メインコンテンツへスキップ
見出し画像

【異世界令嬢コージーミステリ】第1話 作家令嬢の田舎追放推理日記〜「推理なんてやめろ」と言われましたが、追放先で探偵はじめます〜

    【あらすじ】作家令嬢の田舎追放推理日記〜「推理なんてやめろ」と言われましたが、追放先で探偵はじめます〜

    作家令嬢アンナ・エマール。成金商家出身のアンナだったが、推理ヲタクで、ついには本格ミステリー作家としてデビューした。近年、魔法が廃れ、科学が台頭して来たものの男尊女卑国家に生きるアンナは、文壇サロンのおじ様達に「推理なんてやめろ」と追放され、作家業も干された。結局、タラント村という田舎へ逃げる事に。
    そこではなぜか村長殺人事件が起きていた。アンナは濡れ衣を着せられ、大ピンチ。ちょうど休暇にやってきたハイスペ経営者のクリスと共に殺人事件を調査する事になった。アンナの人柄や推理スキルで味方も増えていき、犬猿の仲だったクリスとの関係も深まる中、第一容疑者の絞り込みも成功した。
    その時、クリスがこんな賭けを持ち出した。第一容疑者が犯人だったら「俺と結婚しろ」と。その上、村の銀貨伝説に絡んだ予想外の容疑者達が浮上してきた……?この推理も結婚も前途多難!?作家令嬢の田舎追放コージーミステリ開幕。#創作大賞2025    #ミステリー小説部門

    画像



    1 

    文壇サロン以上に嫌なものは無いと思う。

    「アンナ嬢、お前は推理なんかやめろ」

    豪華なアフタヌーンティーセット、窓から見える薔薇園、優しい紅茶の匂いも台無しだ。

    作家業をしている私は、週に一回、文壇サロンに出る必要があった。別にハッキリとしたルールはないけれど、休んだら出版業界から干されるとう噂。私と同じ歳ぐらいの女性作家が、文壇サロンを休んだら干されたと担当編集者から聞いていた。

    そんな噂がなくても成金商家出身で貴族じゃない私。しかもデビュー間もない新人作家の私が断る理由は無いだろう。

    どうにか笑顔を作りながら私は頷く。基本的に男尊女卑の我が国では、例え嫌なことを言われても女は黙って頷くのがベターだ。

    周りの文壇のおじ様達は、視野が狭い創作論or私への作風の酷評を続けている。貴族や王族出身のおじ様ばかり。気分は最悪だったが「ここは王都でも最高級のティールームよ」と何度も心の中で言い聞かせて、口元を無理矢理引き攣らせた。どうにか我慢していたのに、おじ様作家の一人が近づき、私の作風への酷評が始まってしまった。

    「今時推理ものなんて流行らないぞ。ニッチなジャンルだ。市場規模が狭い。読者が少ない。今は主人公が男性で魔力や身体能力が強いのがいい。ファンタジー世界で無双したり、ヒロインから一方的に好かれ……」

    ああ、うるさい。

    思わず耳を塞ぎたくなったが、私は推理マニア。幼い頃から毒物や鈍器を研究し尽くして書いたデビュー作の「探偵公爵の優雅な推理事情」は最高峰本格ミステリなんて評されたんだから。貧乏令嬢が男装し、事件を解決する話よ。

    とはいっても、おじ様達の意見には一理ある。鳴物入りでデビューした私だけれど、売り上げは悪かった。担当編集者からは打ち切りになるだろうと言われている。「やっぱりミステリーは、我が国ではニッチジャンルだと営業に言われました」と半泣きだった。

    その上、この国は男尊女卑。女作家というだけで毛嫌いする人もいる世界だ。なので筆名も男なのか女なのかわからないAという匿名性の高いものにしていた。我ながら上手い商業戦略だと思ったけれど、Aが女性作家である事は意外と知れ渡っているし、こんな風に文壇サロンに引っ張り出されたら、あんまり意味なかったかもね?

    「そんなニッチジャンルの推理なんてやめろ。誰も読まんぞ」
    「ええ、先生。アドバイスありがとうございました」

    ニッコリと笑い、この話題から逃れたい。今作おじ様達に囲まれた私。おじ様達の年齢もきっと倍以上違うはずだけど、本当に文壇サロンが嫌。狼に睨まれた仔羊状態ではないか。ああ、これ以上嫌なものは思いつかない。

    「だから、推理ジャンルなんてやめろって言っているんだ!」

    そんな私の思考がおじ様に伝染したかは不明。私がニッコリ笑えば笑うほど相手の顔は真っ赤。こめかみに血管が浮き出ている。茹でタコみたい。あら嫌だ、私ったら作家らしく冷静に観察しすぎ?

