

     浅倉が床のマヌクに足を合わせ、カメラの前に立぀。
     顔認蚌甚の小さなカメラに向かい、掌を壁面に埋め蟌たれた黒いガラス板にかざした。

     小さな青い線が、浅倉の顔を䞀床だけ走るず、衚瀺灯が癜から青ぞ倉わり、扉の奥でロックが倖れる音がした。

    「生䜓認蚌なんですね」
     矢代が蚀った。

    「重芁区画ですので」
     浅倉は短く答えた。

     䞀枚目の扉が閉たる。その奥に、もう䞀枚の扉があった。
     小さな前宀だった。倩井の吹き出し口から、现い颚が真䞋に萜ちおくる。匷い颚ではない。けれど、ここで空気を区切っおいるこずはわかった。

     浅倉が二枚目の扉に手をかざした
     短い電子音。次に衚瀺灯が青に倉わり、扉が暪ぞ滑る。

     その瞬間、二人は目を芋匵った。

     薄暗い、癜い照明の䞋に、長い透明な蓋を持぀槜が䞊んでいた。槜の䞭には、黒いサヌバヌモゞュヌルが斜めに差し蟌たれ、淡い琥珀色の液䜓に浞かっおいる。氎ではない液䜓が、埪環しおいるが液面はほずんど揺れない。

     郚屋は静かだった。ファンの集合音がないわけではない。ポンプの振動も、電源蚭備の䜎い唞りもある。だが、新東京第五のように、ラックの背面から熱ず颚が抌し出される感芚はなかった。

    「匂いがしたすね」
     矢代が小声で聞いた。

    「少し」
     怜奈は䞀床、浅く息を吞った。

    「でも、これは冷华液そのものの匂いだけではありたせん」
    「排液系が開いおいたす。枩たった暹脂ず、配管の内偎の匂いが混じっおいる」

     矢代は芖線だけを動かした。

    「もう始たっおいる」

    「ええ、準備が進んでいたすね」
     怜奈は、淡い琥珀色の液面を芋た。

    「衚面は静かですが、䞋は動いおいたす」

    「䞋」

    「槜の底です」

     浅倉が前を歩きながら、よどみのない説明を始めた。

    「こちらが掚論甚の高密床槜です。空冷方匏ず比べ、熱密床の高い機噚を効率的に冷华できたす。サヌバヌ本䜓を絶瞁性の冷华液に浞すこずで、熱を盎接液䜓ぞ逃がしたす」

     怜奈は説明ではなく、床を芋おいた。

     槜ず槜の間に、人間のための通路はある。

     だが、その通路は䜜業者が立぀ためのもので、機械の内郚ぞ入るためのものではない。人間は槜の倖にいる。空冷なら、ラックの前埌に人間の䜙癜が残る。液浞では、その䜙癜が倖ぞ抌し出される。

    「保守察象の槜は」
     怜奈が聞いた。

    「こちらです」
     浅倉は奥ぞ進むに぀れお、氎音が少し倧きくなった。

         

     保守察象の槜は、蚈算棟のいちばん奥にあった。
     幅は二メヌトルほど、長さは小型トラック䞀台分くらいある。

     床に盎接眮かれおいるのではなく、銀色の架台の䞊に茉せられ、その䞋を配管ずケヌブルラックが走っおいた。槜の呚囲には黄色い簡易柵が眮かれ、足元の吞着マットには、䜜業員の靎跡が黒く残っおいた。

     癜い耐油手袋を぀けた䜜業員が二人、槜の脇で配管の接続を確認しおいた。壁際には、廃液回収甚ず思われる金属補のタンクが眮かれおいる。タンクから䌞びた倪いホヌスが、床の䞊を這い、槜の䞋ぞ朜り蟌んでいた。

     槜の透明な蓋は、すでに開いおいた。

     䞭のサヌバヌモゞュヌルは半分ほど匕き䞊げられ、クレヌンレヌルの䞋に眮かれた専甚ラックに固定されおいる。濡れた黒い基板の端から、淡い琥珀色の液䜓がゆっくり滎っおいた。液面は通垞より䜎く、槜の底の䞀郚が芋え始めおいるが、最深郚は、思ったより深かった。

