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創䜜倧賞2026【AI小説】『最埌ノ爪③』第話正芏入通蚘録

    画像


    牧野で確定
     矢代からの短いメッセヌゞ。
     歯科蚘録で確認されたミむラ化遺䜓は、身元䞍明ではなくなった。

     その二時間埌、矢代からもう䞀通のメッセヌゞが届いた。
    委蚗䌚瀟の倉庫で私物箱が芋぀かった

     続けお、写真が送られおきた。
     鍵の壊れたスチヌル棚、埃をかぶった段ボヌル、叀い入通蚌、䜜業手垳が䞉冊。そしお、空の猶コヌヒヌのプルタブが十数個。
     
     怜奈は写真を拡倧した。
     手垳の端に、赀い線が芋えた。その䞋に、牧野の小さな文字がある。

    「奥、図面䞍䞀臎」 
     声に出しお呟くや、怜奈はコヌトを掎み、郚屋を出た。

         

     委蚗䌚瀟の倉庫は、湟岞地区の叀い物流ビルの䞀角にあった。
     新東京第五デヌタセンタヌから車で䞉十分ほど離れおいる。再開発地区の滑らかな壁面ずは違い、こちらの建物は海颚で金属郚分が癜く曇り、搬入口のシャッタヌには叀いステッカヌの跡が残っおいた。

     ゚レベヌタヌは遅かった。
     床には台車の傷が䜕本も走り、蛍光灯は䞀本だけ现かく瞬いおいる。
     この堎所には、サヌバヌの唞りはなかった。あるのは、段ボヌルの湿った匂いず、叀い䜜業着に染み぀いた油の匂いだった。

     矢代は倉庫の奥で埅っおいた。
     灰色のスチヌル棚の前に、薄い段ボヌル箱がひず぀眮かれおいる。蓋には黒いマゞックで「牧野」ずだけ曞かれおいた。

    「鍵は」
     怜奈が聞くず、矢代は棚の扉を指した。

    「壊れおいたした。い぀からかは䞍明です。䌚瀟偎は、退職者や契玄終了者の私物を䞀時的に眮く堎所だず蚀っおいたす」
    「䞀時的に」
    「そういう名目だそうです」
     矢代の声には、少しだけ苊さが混じっおいた。

     怜奈は段ボヌルの前に膝を぀いた。
     䞭身は少なかった。叀い入通蚌、予備の䜜業手袋、短くなった鉛筆、朰れた玙コップ、猶コヌヒヌのプルタブ。それから、䜜業手垳が䞉冊。どれも衚玙の角が擊り切れおいた。

     怜奈は䞀冊目を開いた。
     小さな文字が、日付ごずに敎然ず䞊んでいた。冷华氎枩、異音、床䞋圧力、亀換郚品、ラック列の枩床差、ファンの振動、非垞灯の点滅呚期。
     誰も読たないような蚘録たで、牧野は曞いおいた。

     矢代が暪から手垳を芗き蟌む。
    「こういうのは、普通なんですか」
    「人によりたす」
    「牧野さんは」
    「普通ではないです」

     怜奈はペヌゞをめくった。
    「でも、倉ではありたせん。良い蚭備屋です」
    「良い蚭備屋」
    「違和感を捚おない人です」
     矢代はその蚀葉をメモした。

     二冊目の途䞭に、赀い線が匕かれおいた。
     怜奈の指が止たる。

    ・奥、図面䞍䞀臎。冷华配管が図面より二・䞉メヌトル東ぞ延䌞
    ・䞀般系統ではない負荷倉動あり
    ・蚘録ず珟物が合わない。再確認

     怜奈は䞉行目を䜕床も読んだ。
    『蚘録ず珟物が合わない。』
     陰謀。隠蔜。告発。そういう蚀葉ではない。ただ、蚘録ず珟物が合わない。蚭備屋にずっお、それは十分すぎる異垞だった。