    「売れないだろ? ニッチだろ? 市場規模が狭いだろ? 誰も読まないだろ? 推理なんてやめろ」

    おじ様の声を聞きながら私は推理していた。こんな風に怒るのも理由があるはずだ。おそらく鳴物入りでデビューした私が気に食わない。推理は我が国でニッチジャンルとはいえ、元科学者や医者などのエリートが書くことも多い。男の為の小説ジャンルだ。そんな中で二十歳そこそこの小娘が推理ジャンルを選んでいるのは面白くないのか? 

    思えば我が国でそんなポジションの作家はいない。女流作家自体がレアだし、それも恋愛小説ばかり。近年、我が国は魔力が封印され、科学技術革新があった。医学、印刷、電気、物流などインフラの進歩があったけれど、女性の地位は低い。選挙権がない地域も多いし、女が不倫すると逮捕される。男の不倫は何の罪にも問われないのに。

    女がつける職業も看護婦、薬剤師、教師のみという風潮だった。もちろん選ばなければ劣悪な環境の仕事もあるけれど、お金持ちかつ家柄が良くなければ学校にすら行けない。騙されて性産業に行ったり、金持ちの奴隷になる事も珍しくない。優秀でも医者になれなかった女性の嘆きも何度も耳にしている。

    要するにここは根強い男尊女卑国家。元々は剣と魔法の国で、魔力も血筋で決まるような場所だった。近年は魔法の加護は手放し、我が国の事情はだいぶ変わってきてはいたけれど、そう簡単に根っこの部分は変われない。

    やはり女が文壇で筆一本で食べていくのは厳しい?

    狼に囲まれた私は、悪い事ばかり考えてしまう。

    「推理なんてやめろ」

    また言われた。もう笑顔を作るのも馬鹿馬鹿しい。そろそろ塩対応で行こうか?

    そう考えた時だった。

    「推理なんてやめろ! 女は家庭に入って子供を作るのが一番なんだよ!」

    おじ様が突然、私の胸を触ってくるではないか。ドレスの上からでもハッキリと体温が伝わるが、他のおじ様達はニヤニヤ笑っているだけ。

    その上、私の顔にまで手を伸ばそうとしている!

    「まあ、リアルな小説を書くためには恋愛経験が必要だろう?」

    そんな事も言うが、私は推理した。今まで「推理なんてやめろ」と言っていたのも、恋愛作家に転向させ、セクハラ三昧する為?

    この推理は当たってそう。実際、我が国の女性作家はみんな恋愛作家ばかりだ。狼の群れの中にいる子羊状態の私だけど、どうすればいい?

    「俺の愛人になったら次の作品も出版させてやるからな」

    おじ様は耳元でとんでもない事も囁いてくる。

    そういう事か。

    枕営業を強要されている事も理解したが、こんな話は絶対嫌。なんでおじ様の都合の良いペットにならないといけないの?

    私は心はともかく未婚の令嬢だ。年齢も二十歳だ。おじ様と愛人契約するなんて絶対に嫌。

    「お断りです!」

    反射的におじ様を殴ってしまった。拳でボコボコに。本格ミステリを描く為に護身術を習い、体力もつけていた経験が生きたが、これって大丈夫?

    おじ様を殴った拳がヒリヒリと痛い。チラリとおじ様の目を見たが、顔以上に真っ赤。

    「何だと!?」

    おじ様の怒りに燃えた目を見ながら、私は色々と察し始める。

    案の定、おじ様は叫んだ。「二度と文壇サロンに来るな!」と。あっけなく私は文壇サロンを追放された。

    追放されたのは、文壇サロンだけではない。おじ様は公爵家の主人だったし、ありとあらゆる出版社に圧力をかけ、業界から私を干した。ゴシップ記事にも私の噂を垂れ流し、両親の事業にまで影響が出てしまった。

    ジ・エンド。

    どこの出版社に新作を送ってもスルーされるし、デビュー作のシリーズも打ち切りになってしまった。「作家令嬢・アンナ・エマールは盗作を繰り返した泥棒作家」なんてゴシップ誌に書かれたわけだが、当然、根も葉もない事。

    むしろ逆。おじ様は私が送った新作を堂々と自分のものとして発表。まあ、幸か不幸か推理ものだったから大ヒットにはならなかったけど。これには心が折れた。バキっと。いとも簡単に。あっけなく。