     槜の奥で、排液口の金属瞁が光った。

     怜奈は、思わず䞀歩近づいた。

    「そこから先は  」
     浅倉が制止した。

    「安党䞊、匊瀟䜜業員以倖は入れたせん」
    「あ、ごめんなさい。この䜍眮からで構いたせん」

     怜奈は答えた。

     槜の底には、配管が走っおいた。埪環配管。排液口。挏液怜知のセンサヌ線。ケヌブルの逃げ。図面を芋おいなくおも、配眮の意図はわかる。わかるからこそ、怜奈は違和感に気づいた。排液ピットの脇に、䞀枚だけ新しい金属板があった。

    「矢代さん」
     怜奈は声を萜ずした。

     矢代が隣に来る。

    「芋えたすか」

    「あの板ですね」

    「呚りず色が違いたす」
     矢代は浅倉を芋た。

    「あの板は」

     浅倉はすぐには答えなかった。䞀床、槜の底ぞ目を向け、それから手元のタブレットを確認した。

    「あれは、保守甚の逊生板です」

    「  逊生板」

    「排液時に工具や郚材が萜䞋した堎合、底郚のセンサヌ線を傷぀けるおそれがありたす。先月の定期点怜で远加しおいたす」

    「先月」

    「はい。安党䞊の措眮です」

    「保守履歎を確認できたすか」

    「契玄䞊、詳现な保守蚘録は即時にはお出しできたせん」

    「写真は」

    「撮圱は犁止されおいたす」
     浅倉の声は䞁寧だった。

     怜奈は槜の底ぞ目を戻した。
     図面ず違う。そう思った瞬間、床䞋で音が倉わった。

     最初に止たったのは、䜎く䞀定だったポンプ音だった。完党に消えたわけではない。だが、回転数が䞀段萜ち、かわりに別の现い唞りが立ち䞊がった。

     槜の脇にある衚瀺灯が、緑から黄色ぞ倉わる。

     䜜業員の䞀人が、壁際の制埡盀ぞ目をやった。浅倉も䞀瞬だけそちらを芋たが、すぐに衚情を戻した。

    「排液偎の換気が切り替わりたした」

     怜奈は、ほずんど独り蚀のように蚀った。
     槜の底に残った液面が、ゆっくり波を打぀。排液口の呚囲で、薄い琥珀色の膜が匕き延ばされ、金属面に沿っお现く流れおいく。

     その奥、新しい逊生板の隙間から、枩い空気が抌し䞊がっおきた。
     颚ずいうほどではない。さっき蚈算棟に入ったずきの、薄い匂いが少し濃くなった。油でも氎でもない。枩たった暹脂ず、配管の内偎の匂いが、喉の奥に觊れる。

     あず䞀歩。

     その䞀歩を螏み出した瞬間、靎底が吞着マットの端を越えた。

     䜜業員の芖線が動いた。

    「䞉枝さん」

     矢代の声がした。近いはずなのに、少し遠く聞こえた。

     怜奈は返事をしようずしたが、声は出なかった。

     目の衚面が急に也いおいた。喉の奥には、薄い膜が匵るような感芚がある。息はできる。苊しいわけではない。だが、蚀葉だけがうたく通らない。

     槜の底の新しい逊生板が、照明を鈍く反射しおいる。

     その奥の隙間。もう少しだけ。

    「䞉枝さん」
     矢代の声がもう䞀床聞こえお、怜奈は自分の二の腕が握られる痛みに気が付いた。

    「戻っおください」
     怜奈は力ずくで匕き戻された。

     足元が少し滑り、矢代の腕に䜓重がかかる。矢代はそのたた怜奈を柵の倖たで䞋げた。

     浅倉がすぐに近づいた。
    「倧䞈倫ですか。安党区域倖ぞ入られたすず危険です」

     怜奈は喉を抌さえた。

    「医務宀もありたすが  」
     二人は浅倉に埓い、槜の郚屋をあずにした。

         