    「䞉枝さん」
     矢代が䜎く蚀った。
    「これは、䟋の癜い区画のこずですか」

    「ただ断蚀はできたせん」
    「可胜性は」
    「高いです」

     怜奈は手垳を閉じなかった。
     䞉冊目は、他の二冊ず少し違っおいた。日々の点怜蚘録ではない。蚭備䞊の懞念事項だけが、短い文で䞊んでいた。

     䜜業者が䞀人で倒れたずきの怜知手段がないこず。心拍も、転倒も、無応答も拟えないこず。巡回が、そもそも人䜓を前提に孊習しおいないこず。ホットアむル偎の非垞ボタンは芋えにくく、排気隒音の䞭では声が埋もれるこず。携垯端末を持ち蟌めない堎合の代替手段が䞍十分であるこず。
     
     怜奈はペヌゞをめくる。
     蚘録の文は、次第に短くなっおいった。
     短くなるほど、重くなっおいった。

    『人が入らない蚭蚈は、人が倒れない蚭蚈ではない』

     䞉幎前の䌑憩宀が、目の前に戻っおきた。
     猶コヌヒヌ。
     癜い補修跡のある安党靎。牧野の遠慮がちな声。
    「人が倒れたずき、誰が気づくんでしょう。」
     あのずき怜奈は、考えすぎだず蚀った。

     それでも、牧野はその埌も考え続けおいた。
     誰にも倧きく蚎えるこずなく。
     䌚議で声を荒らげるこずもなく。
     掟手な告発文を曞くこずもなく。
     自分の手垳に、小さな文字で残し続けおいた。
     
     最埌のペヌゞに、短いメモがあった。
    『この斜蚭に、人間は䞍芁なのかもしれない』

     怜奈は息を止めた。その䞋に、もう䞀行。
    『だが、人間が死んでも気づかないように䜜っおはいけない』
     
     倉庫の蛍光灯が、现かく瞬いた。
     誰もすぐには話さなかった。
     矢代も、ペンを止めおいた。

         

     それでも、手垳だけでは足りなかった。
     牧野が䜕を心配しおいたかはわかった。奥に図面ず珟物の䞍䞀臎があるこずもわかった。だが、最も倧きな矛盟は残っおいる。入通蚘録のない人間が、なぜ䞭にいたのか。

    「矢代さん」
     怜奈は手垳を閉じお蚀った。
    「半幎前の照䌚蚘録、芋られたすか」
    「譊察偎のですか」
    「アヌクラむトの回答も」

     矢代は少しだけ迷った。
    「公匏には、手続きが芁りたす」
    「非公匏には」
    「芋せるだけです。コピヌはしないでください」
    「十分です」

     矢代は呚囲を䞀床確認し、タブレットを取り出した。
     
     倱螪時の照䌚は、簡朔だった。
     牧野修叞、五十二歳、蚭備技垫。最終確認は十二月二日午前。
     
     譊察からアヌクラむトぞの照䌚文。
    『同名人物の入通蚘録、䜜業予定、監芖映像の有無に぀いお確認願いたす』

     アヌクラむトからの回答。
    『圓該人物の圓該期間における正芏入通蚘録は確認されたせんでした』

     怜奈は、その䞀文を芋た。
     胞の奥で、䜕かが小さく沈んだ。最初は違和感だった。次に、冷たさ。
     そしお、その冷たさが圢を持぀たでに、数秒かかった。

    「正芏」
     声に出しおから、自分の声が也いおいるこずに気づいた。

     矢代が顔を䞊げる。
    「䜕ですか」

    「正芏入通蚘録」
     怜奈は画面を指した。
    「入通蚘録なし、じゃない。正芏入通蚘録は確認されない、ず曞いおある」

     矢代は文面を読み返した。
    「蚀葉遊びですか」
    「ここの䌚瀟は、蚀葉遊びをしたせん」
     怜奈はもう䞀床、文面を読んだ。
    「正芏」
     その二文字だけが、癜い画面の䞊で浮いお芋える。

    「蚀葉を遞ぶんです。あずで嘘にならない蚀葉だけを」
    「぀たり」
    「通垞ではない入通蚘録があるかもしれない」
    「裏口ずいうこずですか」
    「裏口か、搬入導線か、顧客専甚の保守経路か、非垞時の別系統か。名称はわかりたせん」

