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【異世界令嬢コージーミステリ】第4話 作家令嬢の田舎追放推理日記〜「推理なんてやめろ」と言われましたが、追放先で探偵はじめます〜

    前回のお話
    珏3芹
    https://note.com/chisio777/n/nc869d6ed93ca


    1

    朝食を取り終えた私達。今日はじいやは朝食を作ったので、王都にいた時と似たようなスープやパンだったが、やはり口に馴染む。

    その後、クリスは仕事の為、一階の自室にこもり、昼過ぎには役所に所用を済ませ、そのついでにロゼルの噂も探ってくるという。

    一方、私とじいやは朝食の片付けをしつつ、プチ作戦会議。このまま手ぶらで向かっても良いが、だめ押しでもう一つ何か欲しい。

    という事で手土産を持っていく事になった。手土産は菓子で、オルガの工房で入手するのが良いだろう。じいやもいつも以上に服装や髪型にも気をつかって貰い、準備完了だ。

    私とじいやは、まず森の中のオルガの工房まで歩いていた。

    今日は晴れているせいか、森の中の風も心地いい。村長殺人事件なんかあった事が嘘のように平和だった。ぴちぴち、ちーちーという鳥の亡鳴き声も平和すぎて、私もじいやは何の緊張感も出てこない。

    「わあ、お嬢様。ここがオルガ様の工房ですか? 良い匂いがしますね!」
    「そうね、じいや。今日は何を焼いているのかしら。行きましょう」

    オルガの工房の前でも実に呑気だ。私達はニコニコと笑いながら、工房に入る。

    工房の焼き菓子の棚には、ドーナツやマフィンがどっさりと詰められている。ケーキ類などの生菓子はまだできていないようだったが、このドーナツだけでも十分だ。色とりどりのチョコレートもトッピングされ、見た目も華やかで可愛いものだ。

    「じいや、このドーナツでいいんじゃない?」
    「待ってください、アンナお嬢様。これから会う村長夫人はご主人を亡くしたばかりですよ。派手な焼き菓子を持っていくのは、少し気をつけた方がいいかもです!」
    「そうね、気づかなかったわ」

    そこはうっかりしていた。じいやの指摘はもっともだ。じいやを連れてきて正解だった。

    クリスの人選が的確過ぎて恐ろしいぐらい。嫌味っぽい彼だが、確かな実力はあるので、仕方ないと思えてくる程。

    という事で、見た目は地味なマフィンをいくつか選び、オルガに包んでもらう。今日も午前中はオルガだけで工房を回しているらしく、忙しいらしい。一緒に働いている人も病気がちで大変なんだとか。

    「オルガ様、それは大変でしたね」

    じいやはオルガに微笑む。優しいじいやのオルガもポーッとしているではないか。クリスが言うように村長夫人のリズにもじいやにだったら、心を開く可能性が高そうだ。

    「ええ、じいやさん、ありがとう」

    オルガがはにかみつつ、紙袋に包んでくれたマフィンを手渡ししてくれた。

    「ところでオルガ。あの嫌がらせの手紙は来てる?」

    このまま帰ろうかと思ったが、一つ気になる点があった。昨日見た脅迫状。オルガは気にしないと笑っていたが、どうも引っかかる。村長の殺人事件と関係ある?

    オルガは右上を見つつ、何か思い出しているようだった。

    「今日は来てないよ。でも、ここがオープンした二年ぐらい前から定期的に来てるから、なんかもう慣れたな」
    「オルガ様、それは良くないですよ」
    「ねえ、オルガ。過去の嫌がらせの手紙は残っていない?」

    想像以上に長期に渡って嫌がらせを受けていた事に引く。隣にいるじいやも、目をウルウルとさせている。

    こんな私達にすっかり信用してくれたのだろう。オルガは厨房から過去の嫌がらせの手紙の全部持ってきてくれた。また、時々、店の周辺にも生ごみを撒かれたり、虫の死骸が置いてあった。

    「そんな……」

    想像以上だった。オルガの元奴隷という身分で差別なのか。それとも単なる嫌がらせか。あるいは村長事件との関連性があるのか。全く推理の答えは出ないが、オルガが傷ついているのは事実だろう。オルガもじいやと別の意味で目がウルウルとしていた。