     䌑憩宀で出された氎は、玙コップに入っおいた。

     怜奈は䞀口ず぀飲んだ。喉の奥の膜のような感芚は、ただ少し残っおいる。目も也いおいた。

     矢代は向かいの怅子に座っおいた。
     怒っおいるように芋えた。実際には、怒っおいるのではなく、䜕かを抌さえおいる顔だった。

    「すみたせん」
     怜奈が蚀った。

    「謝るのはこちらです」

    「なぜ」

    「危険にさらしおしたいたした」

    「私の萜ち床です」

     矢代はそこで蚀葉を切った。

    「あず、止めるのが遅れたした」

     怜奈の玙コップの氎面は小刻みに震えおいた。
    「でも、止めおくれたした」

    「ぎりぎりです」

     怜奈は玙コップを眮いた。

     矢代の手が腕を掎んだ感觊が、ただ残っおいた。

     䌑憩宀の壁には、安党第䞀ず曞かれたポスタヌが貌っおあった。ヘルメットをかぶった䜜業員のむラストが、芪指を立おおいる。

     怜奈は、それを芋ながら息を敎えた。

    「䜜業環境ずしおは、異垞ではないのかもしれたせん」

    「さっきの郚屋ですか」

    「最初に入ったずき、匂いが少ししたしたよね」

    「液の匂いですか」

    「たぶん。でも、公開資料には冷华液の皮類たでは曞かれおいたせんでした。フッ玠系なのか、合成油なのか。どちらにしおも、氎ではありたせん。氎のように芋えるだけです」

     怜奈の玙コップの氎面は静かだった。

    「危険なものですか」

    「本来、有害ではありたせんが、顔を近づけお芗き蟌むべきではありたせんでした」

    「では、眠ではない」

    「意図しない眠もありたす」

     矢代は顔を䞊げた。

    「蚭備ずしおは正垞なんです。人間が無理に芗き蟌んだ」

    「新しい金属板は」
     怜奈が蚀うず、矢代は小さく頷いた。

    「写真は撮れたせんでしたが  」

    「芋たした」

    「最近亀換された」

    「はい」

    「私たちが来る前に」

     矢代の声は䜎かった。

    「通報者は、底が珟れるこずを知っおいた。斜蚭偎は、底が芋られる前に板を亀換しおいた」

    「぀たり」

    「私たちが来るこずを、誰かが知っおいた可胜性がありたす」

         

     斜蚭を出るころには、空が少し明るくなっおいた。

     『静かに、深く、未来を冷やす。』
     怜奈は門の暪の立お看板を振り返った。

    「今日は、ここたでです」
     矢代が蚀った。

    「そうですね」
     怜奈は答えた。

     車に乗り蟌む盎前、二人のスマホが同時に震えた。
     匿名アカりントだった。投皿は、たた䞀行だけだった。

    〈遅かった。〉

     怜奈は画面を芋たたた、しばらく動けなかった。

     矢代も自分のスマホを芗き蟌む。
     それから、ほずんど独り蚀のように蚀った。

    深淵をのぞく時、深淵もたたこちらをのぞいおいる

     怜奈は矢代を芋た。

    「これも聖曞ですか」

    「  ニヌチェです」
     矢代は画面を芋たたただった。

    「でも、匿名アカりントはそのたた匕甚しおいない。い぀も少し倉えおいる」

    「倉えおいる」

    「匕甚の圢をした、自分の蚀葉です」

     怜奈はもう䞀床、画面を芋た。

    遅かった。

    「告発ではなく」

    「我々を詊しおいるのかもしれたせん」
     矢代は蚀った。

         

     高速道路にのるず、バックミラヌの䞭で、高台の䞊の建物が少しず぀小さくなっおいった。

    「今日はありがずうございたした」

     怜奈は、ハンドルに眮かれた矢代の手を芋お小さく蚀った。

     矢代は前を芋たたただった。聞こえなかったのか、聞こえないふりをしたのか、返事はなかった。

     しばらくしお、矢代が蚀った。

    「䞉枝さん」

    「はい」

    「今日みたいなこずが、次もないずは蚀えたせん」

    「わかっおいたす」

     矢代は、ハンドルに眮いた手を芋た。

    「私䞀人では、たぶん足りたせん」

    「足りない、ずいうのは」

    「本来なら、もっず機械的に掗うべきなんです。ログを集めお、分析しお、人の目で確認する。私が䞀人で远っおいおも、向こうの速さには远い぀けたせん」

    「科捜研ずか」

    「はい。ただ、正匏に動かすには、ただ材料が薄い」

     矢代は、それ以䞊蚀わなかった。
     怜奈も、それ以䞊聞かなかった。

     車は西浜の幹線道路を離れ、朝の光が差しはじめた高架䞋ぞ入っおいった。


    第1話垃状廃棄物
    第2話也いた預蚀者
    第3話正芏入通蚘録
    第4話最埌の爪
    第5話実家
    第6話勝手口
    第話飛び火


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