    「ねえ、じいや。私はどこか遠くに行きたいわ」

    毎夜、酒を飲み執事に愚痴をこぼしながら、メンタルを悪化させていた。

    まさにジ・エンド。

    2

    長年、私に仕えてくれている執事のじいや。じいやだけは私の絶対的な味方だった。

    子供の頃から隣国の推理小説にハマった私は、毒草、毒物、鈍器などを調べるのが趣味だった。趣向をこらした本格ミステリを読むたび、あっと驚くトリックに興奮し、自分でも書いてみたいと夢を見たのも自然な成り行きだ。

    当然、そんな私は変わり者として家族や友人から浮いていたけど、執事のじいやだけは優しかった。推理小説や毒物の本を湯水のように与えてくれ、「お嬢様は推理作家になるべきです!」と煽てられ、今に至る。

    「アンナお嬢様。私は悔しいですよっ! こんな田舎まで追放されるとは!」

    じいやはハンカチを握りしめ、歯軋りしてる。いつもは温厚で羊のようなルックスのじいやだったが、今にも涙をボロボロとこぼしそう。

    「そうは言ってもね……」

    目の前にいるじいやを見ていたら、私は逆に冷静になってきた。

    確かに文壇サロンを追放され、作家業も奪われて号泣したけれど、もう疲れてしまった。

    じいやと田舎まで逃げる事にした。王都の自宅から汽車を乗り継ぎ、辺境のタラント村という場所まで馬車に揺られている最中だった。

    タラント村は何の観光資源も何もない田舎。牧場と山ばっかりの場所だと聞いていたが、父の知り合いのクリス・ドニエが別荘を提供してくれた。

    正直、クリスがなぜ別荘提供をしてくれたか謎。私の父と同業者で成り上がり経営者だ。この国は血筋と性別で人生の九割が決まってしまう為、父やクリスのようなタイプはレアケース。もっとも近年は化学技術の進歩もあり、レアケースの幅も広がっているので、表面的には血筋の差別は薄くなってはいたが、多くは無い事例だった。

    「もう、じいや泣かないで。クリスが田舎で別荘提供してくれただけでもよかったわ」
    「ええ、本当にクリスは好青年ですよ!」

    じいやはついに泣き始め、私は肩を抱き、ハンカチを差し出す。

    これだとどっちが当事者か不明だが、仕方がない。家族にも出ていけと凄まれていた。文壇サロン追放の結果、家も迷惑を受けていた中、じいやだけが味方だった。こうして泣かれても、怒る事なんてできない。

    馬車の中は狭く、じいやの声は余計に湿っぽく響く。田舎の道は全く舗装されていないので、ガタガタと揺れて酔いそう。正直、早く目的地について欲しいものだが、自分の思い通りにはいかない。作家業と同様だ。

    ふと、窓を見ると、すっかり田舎の風景。汽車の駅周辺は栄えているが、この辺りは畑、牧場、民家、森の無限ループ領域だ。時々綺麗な湖が見える時もあったが、王都の生活に慣れきった私は、特に楽しくもない。目の前のじいやは湿っぽいし、この先のタラント村の生活もさして期待できない。

    ゆっくり執筆自体はできそう。でもそれだけ。文壇サロン追放された私は、新しい出版社に営業かける気力もなく、しばらく田舎生活を送った後は、親に決められた縁談を受ける事になるだろう。

    成金の親だったが、男爵家のコネはある。同じ成金界隈とのコネについても強力だし、そこから見合い相手が選ばれるはずだ。我が国の令嬢は基本的に結婚は親が決めるし、私と似たような立場の成金令嬢も同じようにしていたから、よく知ってる。

    そんな未来のレールまで簡単に推理できてしまった。ため息しか出ない。じいやのように感情的になれたら逆に楽だったかも。

    私は基本的に冷静で感情表現は下手。一部では「氷の成金令嬢」なんていうあだ名が付いていた。おそらく同世代の令嬢と比べて女っ気もないのだろう。令嬢らしい豪華なドレスもあまり似合わず、栗色の髪もいつもシンプルに纏めていた。髪を編み込んだり、化粧をするのも好きではないが、令嬢として一応義務でやってる。本心では「めんどくさい」の一言に尽きる。

    そんな私は冷静に未来を予測する。占い師でなくても客観的に現状を見つめていたら、簡単に予測できる事は……。

    「はあ。タラント村の生活が終わったら、やっぱり次は縁談かしら。嫌になるわぁ」

    ついついため息が漏れる。

    「お嬢様、何を言っているんですか! お嬢様は絶対に結婚させませんよ! そうだ、タラント村で引きこもっていればいいんです。病気のフリでもして」
    「ちょ、じいや? そんな人を嘘つきに仕立てるのはやめて?」
    「それにクリスがいますよ! クリスを表向き縁談相手にして逃げるのが得策でしょう」
    「えー、そう? というか、クリスにも事情があるでしょう……」