    「オルガ、辛い事を思い出させて悪かったわ。何かあったら、すぐに私のいる別荘に連絡して」
    「そうですよ。何もなくても連絡してくださいな」
    「あ、ありがとう! アンナもじいやさんもいい人ね!」

    今日、初めてオルガが笑顔を見せた。笑もじいやも顔を見合わせてホッとしたが、他客も入ってきた。

    背が高い中年男性だ。年齢は三十代後半から四十代ぐらいだろうか。黒髪だ。前髪も長めで服装も黒っぽい。意外にも雰囲気は上品で物腰も柔らかそうだが。

    「こんにちは、ギヨーム」

    オルガは客にそう呼んでいる。ギヨームという名前らしいが、気さくにオルガに笑いかけていた。

    「オルガの菓子は幸運の菓子だからね。毎日食べにいくよ」

    ギヨームはそう言うと、ドーナツを全部買っていた。見た目に反し、甘いものは好きなのだろうか。

    「ギヨームは毎日うちで買ってくれるのよ。いいお方」

    オルガがそう言うのなら、悪人ではないのだろうか。

    「僕はギヨーム・バラボーです。この土地で不動産業などしております。オカルトも趣味なんです」
    「え?」

    ギヨームはオルガの菓子は波動がいいとか、妖精がどうとか、オカルト的な話題を話していた。

    私やじいやも自己紹介したが、ギヨームのオカルト熱に押されそう。見た目通り、少し変わっているのだろうか。しかしオルガに対しては親切そうだし、物腰自体は良い。根は悪くない?

    「ギヨーム、よろしくお願いします。村長事件について何かご存知?」

    単刀直入に聞いてみた。うっかり濡れ衣を着せられそうになり、独自に調査している事も。

    ギヨームは長い前髪をぐしゃぐしゃとかきあげ、驚いていた。細い目も見開いている。

    「そうだな。村長が殺された日は、月と金星の角度も悪かった。魔のゲートが開いていたかもしれない」
    「ギヨームは元々魔法使いの高貴な血筋らしいよ!」

    オカルト話に引いている私達。オルガはつかさずフォローを入れるが、結局、ここでは手がかりはない。

    オルガの工房を出た後は、そのまままっすぐに村長夫人の家は向かう。じいやは、魔女の家のようなボロボロな家で若干後退っていたが、私は無視して呼び鈴を押す。

    「村長夫人、昨日も来たアンナですわ。今日は美味しいマフィンも持ってきましたから、ご一緒にお茶でもしません?」

    アンナはだいぶ明るい声を出した。案の定、何の返事もない。

    「お嬢様、返事が無いですね……」
    「そうね。あ、今度はじいやが呼びかけてみて」
    「できますかね」

    じいやは自信が無さそうだったが、一回咳払いし、玄関のドアをコンコンとノックした。

    「奥様、心配ですよ。じいやはとっても心配です!」
    「ちょ、じいや、ここで泣いたりしないで!」

    なぜかハンカチを握り泣くじいや。これはどういう事?

    じいやがこうやって泣く事は見慣れてる。主に私が文壇サロン追放直後は、私以上に憤り、感情的に泣いていたが。

    「どうしよう……」

    困った私。このまま逃げようかと思った時だった。

    何と喧嘩の扉が開いた。村長夫人・リズが現れた。リズもボロボロと泣いている。

    「奥様! じいやは心配しておりました!」
    「わーん、こんな私を心配してくれる人がいたなんて! 村の連中はみんな私に冷たいのに!」

    リズとじいやは抱き合い、二人して号泣。なぜかさっぱりわからないが、じいやの真心は伝えあったらしい。

    じいやがリズを本気で心配していたのか、演技なのかは不明ではあったが、リズとの対面は成功した。クリスの人選は恐ろしいほど上手くいった。ここでじいやを連れてこなかったら昨日と同じ堂々めぐりだっただろう。

