メむンコンテンツぞスキップ

創䜜倧賞2026【AI小説】『最埌ノ爪⑀』第話実家

    画像

    第話 実家

     実家は、東京から圚来線を二本乗り継いだ先にあった。
     父は五幎前に亡くなり、母は䞀人で暮らしおいる。

     駅前の颚景は、ほずんど怜奈が高校生のたただった。ロヌタリヌの時蚈はい぀も二分ほど遅れおいる。倉わったのは、駅前の曞店が空き店舗になり、その隣に無人のコむンランドリヌができたこずくらいだった。

    「今日、雚になるらしいわよ」
     䞀階から母の声が聞こえる。
    「掗濯物、出さない方がいいかもね」
     怜奈は階段を䞋りながら返事をした。

     台所では、母が小さな鍋を火にかけおいる。居間には、テレビからのニュヌスが流れお、その暪の仏壇には、父が最埌たで䜿っおいた老県鏡が眮かれたたた埃をかぶっおいる。母はそれを片づけようずしなかったし、怜奈も䜕も蚀わなかった。

    「いただきたす」
     怜奈は、台所の母に聞こえるように蚀っお、湯気が枩かい味噌汁を口にした

     春になる前、怜奈は䌚瀟を蟞めた。
     退職届を出した日、䞊叞は理由を聞かなかった。第䞉者監査䌚瀟の人間は、理由を蚀わずに蟞める者に慣れおいる。案件が重すぎたのだろう、ず誰かが蚀い、䌑んだ方がいい、ず別の誰かが蚀った。怜奈は、どちらにも頷かなかった。ただ、瀟甚端末を初期化する瞬間、画面の奥にの青癜いが残っおいる気がしお、削陀確認のボタンを抌す指がわずかに震えた。

     最終出瀟日以降は、しばらく疎遠にしおいた実家に戻り、今は文字通り家事手䌝いずしお、最近足腰が匱くなった母を手䌝っおいる。

     母は、ニュヌスで新東京第五デヌタセンタヌの䌚芋を芋おいたはずだ。怜奈がマむクの前で立ち䞊がる映像も、たぶん芋おいる。それでも母は、䜕も聞かなかった。

         

     午前䞭、怜奈は庭の雑草を抜いた。
     冬の終わりの土はただ冷たく、根を匕くず湿った匂いが立った。遠くで小孊校のチャむムが鳎り、川沿いの道を宅配䟿の車がゆっくり通り過ぎおいった。

     東京にいたころ、怜奈は時間を分単䜍で数えおいたが、ここでは、時間は鍋の湯気や、掗濯物の也き具合や、隣家の犬の吠える声で進んでいく。

     それでも、ふいに戻るものがあった。
     換気扇の䜎い音。叀い冷蔵庫のコンプレッサヌ音。川沿いを走る工事車䞡の振動。それらが重なるず、怜奈は䞀瞬だけ、の背面通路に立っおいるような気がした。
     熱い颚が頬に圓たり、目の衚面が也き、癜いシヌトの䞋に叀い安党靎が芋える。「考えすぎですよ、牧野さん。」そう蚀った自分の声は、以前より遠くなっおいた。

         

     午埌、倩気予報通りの雚が降り出す少し前だった。
     玄関のチャむムが鳎ったずき、怜奈は仏壇の前で掃陀機をかけおいた。廊䞋に出お玄関のほうを芗くず、匕き戞のガラス越しに、男の背䞈の圱が透けおいる。

    「どちら様ですか」
     母が、良く通る声で、家の奥から尋ねた。

    「譊芖庁の者です」

     怜奈は、䞀瞬肩をこわばらせおから、玄関に向かった。

     鍵を開け、そっず朚枠の玄関戞を匕くず、矢代が立っおいた。くたびれた黒革靎に、濡れたコヌトの裟。手には玙袋を提げおいる。顔を䞊げるず、その目だけは、で芋たずきより険しかった。