    感情的なじいやだったが、意外と悪知恵が回る。伊達に執事を何十年もやっていない。黒い執事服もこれ以上ないぐらい板についてはいるが、今はクリス・ドニエについて考える。

    クリスは「若き天才経営者」という二つ名がついていた。効率化や仕組み化が上手く、実務は全て部下に任せ、今はコンサルタントやセミナー、出版収入も多いらしい。主にホテルやレストランサービスを展開していた。今の立場から見れば、庶民出身なのが信じられないような男だ。私の両親のような成金らしい嫌らしさはなく、見た目や言動もスマート。貴族とも付き合いも上手くやってるらしく、資金繰りも好調らしい。

    そんなクリスは、大の女嫌い。仕事大好き人間だった。前もパーティーで見かけた時、貴族の令嬢に囲まれていたが「俺は甘やかされたクソ女達と結婚するつもりはない」と言い放ち、空気を凍らせていた。そう、女に関しては嫌味っぽく毒舌な男なのだ。

    クリスは経営者同士で私の父と気が合う。共同経営している会社も多く、顔を合わせる事も多かった。友達、知り合いと言える間柄だったが、推理小説や毒物に熱中している私にクリスは「おもしれー女」と評することがあった。

    「おもしれー女」とは何なのか? 

    バカにされているみたい。正直、クリスは得意じゃない。世間ではイケメンと騒ぐ貴族令嬢もいるが、推理小説だったら真っ先に怪しい容疑者キャラに配置したい人物だったりする。

    「クリスが私に協力なんてしませんよ。ところで、じいや。別荘ではメイドや使用人は雇える?」
    「もちろんです。現地についたらさっそく人員募集をしますから」
    「うん? 現地についてから? 現在の別荘は空き家なの?」
    「いえ、管理人兼コックがいるとクリスから聞いているんですが」

    じいやの話を聞いていたら、何だか不安になってくる。実はクリスがなぜ別荘を貸してくれたかも不明だし、詳しく何も聞いていない。

    「コックはなんて名前?」
    「確かシャルルって名前の青年です」
    「そう。推理小説だったら怪しいポジションね。料理人はいくらでも毒物を入れるチャンスがあるわ。でも、実際は味方だったとか面白くない?」
    「お嬢様、それは良いアイデアです。じいやの私と一緒に新しい推理小説を練りましょ!」
    「本当?」

    じいやは皺くちゃの笑顔を見せた。グレーヘアはきっちりとセットし、見た目は品の良い執事にしか見えないものだが、やはり私の絶対的な味方だ。

    じいやが側にいるだけで安心する。忙しい両親の代わりによく面倒を見てくれた。第二のパパだ。

    じいやと二人で推理小説の案を練っているのも楽しい。子供の頃に戻ったみたいだ。文壇サロン追放や田舎生活の事などすっかり忘れそうになっていた。

    こうしてあっという間に馬車は目的地のタラント村につき、別荘の近くで下ろされた。

    田舎らしく別荘は木々に囲まれ、湖も見える。レンガ造りの二階建ての別荘は、こじんまりと庶民的。赤い屋根も可愛い。

    「ほお、お嬢様。これは良いのでは?」

    じいやは荷物をおろしつつ、感嘆の声を出す。

    「そうね。これだったら静かに執筆できそう?」

    そう思った時だった。背後から大声が響く。

    「アンナ・ エマール! お前を殺人犯の容疑者で逮捕する!」
    「は?」

    状況が飲み込めない私に、謎の男が手錠をかけてしまう。

    「ど、どういう事?」

    しかも謎の男に連行されていた。

    こんなのおかしい。推理小説では逮捕状がないと捕まえられないと調べていた。というか、私って犯人だったの!?

    「お嬢様ぁぁぁ!」

    じいやの絶叫が響くが、私はどうする事もできない。

    文壇サロン追放→田舎→逮捕って何?

    やっぱりジ・エンド!?

    3

    「だから、村長を殺したのはお前だろ! さっさと吐け!」

    そう言われましても。

    あの後、なぜか逮捕された私はあっという間に連行され、取り調べをさられていた。

    おそらくタラント村の白警団本部にある取り調べ室だ。勝手に連行された訳だが、この状況から言って間違いないだろう。

    推理小説を書くために白警団についても調べた事がある。剣と魔法の時代の終わりかけ、治安維持を目的として設立された組織で、王都に本庁があり、タラント村のような田舎には末端のノンキャリア組が派遣されいるらしい。

    元々は昔の騎士団が中核になって結成されたため、庶民からの人望はあつかったが、近年は組織の腐敗が問題になっていると聞いた。キャリア組とノンキャリア組の差が激しいらしい。