    「村長夫人、私も心配しておりましたわ」

    私もハンカチを握り、泣くフリをしていた。たぶん、今はこうするのが一番良いはず。

    2

    外観は魔女の家のようだった村長夫人・リズの家。しかし、中に入ると綺麗に片付き、通された客間は居心地がいい。

    大きな窓からはさんさんと太陽の日差しが降り注ぎ、小さい庭も眺める事ができる。それにテーブルや椅子、ソファなども温かみがある。リズの聞くと、昔、タラント村の家具職人に造らせたもので、頑丈で全く壊れないとか。

    そんなテーブルの上には、香り高い紅茶。それにお土産で持ってきたマフィンが並び、すっかりと居心地の良い空間になっていた。

    といってもリズはずっと愚痴をこぼしている。

    「そうなのよ、ずっと、冷たい村人に噂話をされて。本当に嫌になるから。私は単なる村長夫人なのに!」

    リズは枯れ木のように痩せている。首元もげっそりすてる。年齢は五十五歳と言っていたが、白髪も多めで老けて見えた。それでも腐っても村長夫人なのだろう。服装は一般の村人よりも上品だ。薄紫のジャケットやタイトスカートは、リズの雰囲気にぴったり。

    私はリズの愚痴をずっと聞いていた。じいやもそう。長い長い愚痴で、私は冷静に聞いていたものだが、じいやは時には涙を浮かべ、本当に同情している模様。

    リズの愚痴は要約すると「村人が冷たい」という事しか言っていない。手を変え、品をかえ、よくそこまで長く愚痴を言えるか不思議なものだが、元々村長夫人として村で浮いている事、遠縁のカリスタとだけ親しかった事は把握できた。

    「本当、この村人は下品で嫌よ。それに比べてじいやさん。あなたは上品ね!」
    「奥様、お褒めいただき光栄です!」
    「このアンナ嬢もいい人そうだわ」

    なんとなく失礼な物言いな気がするが、じいやのおかげで私にも敵意は無さそう。

    おそらくリズは高貴な身分の出身だろう。つけている指輪やネックレスも貴族が持っているものと似てる。村人でこんなアクセサリーつけている人は見た事ない。

    成金商家とはいえ、令嬢の私とプロ執事のじいやとは、波長が合うようだった。

    うっかり仲良くなりかけてはいたが、永遠に愚痴を聞くわけにはいかない。リズは愚痴を吐き出せて満足そうだったが、私は一回咳払い。

    話題を変えてリズに聞いてみる事にした。元々作家業をしていた事、文壇サロン追放された事、行き詰まって田舎にきたは良いが、濡れ衣を着せられて困っている現状も正直に話した。たぶん、リズのようなタイプへ嘘をついても意味なさそう。

    「そう。あなた、作家さんなの? だったら、後でうちの親戚が運営している出版社を紹介します? 隣国の小さな出版社ですが」
    「え?」

    思っても見ない提案だった。あまりにも美味しい話すぎて、にわかには信じられない。

    「こんな素敵なじいやさんのお嬢様ですもの。それぐらいは協力しましょうかね」
    「奥様、ありがとうございます!」

    今度は本当に涙が出そう。死んでいた作家のキャリアだったが、息を吹き返す可能性が出てきた?

    思わずリズに頭を下げてしまう。確かに癖がある人物だが、根から悪人ではないだろう。殺人事件への関与はこの際おいといて。

    「いいのよ、そうね。だったら、事件当日についてお話しします。その代わり……」

    リズはここで交換条件を出してきた。リズをモデルにした探偵ものを書け、と。

    「え、ええ?」

    二度目の思ってみない提案。しかし、これは安易に受けていいものか?