    「突然すみたせん」
     矢代が蚀った。

    「電話では、䌝えにくい話だず思いたしたもので」
     その䞀蚀を聞いお、怜奈は、無意識に目を䌏せた。

    「䞊がりたすか」

    「よろしければ」

     奥から顔を出した母ず目が合った。䌚釈をする母に、怜奈が「仕事の人」ずだけ蚀うず、察した様子で、台所ぞ戻った。

    「お邪魔したす」

     矢代は、䞍盞応な倧きい声で仏壇に向かっお挚拶し、線銙の匂いがする客間の畳に正座した。䞀間もある座卓の䞊には、母が途䞭たで読んでいた新聞ず、剥きかけのみかんが眮かれおいる。

    「遠慮なさらず座垃団䜿っおくださいね」

    「刑事さんも、お茶でいいですか」
     母は続けお聞いた。

    「ありがずうございたす」
     矢代は、座垃団を匕き寄せお、深く頭を䞋げた。

    「ゆっくりしおっおくださいね」
     母がそう蚀っお、襖を閉めるず、矢代はすぐに話を切り出した。

    「科捜研の結果が出たした」

     怜奈は座卓の朚目を芋おいた。

    「牧野さんの件ですか」

    「はい」

    「死因がわかったんですか」

     矢代は玙袋から薄い封筒を出した。䞭には数枚の資料が入っおいる。写真ではなく、グラフず衚ばかりだった。

    「遺䜓の状態ず、背面通路の環境条件を照合したした。枩床、湿床、気流、排熱、滞留時間。アヌクラむトから出たログず、譊察偎が抌収した保守ログも合わせおいたす」

    「結論は」
     矢代は少しだけ間を眮いた。

    「だけでは、説明しきれたせん」

     雚が、屋根に圓たり始めた。现かい音だった。

    「ホットアむルの環境は、遺䜓の也燥に圱響しおいたす。それは間違いない。ただ、牧野さんの遺䜓には、に癟䞃十䞉日眮かれた堎合ず合わない郚分がある」

    「どういうこずですか」

    「也燥の進み方です。衣服の内偎、靎䞋、手銖、銖元。倖偎の也き方に察しお、湿床の抜け方が均䞀ではない。科捜研は、也燥にさらされる前に少なくずも数日間、もっず閉鎖的で、䜎湿床で、換気条件の違う堎所にいた可胜性を芋おいたす」

     怜奈は、そこで初めお資料に目を萜ずした。

    「では、どこで」

    「それはただわかりたせん」
     声は思ったより䜎く出た。

    「もう䞀぀、ありたす」
     矢代は封筒から別の玙を出した。
     今床は譊察の資料ではなく、新聞蚘事の切り抜きず、印刷された求人祚、地方自治䜓の広報ペヌゞのコピヌだった。

    「䌌た事案が、他にも芋぀かりたした」

     怜奈は玙に目を移した。
     そこには、いく぀かの地名が䞊んでいた。北海道の内陞郚。東北の湟岞。北関東の工業団地。西日本の山間郚。どれも、ここ数幎で新しいデヌタセンタヌが建った堎所だった。

    「䌌た、ずは」

    「同じ死に方、ずいう意味ではありたせん」

     矢代は、地方玙の蚘事を座卓に眮いた。倧手クラりド䌁業の新拠点。再生可胜゚ネルギヌ掻甚。地域雇甚創出。最新冷华技術。知事の芖察。笑顔の集合写真。

     その隣に、別の玙が眮かれる。倱螪届のコピヌ。

    「この斜蚭で、開業盎埌に保守䜜業員が䞀人、連絡䞍胜になっおいたす。䌚瀟偎の扱いは、本人郜合の退職。家族は倱螪届を出しおいたすが、斜蚭内の入通蚘録はない」

    「遺䜓は」

    「ありたせん」

     矢代は二枚目を眮いた。今床は、液浞冷华型の新造斜蚭に関する蚘事だった。人工知胜向け高密床蚈算基盀。自家発電。蓄電蚭備。地域ずの共生。

    「こちらでは、短期契玄の蚭備技垫が契玄終了埌に所圚䞍明。家族は本人が蟞めたずは思っおいたせん」

    「なぜ」

    「工具箱を眮いたたただったそうです」

     怜奈は顔を䞊げた。
     矢代は淡々ず続けた。

    「それから、母芪の誕生日の前日だったそうです」

     雚の音が少し匷くなった。

         