    その証拠に目の前にいる男は無能そう。名前はタラント村・白警団本部長のモイーズとか言っていたが、でっぷりと太り、実にだらしがない体型だ。一部には強烈なマニアがいる騎士風の制服も見事に似合わない。布がはち切れそう。年齢は三十五歳ぐらいの中年だが、頭も悪そう。男が私を逮捕したわけだが、とても有能そうに見えない。文壇サロンのおじ様よりはマシに見えるが、絶対無能だ。

    私はモイーズを推理作家らしく冷静に観察中。

    一方的に怒鳴るだけの取り調べ。それにこちらが質問した事にも全く解答しない。ずっと取り調べ室で感情的になっているだけで、会話のキャッチボールができない。

    モイーズが言う断片的な情報を総合すると、タラント村の村長が殺されたらしい。理由は全くわからないが、なぜか私を疑っている模様。こうして濡れ着を着せ、取り調べまでしている始末だ。

    「お前が犯人だろ? いいか、さっさと吐け!」
    「ねえ、モイーズ。こういう取り調べの時はパンと肉料理が出るっていう噂を聞いたけど、本当です?」
    「はあ!?」

    私があまりにも冷静だったからか。それともパンと肉料理なんていう呑気な情報を出したせいか、モイーズは毒気が抜かれていた。しぼんだ風船のようにトーンダウンしている。

    こんな訳がわからない状況ではあったが、推理小説を書くためのネタになるかもしれない。前に書いた本格ミステリは、取り調べの様子にリアルティがなかったし、評論家や校閲にも突っ込まれていた。これは良いネタになるか?

    それに村長殺害事件って何?

    事件の全容は全く見えないが血が騒ぐ。推理したい。

    全く動じず、かえって目を輝かせている私にモイーズは、タジタジだった。怒鳴るのもやめ、本当にパンと肉料理も持ってきたではないか。根は悪い人ではなさそう。やはり文壇サロンのおじ様よりは話が通じる。

    硬い田舎パンとハーブのチキン焼きの組み合わせって最高だ。成金令嬢の私としては、こういう庶民の味が好き。お高く止まった美食フルコースはあまり好きではなく、日々の食事は黒パン、芋、スープのループ&ループ。おかげで体型も肌もあまり努力もせず美しくキープできていた。こいういう庶民の味は格別に美味しくはないが、健康には良いものだ。

    「お前、変な令嬢だな。なんで肉やパンで喜ぶんだ?」

    こんな私にモイーズは首を傾げ、かなりのトーンダウン。とりあえず感情的になるのは抑えられたらしい。

    こうして私はモイーズに質問した。トーンダウンすれば相手も聞く耳があったらしい。

    数日前、タラント村の村長が何者かに殺されたらしい。が、ろくな手がかりもない。その上、あの別荘の管理人のシャルルが行方不明となり、彼を追っていたところ、私の存在が浮上。逮捕に至ったという。

    私は表面上は冷静にパンを食べていたが、内心はイライラとしていた。こんな逮捕は推理小説だったら大問題。犯人と決めつけるのなら、客観的な証拠が必要だ。こんな杜撰な推理小説があったら、編集者と校閲からのダメ出しで真っ赤になるだろう。

    「ところでなんで私を疑ったんです? 確かにあの別荘は私たちが使う事になりましたが、関係ないのでは? それに数日前、私は王都の自宅にずっとおりましたわ。書店で買い物した記録などもあります。アリバイも破綻してますわ」

    丁寧に自分の無実を説明していたが、骨が折れる。モイーズは私は田舎にはない王都らしいドレス姿だから疑ったとも言っている。杜撰な推理すぎてため息がでるが、タラント村で初めて殺人事件が発生し、右往左往中らしい。

    「こんな平和で呑気な土地で殺人事件があったんだ。どうして良いかわからない」

    そう愚痴をこぼすモイーズは、ちょっと可哀想。田舎の白警団に本格推理小説のような展開を求めるのは無理?

    「だから怪しいお前を逮捕する!」

    同情しかけたが、これには同意できない。無能な白警団でも、濡れ衣は冗談ではない。

    かといって、このまま無闇に無罪を主張するのも良くない。

    私は硬いパンを噛み締めながら推理していた。この状況から抜け出すために、どうすれば良いかと頭をフル回転させながら謎解きを始める。

    村長を殺した犯人を見つけるのが一番だろう。たぶんそれが一番の道だが、モイーズが吐くだろうか?

    私は推理作家。別に探偵ではないけれど、この土地で推理するべきか?