    「村でバカにされ、引きこもりの村長夫人は、実はすごい観察力があり、村のカフェ店長とともに謎を解くの。どう?」

    どうと言われても。リズはキャッキャと笑い、ウィンクまでして盛り上がっている。

    「お嬢様、素人探偵ものですよ! 隣国では素人探偵ものも人気ありますよ!」

    じいやもノリノリだ。

    「か、考えておくわ。では、推理小説の取材として聞きましょうか。事件当日のこと、できるだけ詳しく教えて」
    「わー、取材だって! 楽しいわ!」

    リズもノリノリだ。実際に小説にするかは決めていないが、今はこう言っておくのがベターだろう。

    じいやは筆記用具を取り出し、さっそく取材が始まった。

    村長が殺される前、リズは旅行に出ていたという。

    何しろ村で浮いているリズは引きこもりor旅行ぐらいしか楽しみがない。旅行も隣国の親戚の家に行くだけだったらしく、リズは「実に退屈な旅行だったわ」とブーブー言っていた。

    それでも、どうにか旅程を終え、夕方近く村の本邸に帰ってきたらしい。基本的に引きこもりするにがここの別邸で、本邸にはあまり帰らないというが、嫌な予感がしたらしい。

    「嫌な予感ですか?」

    書記係・じいやだったが、つかさず質問。

    「ええ。胸騒ぎっていうか、なんか。村にはギヨームっていうオカルト大好きな男もいるし、そういう話は馴染み深いっていうのもある」

    ちなみにリズはギヨームとは比較的親しいらしい。ギヨームは不動産業もしており、裕福で品もあるというから。

    ギヨームが先程、オルガの工房で会った。確かに語る事はユニークではあったが、オルガに好かれているし、物腰は悪く無さそう。

    「リズ、少し脱線しましたわ。話題を戻そましょう。本邸に帰ったらどうなったんです?」

    私はすぐに話題を戻し、首座を続けた。

    「ええ。リビングに帰ったら、主人が倒れてた。頭から血を流して……」

    つまり撲殺か。

    ようやく事件の状況が読めたが、リズは嫌な記憶を思い出した模様。肩を震わせている。じいやはすぐにリズへフォローを入れ、紅茶を飲ませていた。

    これ以上、リズに状況を聞くのは難しそう。凶器は不明だったが、殺害手段はわかった。前進したらしい。

    「その後、もちろん白警団を呼んだけど、色々聞かれて疲れちゃったわ。隣国にいる息子も呼び出して葬儀もしたけど、ね。こうして引きこもっているというわけよ」

    第一発見者のリズの事情はだいたい把握。

    ただ、もう一つ聞きたい事がある。確かにこのリズが撲殺するのは不可能だろう。今のところ犯人候補からは外したいが、村長の交友関係やトラブルはリズがよく知っている可能性が高い。ロゼルの噂も知っているだろうか。

    この様子では、リズと村長は特に仲良し夫婦だった可能性は低そうだが。それに本邸の殺人事件現場も見ておきたい。なかなかきっかけが掴めないが、じいやは隣でニッコリしている。

    だったら大丈夫か?

    私は深呼吸し、再びリズに向き合った。

    「村長夫人。よりリアルな小説を書くためにお願いします。村長の交友関係やトラブルがなかったか、教えてください。あと、本邸の現場も見たいんです」

    再び頭を下げてリズに頼み込んだ。

    リズはこんな私に目をぱちぱちさせていたが、大笑い。

    「良いわよ。小説の為だったら」
    「いいんですか!」
    「その代わり、私をモデルにしなさいよ。とびきり素敵な村長夫人を書きなさい!」

    リズの目にも光が差し込んでいたが、私の気持ちも上がってきた。

    文壇サロンでは「推理なんてするな」と蔑まされていた。

    なのに今は全く違う。作品を書く事を求められている。自分が好きなものも認められたようで、こんな好待遇で、いいんだろうか?

    「ええ、書きますから。文壇サロンのおじ様達の鼻をあかしますわ」
    「それでこそお嬢様です!」
    「いいわね、どんどんやっていこうじゃない」

    じいやだけでなく、リズにも励まされてしまった。

    もしかしたら、タラント村は私の居場所になり得るだろうか?