     台所の方で、母が食噚を眮く音がした。日垞の音だった。だが座卓の䞊に䞊ぶ玙の䞭では、誰かの日垞が途䞭で切れおいた。

    「偶然かもしれたせん」
     矢代は蚀った。

    「退職も、倱螪も、珍しい話ではない。デヌタセンタヌの呚蟺に限った話でもありたせん。ただ、共通点がありたす」

    「新造斜蚭」

    「はい」
     矢代は少し驚いたように怜奈を芋た。

     怜奈は新聞蚘事の写真を芋た。癜いヘルメットをかぶった人々が、ただ新しい建物の前で笑っおいる。

    「譊察は、どこたで」

    「正匏な捜査にはなっおいたせん。少なくずも、いたは」

    「それで、私のずころぞ」
     矢代は湯呑みに芖線を萜ずした。湯気はもう现くなっおいた。

    「䞉枝さんに、珟地を芋おほしいず蚀う぀もりはありたせんでした」

    「でした」

    「来る前は、そう思っおいたした」

    「今は  あなたが今の二぀の斜蚭に぀いお、蚘事を芋ただけで共通点を蚀ったので」

     矢代はそこで蚀葉を切った。

    「来およかったず思っおいたす」

    「私はもう、監査人ではありたせん」

    「知っおいたす」

     矢代は、冷めた茶を䞀口飲み、静かに眮いた。

    「䞉枝さんに、珟地同行を求める正匏な暩限はありたせん」

     矢代は、座卓の䞊の資料を䞀枚だけ匕いた。
     液浞冷华型の新造斜蚭。別の県。別の運営䌚瀟。別の䞋請け。蚘事には、透明な蓋の䞋で液䜓に沈むサヌバヌ槜が写っおいた。

     怜奈は、写真の端を指で抌さえた。

    「ここ、動線がおかしい」

    「この配眮なら、保守員は正面から入りたせん。普通はこっちです。でも、この斜蚭は  」

     蚀葉を止める。矢代は䜕も蚀わなかった。

     少し間を眮いお、矢代が蚀った。

    「私には、それがわかりたせんでした」

    「  」

    「工具箱が残っおいるこずを、無芖できなくなりたした」

     怜奈はもう䞀床、写真を芋た。氎ではない液䜓に沈むサヌバヌ。颚のない冷华。自家電源。補助導線。通垞ログに残らない保守アクセス。どれも新しい技術だった。

    「私が行けば、䜕かが倉わるんですか」

    「わかりたせん」

    「たた、䜕もできないかもしれない」

    「その可胜性もありたす」

     矢代は少し沈黙し、窓の倖を芋た。
     雚は本降りに倉わり、抜き残した草の葉に、氎滎が小さく溜たっおいた。

         

     北の町の新造デヌタセンタヌ。蚘事の写真では、建物は雪のない季節の光の䞭に立っおいた。癜い倖壁。広い駐車堎。ただ若い怍栜。

     その䞋に、行方䞍明になった䜜業員の名前があった。

     怜奈は、その名前を声に出さずに読んだ。

    「珟地には、い぀」

     怜奈が聞くず、矢代はほんの少しだけ姿勢を正した。

    「明埌日です」

    「急ですね」

    「遺族が、䌚うず蚀っおいたす」

     怜奈は母のいる台所の方を芋た。

    「矢代さん」

    「はい」

    「今日のずころは、お匕き取りください」

    「わかりたした」

    「  ただ、資料は眮いおいっおください」

     矢代は頷くず、封筒を閉じずに、座卓の䞊ぞ眮いた。

     その倜、怜奈はその䞭の䞀枚をもう䞀床芋た。


    第1話垃状廃棄物
    第2話也いた預蚀者
    第3話正芏入通蚘録
    第4話最埌の爪


    あなたぞのおすすめ