    「ところで村長は毒殺? 撲殺?」

    殺害方法がわかったなら、面白い。推やはり理をしよう。手に汗が出てきた。心臓が高鳴る。楽しくなってきたが、相手は無能なモイーズだった。

    再び感情的になり、村長殺害の詳細など一切教えない、ずっとお前も重要参考人として逮捕し続けると笑えない冗談を言ってくる。

    困った。これには困った。そろそろモイーズのように感情的になった方がいい?

    じいやも心配だ。おそらく別荘にいるんだろうけど、一人で大丈夫?

    窓の外は薄暗くなってきた。呑気にモイーズと話している暇はない。村長を殺した犯人もまだ村にいるかもしれない。ちっとも笑えない。

    「モイーズさん! あの別荘はクリス・ドニエの所有の所ですよ! アンナ嬢をこのまま逮捕しておくのはヤバいですって!」

    そこにモイーズの部下らしい男が現れ、彼に耳打ちしていた。

    「アンナ嬢、釈放する」

    結果、私の取り調べは終了する事になった。社会的地位のあるクリスの名前は偉大だったらしい。その名前の恩恵を受けるのが一番だろう。なぜ別荘まで提供してくれたは不明だが、クリスには頭が上がらない。

    「お嬢様ぁぁぁ!」

    解放された私にじいやが出迎える。泣いていた。濡れ衣とはいえ、私が逮捕されて心配したのだろう。

    「さあ、お嬢様。別荘に帰りましょう」
    「ええ」

    じいやと二人で歩き始めた。

    それにしても村長殺害ってなに?

    この村に殺人事件が発生している?

    まだジ・エンドではないらしい。こうして外に出られた。じいやも側にいる。それに村長みたいに死んだ訳ではないのは、絶対にジ・エンドじゃない。

    4 

    タラント村には北から南へ川が流れていた。中央の大きな川が一番目立ち、その周辺に民家や商店が集まっているらしい。特に中央部は小さな村の割には、賑やかだ。

    私が取り調べを受けていたタラント村・白警団本部も村の中央部にあり、冷静になって振り返ると、二階建ての木造で小さくはない。

    「ねえ、じいや。取り調べなんて初めて受けたわ」

    じいやと村の中央部を歩きながら、隣のじいやに話しかける。

    前方は山、山、山、山ばかり見える。春風は生ぬるく、目に映る景色はなんとも平和だが、私は笑ってはいられない。

    「この村で村長が殺されたらしい。残念ながら村長殺害の状況は教えてくれなかったけどね」
    「本当ですか!? お嬢様!」
    「ええ。この呑気そうな田舎で殺人事件なんて信じられない」
    「そ、そんな……」

    じいやは目を見開き声を失っていた。

    我が国は魔力が封印されてからは、表向きは人権とか民主主義国家なと言われたが、昔は魔力のせいでなんでもアリだったらしい。魔力を使った殺人事件もザラにあり、戦争も絶えなかったので、当時の権力者が魔力を封印し、人らしく生きる事を宣言した。今から200年ほどの前のことで「人権宣言の日」として祝日にもなっているぐらいだ。

    以降、魔力に頼らず、人の努力や知恵でありとあらゆる技術を発展させ平和になった。確かに男尊女卑ではあるが、成金令嬢が呑気に推理作家になれる程には平和な国だ。実際、犯罪率も低く、推理小説が受けないのも、我が国が平和で治安は良いからという研究結果もあった。そもそも魔法が根付いていた国だ。確かに科学的&客観的に推理する小説と魔法は相性が悪い。

    そんな我が国で殺人事件。しかもこんな田舎で発生したとは、今は笑えない。推理作家としてドキドキしていたのは最初だけだった。

    「それは困りましたね、お嬢様。我々はどうしたら?」
    「さあ。推理作家としては、村長殺人事件も謎解きしたいけれど、まだ事件の全容もわかっていない」

    事件の全容がわかっていないのも、私は不安だ。私が書く本格ミステリだったら、毒物や鈍器、時計のトリックを見破り、解決したいところだけど、今は何もわからない。殺害方法や容疑者も全然わからない。

    「まあ、お嬢様。ひとまずは休みましょ。きっと長旅や取り調べで疲れているんです」
    「そ、そうね」
    「村の市場に行きましょう。お嬢様が好きな木苺や紅茶を買って楽しもうではないですか」
    「そうね!」