    今はそんな気がしていた。

    3

    リズ、じいやと三人で村の川沿いを歩いていた。北の上流方面に、ゆっくりと歩いている。これから、村長殺人事件の現場に行くとは、信じられないような呑気な雰囲気。

    相変わらず天気がよく、薄い水色の空は綺麗。淡い雲も綿菓子みたい。

    時々、野菜を背負った村人などとすれ違うが、殺人事件があった村だと全く信じられないような空気だった。

    そうは言っても、リズは落ち着かない。特に村人にすれ違うと、肩や頬が緊張している様子だった。確かに村人のリズの視線は、暖かくはない。露骨に冷たくもないが、腫れ物扱いしているような雰囲気だった。リズが森の別邸に引きこもったのは、納得。

    「奥様、冷たい村人の事なんて気にしたらいけませんよ。じいやは味方です!」
    「じいやさん! ありがとう!」

    もっともじいやがナイスフォローをし、リズの機嫌は悪くは無い様子だ。道端の野の花を摘み、笑顔を見せている瞬間もあった。

    私はこんなリズを観察しながら、村長の人柄などプライベートの話題を持ち出すタイミングを伺っていた。

    せっかく仲良くなりかけている。ズカズカとプライベートに入り込み、リズを怒らせるわけにはいかない。

    かといって、このまま村長についても何も聞かないのは、困ったもの。隣にいるじいやも、私に目配せしている。いいタイミングで話を聞き出せという事なのだろう。

    クリスだったら、こういう所が上手そう。実際、村の市場でも色々と聞き出すきっかけを作ってくれた。嫌味っぽくいけすかない彼だけど、地味に助けられていたらしい。

    「ところで奥様。川の上流の方に本邸があるんですよね? 役所まで遠いのでは?」

    タイミングを掴みかねていた私に、じいやが助け舟を出した。私は目だけでじいやに感謝を伝えた時、リズは今までとは違う笑いを見せた。摘んだ野の花もぽいっと地面に捨てた。

    これは何か隠している?

    推理作家らしい観察眼で、もう一度リズを見たが、彼女の目は泳いでいる。何かを隠しているのだろうか?

    「村長、役所まで通うの毎日大変だったと思いますわ」

    ここでは、同情心を示す事にしよう。取材、詮索、事件調査感はできる限り出さず、令嬢らしくリズに微笑む。

    私は成金令嬢。そうそう貴族の令嬢のように笑えないが、見様見真似で少しはできる。エセお嬢様のフリはパーティーやイベント事によくやっていた。演技はそんな不得手でもない。

    「本当、突然殺されてしまったとか。村長は無念でしょう」

    一ミリもそんな事は考えていなかったが、リズには何か心に響いたらしい。

    「ええ、やっぱり、あの人の事を思うと無念だわ。私達夫婦はとっくに冷え切っていたけどね」

    やった!

    村長のプライベートの事情が聞けた。私は心の中でガッツポーズをとりつつ、この調子でリズに聞いていく事にした。

    「まあ、村長としては立派な男でしたよ。色々と改革をしたり、ファンも多かったみたい。カリスタもそうね。でもね……」

    この後からリズは夫である村長の愚痴をこぼし始めた。

    表向きは素晴らしい村長だったが、家では亭主関白&男尊女卑。リズへの家事や育児の批判も多く、家庭はとっくに崩壊していたらしい。

    「本当、夫としては最低な男だったわ。人嫌いだったし! 辺鄙な土地に家を建てたのも、いまだに恨んでるわ!」

    案の定、リズと村長の仲は悪そうだった。リズがカッとなって村長を殴った可能はある?

    私の少し前を歩くリズを見る。枯れ木のような体型だ。腕は鉛筆みたいに細い。これで男の村長を殴るのは不可能?

    「それはそれは。奥様、大変でございましたね」
    「ええ、同情してくれるのはじいやさんだけね!」

    顔を赤くし、怒っているリズのケアはじいやに丸投げでいいだろ。

    私は考える。リズが犯人である可能性も高い。動機はある。ロゼルと村長の関係も噂とも言い切れないかもしれない。

    だとしたら、なんらかの方法でリズが村長を殺した。

    その方法とは?

    まるで本格推理小説のような複雑怪奇なトリックがあるかもしれない!?

    枯れ木のような体格のリズが、どうやって村長を殴り殺したか?