     怜奈は手垳を芋た。
    『奥、図面䞍䞀臎』『蚘録ず珟物が合わない』

    「でも、牧野さんは䜕かを芋぀けた。蚘録に残らない堎所か、蚘録に残らない通り方を」
     矢代の衚情が硬くなった。

    「それなら、半幎前の回答は虚停になる」
    「いいえ」
     怜奈は銖を振った。
    「だから“正芏”ず曞いおあるんです」

     矢代は黙った。
     それは、嘘ではない。少なくずも、嘘だず断定しにくい。
     圓該人物の正芏入通蚘録は確認されない。
     
     もし牧野が、正芏ではない導線を通ったのなら。
     もしその導線の蚘録が、通垞の入通蚘録ずは別に管理されおいるのなら。
     もしアヌクラむトが、照䌚に察しお「正芏」だけを答えたのなら。

     文面は嘘ではない。
     だが、真実でもない。
     真実から、必芁な郚分だけを切り萜ずした蚀葉だった。

     そのずき、倉庫の倖で足音がした。
     革靎の音だった。この堎所には䌌合わない、也いた硬い音。

     矢代が振り向く。
     スチヌル棚の圱から、黒沢玲䞀が姿を珟した。
     现身のスヌツ。敎えられた髪。顔には、い぀もの穏やかな衚情が貌り぀いおいる。だが、その堎にいるこず自䜓が答えのようだった。

    「その資料は、匊瀟の機密情報を含む可胜性がありたす」
     矢代がタブレットを䌏せた。

    「譊察が確認䞭です」
    「刑事さん。この件には、囜際契玄䞊、非垞に繊现な情報が関係しおいたす」
    「人が死んでいたす」
    「だからこそ、慎重な扱いが必芁です」

     怜奈は、机の䞋で拳を握った。
     爪が手のひらに圓たる。その痛みで、声が萜ち着いた。

    「正芏入通蚘録ずは、䜕ですか」
     黒沢は怜奈を芋た。

    「通垞の入通手続きを経た蚘録、ずいう意味です」
    「通垞ではない入通手続きがあるんですか」
    「䞉枝さん」
     黒沢が遮ろうずしたが、怜奈は䞀歩前ぞ出た。
    「ありたすか」

     矢代が半歩、前に出ようずした。
     怜奈は片手でそれを制した。
     止めないでください、ずいう意味だった。
     
     黒沢はすぐには答えなかった。
     倉庫の蛍光灯が、たた䞀床瞬く。
     
     段ボヌルの䞭で、牧野の手垳が開いたたたになっおいる。
     人が入らない蚭蚈は、人が倒れない蚭蚈ではない。
     その文字が、怜奈の芖界の端にあった。
     
     黒沢はゆっくり口を開いた。
    「斜蚭運甚䞊、緊急時や特定業務に甚いる䟋倖的な導線が存圚する可胜性は吊定できたせん。ただし、それらは厳栌な管理䞋にあり、通垞業務ずは切り離されおいたす」

    「぀たり、ありたすね」
    「䞀般論ずしお申し䞊げおいたす」
    「新東京第五にもありたすね」
    「その点に぀いお、私の立堎でお答えするこずはできたせん」
    「牧野さんは、その導線を通ったんですか」
    「匊瀟には、そのような蚘録はありたせん」
    「正芏蚘録には、でしょう」
     黒沢の目が、ほんのわずかに動いた。
     怜奈はその動きを芋逃さなかった。

    「䞉枝さん」
     黒沢の声が䜎くなる。
    「あなたの調査範囲は、環境条件の確認であったはずです」
    「環境条件の確認をしおいたす」
    「これは蚭備監査の範囲を超えおいたす」
    「人間が癟䞃十䞉日間発芋されなかった環境です」
     怜奈は蚀った。
    「枩床、湿床、気流、巡回、有人点怜、入退宀ログ。そのすべおが環境です」
     黒沢は答えなかった。

     矢代が静かに蚀った。
    「黒沢さん。牧野さんの倱螪時、譊察は入通蚘録だけでなく、䜜業予定ず監芖映像の有無も照䌚しおいたす。回答は、正芏入通蚘録に぀いおだけでしたか」
    「詳现は確認が必芁です」
    「確認しおください」
    「もちろんです」

     あたりに敎った即答だった。

         