    じいやと話していて元気が出てきた。さすが第二のパパだ。私がご機嫌になるポイントもよく知っているらしい。

    こうしてじいやと二人で川沿いの道を歩き、村の中央部にある市場へ。もう日は暮れかけていたが、野菜、果物、肉が山盛りとなった市場は、多くの村人が集まっている。

    菓子やドリンクを売る屋台もあり、王都にがない雰囲気だ。さっそく市場を見て回ろうと思ったが、村人たちの視線が痛い。

    村人たちは私たちを確認すると、ヒソヒソと噂を始め、明らかに避けてきた。

    確かに成金風の派手なドレス姿の私と、上品な執事姿のじいやは浮いている。村人はそんな派手な格好はしていないし、多くは農作業や家事がしやすい服装だった。

    「な、なんか変ね。じいや、この雰囲気おかしくない?」

    思わず隣にいるじいやに話しかける。

    「そうですかね。珍しい人がいて慣れていないのでは?」

    じいやは呑気だった。口笛を拭きつつ、果実の屋台に近づく。屋台には季節のベリー類が山盛り。スコップですくって詰めてくれるらしいが、王都にある市場よりも新鮮で値段も安いく、それには驚き。

    私も思わず欲しくなり、じいやと共に店員に話しかけた。

    「あんた、シャルルの関係者か?」

    店員はなぜか管理人のシャルルの名前を出す。確かにシャルルは行方不明になっていると聞いたが。

    「お前たち、噂になってるから。村長を殺すようシャルルに命令したんだって?」
    「は!?」

    私もじいやも困惑。なぜこんな噂?

    「悪いけど私の店では売らないから。犯罪者に売るものはないから! どいて、商売の邪魔だよ!」

    じいやも店員に押されてしまう。思わず体勢を崩したじいの腕を支えるが、他の村人からの視線が痛い。

    他にも肉、野菜、菓子の屋台を巡ったが、どこも売ってくれない。理由は村長殺しの疑惑があるため。そういう噂があるため。

    「お嬢様! どうしましょう!」
    「困ったわね」

    これには頭を抱えた。市場で買い物ができなければ、飢える事も考えられる。いくらお金があっても、買えなければタダの紙切れはないか。

    その後、村の中央部のカフェにも向かった。コミュティカフェ・タラントという店名で、見た目も可愛らしい古民家だ。きっと何か売ってくれると思ったが、全くそうでは無い。むしろ逆だった。

    「犯罪者に売るものはないよ!」

    カフェ店長からバケツの水もぶっかけられた。私もじいやもびしょびしょ。まるで濡れ鼠だ。

    「お嬢様! これはどうしましょう!」

    またじいやが泣き始めた。困った。頭を抱えた。どうやら村人の洗礼を受けてしまったらしい。

    濡れ鼠状態の私達は途方にくれる。

    「じいや、困ったわね……」

    情け無い声しか出ない。大好きな推理もできない。今は頭が回らない。

    これは迫害!? 

    どう考えてもジ・エンド!?

    5 

    カフェ店員に水をぶっかけられ、濡れ鼠状態の私とじいや。

    その上、村の子供たちに石を投げられ、追いかけまわされ、逃げるように別荘まで帰る。まさに迫害と言っても良いだろう。

    別荘は村の中心部にない。川沿いから外れ、村に北西部にあるため、さすがに子供たちも追ってはこなかったが、全く笑えない。

    別荘も管理人がいない。遠目にはレンガ作りの赤い屋根で可愛らしい雰囲気だったが、庭は草がボーボー、中も埃ぽい。一ヶ月ぐらい手入れをされている様子がない。管理人のシャルルが行方不明というのも間違いではなさそう。

    じいやだけ先に着替えさせた。王都から持ってきた着替えやタオルがあったのは救い。

    一方、私は別荘の北側にある管理人室をチェックした。

    予想通り管理人のシャルルはいない。誰もいない。机の上にはパンや野菜の食べカスもあり、変な匂いもしたので急いで換気した。

    ベッドや床も掃除されていない。埃っぽいが、金庫の中は空っぽ。財布もない。靴もない。服は残されていたが、状況から見て何者かに連れ去られた可能性は低そう。

    思わず推理作家の血が騒いだが、濡れ鼠だった事をすっかり忘れていた。盛大なくしゃみが出てしまう。

    「あれ?」

    その時、シャルルの衣装ケースには女もののワンピースやスカートがある事に気づく。どちらも令嬢御用達のドレスではなく、簡素な綿生地。レースも無い。土やソースのシミもあり、村人の誰かの中古品か?