    血が騒ぐ。推理作家の血が騒ぐ。ドキドキして武者奮いまでしてきた。

    今は一刻も早く事件現場へ行きたい。この謎も解き、文壇サロンのおじ様達の顔が早く見たいもの!

    4

    私がドキドキしている事は、リズに悟られていない模様。一方、長年私に仕え、第二のパパのじいやは、私の気持ちを見抜いているようだ。薄らと笑っていた。

    私達は、今、村長の本邸の前に来ている。正確には村長が殺された現場だ。武者奮い。余計にドキドキしてきたが、本邸の外観は、レンガ造りにどっしり系の邸宅だった。

    この村では木造のフラットな家が多い。私達がいる別荘も、ここまで豪華では無い。

    その上、周りは森だらけで、周辺に民家は無い。商業施設もなく、野菜畑が多め。図書館にも近いが、それ以外は目立った公共施設はなさそうだ。村の中心部、別荘の近くの森からは、徒歩で三十分以上もかかる距離にある。

    なるほど。村長の人柄が読めてきた。外面がいいが、中身は偏屈ジジイ。推理小説だったら、真っ先に被害者になってしまう人物だったのだろうか。

    「では、本邸を案内するわよ。夫は人嫌いでメイドも雇っていなかったから、掃除はそこそこだけど」

    リズに案内され、まずは事件現場のリビングへ。見た目通りのお屋敷らしく、中には壺や絵画も展示されている。派手なシャンデリアは、ハリボテっぽい空気はあるものの、概ねお屋敷らしい部屋だった。

    「そう、窓際の近くで倒れていたかしら? もう脈はなかった」
    「リズ、凶器はあった? 例えば、大きな石、ツボ、花瓶、灰皿なんかも打ちどころが悪いと死ぬから。どう?」

    推理作家の血が騒ぐ。早口で捲し立てながら事情を聞く。

    「お嬢様、鍵につても聞いてください」
    「ええ、じいや。この部屋は閉まっていた? どうだった? 密室だった? 足跡や異臭はあったかしら。ねえ、リズ。教えて」

    身を乗り出し、早口で捲し立てる私に、リズは引いていた。後ずさっていたが、推理作家の血が騒ぐ。どうしても知りたい事だった。

    「ちょっと、アンナ嬢? 目をらんらんとさせて聞いてこないでよ。今から思い出すわ」
    「リズ、ありがとう! 大好きよ!」
    「あなた、推理になると人が変わるのね……」

    密室トリックか、凶器にまつわるトリックはあるのか。そう思うとドキドキする。今はもう片付いていたが、おそらく白警団が片付けたのだろう。

    事件直後に行きたかったが、それは仕方ない。たぶん、指紋も取ってあるだろうが、私がこれから見つけても良いか?

    それに本邸から村の中心部まで距離があるのも気になる。道を使ったトリックもあり得る?

    こうして私は、あらゆる推理トリックに考えを巡らせていたが、リズの証言は全く意外性がない。

    「ええ、夫は頭や腹をボコボコに殴られて死んでいたわ。別に何の凶器もなかった。家具は壊れていたから、争った形跡はあったけど、何の匂いもしなかった。血の匂いはしたけど」
    「え、リズ、本当!?」

    リズの証言だと、これは単なる言い争いの末の撲殺か?

    「奥様、鍵は?」
    「窓も全部開けぱなしよ。こんな平和な村で事件なんて起きないでしょう」

    じいやの助け船もあえなく沈没。複雑怪奇な事件トリックは一体どこ!?

