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本能寺の変1582 5月11日 №6-145 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』

    5月11日 №6-145

    はじめに ←目次 重要 ◎目次 過去記事 目次 【記事一覧】 
    ←【五大要因】  中  小
    ←1 時代の風潮
     
     1戦国時代=相互不信の時代
      2美濃
      3尾張
    ←2 光秀の実像
     
     1信長という男
      2光秀という男
      3光秀と光慶  1光秀の素性 2光秀の年齢 3嫡男光慶
      4先祖の教訓
      5大量殺戮
      6信長の弱点
    ←3 光秀の苦悩
     
     1粛清の怖れ
      2志向の相違
      3光秀の老い
      4四国問題
      5自立への道
    ←4 武田の滅亡
     
     1甲斐遠征
      2勝頼の首
      3武田効果
    ←5 信長の油断
      
    「事態急変」
      1 勝利の余韻 概略 4月21日 24日
      2 四国出陣  概略 5月7日 1/3 2/3 3/3 11日
      3 足蹴事件  概略 5月12日 1/5 2/5 3/5 4/5 5/5 15日
                 密室にて 1/3 2/3 3/3 ① ② ③ ④ ⑤
      4 中国出陣
      5 時は今、・・・・・。
    ←さる程に、不慮の題目出来候て、
    ←【注目ポイント】 目次
    ←【重要史料】 【重史全通】 【重史一覧】
    ←【人物】
    *◎=重要ヶ所 P=重要Point 史=史料 公=信長公記 ✓=チェック済
     信=信長の人物像 光=光秀の人物像 そ=その一因 テ=テーマ別
    *加筆修正

    5月11日 №6-145

    【記事一覧】>【五大要因】  中  小>5 信長の油断>2 四国出陣>
          →【四国問題】 天正八年 天正九年 天正十年 目次 0511
          →【重史225】

    信孝は、四国渡海の準備に入った。
    「阿波国、神戸三七御拝領の事」

      さる程に、
      四国阿波国、神戸三七信孝へ参らせられ候(与えた)につきて、
      御人数、御催なされ、

      五月十一日、
      住吉に至りて御参陣。
      四国へ渡海の舟ども、仰せ付けられ、其の御用意、半(なかば)に候。
                         【重史225】 (『信長公記』)

    信孝は、阿・讃二ヶ国の国主となる。
    「讃岐国の儀、一円、其方に申し付くべき事」
                         →5月7日 1/3 【重史012】

    信長は、未だ、土佐の国主(くにぬし)を決めていない。
    「信長、淡州に至って出馬の刻、申し出すべきの事」
    淡路島にて、決める、と言っている。    →5月7日 1/3 【重史012】

    これまでのこともある。                   →ポ02③
    それ故、猶予した。
    「なれど、遅い」
    遅すぎた・・・・・。
    そのことが、あった。

    信長は、誇り高い男。
    己の命に従わぬ者には、容赦しない。
         →【信長の人物像】 信03

    元親には、良くて、土佐一国。
    元親を取り巻く状況は、悪化の一途を辿っていた。 
    故に、間に合ったとしても、「土佐一国」。
    それ以上は、有り得ない。       →ポ02② ポ02③ 【重史012】

    最悪、「没収」も有り得た。
    信長は、元親の名を明記していない。
    すなわち、それ以外も有り得た。
    となれば、国主は余人。
    と、いうことである。

    元親は、土佐を失う可能性すらあった。
    きわめて、危うい状況だった。
    元親は、まだ、これを知らず。         →ポ02③ 【重史012】

    石谷頼辰は、未だ、帰らず。
    このままでは、「失敗」。
    光秀は、信長の「信」を失う。
    ・・・・・。

    すなわち、信長に口実を与えることになる。

    信長は、執念深い。
    このことを、決して、忘れない。
           →【信長の人物像】 信03

    信長は、何も言わず。
    容赦なく、時は、流れて行く。



    【参照】
    【時は今・・・】 目次
     0521 目 0526 目  0527 目  0528 目 0529 目

    本能寺への道 1 2 3 4 5

    本能寺への道1
      そ第78話① 性格・人格・人間性の形成
      そ第78話② そのような時代
      そ第78話③ 四月二十一日 同二十四日
      そ第78話④ 事態急変 五月七日
      そ第78話⑤ 同十五日
      そ第78話⑥ 「足蹴事件」

    本能寺への道2
      そ第78話⑦ 秀吉は備中に 同十七日
      そ第78話⑧ 石谷頼辰は土佐に 同二十一日
      そ第78話⑨ 土佐は僻遠の彼方 所要時間

    本能寺への道3
      そ第78話⑩ 同二十六日
      そ第78話⑪ 分岐点 選択肢は二つ
      そ第78話⑫ 同二十七日

    本能寺への道4
      そ第78話⑬ 同二十八日
      そ第78話⑭ 同二十九日 上洛
      そ第78話⑮ 同日 亀山 二人揃った

    本能寺への道5
      そ第78話⑯ 六月一日 出陣
      そ第78話⑰ 同日 公家参集
      そ第78話⑱ 同日、夜
            光秀は、決断した。

    【四国問題】 天正八年 天正九年 天正十年 目次
    【四国問題 概要】 天正八年 天正九年 天正十年

    ←重要Point ◎目次 重要Point 通し ◎目次 
    ←テーマ別 目次 テーマ別 通し ◎目次

    ←【シリーズ】
     信長の甲斐侵攻 光秀と長宗我部元親 本能寺への道 1 2 3 4 5

    ←その一因 目次大 概説大 目次中

    ←3光秀と光慶
     
    (1)光秀の素性
     (2)光秀の年齢
     (3)光秀の嫡男

    ←見えてきたもの 目次大 目次中 +240607
    ←【信長の人物像】 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
    ←【ここがポイント!!】



       只今、進行中!!



     ⇒ 次へつづく




     
     
     
    ただただ、真実を知りたい。この一念が原動力になっています。「本能寺の変」「その原因・動機を究明する」。この一点に焦点を絞りました。数多ある史料。精査・検証等々。長い時間を要しました。そして、ついに辿り着きました。これが、光秀謀反の真相です。只今、鋭意執筆中!!ご期待下さい!!

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