    シャルルは男の名前だ。なぜ女ものの服があるかは謎だったが、背に腹は変えられない。このワンピースを借りることにした。元々令嬢ドレスは好きじゃなかったし、ワンピースはゆったりと着やすい。サイズは少し大きいが、たぶん、私が小柄のせいだろう。

    「しかし、なんで女ものの服が?」

    謎だ。謎があるという事は、推理しかない。他にもシャルルの私物を漁ると、女ものの化粧品類が発見。ノートや日記類は見つからなかったが、どうやらシャルルはここで女を連れ込んでいたらしい。

    「お嬢様!」

    そこまでわかったところ。ちょうどじいやがやってきた。執事服に着替えている。髪は濡れているものの、いつも通りの姿に戻っていた。

    「管理人室で何を?」
    「いえ、行方不明のシャルルを調べていたのよ。どうやら女を連れ込んでいたらしい。このワンピースもここにあったわ」
    「さすがお嬢様! ワンピースも似合ってます!」
    「じいや、お世辞はいいのよ。この管理人室の様子はどう思う?」

    私は電気をつけた。放置状態の別荘だったが、電気は通っているらしく、ホッとしたが。

    「そうですね。掃除はされていませんが、何者かにシャルルが連れ去られた様子は無いですね。荒らされた雰囲気はない。自分から出ていったのが妥当でしょう」

    じいやもそう推理。

    「だったら家出?」

    村長殺人事件は、行方不明のシャルルが関わっている可能性が高そう。そのシャルルのせいで私たちの立場も危うい状況だ。シャルルを探すだすのが先決だと思ったが。

    「そうです、お嬢様。たぶんシャルルは自分から出て行ったのでしょう」
    「たぶんそうね……」

    ここで二人で考えていても仕方がない。とりあえず明日は森の木の実、川魚をとり食糧を確保し、シャルルを追う事でじいやと合意。

    じいやも長旅で疲れていたらしい。別荘の執事室ですぐに眠りに落ちていた。

    一方、私はシャルルの管理人室へ舞い戻り、改めて女ものの服や化粧品類をチェック。

    服も化粧品類は全部安物だった。口紅もベタベタと安っぽい色だった。シャルルが連れ込んでいた女はおそらく村人だろう。貴族や成金令嬢が使いそうなものが一つもない。化粧品の傾向から見ると、おそらく二十代から三十代ぐらいの女。我が国の女は家庭に入ると、オシャレが出来ない暗黙の了解があるので、独身の化粧品と推理。

    ここまで推理すれば、シャルルが連れ込んでいた女を特定出来るだろう。あとは村で聞き込みすればいいが。

    「はあ、でも困ったわ。村での噂が消えない限り、私やじいやが聞き込みするのは無理ね」

    それに気づくと、頭を抱えそう。

    管理人室の窓の外を見ると、もうすっかり夜になっていたが、今日の村人の様子を思い出すと、楽観視できない。このまま市場で食べ物を入手できなければ、最悪、このタラント村も追放となるだろう。

    「はあ、困った……」

    シャルルの管理人室を推理しながら少しは元気が出てきたが、全く笑えない。

    この土地でも「推理なんてするな」と否定されているみたいだ。思わず文壇サロンのおじ様達の顔も思い出ししまい、胸の奥がどっしり重い。

    自分を肯定し、受け入れてくれる場所はあるのだろうか。思えば昔から推理マニアの変わり者だと言われてきた。女性らしくなれず、氷の成金令嬢という二つ名がついている事も知っている。男性に好かれるタイプでもないし、同世代の友達も多くない。特に貴族の令嬢には成金令嬢と見下されていた。

    そして文壇サロンでの追放。追放先での洗礼と迫害。

    こんな状況で自分を肯定するなんて無理。

    「私、どうしたら良い?」

    全くわからない。

    管理人室の窓の外は静か。風のざわめきしか聞こえないが、夜闇に吸い込まれそう。今日は月も星も全く見えない。

    ジ・エンド?

    少なくとも今の私は、自分の事を好きになれそうにはなかった。

     


    続きはこちら(随時更新予定)

    珏2芹
    https://note.com/chisio777/n/n55899a8d7615

    第3話 
    https://note.com/chisio777/n/nc869d6ed93ca

    珏4芹
    https://note.com/chisio777/n/n16d39a22e7a2

    珏5芹
    https://note.com/chisio777/n/n965120d6c73d

    第6話 
    https://note.com/chisio777/n/n81abcc22e90f

    第7話 
    https://note.com/chisio777/n/n3e23a7e01c88

    第8話 
    https://note.com/chisio777/n/n8675668a1433

    珏9芹
    https://note.com/chisio777/n/nc0e06316e0ee

    第二部

     
     
     
    小説書きます。ペンネームは聖書から取りました。クリスチャンです。第三回聖書ラノベ新人賞準優勝受賞作「いのちのパン屋さん」など他執筆中。コージーミステリやライト文芸系を主に書いています。英米のコージーミステリ好き。千葉県在住。イラストはAI作成。

    あなたへのおすすめ