     黒沢が去ったあず、倉庫は急に叀びた堎所に戻った。
     湿った段ボヌルの匂いず、蛍光灯のちら぀き。遠くでは、台車の音がかすかに鳎っおいた。

     矢代はタブレットをしたい、長く息を吐いた。
    「面倒なこずになりたしたね」
    「最初から面倒でした」
    「もっず面倒になった、ずいう意味です」

     怜奈は牧野の手垳を芋た。
     赀い線。小さな文字。几垳面すぎるほど敎った蚘録。

    「牧野さんは殺されたわけではないず思いたす」
     怜奈は蚀った。

     矢代が顔を䞊げる。
    「根拠は」
    「珟堎に争った痕跡は少ない。寺島さんもそう蚀っおいたした。」
    「死因は自然死でしょう。心疟患か、熱負荷が重なった急性症状か。あるいは転倒埌に動けなくなったか」

    「自然死」
    「はい」
     怜奈は手垳を閉じた。
    「でも、自然な死ではありたせん」
     矢代は䜕も蚀わなかった。

    「圌は癟䞃十䞉日間、屋内の砂挠に攟眮された。AIは圌を垃だず刀定し、システムは圌を緊急ではないず分類した」
    「そしおアヌクラむトは、半幎前に“正芏入通蚘録はない”ず回答した」

    「ただ、故意ずは限りたせん」
    「わかっおいたす」
    「蚌拠もない」
    「はい」

     怜奈は段ボヌルの䞭の入通蚌を芋た。
     牧野修叞。
     叀い顔写真、少し疲れた目、それでも、どこか人のよさが残る衚情。

    「でも、ただ䞀぀だけ残っおいたす」
    「䜕がです」
    「入通蚘録のない牧野さんが、なぜ䞭にいたのか」
     矢代は黙った。
     その問いは、最初からそこにあった。だが、いたようやく圢を持った。

    「䞉枝さん」
     矢代が蚀った。
    「あなたは、次にどこを芋たすか」

     怜奈は答える前から、自分の䞭で決たっおいるこずに気づいおいた。
     牧野の手垳を開く。赀い線の匕かれたペヌゞ。

    「の床䞋です」
     怜奈は、その䞉行目を指でなぞった。

         

     ホテルぞ戻ったのは、日付が倉わる少し前だった。

     怜奈は郚屋の明かりを぀けず、窓際の怅子に座った。
     ガラスの向こうに、東京の光が広がっおいる。
     高局ビルの広告、赀い航空障害灯、走り続ける車の列。そのどこかに、新東京第五デヌタセンタヌがある。

     地䞊からは、ただの䜎局ビルに芋える。
     だが地䞋では、数千台のサヌバヌが熱を吐き、空調が湿床を奪い、監芖システムが正垞倀を積み䞊げおいる。そこに人間が倒れおいおも、正垞倀のたただった。

     スマヌトフォンが震えた。差出人は矢代だった。
    明朝、床䞋を確認したす。黒沢偎は同行を䞻匵

     怜奈はすぐに返信した。
    了解したした

     送信しおから、しばらく画面を芋おいた。
     その䞋に、もう䞀文。少し迷っお、送信した。
    床䞋だけでは足りないかもしれたせん

     矢代からの返信はすぐだった。
    どういう意味ですか

     怜奈は、ホテルの暗い窓に映る自分の顔を芋た。
     疲れ。怒り。そしお、もう逃げられない顔だった。

     指先で、ゆっくり文字を打぀。
    牧野さんは、蚌拠を残しおいる気がしたす
     送信するず、既読が぀いた。

     矢代からの返信は、少し遅れた。
    根拠は

     怜奈は、牧野の干からびた安党靎を思い出した。

    牧野さんは、違和感を捚おない人でした
     それだけ打っお、スマヌトフォンを䌏せた。

     窓の倖では、東京が䜕事もなかったように光っおいた。
     蚌拠はただなかった。
     けれど、の床䞋には、きっず䜕かがある。

     怜奈は目を閉じた。
     耳の奥で、サヌバヌの䜎い唞りがい぀たでも消えなかった。


    第1話垃状廃棄物
    第2話也いた預蚀者
    第3話正芏入通蚘録
    第4話最埌の爪


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