    リズと共に窓も確認したが、鍵自体ついていない。それに裏手の出入り口にも鍵はない。一応玄関は閉めているらしいが、普段はどこも開けっぱなし。

    「えー、そんな……」

    思わず、変な声が出てしまう。

    この状況だと、密室トリックはなさそう。

    もっと原始的だ。暴力的ともいえよう。本邸に押し入った犯人が殴って村長を殺した。

    プロットとしては一行で済んでしまうトリック。

    「ええ、アンナ嬢。白警団も男だったら誰でも犯人だろうって言ってたわね。ちなみに指紋はなかったらしいわ」
    「そ、そんな……。リズ……」

    また変な声が出てしまったが、リズの証言が全部正しいとすれば、残念だが、トリックなど何もない。

    「そして私が夫を殴るのも無理よ。体格差は私がよく知ってるから」

    リズはダメ押しで付け加える。

    「お嬢様、どうしましょう。犯人は?」
    「そんな、わかるわけないじゃない……」

    じいやの声も遠くに感じてしまうぐらいだ。状況的に、男だったら誰にでもできる犯行だ。

    白警団がシャルルを疑っているのも理解できた。この状況で忽然と消えたシャルル。どう考えても怪しい…

    同時に私を疑ってきたのは、なぜだ?

    もしかしたら、文壇サロンのおじ様達をボコボコにした噂が、白警団のモイーズ達の耳にも入っていた?

    つまりあの男には、私は女に見えなかったのだ。それも悔しいものだが、推理も先行きが怪しくなってきた。

    「アンナ嬢、大丈夫?」

    リズはこんな私に面白がって笑ってる。

    「お嬢様、大丈夫ですよ! ここからだったら、動機をメインに推理ですよ!」

    今のじいやに助け船は、沈没しなかった。むしろ、何か閃く。この殺害方法だったら、犯人の動機から考えていくのが良いか?

    「そうね。この様子だったら、物取りか怨恨か
    。リズ、何か盗まれたものはなかった?」

    気を取り直した。複雑怪奇なトリックはなさそうだが、丁寧に動機を洗っていけば、何かヒントが掴めるかもしれない。

    「強盗犯の可能性もあるから。お願い、リズ。気になった事は全部教えて」

    私は再び、リズに頭を下げていた。

    5

    私達はリズの本邸にいたわけだが、事件現場は大方調査できた。

    殺害方法自体はシンプル。これに複雑怪奇なトリックはないと判断し、動機から洗っていく事にした。

    まずは、村長が恨まれるようなトラブルがあったかどうか、リズに聞く。それに村長の部屋も見せて貰うよう頼んだ。

    「奥様、お願いしますよ」

    じいやも頭を下げていたが、なぜか急にリズのテンションが落ちてきた。上の空っぽい表情み見せている。

    「お願いよ。とりあえず、単純な物取りの反抗かは確認したい。ここで盗まれたものはある?」

    そう聞いても、リズは急に言葉を発しなくなった。

    違和感を持ってしまう。急に態度が変わったが、これって何?

    「じいや、リズに頼んで」
    「はい、お嬢様」

    じいやに小声で指示し、リズに頼んでもらった。やはり、リズはじいやを気に入っているのだろう。

    じいやに頼まれたら、渋々だったが、二階の村長の部屋まで案内してくれた。北側の日辺りが悪そうな部屋だったが、広々とし、大きな本棚も鎮座している。他に各種の賞状や勲章、トロフィーなども飾られ、政治家としてそこそこの実績はあったらしい。時に女性への地位向上の為にもよく働いていたらしいが、それらは全て埃がかぶっていた。

    村長が殺され、一週間以上はたっているが、その間、掃除はされていないという事だ。

    埃っぽい部屋だったので、思わず窓を開けるが、何か違和感。

    窓辺にある机は、紙類が何もない。筆記具もない。無くても変というわけではないが、書斎も兼ねていそうな部屋で筆記具がないのは違和感がある。

    「ねえ、リズ。クローゼットや机の引き出しは見ていいかしら?」
    「え、別にいいわよ」

    今度のリズはすぐに承諾。何かおかしい。違和感はある。

    「ごめんなさいね、村長」

    こうして一応謝罪しながら机の引き出しを開けてみたが、ノートや日記、手紙のようなものが出てこない。カリスタのカフェのクーポン、小銭、領収書は出てきたが、他に何もない?

    「ねえ、じいや。机の引き出しに何もないってあり得る?」
    「そうですね、お嬢様。通常は何か走り書きの類があっても、不自然ではないですが」

    一応じいやと二人で机もどかしてみたが、メモ一枚落ちていない。当然、手紙、手帳、日記など私生活が観察できるものは何も出てこない。

    白警団が持って行った可能性もあったが、なぜかリズは答えない。先程よりもっと露骨に目を泳がせている。

    「リズ、クローゼットの方は見ていい?」

    リズはもう返事はしない。無言を決め込むつもりらしい。もう面倒なので勝手にクローゼットを開ける事にした。

    中にはスーツ、普段着、ネクタイ、時計などの小物も揃っていたが、財布が消えていた。

    どういう事?

    物取りの犯行か?

    スーツのポケットの中身も調べたが、村長のプライベートを示すものは、何も出てこない。

    「じいや、どう思う?」
    「そうですね、お嬢様」

    じいやもクローゼットの中身を確認していたが、顔を顰めていた。

    「財布が無いですね。奥様、村長の財布はどこに?」

    じいやに尋ねられても、リズは無視。

    「物取りの犯行かしら? リズ、村長の私物で何か取られたものある? お金は? 手帳は? 日記は?」

    それがわかれば、捜査は進むだろう。金品が盗まれれば物取り事件。手紙、手帳などの私物が盗まれたら、怨恨が動機の事件の可能性大だろう。

    「ねえ、リズ。答えてくれない?」

    しかし、リズは答えない。なぜか顔を青くさせ、小さな猫のようにカタカタと震えてる。細い指先は、さらに痛いらしかったが、予想外の行動に出ていた。

    「い、嫌よ! 私は、嘘なんかついていないんだからね!」

    リズの絶叫が響いたと思ったら、彼女は猛ダッシュで逃げるではないか。階段もドスンドスンと音を立てて降りていたが、ずばしっこい。見た目は枯れ木のような老人なのに、一体どういう事!?

    「じいや、リズを追うわよ!」
    「ええ、お嬢様!」

    逃げるからには、追うしかない。

    リズは意外にも速く走り、全く追いつかないのは予想外だったが。

    村の中心部まで走ると、私もじいやも汗だく、息切れ、靴ズレの三重苦もおってしまったが、リズは全く捕まえられない。

    「おい、アンナ嬢! 何しているんだ?」

    ちょうどクリスとも合流してしまったが、詳しい事情を説明する暇はない。

    「あの村夫人を捕まえて!」

    そう叫ぶしかない。成金令嬢かつ作家として引きこもって仕事をしていた私。一応身体は鍛えてはいたもののこれには全く追いつかない。じいやだって健康的だが、高齢だ。二人とも全く歯が立たない。クリスも突然のことで戸惑っている。準備体操ぬきで猛ダッシュするのは、誰だって難しいだろう。

    それにしてもリズは何で逃げた?

    動機から村長殺害を調べる為、物取りかどうか確認している時だった。

    村長の机の中の私物が消えているのも、違和感しかないし、これは一体どういう事か!?

    「え、リズが犯人!?」

    思わずそう叫ぶ。

    枯れ木のような体格のリズだ。どうやって村長を殺したか謎だったが、何か知っている事には違いないだろう。

    「じいや、クリス! とにかくあのリズを捕まえて!」

    最後の力を振り絞り、叫んだ時、クリスがさらにエンジンをかけた。

    徐々にリズとの距離が縮まり……。

    「つ、捕まえたぜ!」

    こうしてクリスがリズを捕まえた。リズは顔を真っ赤にして大号泣。クリスはいつも以上に嫌味っぽいドヤ顔。じいやはオロオロ。私は息切れてゼイゼイ。

    カオスな雰囲気だったが、リズを別荘まで連れていき、一階の客間で休憩させる所までは成功した。

    もっともリズは泣き崩れ、宥めるのには相当な根気が必要だった。

    果たして犯人(?)のリズは、自白するだろうか?


    次回のお話
    珏5芹
    https://note.com/chisio777/n/n965120d6c73d

    #創作大賞2025 #ミステリー小説部門

     
     
     
    小説書きます。ペンネームは聖書から取りました。クリスチャンです。第三回聖書ラノベ新人賞準優勝受賞作「いのちのパン屋さん」など他執筆中。コージーミステリやライト文芸系を主に書いています。英米のコージーミステリ好き。千葉県在住。イラストはAI作成。

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